新しい家族

「はあ、笑った笑った。全く朝から疲れさせるんじゃねえよ」

 ルークの言葉に、朝練から戻って来ていた一同は、また笑ってカウリを捕まえた。

「もう勘弁してくれって! それより、お前の彼女はいつから城へ来るんだ?」

 無理矢理話を変えたが、レイは素直に乗ってくれた。

「ああ、そうだよ。彼女達の試験の結果は? 無事に昇格出来たんだろうね」

 ロベリオ達の質問に、レイは笑って大きく頷いた。

 昨日は、カウリの騒ぎのおかげで、皆に彼女達の試験の結果報告が出来なかったのだ。

「うん。二人とも無事に昇格したよ。ディーディーは二位の巫女になって襟飾りを新しく身に付けていたよ。巫女の襟飾りが憧れだったんだって。ニーカも三位の巫女になったよ。新しい巫女の制服を着て大喜びだったんだよ」

 揃って拍手する若竜三人組を見て、ルークとカウリも笑顔になった。

「今までの慣例からいえば、昇格の後、ひと月程度で移動の辞令が出るんだ。春の辞令は街をまたぐ移動が多い。つまり、クラウディアがブレンウッドからオルダムへ来たみたいに、移動の事を考えて春に辞令を出すんだよ。秋は、神殿内部の部署変更などの移動や隣街への移動が中心だな。長距離の異動の辞令は、余程の事情が無い限り、普通は秋は出無いよ」

「そうなんだね。多分、正式な移動は来月以降になるって言っていたけど、早く来てくれないかな」

 ルークの説明に、レイは目を輝かせて彼の腕にしがみ付いた。

「毎日、お祈りと称して分所へ通ってたりしてな」

 カウリの言葉に、ルークと若竜三人組が揃って吹き出した。




 皆で一緒に食堂で食事をした後、そのまま一旦部屋に戻った。

 今日は訓練所は休んで、マイリーが弓の先生をしてくれる予定になっている。

 マイリーと二人で勉強や訓練が出来るのはひと月の内、二日か三日程度だ。なので、レイはこの時をとても楽しみにしていた。



「申し訳ございません。マイリー様に急遽午前中の予定が入ってしまったそうですので、今日は代わりにルーク様が先生役をしてくださるそうです」

 しかし、部屋に戻ると申し訳なさそうなラスティから、今日の予定変更を伝えられた。

「分かりました。えっと、今日は弓の稽古の予定だったんだけど、それはそのまま?」

「はい、準備が出来ましたら、装備を持って、いつもの弓の訓練室に行くようにとの事です」

 頷いたレイは、昨夜から用意していた弓の道具が入った袋を持って、急いで本部の中にある弓の訓練室に向かった。

「ああ、来たな。それじゃあ始めようか」

 そこにはルークだけでなくタドラもいて、二人とも弓を手にしていた。

 タドラも一緒に教えてくれるのだと分かり、レイは満面の笑みになった。

「よろしくお願いします!」

 そこから午前中いっぱい、速射を中心に二人掛かりで教えてもらいながら、黙々と矢を射続けたレイだった。




 今日の予定を変更して本部にいたマイリーの元に、担当の者から連絡が入った。

「ご苦労様。言っていた部屋に案内してくれ」

『了解しました』

 短いシルフの返事に、マイリーは持っていた書類を置いた。そのままゆっくりと立ち上がる。

 廊下に出ると、同じく出て来たヴィゴと合流する。そのまま一緒に、別の階にある部屋に向かった。

 到着した部屋には、第二部隊の制服を着た女性が立ったまま待っていた。

「お待たせしました。どうぞお座りください」

 マイリーの言葉に一礼したチェルシーは、恐る恐る示された立派なソファーに座った。

「改めまして、はじめまして。マイリー・バロウズです」

「初めまして、ヴィゴラス・アークロッドです。カウリの教育担当を務めております」

「初めまして。チェルシー・リーニスと申します。どうぞ、チェルシーとお呼びください」

 妙に緊張感を孕んだ挨拶が済んだところで、マイリーが口を開いた。

「お忙しい中、お呼び立てして申し訳ない。カウリから、貴女との事を聞きました。とにかく、まずは貴女のお気持ちを確認させて頂きたかったんです」

「どうか、遠慮は無用に願います。彼との将来を考えておられる?」

 チェルシーは俯いて必死になって涙を堪えた。もう、この後に続く言葉が容易に想像出来てしまったからだ。

 しかし、彼らから告げられたのは、その考えとは全く真逆のものだった。



「我々としては、正直に申し上げて、何故もっと早くに話してくれなかったのだ。と彼に言いたい」

「全くだ。カウリの奴、自分から求婚しておいてそのまま放って一人でここへ来るとは、薄情にも程があるぞ」

「貴女の上司のダイルゼント少佐と連絡を取りました。後任者が決まり次第、仕事の引き継ぎをお願いします。それが終われば、正式に、竜騎士隊本部付きの第二部隊の総務部に移動して頂きます」

