帰還と報告
大爺の元を飛び立ったブルーは、いつもの高度でオルダムへ向かっていた。
大爺がガンディの事を認めたので、無理に大爺の場所を隠す意味が無くなったからだ。
レイは、眼下に広がる景色を見ながら少し考えてブルーの首を叩いた。
「ねえブルー。竜騎士隊の皆や陛下にも大爺の事って話して良いのかな?」
どう考えても、オルダムに戻ったら、彼女を連れて何処へ行って何をしたのか、竜騎士隊の皆や殿下に、詳しく報告しなければならないだろう。
しかし、何を何処まで話して良いかの判断は、レイには出来なかった。
「陛下と皆への報告には、儂が一緒に行ってやる故、彼女の処置が終わるまで、其方も白の塔で待っていなさい」
しかし、ブルーが答える前に、後ろに座ったガンディがそう言ってレイの肩を叩いた。
「ガンディはどう思う? 大爺の事は、迂闊に人に話しちゃいけないって、ニコス達から言われてるんだけど、竜騎士隊の皆には言っても良いかな?」
「ふむ。まあここまで言っておいて、隠す方が逆に不自然だろう。具体的な場所については言わぬ方が良いが、竜騎士隊の連中と、陛下には言っておくべきだろうな」
『構わぬぞ。要石の王は我の存在を既に知っておる』
その時、突然現れた大きなシルフが、レイの目の前で大爺の声でそう言ったのだ。
全員が驚きに目を見張ったが、ブルーは平然としている。
「やはりそうであったのか、クロサイトを連れ出すと言った時、当たり前のように許可証をくれたのは、そういう理由があったのだな」
納得したようなブルーの言葉に、大爺の使いのシルフは小さく笑った。
『我が
「そうか、代々の皇王だけに伝わっていたのだな。大爺の存在は」
『うむ、この国の要石の王にだけは、我の存在は伝えられておった。万が一、世界が激変するほどの事態が起これば、その時は我を頼れ、とな。彼女はその激変の欠片となり得る存在ぞ。闇の手に決して渡してはならぬ。聖なる結界に守られたこの国でまずは成長を待ちなさい』
「なんだか、僕にはよく解らなくなってきたよ」
困ったようなレイの言葉に、大爺のシルフは愛おしげに目を細めた。
『其方にはまだ難しい話であったかのう。大事無い。気にせずとも良いぞ』
笑って手を振ると、そのまま大爺のシルフはいなくなってしまった。
なんとなく全員が沈黙する。
しばらくして、苦笑いしたガンディが顔を上げた。
「しかし、まさかエントの大老にお目に掛かれる日が来ようとはな、長生きはするもんだな」
「大爺は、行ったところで誰にでも会ってくれるわけではない。己の成してきた日々に感謝するのだな」
「幻獣の研究者としては、今日の体験だけで何冊もの本が書けそうじゃよ」
「やめろ。発表するなら、後二百年は待て」
その言葉に、レイは小さく吹き出した。
「二百年も過ぎたら、少なくとも今生きている人間は絶対いなくなってるね」
ブルーが小さく笑い、ガンディも吹き出した。
「そうじゃな、その頃には、今日の出来事も、物語の一幕として語られておるやも知れぬな」
「すごいや、じゃあ僕もその物語に出るね」
「そうじゃな、格好良く書いてやるぞ」
「うわあ、読みたい。お願いガンディ、今すぐ書いて! 僕が出てくるところだけ、今すぐ書いて!」
「無茶を言うな! まだ、其方の物語は始まったばかりであろうが」
二人は、顔を見合わせて笑い合った。
「そろそろ到着するぞ。日が暮れるまでに戻って来られたな」
ブルーの声にレイは慌てて前を見る。暮れ初めて赤く染まった城の尖塔が、幾つも綺麗に並んでいるのが見えて来た。
「さすがに速いのう。では中庭に一旦降りてくれ。まずはニーカを白の塔へ運ぶ故、其方も一緒に来なさい」
「はい、分かりました」
城から聞こえてくる歓声を聞きながら、レイは振り返って大きく頷いた。
城の前の広場に大勢の人が出て来て手を振っているのを見ながら、ブルーはゆっくりといつもの中庭に降り立った。
「おかえりなさい」
第二部隊の兵士達が上がってきて、ニーカの担架を手早く取り外していった。
「彼女はそのまま白の塔へ運ぶので、よろしく頼む」
ガンディの言葉に、頷いた兵士が敬礼した。
ブルーの背から降りたレイは、差し出された大きな頭にキスを贈って、第二部隊の兵士達が鞍とベルトを取り外すのを見ていた。
「おかえり、どうやら彼女は無事だったようだね」
かけられた声に振り返ると、ヴィゴを先頭に、若竜三人組とカウリの姿があった。
「ただいま戻りました」
直立して敬礼すると、揃って綺麗な敬礼を返してくれた。
「えっと、彼女をこのまま白の塔へ入院させるそうです。ガンディに、僕も一緒に来るように言われたので、行ってきます」
「ああ、聞いているよ。戻ったら詳しい報告を聞く、今は彼女に付いていてあげなさい」
ヴィゴにそう言われてもう一度敬礼したレイは、ブルーにもう一度キスをしてから、兵士達の手で担架ごと運ばれていくニーカの後を急いで追いかけて行った。
振り返ったガンディが、ヴィゴと一度だけ頷き合い、そのまま彼らは足早に白の塔へ向かって行った。
「では、我らは本部へ戻ろう。ラピスよ、強行軍で悪かったな、ゆっくり休んでくれ」
ベルトを全て外されて身軽になったブルーは、ヴィゴにそう言われて目を細めた。
「我にとってはどうという事は無い。しかし、レイは恐らくかなり疲れておるだろう。今はまだ気を張っておるから平気だろうが、全部終われば恐らく疲れて動けなくなるだろう。今日は早めに休ませてやってくれ」
