年越しの時

 本部に戻ったレイとカウリは、そのまま二人で休憩室へ行きゆっくりと過ごした。夕食までの時間をレイは部屋から持ってきた本を読み、カウリはいくつかの書類を持ってきて、せっせとメモを貼ったり書き込んだりしていた。

 夕食はラスティ達と一緒に行き、お茶会では何も食べられなかったカウリが、一人で一通りのお菓子を食べていたレイに文句を言って、皆でまた笑い合った。



「だって、僕も前回は、あんなに美味しそうなお菓子を目の前にして、全然! 全く! 何にも食べられなかったんだもん! 今回の僕は、前回の分までお菓子を頂きに行っただけなんです!」

 胸を張ってそんな事を言うレイを見て、ラスティだけでなく、ヘルガーやモーガンまでが吹き出して、揃って咳払いで誤魔化していた。

 そんな彼らを見て、カウリは苦笑いしながらカナエ草のお茶を飲んだ。



「ここへ来てから思ったんですけど、外で言われている程、ヘルガーもラスティも無表情じゃありませんよね。それどころか、笑わない事で有名なマイリーが、実はあんなに表情豊かだったって知っただけでも、ここへ来た意味がありますよ」

 感心した様な、カウリの言葉に、照れた様に三人は笑っている。

「マイリー様は、実はかなりの照れ屋なんですよ。それに、まあ、仰る通りで色々と揶揄される事が多いマイリー様ですが、あれは、言ってみれば外の顔なんです。それとは別に、本部の限られた人達にしか見せないいわば身内の顔がありますからね。特にお怪我をされて以降は、本当に表情が豊かになられました」

 ヘルガーの言葉に、カウリも頷いている。

「表と裏の顔があるってのは、ある程度は誰しもやっているでしょうけれどね。マイリーの場合は極端ですよね。まあ、元老院のじじい達の中には、マイリーの事を何かと目の敵にしている奴もいるからなあ。そりゃあ、そんなのを相手にしてたら無表情にもなるってな」



 隣でしみじみと言うカウリの話を聞きながら、ミニタルトを食べていたレイは思わず手を止めた。

 元老院とは、あのテシオスの父親が議長を務めていたと言う場所だ。バルドの父親も議員だったと聞いた覚えがある。今ならその重要性も、そこにいる人達がどれだけ偉い人なのかも理解出来る。なのに、そこにいる人がマイリーを目の敵にしているって?

 聞き流せなくて、身を乗り出したところで、カウリが笑って振り返った。

「ああ、今の話は色々と大人の事情が裏にあるからな。話はそう単純じゃ無いんだ。だから気にするな」

「でも、大丈夫なの?」

「爺さん達にしてみたら、若いくせに自分達の言う事を聞かず、竜騎士隊側に有利な様に、話を最終的に通してしまうマイリーの有能さが悔しいんだよ。彼に文句を言う所なんて無表情か若い癖に可愛げがない、くらいしか無いんだよ」



 後ろでは、三人がまた小さく吹き出してる。



「カウリ様、もう少し何と言うか優しく包んでお話しくださいませんか」

「いやだって、それだとこいつには恐らく通じませんよ」

 笑ってそう言い、レイを見て驚いた。

 レイは何やら不思議そうな顔をしているのだ。

「ええ、今の話、すごく納得出来ない!」

「まあ気にするなって、爺さん達よりマイリーの方がはるかに有能だよ」

「元老院の人には会った事無いから、どっちが有能かってのは僕には分からないけど、一つ凄く納得できない事があるよ」

 口を尖らせるレイを見て、カウリは目を瞬かせた。

「おう、聞いてやるから言ってみな。何が納得出来ないんだ?」

「マイリーって、四十五歳でしょう?それって若いの?」

 予想もしなかったその言葉に、カウリはカナエ草のお茶を吹き出しかけて咄嗟に口を押さえた。

「ちょっ、お前! 人がお茶飲んでる時に笑わせるな!」

 慌てて、手拭き布を取り出して口元を拭う。

「おお、ちょっと濡れたぞ。どうしてくれるんだよ」

 襟元の部分が少し濡れて、お茶がシミを作っている。

「ああ、お戻りになられたら、着替えをお願いします」

 モーガンの言葉に、カウリは小さく頭を下げた。

「ええ、今の僕の話のどこに、笑える要素があったの?」

 真顔のレイの言葉に、カウリは泣く真似をして隣にいたモーガンに縋り付いた。

「やっぱり十代の若者からしたら、四十五歳はおっさんなんだねえ。ああ悲しい」

「カウリ様、それを言ったら、ここにいる全員駄目ですよ。まだ一番若いラスティでも、来年には四十歳ですから」

 頷き合っている大人達を見て、レイはちょっと考えた。


 彼にとってみれば、竜騎士隊のルークや大人組、ラスティ達は、充分に立派な大人だと思っている。

 若い、と言う言葉が当てはまるのは、若竜三人組や自分、マークやキム、或いはディーディーやニーカなど十代から二十代までの人の事だと思っていたのだ。

 今まで読んだ物語でも、若者、と表現されているのは、だいたいは十代から二十代までの人物だ。


 困っているレイを見て、咳払いしたラスティが教えてくれた。

「まあ、世間一般の言葉の認識としては、四十五歳は若者とは呼びませんね。せいぜいが二十代まででしょう」

「うん、僕もそうだと思ってました。マイリーは立派な大人ですよね?」

「そうです。ですが元老院では少し違いますね」

「えっと……?」

「元老院とはそもそも、若くして即位した王を補助する為に作られた組織です。ある程度の身分と領地を治めた経験を持つ、現役、もしくは引退なさった方々が集まり、その経験を元に王への意見や提案を行い、王政を陰ながら支える為の組織です。もちろん最終的な判断は皇王様のお仕事ですが、陛下の目の行き届かない場所を見て、意見するのが本来の仕事です。お分かりになりますね?」