 その言葉に、彼女は驚きのあまりずっと俯いていた顔を上げた。その顔は、目はキラキラと輝き、その頬は真っ赤になっている。

「あの……それは一体どういう意味なんでしょうか?」

 本気で分かっていない彼女に、ヴィゴが笑って説明をした。

「竜騎士の妻となられる方が一般人の場合、軍属であれば竜騎士隊本部付きの各部隊のいずれかに必ず移動させます。これは、竜騎士との関係を希望する外部の者からの、不用意な接触からその方を守る為です。その意味はお分かりですね」

 呆然としたまま何度も頷く。

「結婚後の仕事については、貴女のご希望通りに。退職為さるも良し、もちろんそのまま仕事を続けることも可能です。彼が正式に見習いとして紹介されれば、慣例として陛下から一の郭に屋敷を賜ります。既に準備は整っているとの事ですので、貴女には、そこの女主人として家を守って頂く事になりますね」

「よろしいのですか? 私は、ただの平民の大工の娘です。竜騎士となられるお方に相応しいとは、到底思えません。私は……」

「身を引くおつもりだった?」

 マイリーの優しい言葉に、堪え切れない涙が頬を転がり落ちた。

 無言で頷く彼女を見て、二人は顔を見合わせた。

「昨夜、カウリと三人で話しました。彼は言いましたよ。自分は、貴女が良いのだとね。貴女の手を離すつもりは無い、と」

 マイリーの言葉に、ヴィゴも大きく頷いた。

「恥ずかしげも無く言いおったな。聞いているこっちが恥ずかしくなったぞ」

 ヴィゴの言葉に、マイリーも笑っている。

「如何ですか? 貴女も、覚悟を決めてはくださいませんか?」

「我々、竜騎士一同は、貴女と彼との結婚を応援いたしますぞ」

 二人からの言葉に、真っ赤になった彼女はまた俯いてしまった。


 沈黙が部屋を覆う。


 その時、ノックもなしに、ものすごい勢いでいきなり扉が開いた。

「何事だ。騒がしいぞ。ノックぐらいしろ」

 ヴィゴが平然とそう言い、マイリーは無言で部屋に飛び込んできたカウリを振り返った。

 ここまで全力で走ってきたのだろう。流れる汗を拭いもせずに、カウリはそのまま黙って部屋に入って来た。

 驚いて顔を上げた彼女が泣いているのを見て怒鳴りそうになった時、いきなり立ち上がった彼女が飛びついてきたのだ。

「な、何だよ!」

 驚きのあまり、仰け反りつつもしっかりと抱き返した彼は、そのまま改めて二人を睨みつけた。

「彼女に何を言ったんですか!」

「おうおう、一人前の男の顔をしているぞ」

 ヴィゴのからかいに、普段なら軽口で応じるところだが、今の彼にはそんな余裕は無かった。

「違うの、違うのカウリ。私、嬉しくって……」

 胸元から聞こえる小さな声に、彼の怒りが一瞬で収まる。

「へえ? 今なんて言った?」

「お二人は、私をここへ人事移動させるって、貴女との結婚を応援するって言ってくださったの」

 呆気にとられる彼に、チェルシーは真っ赤な顔のままで満面の笑みになった。

「嬉しい。私、私正直言ってもう駄目だって思っていた。それなのに、それなのにまさか竜騎士様に祝福して頂けるなんて!」

「言っただろうが! 俺は絶対諦めないって!」

 大喜びで抱き合う二人を、ヴィゴとマイリーは笑って見ていたのだった。




 朝練から戻ったカウリは、昨夜マイリーとヴィゴから言われた通り、元上司である第二部隊のダイルゼント少佐に伝言のシルフを送った。

 目の前に並ぶシルフを見て、彼は口を開いた。

「ご無沙汰しております。カウリです」

 すると、端に座ったシルフがこれ見よがしの大きなため息を吐いた。

『今だけは元上司として言わせてもらうぞ』

 驚きに目を見開く彼に構わず、隣のシルフは叫んだ。

『お前薄情にも程があるぞ!』

『せめて彼女との関係だけでも俺には言って行け!』

 その言葉に、カウリは堪えきれずに吹き出した。

「ああ、もしかしてもうマイリー達から連絡が行きましたか?」

『当たり前だ!』

『もう驚いたなんてもんじゃ無かったぞ』

『俺の心臓を止めるつもりか?』

「申し訳ありません。あの時は何しろ色々と大混乱だったもので」

 悪びれもせずにそういう彼に、もう一度シルフが大きなため息を吐いた

