大地の竜と太古の遺跡の事

「それじゃあ俺達も戻るよ。プレゼント、ありがとうな」

 クラウディアとニーカの馬車を見送った後、マークとキムの言葉にレイは慌てて振り返った。

「うん、今日は来てくれてありがとう。僕もあのオルゴール、すごく気に入ったよ。それじゃあまた明日ね」

「おう、また明日な」

 振り返ったマークとキムは、少し離れた所にいる竜騎士隊の皆に向かって直立して敬礼をした。

「本日は、お招きいただきありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

 彼らを見て、全員が敬礼を返してくれる。レイも、隣で直立して敬礼した。



 贈り物を抱えた二人がいなくなった後、休憩室は片付けの為閉鎖されてしまい、そのまま一旦解散となり各自の部屋に戻った。



 部屋に戻ったレイは、無意識で剣を外していつもの棚に置き、剣帯も外して指定の場所に掛ける。

 そのままソファーに転がった。

『大丈夫か?』

 目の前に現れたブルーのシルフにそう言われて、レイは小さく笑って頷いた。

「うん、ちょっと緊張したけど、頑張って選んだ贈り物も喜んでもらえて良かった」

『皆、喜んでいたな』

「うん、それにディーディーとニーカが作ってくれたレースのハンカチーフ。すごかったね。あんな細かいの、どうやって作っているのか全然分からないや」

 ラスティが運んでくれた、四人からもらったプレゼントは机に並べられている。

 立ち上がって机の上に置かれたオルゴールをそっと手に取った。

「これも青い竜だよ。もしかしてこれ、ブルーがモデルなんじゃない?」

『そうなら嬉しいな。これも見事な細工だな』

 もう一度オルゴールを鳴らして、レイは優しく響く旋律に目を閉じて耳を傾けた。

 鳴り止んでから、戸棚に置かれた去年もらったスノーボールの隣にそっとオルゴールを並べた。



 ハンカチーフは、ラスティが片付けてくれるだろうから、畳んで机にそのまま置いておく。



 ソファーに戻ったレイは、クッションを抱えて転がった。

 しばらく黙って天井を見上げていたが、一度深呼吸をしてから口を開いた。

「ねえブルー、聞いても良い?」

『ん、どうした? 我に答えられる事ならなんでも教えてやるぞ』

 もう一度クッションを力一杯抱きしめる。

「えっとね、さっき竜舎で話していた時に思ったんだけどね」

『ああ』

「ブルーは元々、水の属性の竜だって言っていたよね。それで、古竜のみが持つ属性の雷も有る。アルス皇子の竜、ルビーは火の最上位の炎の属性を持ってるって聞いたんだ。ヴィゴの竜のガーネットも火、マイリーの竜のアメジストは風、ルークの竜のオパールは水の属性だって聞いたよ。ロベリオの竜のオニキスも火、ユージンの竜のアンバーは水、タドラの竜のエメラルドもアメジストと同じで風だって言っていたよね。カウリの竜のカルサイトも風、ニーカの竜のクロサイトは水。それじゃあ土は? 土の属性の竜は今の竜騎士隊にはいないんだね。珍しいの?」

『ああ、まだ教えていなかったか?』

「竜の属性の説明を聞いた時には、土の属性の竜もいるって聞いた覚えがあるよ。だけど、よく考えたら、僕、土の属性の竜には会った事が無いなって思ったんだ。主のいない竜達の中にいたのかな?」

 クッションを抱えたまま、少し考えながらまた天井を見上げてそう聞いた。

『まず、土の属性の竜は、ここオルダムにはいない』

「ええ、どうして? やっぱり珍しいの?」

 驚いて腹筋だけで上半身を起こす。

『落ち着きなさい。たしかに珍しいのかも知れんな。土の属性の竜は、竜の保養所の森と、それからロディナの穀倉地帯にいる。他には、領主の屋敷の庭や定められた屋敷の庭にいるぞ』

「ええ、って事はシヴァ将軍のお家にもいるの?」

 目を輝かせるレイに、ブルーのシルフは笑って頷いた。

『ああ、あの将軍の屋敷の庭には、番いの大地の竜がいるぞ』

「へえ、じゃあお屋敷の人達もカナエ草のお薬やお茶は必須だね」

 笑ったレイの言葉に、ブルーのシルフは首を振った。

『大地の竜と、他の竜達との一番の違いはそこだな。大地の竜は竜射線を殆ど出さぬ。それ故、人の近くにいても影響が無いのだよ。翼が小さく飛ぶことも殆ど出来ないし、精霊魔法は使わない』

