最後の贈り物

 どんどん奥へ進んで行き、途中で迎えに出て来てくれた執事と交代してラスティ達は帰ってしまった。

 それから、執事の案内でカウリと二人で見覚えのある廊下を通って到着したのは、去年と同じ庭を見る為の部屋だった。

 まだ部屋には誰もいない。

 部屋から見える中庭には、今年も金色のベルで埋め尽くされた見事なツリーが飾られているのが見えた。

「ああ、これはここに飾られていたのか。うわあ、凄えな」

 小さな声で思わず、といった感じで呟くカウリを見て、レイはそっと背中を叩いて一緒に中庭のツリーを見に行った。



「これは特別倉庫に収めらている飾りでね。奥殿で使われる季節の飾りなんかは、普段の倉庫とは違う、別の場所があるんだよ。厳重に管理されていて俺達もいつでも入れるわけじゃないくらいさ」

「ただの飾りなのに、どうして?」

 不思議そうなレイの質問に、カウリはそっと手を伸ばして目の前にあったベルを突いた。

 チリンと軽い音を立てるベルを見て、カウリは笑った。

「そりゃあお前、奥殿で飾られるって事は、当然陛下や王妃様を始め、王族の方々がいる部屋に飾られる訳だからさ。何らかの呪術的な仕掛けや、或いは、部屋にいる人を害するような仕掛けがあったりしたら大変だろう? だから厳重に管理されているんだよ」

「そっか、万一って事があるもんね」

「まあ、王族の方々は精霊の守護があるから、そうそう危険な事は無いと思うけど、だからと言って周りの者が警戒しない訳ないだろう」

「オルダムに来て思ったけど、僕が知らないお仕事が、本当にいっぱいあるんだよね。そうやって皆がそれぞれのお仕事をちゃんとしてくれているから、いろんな事が当たり前に出来るんだね」