「ああ、分かっているよ。十分休ませるので、安心してくれ」
「見かけは大きいが、まだまだ子供だからな」
ブルーのその言葉に、全員揃って笑って頷いたのだった。
クロサイトは、慣れない長距離の移動にかなり疲れていたようで、早々に兵士達に連れられて第二竜舎へ戻って行った。
マッカムを筆頭に、待ち構えていた担当の兵士達の手でしっかりと面倒を見てもらって、お腹いっぱいに食事をしてからいつもの場所に安心して丸くなった。
クロサイトの使いのシルフは、ニーカの側にずっと付いている。ぐっすりと眠っている彼女の容体が安定している事は、シルフを通じて手に取るように分かる。
「大爺、ありがとう……」
小さく呟くと、そのまま翼の中に頭を差し込み目を閉じた。
周りの竜達は、そんなクロサイトを愛おしげに見つめて、静かに揃って小さな声で、癒しの歌を歌い始めたのだった。
白の塔に運ばれたニーカは、当分の間、特別室に入院する事になった。
医師達にいくつか指示を出し、留守にしていた間の報告を聞いてから、ガンディはレイと一緒にまずは皇王の元へ向かった。
到着した部屋には、ヴィゴを始めとする、ここに戻って来ている竜騎士全員が揃っていた。
『砦の彼らには、我がシルフを通じて一緒に話をする』
ブルーの声に頷き、案内された椅子に座って目の前にカナエ草のお茶が入れられるのを、レイは黙って見つめていた。
執事が下がり、部屋にいるのは、陛下とガンディ、そして竜騎士達だけになった。
『部屋には結界を張らせてもらった。まずは、何があったか順に話そう』
詳しい話はブルーのシルフが行い、時折ガンディが自分の意見を述べながら報告は終了した。
ニーカの背中にあった黒い痣が消えていた事も、ガンディの口から報告された。
「恐らくですが、元々彼女の背にあったのは、タガルノの民がよく掛かる黒星病と呼ばれる黒い痣が出来る皮膚病の一種でしょう。その痣に、彼女が竜の主となった後、出撃の際に術者の手でなんらかの
報告書に書いても不自然では無い如何にもな理由に、その場にいた誰からも反論の声は出なかった。
皆、何となく、彼女自身もただの平民では無い事は感じていたが、クロサイトの正体同様に、口に出してはならぬ事だと理解していたのだ。
「ご苦労だったな。彼女の事については、白の塔に任せるので、十分に養生させてやってくれ」
陛下の言葉に、ガンディは深々と頭を下げた。
「はい、そのように致します」
「レイルズもご苦労だったな。明日は休みをやる故、其方もしっかりと休んで身体を癒しなさい」
陛下にそう言われて、レイは居住まいを正した。
さすがに疲れている自覚はあったので、お礼を言って頭を下げた。
早々に城から本部へ戻った一同は、ひとまずレイを部屋に戻して着替えさせてから揃って食堂へ向かった。
本来であれば、今夜は国境から戻ってきた竜騎士達を労う意味を込めて、皇王の招待で揃って城で共に夕食を頂くのだが、さすがに国を端から端まで一日で往復したであろうレイルズをこれ以上疲れさせるのは良くないと判断され、夕食会は後日改めて行われる事になったのだった。
そんな事情を知らないレイは、いつもの食堂にすっかりご機嫌で山盛りの料理を確保して、若竜三人組に呆れられていたのだった。
食事が終われば、いつもなら休憩室で陣取り盤をしたり本を読んだりするのだが、さすがに疲れを感じたレイは早々に部屋に戻って、ゆっくりと湯を使ってからベッドに潜り込んだ。
「おやすみなさい、明日も貴方に蒼竜様の守りがありますように」
「おやすみなさい、明日もラスティにブルーの守りがありますように」
額にキスをされて、キスを返して笑い合った。
部屋の明かりを落として出て行く後ろ姿を見送ってから、レイは小さくため息を吐いた。
何だか、とても長く感じた一日だった。
そして、自分が知らないところで、何か、得体の知れない事態が密かに進行している事に、レイは言葉に出来ない不安と、そして不快感を感じていた。
「タガルノで、今何が起こってるんだろうね……」
小さく呟いたその言葉をシルフ達が黙って聞いていたのだった。
そのまま目を閉じて、静かに寝息をたて始めたレイの周りには、ブルーのシルフやニコスのシルフ達だけでなく、何人ものシルフ達が現れて、何度も何度も愛おしげにふわふわな赤毛を撫でていたのだった。
「城に変化が現れただと?」
タガルノの城のすぐ近くの森で、結界を張って身を隠していたアルカディアの民の一人が顔を上げた。
彼の目の前には、何人ものシルフ達が並んで座っている。
『アシェア王女がいきなり倒れたらしい』
『奥殿では大騒ぎになっている』
「原因は何だ? 王女に持病は無かったはずだが?」
『贄の印が現れたと言って大騒ぎをしている』
『しかし何故だか奥殿の部屋に影がかかっていて』
『中を覗けなくなっている』
『もしかしたら地下の奴が何かしたのかもしれん』
シルフの言葉を聞いていたその男は、首を振った。
「贄の印……聞くからに不穏な響きだな。今の状況で何か出来るとは思えないが、可能性として一番高いのはそれだろうな。例の竜人の
『今の所は動きは無い』
『引き続き監視する』
「了解だ。十分気をつけてな』
頷いたシルフ達が手を振って消えるのを見送ってから、彼は仲間達に、今の話を報告する為に立ち上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます