二人の為に出来る事

 翌朝、いつもの時間にシルフ達に起こされたレイは、着替えてルークとカウリと一緒に朝練に向かった。

 若竜三人組は、昨夜から城へ行ったきり戻って来ていないらしい。

「忙しそうだね」

 朝練の訓練所に向かいながらレイが感心したように言うと、ルークは苦笑いしている。

「まあ大人になると、色々と付き合いもあるからね。その辺りは、これからだな」

「正直言って、俺も不安がいっぱいなんですけどね」

 カウリの言葉に、ルークは吹き出した。

「まあカウリの場合は、独身か既婚者かで、貴族側の対応はかなり変わるな」

「どう言う事?」

 全く分かっていないレイに、二人は顔を見合わせて無言でどちらが説明するか譲り合った。

 結局、大きなため息を吐いてルークが口を開いた。

「だってさ、カウリの年齢に釣り合う女性っていったら、まあ、ちょっと年齢は上になるだろう。例えば、若くしてご主人を亡くされて、それっきり独り身の方とか。まあ色々あって、結婚しないままにそれなりの年齢になった方とかさ。身内や知り合いにそんな女性がいる人にしてみれば、突然現れたその年齢と釣り合う年齢の独身男性って、まあ貴重なわけ。ヴィゴが言っていただろう。見合い話が既に山ほど来ているって」

「うわあ、カウリ。皆にちゃんとチェルシーの事、話せて良かったね」

「全くだな。黙ったままうっかり独身で紹介されていたと思うと……はっきり言って気が遠くなるよ」

「それは、ここに来てすぐに言わなかったお前が悪い! 後で、ヴィゴに謝っておけよ。マイリーに苛められていたぞ」

 驚く二人に、ルークは肩を竦める。

「だって、竜騎士になる人物の身辺調査なんて、基本中の基本だぞ。普通はマイリーがするんだけどね。今回はヴィゴが教育係をするからって言って、その辺りも彼に任せていたみたい。で、あんな事になったもんだから……まあ、正直言って裏では大騒ぎだったんだぞ。カウリも、もうちょっと自分がなるものについてしっかり考えてくれよな」

「うう、申し訳ありません。後で謝っておきます」

 本気で恐縮するカウリに、ルークは小さく吹き出した。

「まあ、ヴィゴにとっても今回は良い経験になったみたいだね。でも俺は、個人的には諜報活動に詳しいヴィゴは……嫌だな。どこまでも真っ直ぐだから、彼は信頼出来るんだと思ってるよ」

「まあ、その辺りは適材適所って事で良いんじゃないですかね」

「カウリは、どの位置に座る事になるのかね?」

「さあ、如何でしょうね? 俺はまだ見習いなもんで」

 肩を竦めてしらばっくれるカウリに、ルークは笑って思いっきり背中を叩いた。

「出来れば、こっちに来て欲しいな。ちょっと人材が不足気味なんだよ」

「何の事だか分かりませんね? 竜騎士隊には、優秀な人材が豊富だと思っていましたけど?」

「言ってろ。今に思いっきり仕事を振ってやるからな!」

 二人は顔を見合わせて吹き出した。

「レイルズ、お前も期待してるからな。しっかり勉強してくれよな」

 笑った二人に左右から背中を叩かれて、レイは到着した訓練所に悲鳴をあげて逃げ込んだのだった。



 柔軟体操と走りこみの後は、ルークに見てもらってカウリと棒で手合わせしてもらい、その後は乱取りにカウリと二人で混ぜてもらった。

 しっかり汗を流して朝練は終了して、一旦本部へ戻って着替えて三人と一緒に食堂で朝ごはんを食べた。

「昨日言っていた、ニーカとディーディーのお祝いをするって、もう日は決まっているの?」

「ああ、四日後だよ。丁度訓練所が休みの日だからさ。昨日のうちに、神殿には連絡を取って許可をもらってある。ああそうだ、レイルズ。大事な事を教えておくよ」

 改まった口調に、レイは食べていたパンを置いた。隣では、カウリも何事かと食べている手を止めてこっちを見た。

「お前の名前で、神殿の今回昇格した二位の巫女と三位の巫女の方々には、ちょっとしたお祝いを贈ったからな。ちなみに二位の巫女達には、色違いの石の付いたスカーフピンを、三位の巫女達には飾り細工の入ったガラスペンとインク壺を、それから全員に金糸を織り込んだ生地で作った護符を入れる守り袋を贈ったよ」

