降誕祭当日の朝の一幕

 皆で食事に行った後、部屋に戻ったレイは、改めて蒼の森のタキスを呼んだ。

『レイおはようございます』

 いつものタキスの声が、並んだシルフから聞こえる。

「おはよう。えっと、素敵な贈り物を沢山ありがとうございます。今日の朝練から戻って、食事の前に休憩室のツリーの前でもらった物を順番に開けたんだよ。もうすっごく沢山皆から贈り物をもらっちゃって、お礼のカードが足りなくなりそうだから、後でお願いして持って来てもらわないといけないんだよ」

『良かったですね』

『年が明けて春になれば』

『いよいよ公式に紹介されるんですね』

『しっかり頑張るんですよ』

『そうだぞ』

『言っておくが貴族との付き合いはそりゃあ大変だからな』

『知識の精霊達にしっかり教えてもらうんだぞ』

「おはよう。ニコスも素敵な贈り物をありがとう。あの膝掛け、軽いのにすっごく暖かくてびっくりしちゃったよ」

『ああお前がよくソファーで寝てるって聞いたからな』

『少し大きめに編んだんだよ』

『寝ていてお腹を冷やさないようにな』

 ニコスの言葉を聞いたタキスが、後ろで吹き出している音までシルフは律儀に届けてくれた。

「ええ、どうしてそんな事知ってるんだよ。誰に聞いたの? ラスティでしょう!」

 レイの言葉に、ニコスの口元を押さえて笑う声も聞こえた。シルフが律儀にニコスの仕草を真似てくれる。

 それを見て、レイも思わず笑ってしまった。

 皆が、自分を心配していろんな事を自分が知らない内にしてくれているのだというのを、改めて思い知らされていた。

「ねえ、聞いてくれる? 僕、ここに来て……時々何もしないお休みの時間ってのをもらうようになったんだ。だけど最初の頃は、その時間に何をしていいか分からなくて本ばかり読んでいたよ。もちろん、本も大好きなんだけどさ、僕、やっぱり今でも何もしないって言うのがよく分からないんだ。だからお昼寝もその一つ。時間がすぐに過ぎるし、気持ち良いもんね」

『そうだな』

『森にいた頃は』

『ずっと何かして働いていたからな』

『良いじゃないか』

『遠慮せず好きに過ごせば良い』

 笑ったニコスの言葉に、レイも笑って頷いた。

「うん、もう今の時期は寒くて駄目だけど、竜舎の裏に、すごく木登りするのに良い木があってね。良い季節にはクッションと本を持って行って、木の上で読書をしたりお昼寝したりしたよ」

『ああそんな事を言っていたな』

『まあシルフ達に頼んでおけば落ちる心配は無いだろうからな』

『それなら確かに木の上は絶好の昼寝場所かもな』

 笑うニコスに、レイも一緒になって笑った。

「昨日ギードにはもうお礼を言ったんだけど、そこにギードはいないの?」

『今アンフィーと一緒に納屋で荷馬車の修理をしているよ』

「あれ、何かあったの?」

 いつもお世話になっていたあの荷馬車だろうか?

 あれが無いと、森で切った薪を運んだり、買い出しの際に荷物を運んだりする荷馬車が無くなってしまう。心配になって思わず身を乗り出した。

『ああ大丈夫だよ』

『車軸を交換する時期なんでね』

『アンフィーも大工仕事は得意だと言うので』

『ギードを手伝ってもらっているんだ』

「そっか、それなら安心だね。ギードとアンフィーにもよろしくね」

 そう言って手を振ろうとしたら、一番手前のシルフが慌てたように合図をしている。

「何? どうしたの?」

 思わず覗き込むと、シルフは苦笑いしながら手で四角い箱と丸い形を作って見せた。

『タキスの作ったリースと飾り鉢をよく見てみてくれるか』

『飾りにアンフィーの力作の木彫りの花や人形があるからな』

『内緒にしてくれって言われたんだけど』

『せっかく作ってくれたのにそんな訳にもいかないだろう』

「ええ、そうだったの? それは言ってくれないと分からないよね。じゃあ後で探しておくから、アンフィーにもお礼を言っておいてね」

『ああ了解だ』

『それじゃあ風邪引くなよ』

『レイ夜は特に寒くなって来ましたからね』

『くれぐれも身体には気をつけるんですよ』

 最後はタキスもそう言ってくれて、レイはちゃんとする事を約束して手を振った。

 次々にいなくなるシルフ達を見送って、レイは深呼吸を一つしてから顔を上げた。



 お昼は、城の奥殿の陛下やマティルダ様の所へ、殿下とマイリー、それからルークとカウリと一緒に降誕祭の挨拶に行って、そのまま奥殿で一緒に食事をするのだと聞いている。

 それまでは自由にして良いと言われているので、レイは、朝食に行っている間に部屋に運ばれていた贈り物の山の中から、アルジェント卿から貰ったあの本の一冊目を手に取った。



 背表紙の題名は全部同じだったが、表紙には題名の下に番号が打たれていて、全部で12冊もの大長編なのだと聞かされた。

 レイが大好きな精霊王の物語は、元はこの大長編の中から精霊王の部分だけを抜き出して再編集された物語だとも聞かされて驚いた。

 レイの持ってる上下巻が精霊王の物語では定番だ。それは、基本的に精霊王の生まれ変わりとなった少年の目線で話が進んでいく。

 だが、これは世界全体を見た、いわば天からの視線で描かれている。そのため、個々の人々が、まるで生きてその場にいるかのようにそれぞれ詳しく描かれているのだそうだ。

「ちょっとだけだもんね……」

 小さく呟いてソファーに深く座り、ニコスから貰った膝掛けを膝にかけて、レイは分厚い本を開いた。





 ニコスは、レイからの伝言のシルフがいなくなった机の上を見つめながら、以前ラスティから聞いた話を思い出していた。



 それは夏頃の事だ。

 ラスティからの定期報告を聞いていた時に、レイが初めて悪戯をしたと言う話を聞き皆で笑い転げた事があった。

 だがその後またしばらくしてから、レイの悪戯はもう飽きたようで無くなったのだが、時々勝手に部屋を抜け出して木の上で昼寝をしているのだとの報告を聞き、ニコスは笑うと同時に、ラスティに慌ててレイの代わりに謝ったのだった。

