訓練所での出会い
廊下で待っていてくれた、ルークやカウリ、若竜三人組と一緒に、レイは食堂へ向かった。
ヴィゴとマイリーは本部へは戻らず、訓練所から直接城にある竜騎士専用の部屋に向かったと聞かされた。
「もしかして、僕の為に、忙しいのにわざわざ朝練に顔を出してくれたの」
隣を歩くルークにそう尋ねると、驚いたように彼は振り返った。
「だって、そうなんでしょう。心配かけてごめんなさい。もう大丈夫だから心配しないでね」
ルークを見て笑うと、彼も安心したように笑って頷いてくれた。
「まあ、確かにそれもあるな。だけど別に気にする事は無いって。本当に忙しかったら、頼んでも来ないからさ」
何でも無い事のように言ってくれて、忙しいのに申し訳なかったが、少し気が楽になった。
「前から思ってたんだけどさ。お前は、何でも自分一人でやろうとするなよな。何の為に仲間がいると思っているんだよ。少しは頼れよな」
食堂に向かう廊下でルークにそう言われて、レイは思わず立ち止まった。
「ええ? 思いっきり頼ってるつもりだけど?」
ルークも立ち止まったのを見て、四人も立ち止まって何事かと振り返る。
「どうやら、頼るって言葉の意味について、一度ゆっくり話し合う必要がありそうだな」
苦笑いしたルークに背中を叩かれ、レイは笑って悲鳴を上げた。
いつもよりも少しゆっくり食事を終えてから、少し休んでカウリや護衛の人達と一緒に、馬車で精霊魔法訓練所へ向かった。
「何で今日は馬車なんだ?」
隣に座ったカウリが、不思議そうに窓から空を見上げている。
空は少し曇っているが、まだ雨は降っていない。
「ブルーが、今日は雨が降るって教えてくれたんだよ。だから馬車なんです」
「おお、それは有り難い。ラプトルで出掛けた先で雨に降られたら、どうしても濡れるからな」
のんびりとそんな話をしていたら、不意に空が暗くなり本当に雨が降り出した。
「うわあ、本当に降って来たぞ」
窓を見ながら、カウリが感心したように笑っていた。
到着した訓練所でカウリと別れて、レイはいつものように、まずは自習の為の参考書を探しに図書館へ向かった。
「ああ、おはようございます、レイ。雨が降って来たみたいだけど大丈夫? 濡れていない?」
参考書を手にしたディーディーの声に、レイは鞄を置いて彼女が持っている本を受け取った。
「うん、ブルーに雨が降るよって教えてもらったから、今日は馬車で来たよ」
「それなら良かったわ。急に降って来たみたいだったから、濡れたんじゃ無いかって心配していたの」
「ああ! もしかして。マークとキムは濡れたかもしれないね。教えてあげれば良かった」
不意に思いついて、心配になってきた。外はかなり雨が強くなっている。
そんな話をしながらレイも参考書を集めて、彼女が借りてくれていた自習室に、一緒に集めた参考書をまとめて抱えて持って行った。
ディーディーは彼の分の鞄も一緒に抱えて、二人分の参考書を軽々と持つ、頼もしいレイの後をついて行った。
「おはよう。いやあ、急に降られたから、少し濡れちゃったよ」
「おはよう。レイルズは大丈夫だったか?」
その時、扉をノックする音が聞こえて振り返ると、マークとキムが手拭いを片手に笑いながら手を振っていた。
「おはよう。やっぱり濡れたんだね。大丈夫? 風邪引かないようにね」
扉を開けてやると、二人共少し濡れた程度で、服の中まで雨がしみる程では無かったようだ。
「もう少し本を探して来ます」
ディーディーがそう言って、参考書を探しに行った。
何となく三人揃ってその後ろ姿を見送った。
「あのね、後でちょっと二人に話があるんだ」
小さな声でそう言うと、マークが振り返った。