「まあな、以前も言ったと思うけど、裏方の仕事ってのは、目に見えちゃあ駄目なんだよ。物事が滞りなく進み、普段通りに過ごす事が出来て当たり前だからな」

「感謝しないとね」

 そう言ったレイは足元を見て笑顔になった。



 そこには、寒くなって一気にフワフワ度が増した猫のレイが擦り寄って来ていたのだ。

「久し振りだね。レイ。元気だった?」

 笑って抱き上げてやると、レイの肩にあごを乗せるようにしてしがみついた猫のレイは、物凄い音で喉を鳴らし始めた。

「この子が王妃様が可愛がっておられるって言う猫か?」

「そうだよ。猫のレイ。可愛いでしょう?」

 抱き上げたまま、顔が見えるようにしてやる。

「俺、猫は触った事無いな。へえ、お前はずいぶんと懐かれているんだな」

「撫でてみれば? すごくフワフワだよ」

 しかし、カウリが撫でようとすると、猫のレイは嫌がるように顔を背けたのだ。

「うわあ、もしかして俺、嫌われてる?」

 情けなさそうにそう言ったカウリが、泣く真似をする。

「どうしたの? カウリは嫌いかい?」

 抱き直してこっちを向いたその額をそっと撫でてやると、嬉しそうにまた喉を鳴らし始めた。

「お前が良いみたいだな。構わないから相手してやれよ。へえ、そんな長い毛の猫は初めて見たよ。しかし凄え尻尾だな」

 少し離れたカウリは、そう言って笑いながら庭を見回した。

 サディアスとオフィーリアの石像の前には、小さな机が置かれていて、火の灯った蝋燭が立てられ果物やお菓子も飾られている。

「あれ? もう一匹いるぞ?」

 カウリの声に、猫のレイに顔を寄せて目を閉じていたレイは驚いて目を開いた。

「ええ? マティルダ様が飼っておられるのって、この子だけじゃなかったの?」

 驚いて声のした方を見ると、同じようなふわふわの白と灰色のハチワレ模様の毛色の毛の長い猫がサディアス像の後ろの茂みから出て来た。

「これまた可愛いな。お前さんもここの子なのかい?」

 そっとしゃがんだカウリが優しい声でそう話しかけると、甘えるように鳴いたその猫は、カウリの差し出した手にそっと頬擦りをしてきたのだ。

「うわあ、ふっわふわだな、お前」

 思わずそう呟いたカウリは、そっと猫の小さな頭を撫でてやり、嫌がらないのを確認してから背中も撫で始めた。

 最初は遠慮しがちだったが、嫌がられていない事が分かったカウリは、最後には両手で顔の両側を揉むようにして猫と遊んでいた。喉を鳴らし始めたのを見て、その手を止める。

「抱けるかな?」

 そっと胸の下に手を入れて抱き上げる。その猫は嫌がらずに大人しく抱き上げられてくれた。

「うわあ、これはちょっと癖になりそうな手触りだな」

 そう言って笑うカウリは、普段とは違うとても優しい顔をしていた。



「その子の魅力に、猫初体験のカウリは大敗を喫した模様です。さて、ここから何か反撃出来るでしょうか? それとも、このまま敗戦決定でしょうか?」

 からかうようなレイの言葉に、カウリは堪える間も無く吹き出した。

「こんな負けだったら、喜んで受け入れるよ。ってか、どう考えても俺には勝てる要素が一つも無いよ」

 その答えに、二人は顔を見合わせて吹き出した。



「あらあら、フリージアはカウリがお気に入りなの?」

 その時背後から掛けられた声に、二人は同時に飛び上がった。

 振り返った部屋には、いつの間にか陛下とマティルダ様だけでなく、アルス皇子や第一礼装の若竜三人組がいたのだ。皆笑顔でこっちを見ている。

「ああ、お出迎えもせずに申し訳ありません」

 慌てたようにカウリがそう言って猫を降ろそうとしたが、その子はカウリの上着にしがみ付いて離れようとしない。

「こらこら、上着に爪を立てないでくれって! お前、この服が幾らするか……まあ知らないよな。そうだよな、猫だもんな」

 諦めたようなカウリの言葉に、マティルダ様だけでなく、陛下とアルス皇子までが同時に吹き出す、少し遅れて若竜三人組も吹き出す音が聞こえた。

「あはは、大変失礼を致しました」

 焦ったカウリに、離されまいとしがみつく灰色と白の猫を、庭に出て来たマティルダ様はそっと手を伸ばして撫でた。

「その子は、今年の春にレイのお嫁さん候補でここにきた子よ。名前はフリージア。この子の兄弟は皆花の名前を貰ったんですって。どう? 可愛いでしょう?」

「はい、私は今まで猫に触った事が無かったのですが、確かに可愛いですね。特にこの手触りは、最高です」

 笑ったカウリの答えに、マティルダ様は嬉しそうに頷いた。

「この子も、レイと同じであまり他の人には懐かないのよ。だけど貴方の事は気に入ったみたいね。良かったら、この子の気がすむまで相手をしてやってくださいな」

「はい、もちろんです」

 結局、カウリはフリージアを、レイはいつものように猫のレイを抱いたまま部屋に戻り、今更だが、二人揃ってそれぞれ猫を抱いたまま降誕祭の挨拶をした。



「よく来てくれたわね。さあ座ってちょうだい。レイはこっちへいらっしゃい」

 マティルダ様が、猫のレイを抱き上げて自分の席に座る。

 部屋に飾られたツリーの下には、今年も大きな包みが置かれている。

「貴方への贈り物よ。どうぞ開けてみて」

 マティルダ様にそう言われて、一礼したレイは急いでツリーの前に行った。

 そこには大小二つの包みと、それから一通の封筒が置かれていた。



 手前側の小さい方の包みを開けてみる事にした。

 木箱の中には、綺麗な布で包まれた物が入っていて、周りには綿が詰め込まれている。

「何か、割れ物なのかな?」

 そう思い、出来るだけそっと取り出す。意外に重くて驚いた。

 布の包みを開いたレイは、中から出てきた大きなガラスの置物に歓声を上げた。

「これって、形は違うけどスノーボールですね」

 去年、マークとキムからもらったスノーボールは、丸い玉のようになったガラスのドームだったのだが、これは平たい板の上に、直径20セルテ以上はある半円形のドーム状で、丁度お椀を伏せたような形になっていた。そのドームの中は、小さくなったオルダムの街の中心部分が入っていたのだ。見覚えのある蜘蛛の巣のような城壁が小さなドームの中に忠実に再現されている。

「うわあ、すごいや、城壁がいっぱいだ」

 ドームの中を覗いたレイの歓声に、またしても部屋にいた全員が吹き出した。

「あ、精霊王の神殿もありますね」

 目を輝かせて覗き込んだレイは、そっとスノードームをひっくり返して元に戻した。

 白い雪の粒が舞い上がり、オルダムの街に雪を降らせた。

「気に入ってもらえたかしら?」

 マティルダ様の言葉に、振り返ったレイは目を輝かせて頷いた。

「はい、ありがとうございます。大事にします」

 そっと包み直して箱に戻す。



 一旦横に置いてその隣の大きい方の箱を見る。それは、木箱に直接リボンが掛けられていた。

 小さく笑ったレイは、そっと引き寄せてリボンを解く。

 木箱の蓋を開けてみたが、これも綿がぎっしり入っている。手前側の綿を引っ張り出して、大きな包みをそっと取り出す。

 綿が詰められていたという事は、これも割れ物なのだろう。



 そっと包みを開いたレイは、驚きに声も無くそれを見た。

「えっと、これは月、ですよね?」

 夜、空に浮かぶ大きな月は季節によってその柄が変わる。

 天文学の基礎を学んでいる今のレイなら分かる。それは月が自分たちのいる世界の周りをある一定の法則で回っているからなのだ。しかも月はゆっくりとも回転しながら回っている為、季節によって見える場所が違うのだ。