「ええ、どういう事?」

 隣では、カウリは納得したように頷いて、平然と食べ始めた。

「えっと、今の話でカウリは意味が分かったの?」

 驚きの目で振り返ったレイに、カウリは小さく吹き出した。

「俺にはこれ以上ないくらいによく分かったよ。ってか、ちょっと気になってたから、後で聞いてやろうと思っていたんだけど、さすがに皆も分かってたみたいだな」

「ええ、待って! 僕には何の事だか全く分かりません!」

 困ったように口を尖らせるレイを見て、カウリとルークは堪える間も無く吹き出し、ラスティ達も、必死で笑うのを堪えていた。



「お前は知らないだろうけど、集団の中で誰か一人が良い目を見てばかりいると、周りから要らぬ嫉妬を招くんだよ」

「嫉妬?」」

 以前、タキスが白の塔の図書館から山のような本を借りてきて大喜びしているのを見て、レイは自分でもよく分からない感情に振り回されてタキスを叩いてしまった事がある。後で謝って許してもらったが、ガンディからそれが嫉妬の感情だと教えられた。

「えっと、つまり……ディーディーばっかりいい思いをしてるって、周りが思うかもしれないって事?」

「よく出来ました。だって、他の見習い巫女や三位の巫女達にしてみれば、花祭りの時に怪我をしたニーカと一緒に白の塔へ行き、花祭りの会場で貴族の若者から花束を貰って帰ってきただろう。他にも、ニーカとクラウディアは、週の半分は精霊魔法訓練所へ行っている。その間も、神殿での務めは有るわけだから、彼女達の代わりに他の子達が交代で務めているわけだよ。な、逆の立場で考えてみろよ。自分はずっと神殿で朝から晩まで働いたりお務めをしたりしている訳で、自由になる時間なんて殆ど無い。それなのに彼女達は好き勝手に出かけて行って偉い方々に可愛がられている。狡い。悔しい。って考えたらどうする?」

 思っても見なかった事を言われて、レイは固まってしまった。

「つまり、ニーカやディーディーが神殿のほかの巫女達から……苛められるかもしれないって事?」

「まあ、極端に言うとそうなる。こらこら、どこへ行くんだよ!」

 慌てて立ち上がろうとするレイを、ルークは慌てて止めた。

「だって! 僕のせいでディーディーやニーカが苛められるなんて、そんなの駄目だよ!」

「だから落ち着けって。そうならないようにしてやった、って話なんだからさ」

 目を瞬かせ素直に座ったレイに、横でカウリは必死で笑うのを堪えていた。

「以前、話した事があると思うけど、女性同士の場合は特にこの嫉妬の感情ってのが厄介なんだ。だから、極力波風は立てないようにするべきだ。これは分かるな」

 無言で頷くレイに、ルークは笑って頷いた。

「そこで、具体的にどうやるか、って話になる訳だ。今回の場合、ニーカとクラウディア以外にも同じように昇格した巫女達がいる。なので、彼女達全員に、ささやかながらお祝いの品をお前の口座から贈った。身分は隠して、城の貴族からの昇格祝いの贈り物だって言って、出入りの商人に届けさせたんだよ。いつもニーカとクラウディアと仲良くしてくれてありがとうございます。これからもどうかよろしく。ってカードを添えてね」

 驚きに声も無いレイに、ルークは片目を閉じてみせた。

「言っただろう、金は必要だって。今こそ使い所な訳だ。そのカードを見れば、送り主が誰かは容易に想像が付く。そう言った贈り物を時折届けると、一気に印象は良くなるからね。彼女達も出掛けやすくなるって訳だ、分かったか?」