 習った通りの事を言われて、レイは真面目に頷いた。

「はい、政治の授業で王政の成り立ちを習いました」

「元老院の方々は、特に年齢が高い方が多いのです。六十代の方でも、お若い方なんですよ」

 驚きに目を見張るレイを見て、ラスティは苦笑いしている。

「お分かりですね。つまり比較対象が自分達の年齢ですから、六十代以上でようやく一人前、なんです。ですので、当然四十代半ばのマイリー様は?」

「そっか、六十代で一人前なら、確かに四十代は若いね」

「つまり、そう言う事なんです。まあ、この辺りの詳しい話は、もう少しレイルズ様が大人になってからですね。十代のレイルズ様など、元老院の方々からすれば赤子同前ですよ」

「うわあ、僕、赤ちゃんなんだ。幾ら何でもそれは酷い!」

 笑いながら叫んだレイの言葉に、皆揃って吹き出した。

「まあ爺さん達にしたら、自分より年下の奴は皆若造だよ」

 カウリが大真面目にそんな事を言うものだから、レイはもう笑うしかなかった。

「うわあ。なんて乱暴な括りなんだよ、それ」

 残りのタルトを口に放り込んだレイは、机の上に座っているニコスのシルフに笑い掛けた。

「面白いね。相手によって、大人になったり若者になったりするんだよ。僕なんか赤ちゃんなんだって」

 楽しそうに笑うシルフ達を見て、レイももう一度堪えきれずに吹き出したのだった。




 夕食の後は、また休憩室で陣取り盤の相手をしてもらい、いつもよりも少し早めにおやすみを言って部屋に戻った。

 湯を使って部屋着に着替えてから、レイは望遠鏡を取り出して準備をするとカーテンの開いた窓を開けた。

 冷たい空気が一気に部屋の中に吹き込んでくる。

 今夜は窓枠には座らず。丸椅子を窓辺に持って来て、部屋の中から星空と月を観測した。

 黙々と望遠鏡を覗き込んではノートに書き取っていくレイを、いつの間にか現れたブルーのシルフが黙って見つめていた。

「あ、ブルー。来てたんだね」

 ノートから顔を上げたレイの言葉に、ブルーのシルフはふわりと飛んで、座っていた窓枠からレイの膝の上に降りて来た。

「年が明けるまで後もう少しだぞ」

 その言葉に、レイは驚いて顔を上げた。

「ええ、そうなの? じゃあ、タキス達を呼んでくれる?」

 ノートを置いて座り直したレイの言葉に、ブルーのシルフは頷いて横を向いた。隣に三人のシルフ達が現れて並んで座る。


『レイ元気でやっていますか?』

 いつものタキスの声が聞こえる。タキスは、レイの方から連絡を取るといつもそう言ってくれるのだ。

「うん元気だよ。昨日からお休みで、今まで望遠鏡で月と星を観測していたんだよ」

 降誕祭のプレゼントの贈り物のお礼にカードを送った時以来だから、声を聞くのは久し振りだ。

『レイ! おお、久し振りじゃな。元気でやっとるか?』

『レイ! 元気そうですね。安心しましたよ』

 ギードとニコスの声も聞こえて、懐かしさにレイはちょっとだけ出そうになった涙を必死で飲み込んだ。

「あのね、お城の神殿で、時送りの祭事って言うのを見せて貰ったの、凄く綺麗で感動しちゃった」

『それは良かったですね』

 タキスの嬉しそうな声が聞こえる。


 そこからレイは、いろんな事を思いつくままに話した。多少話が前後して、分かりにくいところもあったただろうに、皆笑って聞いてくれた。


『ああ、そろそろ火送りと火迎えの儀式が始まりますよ』

 タキスの言葉が聞こえたかのように、胸の中で暖めてくれていたレイの火の守役の火蜥蜴が、するりと出て来た。

「行っておいで。新しい火を貰ってこないとね」

 笑って鼻先をそっと撫でてやると、火蜥蜴は嬉しそうに目を細めた。


『いってきます』


 ごく小さな声でそう言って、くるりと回って消えてしまった。

 驚きに目を瞬かせたレイは、しばらく無言で火蜥蜴が消えた空間を見つめていた。

「ねえブルー、今の聞いた? 火蜥蜴が、いってきます、って言ってくれたよ」

 嬉しくて堪らず、立ち上がってピョンピョン飛び跳ねる。

 それを合図にしたかのように、城中の鐘が一斉に鳴り始めた。

 城壁の向こうの遠くの街からも鐘の音が鳴り響き美しい音を響かせていた。


『新たなる火が起こされた』

『新たなる年』

『綺麗な綺麗な鐘の音は好き』

『大好き大好き』

『素敵素敵』


 一斉に現れたシルフ達の声を聞きながら、レイは笑って望遠鏡を覗き込んだ。

 大きな月が綺麗に見えている。

「新しい年だよ。春には正式に見習いとして紹介されるんだもんね。もっともっと頑張らないと!」



 これからに対する期待と希望、そして漠然とした不安を胸に、レイは立ち上がって大きく伸びをした。

「いっぱい頑張るんだもんね!」

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