 やや分厚い乳白色の硝子で再現されたその月は、その表面に月の模様が細やかな凹凸を作って描かれていた。

 丸い月の下側部分は開いていて中は空洞になっている。

 包みの中には、台になるのだろう、見覚えのある形のものも入っていた。それはランプの下側部分によく似ていた。

「えっと、これはランプですか?」

 しかし、レイがそう尋ねるのも無理は無かった。

 ランプシェードになるであろう白い硝子の月には、普通のランプシェードのように上側に空気が抜ける穴が開いていないのだ。これでは中で火を灯してもすぐに消えてしまうだろう。

「それに明かりを灯せる者は限られているぞ。さて、どうやるかな? 自分で考えてみなさい」

 笑みを含んだ陛下にそう言われて、レイは手元にあるそれらを見た。

「ええ、ランプに火を入れないでどうするんですか?」

 困ったようにそう呟く。

「ちなみに、私は出来る。アルスも出来るぞ。後はそうだな……今ここにいる者ならば、ロベリオとユージンも出来るな」

 陛下の言葉に、レイは無言で考える。皆面白そうに黙ったレイを見つめている。

「中に灯すのが火じゃないのかな? だったら……あ! 分かりました。光の精霊にお願いするんだ!」

「正解だ」

 満足そうな陛下に満面の笑みで振り返ったレイは、一つ深呼吸してそっとペンダントに呼びかけた。

「光の精霊さん。このランプに明かりを灯してください」

 すると、ペンダントから一人だけ光の精霊が飛び出て来た。

 レイの目の前をくるりくるりと飛び回ってから、その光の精霊はレイの持っている月のガラスの中に飛び込んだのだ。

 土台になる木製の台座にそっとその月を置く。

 突然、月がもの凄い明るさで輝き、調整するように段々とその光は小さくなった。

「うわあ、綺麗……」

 レイが思わず呟くのも無理は無かった。

 光の精霊が灯す光に照らされ、透し模様のように月の表面に掘られた凹凸が見事な濃淡を見せて、模様を浮かび上がらせていたのだ。

「これもドワーフの技術だそうだ。砂彫りと呼ばれる技法だそうで、硬いガラスの表面に砂を使って模様を描く事が出来るのだそうだ。説明を聞いたが、私にはさっぱり分からなかったな」

「ありがとうございます。すごく綺麗で嬉しいです。部屋に飾ります」

「気に入ってくれたようで嬉しいよ」

 陛下の言葉に、レイは頷いてもう一度お礼を言った。

 丁寧に包み直して一旦これも箱に戻す。綿を詰める作業は執事がやってくれた。



「えっと、これもですか?」

 奥に置かれていた一通の封筒を手にした。

 確か去年はこんな風にして家を貰ったのだ。でも、未成年の間は引き渡しはしないと言われて、まだレイもその瑠璃の館を見たことは無い。

 そっと封の施された封筒を開けてみる。

 折りたたまれたカードが入っていたのも、去年と同じだ。

「えっと、オルダム郊外にあるハートダウンヒルの丘の権利を贈る」

 それを聞いたカウリは口笛を吹き、若竜三人組は揃って拍手をした。

「えっと、ハートダウンヒルって、何処ですか?」

「其方が騎竜が好きだと聞いてな。遠乗りに行くのにぴったりの場所だ。直轄地だったのだが、ここを其方に贈る事にした」

 呆然と陛下の言葉を聞いたレイは、もう一度手にしたカードを見た。

 それから隣にいるカウリを振り返った。

「えっと、つまりこれは……土地を頂いたって事で良いの?」

「まあそう言う事になるな」

 目を見開く彼に、満面の笑みの陛下は頷いた。

「大した広さでは無い。多少高低差があるだけで、ただの平原だ。騎竜を走らせるにはオルダムから近くて良い場所だが、岩場があり高低差がある為に開発には向かないのだよ、土地も場所によっては少し柔らかい為、大きな建物も建てられないとの事で、そのまま平地としておいてあるのだ」

 つまり、土地として貰っても、あまり利用価値は無いという事だ。

 しかし、逆に言えば自由にラプトルを走らせる事が出来る場所をもらえたという事で、ようやくその意味が分かったレイは、思わずそのカードを抱きしめた。

「あ、ありがとうございます! 嬉しいです。すっごくすっごく嬉しいです!」

「詳しい明細と正式な権利書は、瑠璃の館の分と一緒にルークに預けてある。其方が来年の春に成人したら、彼から説明があるだろう」

 笑った陛下の言葉を聞いて、自分がどれ程の物を貰ったのかまだよく分かっていないレイは、もう一度笑顔で改めてお礼を言ったのだった。



『良かったな。これで森にいた時のように好きにラプトルを走らせてやれるな』

 右肩に現れたブルーのシルフに、レイは目を輝かせて何度も頷くのだった。

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