「ああ丁度良かった。俺達も、お前に話があったんだよ。紹介したい人がいるんだ。授業の後でゆっくり話そう」
マークの笑顔に、レイは頷いた。
「そうなんだね。えっと、僕の話は今日じゃなくても構わないよ」
慌てたようにそう言った。
彼らが誰か紹介してくれると言うのなら、テシオス達の事は、第三者がいるときに話すべき事ではないだろう。
追加で何冊もの参考書を持って戻って来たディーディーと一緒に、四人で午前中いっぱい自習をして過ごした。
「基礎医学と薬学……駄目だ、今度、ガンディに頼んで補習をお願いしよう。そもそも、教科書に書いてある意味が解らないって……もう、どうすれば良いんだよ」
机に突っ伏して情けなさそうに呟く。
隣では、マークが笑いながらそんなレイの背中を叩いてくれた。
薬学はまだましで、タキスに教えてもらった薬の知識がとても役立っているのだが、基礎医学が予想以上の難敵だった。とにかく専門用語が多く、今まで聞いた事の無いそれらの言葉を覚えるだけでもまず一苦労なのだ。
ここへ来て初めての頃、学力を知る為に行った試験で書いてある質問の意味が解らず途方にくれた事を思い出した。
「まあ、あの頃に比べたら……少しは成長したよね」
「頑張ってね、レイ。私も頑張るから」
参考書から顔を上げたディーディーにそう言われて、レイは慌てて顔を上げた。一度深呼吸をしてから、座り直して続きを読み始めた。
「おお、女性の力は偉大なり。だな」
「そうだよな。羨ましいぞ、おい」
マークとキムは、顔を寄せてそんな事を言って、密かに笑い合っていた。
食事の後、いつものように教室の前で解散した。
「今日は授業が終わったら、私はそのままニーカのいる白の塔へ行きますのでここでお別れですね。また明日」
笑顔で手を振って教室へ入る彼女を、レイも手を振って見送った。
今日は、問題の基礎医学の日だ。
教えに来てくれるガスパード先生は、白の塔の外科の専門家で、若い頃にはガンディの下で働いていた事もあったそうだ。以前も今も、いかにガンディが医師達に厳しく容赦がないか、実例を交えながら色々と教えてくれたりする。
今のガンディは、竜騎士隊付きの薬師であると同時に、白の塔の長として医師達全体を統括する立場らしく、特に専門に何処かの科を見ている訳では無いらしい。
頑張って予習して来た事もあり、その日の授業は何とかついていく事が出来た。
「ありがとうございました!」
お礼を言っているがかなり疲れた様子のレイに、ガスパード先生は苦笑いしている。
「まあ、初心者の方は、まず、この専門用語の多さに心が折れますよね。ですがもうこれは諦めて覚えてもらう他はありませんからね。どうか頑張って覚えてください」
「はい。がんばり……ます」
「お疲れ様でした」
笑いながら、先生は持って来た本をまとめて持つと、教室を後にした。
レイも、窓を閉めて手早く荷物をまとめて廊下に出た。
廊下には、先に授業の終わったマークが待っていてくれた。
「お待たせ。あれ? キムはまだなの?」
研究生のキムは、彼らが授業を受けている間に、与えられた研究室で自分の研究をしたり、時に教授に教えてもらったりしている。なので、ある程度時間は自由になる為、大体いつもキムが一番先に来て待ってくれているのだ。
「ああ、キムは先に行ってるよ。自習室を借りたから、一緒に来てくれ」
「お疲れさん。あれ、なんだ? お前らまだ勉強するのか?」
後ろから聞こえたカウリの声に、レイは慌てて振り返った。
「ああ、どうしよう。そうだ、今日は馬車で一緒に来たんだった」
いつものようにラプトルに乗って来たのなら、カウリには先に帰ってもらえるが、まだ外は雨が降っているので、レイだけ後から帰るのは無理があった。
「どうした?」
