精霊魔法訓練所と今後の予定
その日、午前中は皆と一緒に自習をして食堂にも一緒に食べに行った。食堂にいた周りの皆が何と無くレイに何か言いたげだったが、レイは分かっているが知らん振りをしていた。
「じゃあ午後からは各自授業だな。また明日な」
リンザスの言葉に、全員が笑顔で食堂の前で別れた。
自分の教室へ向かいながら、適性検査ってどんな事をするのか後でカウリに聞いてみようと思うレイだった。
授業を終えて言われた通りに教室の前で鞄を抱えて待っていると、何やら疲れた様子のカウリと、笑顔のヴィゴが向こうから並んで歩いてきた。
「お疲れ様でした。えっと、適性検査は無事に終わったんですか?」
手を上げて合図をし、合流したところで目を輝かせて尋ねる。
「おお、待たせてすまなかったな。光の精霊魔法には残念ながら適性は無かったが、それ以外はどの属性も相当なものだったな。適性検査に当たった第四部隊の士官と教授も皆感心しておられた。後半は、俺も教授方と一緒に立ち会ったが、本当に素晴らしかった。これは先が楽しみだ」
満面の笑みのヴィゴと違い、カウリはぐったりと疲れきって見えた。
「えっと、お疲れ様カウリ。何だか具合が悪そうだけど大丈夫?」
遠慮がちにそう尋ねると、カウリは無言でレイの腕にしがみついて来た。
「助けて先輩。僕にはこんなに沢山勉強なんて出来ません」
半ば冗談、半ば本気に聞こえるその言葉に、レイはわざと大きなため息を吐いた。
「諦めてしっかり勉強してね、カウリ。これは残念ながら、僕にはどうしてあげる事も出来ないよ」
「薄情者!」
小さく吹き出してそう叫ぶカウリの背中を、ヴィゴが笑って思い切り叩いた。
「だからいい加減諦めて、覚悟を決めろと言っておろうが」
からかうようなその言葉に、カウリも大きなため息を吐いた。
「この歳になって、また一から勉強する日が来ようとはね。しかし、確か俺の記憶力は、もう随分前から何処かへ出掛けたきり帰ってくる様子が無いんですけど、まあそれでも良いなら何とか頑張ります」
「早く帰って来てくれる事を切に願おう」
吹き出したヴィゴの言葉に、レイも一緒になって笑った。
その日は一緒に本部へ戻り、翌日からは一緒に精霊魔法訓練所に通った。
しかしカウリは、しばらくは一日中さまざまな個人授業を受けるのだと聞き、自習時間が無かったため残念ながら行き帰りの時以外は別行動が殆どだった。
食事も別室で食べているらしく、食堂でもまだ一度も見かけたことは無かった。その為、友人達にまだ彼を紹介出来ないまま、数日が過ぎようとしていた。
「そりゃあ無理ないよ。お前と違ってカウリ様は、半年で最低限の事を全部覚えないと駄目なんだからさ。ご本人も必死で勉強なさるだろうし、周りだって必死になって教えるよ」
キムの言葉に隣のマークも頷いている。今日は会えたのはこの二人とクラウディアとニーカだけだ。
「それって、半年で全部の授業をするって事?」
「まあ全部って事は無いだろうけど、最低限の単位が取れるだけの授業は当然やるだろうな、もちろん実技も」
「うわあ、僕でも泣くかも」
ここに通い始めて半年以上になるが、精霊魔法に関しては、下位の単位は座学も実技も全てもらって、上位の実技はほぼ完了、座学の方はまだ半ばといったところだ。
レイの場合は、地理や歴史、数学などの一般学生向けの授業も受けていた為に、かなりの時間がかかっていたのだ。
「でも、カウリ様も一般兵って事は学校なんて行っていないだろう? どこまで勉強されるのか知らないけど、大変だと思うぞ」
食堂で、五人で一緒に食べながらそんな話をしていると、不意に周りで騒めきが起こりそのあと急に静かになった。
何事かと驚いて振り返ると、カウリが一人で食堂へ入って来るのが見えたのだ。
遠くから見ると、あの赤い竜騎士見習いの制服は確かに目立つ。皆が注目するのも分かる気がした。
入り口近くで立ち止まって食堂を見渡す彼を、周りの生徒達は無言で見つめている。
彼らがカウリをゆっくりと見たのは、恐らくこれが初めてだろう。普段は、到着してラプトルを預けたら出迎えの教授と一緒に直ぐに教室へ向かってしまうからだ。
戸惑う様子の彼を見て、レイは立ち上がって無言で手を振った。それに気がついて手を上げた彼は、そのままトレーを持って黙って列に並んだ。