「もの凄く良く分かりました。ルーク凄い。どうやってそんな事思い付くの?」

 無邪気に感激されて、ルークは言葉に詰まった。

「まあ、これも大人の知恵だよ。なあ、カウリ」

 いきなり話を振られて、スープを飲んでいたカウリは慌てて口元を拭った。

「いきなり話を俺に振らないで下さいよ。でもまあ、確かにルークの言う通りだぞ。彼女達が神殿内部で孤立するような事態は絶対に避けなければいけないからさ。しっかり教えてもらって、お前がやるんだよ。あ、こう言うのを根回しと言うんだぞ」

「まあ、順番に覚えていこうな。覚悟しろよ。何から何までこんなのばっかりだからな」

「うう、そんなの絶対無理です!」

 情けない声で叫んで机に突っ伏すレイを見て、二人はまたしても吹き出したのだった。




 ラプトルに乗って訓練所に向かいながら、レイは小さなため息を吐いた。



 他の人が良い思いをしていたら、自分も同じだけ良い思いをしたくなるのだろうか。自分にはよく分からない感情で、レイはどうにも納得が出来なかった。

「ねえ、ちょっと聞いてもいいですか?」

 ゆっくりとラプトルを歩かせながら、レイは隣にいたキルートに話しかけた。

「如何なさいましたか?」

 驚いて顔を上げた彼に、レイは困ったように質問した。

「キルートは、もしも他の同期の誰かが偉い人から可愛がられてて、時々仕事を抜けたりしたら……悔しいと思う? その人に腹が立つ?」

 唐突な質問だったが、彼にはこの質問の背景が手に取るように分かった。

「それはそうでしょうね。特に、その人が抜けた部分は当然誰かが埋めなければいけない訳で、そうすると本来するべき仕事以上の事をしなければなりません。一度や二度ならば、まあお互い様なので気にしませんが、何度も当たり前のようにされるとなるとあまり良い気はしませんね」

 カウリの護衛の者も頷いている。

「じゃあ、その偉い人から、いつもお世話になってごめんねって言って、何か贈り物を貰ったりしたらどう思う?」

 二人の護衛は、レイのその質問を聞いて懸命にも吹き出すのをなんとか堪えた。

「まあ、それなら、仕方がないと思いますかね。からかう程度の事はするでしょうが、少なくとも何も無い時よりは、心象は良くなると思いますね」

 誤魔化すように咳払いをしてそう言ったキルートに、レイは顔を上げてお礼を言った。

「ありがとう。やっぱりそうなんだね」

 それっきり、納得したように顔を上げて嬉しそうにしている彼を見て、これだけで納得するのもどうかと思うぞ。と突っ込みたいのを護衛達とカウリは、揃って必死になって我慢していたのだった。



 そんな彼らを、少し離れた所から、ブルーのシルフが面白そうに見ていたのだった。


『まだまだ勉強すべき事は多そうですね』


 隣に現れたニコスのシルフに、ブルーのシルフは面白そうに喉を鳴らした。

『彼は彼のままで良い。真に強き者には処世術など所詮おまけでしか無いわ』


『でも要らぬ敵を作る必要は無いわ』

『そうよ味方が多ければ何をするにも楽になるもの』


 ニコスのシルフにそう諭されて、ブルーのシルフは驚きに目を瞬いた。

『成る程な。無駄な敵をつくらぬ。か。心得ておこう。確かに無闇に彼の心痛を増やす必要は無いな』

 納得したように頷くブルーのシルフに、ニコスのシルフは嬉しそうに頷いた。


『ありがとう蒼き古竜よ』


 ニコスのシルフはそう言って笑い、クルリと回っていなくなってしまった。

『ふむ、神殿の見張りに、巫女達の事も念の為一応入れておくか』

 小さく呟いたブルーのシルフもそのまま消えてしまった。

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