 主人が、自分の知らない間に勝手にいなくなると言うのは、仕える者にとっては最大の失敗であり、時と場合によっては処罰の対象にすらなるのだ。

 自分から勝手はしないように注意しようかと本気で心配したのだが、ラスティは笑って、ようやく彼も周りに遠慮をせずに好きに振る舞えるようになって来ましたね。本当に良い事です。と、そう言って喜んでくれたのだ。

 彼のような人がレイの側にいてくれて良かったと思い、ニコスは後で密かに涙したのだった。

「一度会って、ゆっくりラスティ殿と話をしてみたいよ。きっと色々な話を聞けるだろうな……」

 小さく呟いて笑った。




「……さま?」

 不意に肩を叩かれて我に返ったレイは、夢中になって読んでいた本から顔も上げずに飛び上がった。

「え? え? 何?」

 慌てて本を閉じて周りを見回す。

 そこには、新しい竜騎士見習いの服を持ったラスティが、呆れたように立って彼を見ていたのだ。

「えっと……?」

 何があったのか分からず、レイは内心でパニックになっていた。

「まあ、その本は確かに面白いですからね。夢中になるのも分かりますが、そろそろ読書はおしまいにしましょう。着替えをお願いします。こちらが、竜騎士見習いの第一礼装になります、念の為、サイズを確認しますので、一度袖を通してみてくださいませんか?」

「ああ、分かりました」

 返事をして立ち上がったレイは、膝掛けをソファーに置き、読んでいた本を山の一番上に置いた。



「おや、肩周りと胸回りが少し窮屈そうですね」

 袖を通した新しい服は、滅多に着ない第一礼装であった為、前回の補正からまたレイが大きくなっていたらしくかなり窮屈になっていた。袖を何度か引っ張って確認したラスティは、困ったように眉を寄せた。

 すぐさま連絡を受けて、仕立て担当のガルクールだけでなく、助手の人達までが四人も道具一式を持ってレイの部屋まで来て、またしてもレイは、下着姿にされて体の隅々まで全部のサイズを数人がかりで測られたのだった。

「おやおや、これは素晴らしい成長ぶりですね。去年の降誕祭からこっち、身長はほぼ12セルテは確実に伸びていますね。胸回りと肩周りも素晴らしい成長ぶりですよ。今日の所は、一回り大きく作ったこちらを着てください。合わない部分がありましたらすぐにお直し致しますので」

 三人がかりで手早く着替えさせられ、ややゆるい背中側を少し詰めてもらう事になった。

 折りたたみ式の作業机に広げられた制服は、手早く手直しが施されて、あっという間に出来上がった。

「お手間かけさせてごめんなさい」

 着替えながらどうにも申し訳なくて、本気で謝るレイだった。

「レイルズ様、これが我らの仕事ですから、どうか我らへの遠慮も謝罪も無用でございます」

 笑いながらそう言ってくれたガルクールの言葉に、そこにいた助手達も次々に頷いてくれた。

「そうですよ。こんな仕事なら喜んで幾らでもやります。若い方の健やかな成長は我らにとっても喜びです」

 少し足が不自由な年配の男性にそう言われて、レイはもう、どうしたらいいのか分からなくなった。

「えっと、本当にありがとうございます。これからもまだまだいっぱい迷惑かけると思うけど、どうかよろしくお願いします」

 手渡された直してもらった制服を見て、レイは改めてお礼を言った。

 自分はまだまだ背が伸びるだろう。頑張って鍛えているので、もう少し全体に筋肉もついて欲しいと思っている。そうなると、今ある制服はまた着られなくなりそうだ。

 この一年で何着仕立て直してもらったのか考えて、構わないと言われてもやっぱり本気で申し訳なくなるレイだった。




 直してもらった第一礼装を着て、同じ服を着たカウリと一緒にラスティとモーガン、それからヘルガーと一緒に城へ向かった。

「その第一礼服も似合っているよ」

 からかうように小さな声でそう言うと、カウリは苦笑いして肩を竦めた。

「これも、一着に幾らかかるか知っているだけに、正直言って袖を通すのが怖いよ。どこか引っ掛けたりしたらどうしようってな。モーガンは直ぐに慣れるって言ってくれるんだけど、お前は慣れたか? ここに一年いて」

 二人共前を向いたままで並んで小さな声で話しをしている。

 ラスティ達には聞こえているだろうけれど、特に注意もなくそのまま渡り廊下を通って城に入って行った。



 周りからは、相変わらずの大注目だが、確かに去年に比べれば余裕をもっている自分がおかしかった。

「確かに、慣れってのは有りそうだね。僕も緊張はするけど、ちょっとは余裕が出てきたような気が……するような気がするかも知れない?」

「何だよそれ。しかも何で最後が疑問形なんだよ」

 小さく吹き出したカウリにそう言われて、レイも思わず吹き出しかけて咳をして誤魔化した。



 いつの間にか、レイの肩とカウリの肩にはそれぞれブルーのシルフとカルサイトのシルフが座りそれぞれの主の頬に、そっと愛おしげにキスを贈っていたのだった。

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