 驚くレイに、ブルーのシルフは言葉を続けた。

『動きも鈍く、何らかの緊急時以外で自ら動く事は殆ど無い。しかし、そこにいるだけで大地を肥えさせ植物の成長を促してくれるのだ。大地の竜が住む土地は、よく肥えた肥沃な大地となり、そこでは多くの良い収穫を得る事が出来る。大地の竜のその存在自体がノーム達に力を与え、さらに土地を肥えさせるのだよ』

「へえ、凄いや。文字通り大地と共にいる竜なんだね。じゃあ今度シヴァ将軍に会ったら、大地の竜に会わせて下さいってお願いしてみようっと」

 嬉しそうにそう言って、もう一度クッションを抱きしめる。



「ねえそれと、もう一つ聞いても良い?」

『ああ、何だね?』

 優しいブルーの声に、レイはクッションを抱えたまま、また転がった。



「以前、蒼の森から帰る途中に殿下とマイリー、それからタドラと一緒に立ち寄った、あの不思議な太古の巨人が作ったって言うあの天文台。あの巨石に書かれていた太古の文字。僕にはさっぱり分からないけれど、あれってブルーは読めるの?」

『もちろん読めるぞ。ここでなら皇太子とアメジストの主、それから白の塔の長は読めるな。王立大学や城の図書館の司書にも、太古の文字に詳しい者が何人かいるぞ。だがその程度だな。あれはもう、誰も使う事のない死んだ文字だ』

「あのね、あそこへ言った時に、殿下とマイリーが見える部分だけでもって言って、文字を書き写していたでしょう」

『ああ、大喜びで書き写していたな』

「ニコスのシルフ達がね、あの文字を隠れていて見えない部分まで、どうやって読んだのか知らないけど全部読んだんだって。それで、知りたければ全部書いてあげるって言ってくれてね。この前から、ラスティにもらったノートいっぱいに、順番に書き出してくれてるんだ。もうすぐ終わるんだって。だけど、僕は太古の文字は全然読めないから、殿下かマイリーにプレゼントしようかと思うんだけど……構わないかな?」



 ポリティス商会のクッキーから、年下のレイが、年齢も上で財力もある竜騎士隊の人達に何かを贈ったりするのは、とても失礼な事だと教えてもらった。なので、あのノートを二人にプレゼントして良いのかどうかの判断が、レイにはつかなかったのだ。

 もしもそれを渡した事で、叱られたり、二人が怒りだしたりしたらどうしたら良いのか分からない。だけど、せっかくニコスのシルフ達が一生懸命覚えて書き出してくれたノートだ。無かった事にするのは申し訳無かった。

『ああ、それなら大丈夫だ。我からも言っておいてやるから、全部書けたらアメジストの主に渡してやれば良い。きっと大喜びするぞ』

「そうなの? 良かった。せっかく書いてくれたのに、無駄になったら申し訳ないものね。あ、でも……これどうしたんだって、絶対聞かれるね。ニコスのシルフの事は秘密にして欲しいって言ってたし……』

 ノートを渡したら、これは誰に聞いたのだと絶対に聞かれる事を考えて、レイは困ってしまった。

『それなら、我に聞いたと言えば良い』

「いいの? ありがとうブルー。じゃあそうさせてもらうね」

 嬉しそうにそう言うレイに、ブルーのシルフは大きく頷いた。



 あの天文台の事はブルーは本当に知っている。

 もっとあの遺跡が綺麗だった頃に、実際に読んだ事もある。

 そこには、あの天文台にかつて置かれていた、巨大望遠鏡の作り方と、その巨大望遠鏡の要である巨大レンズの作り方が書かれているのだ。しかし、あれを今の時代の人達に教えたところで、実際にもう巨大レンズを作り出す事は出来ない。

 レンズの材料となる、単体で削り出す事の出来るだけの、完全に透明な巨大水晶がもう無いからだ。

 だが、知識として残しておくのなら、話は別だろう。

 資料を集め、保管する事の意味を知るこの国ならば、太古の巨人達について研究している研究者達は喜ぶだろうし、資料は後世にまで大切に保管してくれるだろう。



 そう考えられる程度には、ブルーはこの国の人を信じられるようになっていたのだった。

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