『まあ大混乱だった事は分かるが』

『それにしても酷すぎるぞ』

『って事で貸し一つだ! いいな!』

「おお、じゃあ無期限で借りておきます」

『いつかきっちり返してもらうからな』

 その言葉に、カウリはもう一度吹き出した。

「いや、本当にお騒がせしました。申し訳ありません」

『お前……全く悪いと思っていないだろう』

 その言葉に、カウリはもう一度盛大に吹き出したのだった。



 手を振っていなくなるシルフ達を見送り、深呼吸したカウリは改めてシルフを呼び出した。

「チェルシーを呼んでくれるか」

 いつもなら、すぐに頷いていなくなるシルフは、困ったように首を振った。

『今は駄目』

『お話中だよ』

「誰と? 待て、今彼女はどこにいる?」

 嫌な予感に、質問を変える。

『あっちの部屋にいるよ』

『二人と話してる』

 その二人が誰なのか分かった瞬間、カウリは立ち上がって走り出した。

「シルフ! どの部屋だ!」

『こっちだよ』

 嬉しそうに前を飛ぶシルフの後について、カウリは廊下を走り、階段を二段飛ばしで駆け上がった。

 普段は使われていない応接室の前で、シルフが止まっている。

 ノックもせずに、カウリはその部屋に飛び込んでいった。




 弓の訓練が終わり、三人で本部に戻ったレイは、一旦部屋に戻って道具を置くと、そのまま休憩室に向かった。

 ルークとタドラが陣取り盤を教えてくれるというので、喜んで廊下に飛び出した。

「あれ、カウリ。今日は図書館じゃ無かったの?」

 ヴィゴ達と一緒に、休憩室に入ろうとしているカウリの後ろ姿が見えて、レイは思わず声を掛けた。

 しかも、驚いた事にカウリの隣には第二部隊の制服を着た女性兵士の姿があった。

 今、この時に彼の隣にいる第二部隊の女性兵士は一人しかいないだろう。



「ああ、やっぱりチェルシー上等兵! お久し振りです!」



 目を輝かせたレイの声に、振り返った彼女は目をまん丸にした。

 見覚えのあるその青年は、どこから見てもあの時の部隊間交流で来た第四部隊のレイ二等兵だ。

 だが、今の彼はカウリと同じ竜騎士見習いの服を着ているではないか。

「レイ二等兵? ええ? 待ってください。もしかして……貴方って、あの、古竜の主なんですか?」

 チェルシーの叫び声に、カウリはまたしても吹き出し、彼女には正体を知られていなかった事を今更思い出したレイは、慌ててルークの背後に隠れた。

「お前な。今更隠れてどうするんだよ」

 ルークに笑って引っ張り出されてしまい、レイは改めて彼女に頭を下げた。

「えっと嘘ついててごめんなさい。一般兵がどんな生活をして、どんなお仕事をしているのか見て来いって言われて、二等兵として行きました」

「そうだったんですね。驚きました。その制服、よくお似合いですよ」

 笑顔のその言葉に、レイも笑顔になった。



 どうやら、話し合いは上手くいったみたいだ。

 周りで嬉しそうに輪になって踊っているシルフ達に手を振って、皆で一緒に休憩室に入って行った。

 休憩室にはロベリオとユージンの姿もあり、そこで、彼女にアルス皇子以外の全員を紹介して、彼女とカウリの正式な婚約が伝えられた。

 それを聞いて、部屋は拍手と祝福の言葉に包まれたのだった。



 実は先程のマイリー達とのやりとりは、隣の部屋にいたアルス皇子も覗き窓を通じて全て聞いている。その上で、これは大丈夫だと判断してそのまま皇王にカウリの結婚の件を報告に行ったのだ。



『皆揃っているかい?』

 机の上に現れたシルフに、全員が黙る。

「はい、全員揃っております」

 代表してヴィゴが答える。

『父上に報告したよ』

『お祝いの言葉を頂いた』

『落ち着いたら揃って挨拶に来いってさ』

 その言葉に、チェルシーは真っ青になり、カウリも無言で天井を見上げた。

『すぐに戻るから』

『まだ帰らないようにね』


「おう、まさかの陛下への結婚の報告っすか?」

「当たり前だろうが」

 ヴィゴに背中を叩かれて、カウリは情けない悲鳴を上げたのだった。

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