首を傾げるカウリを見て、マークも同じ事を思ったらしく、シルフを呼び出して何やら相談している。
「カウリ、レイルズに紹介したい人物がいるんですが、良ければ貴方もご一緒にどうですか?」
しかし、彼はその言葉に少し警戒したらしく、無言で眉を寄せた。
「誰を紹介するんだって?」
はっきり言って、竜騎士となる事が確実な彼らと繋ぎを持ちたいと考えている人は、城には大勢いる。レイルズよりも、その辺りの事情に詳しい彼が警戒するのは当然だった。
「第四部隊の竜人の士官の方なんですが、センテアノスの出身で、今でも星系信仰の信者だそうなんですよ。レイルズの亡くなったご両親が星系神殿の巫女と護衛の兵士だったと聞きました。オルダムでは珍しい、星系信仰の話を聞けるかと思って彼に紹介する為に訓練所まで来て頂いたんです。俺の上司のダスティン少佐には、レイルズに大尉を紹介する事は報告しています。それから、ヴィゴ様にも報告済みです」
ここでのレイの保護者はヴィゴになっているので、何かあったらマークやキムはヴィゴに連絡を取るように言われているのだ。
「根回し完璧だな」
笑って頷いたカウリは、隣にいるレイを見た。
「せっかくだから、俺もご一緒させてもらっても良いか? 星系信仰の話には、ちょっと興味がある」
目を輝かせるレイに、カウリは慌てて首を振った。
「言っとくけど、俺は信者にはならないぞ。これでも一応、精霊王への信仰心くらいは、持ち合わせてる……つもりだぞ」
「なに、その間は」
マークに真顔でそう言われて、カウリは堪える間も無く吹き出した。
「まあ、俺の座右の銘は、何事も程々に。だからな」
「カウリ、それはちょっと違うと思うよ」
カウリの言葉に、レイも、そう言いながら笑っている。
「俺もそう思う、それは座右の銘にしちゃ駄目だと思うな」
マークにそう言われて、カウリは笑って舌を出した。
結局、護衛の者達に、人に会うので少し遅れる事を知らせて、カウリも一緒にキムの待つ自習室へ向かった。
「お待たせしました」
ノックをしてから扉を開けて中に入る。
そこは、いつも使っている自習室よりも広くて綺麗な部屋だった。
部屋にはキムと一緒に、第四部隊の士官の制服を着た薄茶色の髪の小柄な竜人が待っていた。
「初めまして、レイルズ・グレアムです」
差し出された手を握り自己紹介する。
「ダリム・エーベルバッハです。初めまして、古竜の主よ」
隣に並んだカウリは、何故か苦笑いしながら右手を差し出した。
「カウリ・シュタインベルグです」
「お久し振りです。カウリ伍長。いや、今はもうカウリ様ですね。まさか、このような形で再会するとは思ってもいませんでしたよ」
「あはは、まさにこんな形で再会するとは俺も思っていませんでしたよ。その節は色々とご迷惑をお掛けしました」
親しげに話す彼らを見て、キムとマークは驚いて顔を見合わせた。
「あれ? 大尉殿、カウリとお知り合いなんですか?」
キムの言葉にダリム大尉は笑って頷いた。
「彼が城の倉庫番をしていた時に、何度も世話になっているんだよ。とにかく彼は仕事が早いからね。頼りにしていたんだ」
納得した二人に促されて、まずはそれぞれ椅子に座った。
マークが手早く人数分のお茶を入れる。差し出された紅茶を見て、カウリとレイは顔を見合わせて嬉しそうに笑いあった。
本部ではカナエ草のお茶だけだし、普段の食堂でもカナエ草のお茶一択だ。こんな風に出された時ぐらいしか、紅茶を飲む機会は無かった。
机の上では、ブルーのシルフと、ニコスのシルフ達も現れて座り、大尉が口を開くのを待っていたのだった。
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