妙な緊張感が食堂を包む中、自分の分をしっかり確保した彼が平然と歩いて来てレイの向かい側に座った。
しかし、まだ食堂中から無言で注目されている。
小さく深呼吸して苦笑いしたカウリは、その時驚くべき行動に出た。
黙って立ち上がると、その場で深々と一礼したのだ。
「お食事中にお騒がせして申し訳ございません。先日よりこちらに通っております。無学な一学生でカウリと申します。どうか皆様、よろしくご指導下さい」
それを聞いた食堂中が、同時に小さく吹き出した。
「そうだな、失礼した」
「うん、そうだよな。ここにいる間は一学生だよな」
そんな呟きと笑い声があちこちから聞こえて、食堂は直ぐにいつもの騒めきに戻ったのだ。
「すごいカウリ」
あっと言う間に、その場に受け入れられて馴染んでしまった彼を、レイは尊敬の眼差しで見つめていた。
「まあ、伊達に歳食ってない、って事にしておいてくれるか」
照れたように笑ってパンをちぎる彼は、レイの両隣に座る四人を見た。
「ご友人か?」
頷いたレイは、四人を彼に嬉々として紹介した。
順に挨拶を交わす彼らを見ながら、リンザスとヘルツァーとしばらく会っていない事に不意に気が付いた。
「ねえ、リンザスとヘルツァーってしばらく見てないけど、どうかしたのかな? お休み中?」
小さな声で隣に座るキムとマークに尋ねた。
「あ、そうか、お前は面会期間中は休んでいたからな。二人はもう卒業だよ。無事に最後の単位が取れたんだって言ってたぞ」
マークの言葉にレイは驚いて、ちぎりかけたパンを置いた。
「え、そうなの? 初めて聞いたよ」
「この訓練所は、単位が全部取れたらその時点で卒業だからね。それで、この後正式に配属先も決まるみたいだ。恐らく士官候補生として、どこかの部隊の少佐の下で勤める事になると思うよ。決まったら、レイルズの所にも何か言ってきてくれるんじゃないか?」
「二人は精霊魔法を使えるのに、そう言えば第二部隊所属なんだね」
確か、精霊魔法を使える兵士は、全て第四部隊に移動になると聞いたのに。
「元の所属がそっちだったからね。それに貴族の方の場合は、移動に当たっては家の意向なんかも関係するらしい。まあ、詳しい話は俺達も知らないけど、お偉いさん同士でその辺りは話し合ってくれてるんだろうさ。恐らく人事異動って形で、第四部隊に移動してくると思うよ。もしかしたら、いずれ俺たちの上司になるかもな」
キムの説明に、レイは笑って頷いた。
「二人のどちらかが上司になるなら、怖いもの無しだね」
「勇者の盾か槍の持ち主が上司になれば、確かにどちらでも怖いもの無しだな」
キムが何度も頷きながらそう言い、マークもその隣で頷いていた。
いつも会えなくなるのは寂しいが、すぐ近くにいるんだしまた会う事もあるだろう。納得してレイは食事を再開した。
時々、反対側に座った彼女達とも、お休みの間の事を話したりしていた。
向かいで食事をするカウリは、そんな五人の若者達の様子を見て、素知らぬ顔で直ぐに食べ始め、食後のお茶を飲んでいる間も両隣に座った人達と話を始めてしまい、結局その日も、彼に四人を紹介しただけで碌に話も出来ずに終わってしまった。
「せっかく少しはマーク達と話せるかと思ったのに、残念だったね」
その日、ラプトルに乗って一緒に帰りながらそう言ったレイに、カウリは笑って首を振った。
「あれはお前さんの友達だろう? もちろん会えば挨拶はするし、機会があれば一緒に勉強もするけど、俺の事は基本的に放っておいてくれて良いぞ」
驚いて目を瞬くレイに、カウリはニンマリと悪そうな笑みを浮かべた。
「それよりさ、綺麗な巫女様だったな」
「駄目だよ! ディーディーは僕の彼女なの!」
思わず叫んだ瞬間、我に返って真っ赤になる。
「お前さん、相変わらず隠し事が下手過ぎる! 全部顔に出てたから、見ていて分かりやすかったぞ」
大きく吹き出して、鞍上で大笑いしながらそんな事を言うカウリに、レイは真っ赤な顔のままで思い切り舌を出した。
「意地悪! 良いよ、じゃあもう知らないもんね」
「ああ待ってくれよ、ごめんって。ちょっとからかっただけだから、そんな薄情な事言うなよ」
慌てたようにそう言う彼にレイも思わず吹き出した。後ろでは護衛の者達も堪えきれずに吹き出している。
「うん、若いって良いねえ」
からかうようなカウリのその言葉に、もう一度レイは笑って舌を出したのだった。
本部に戻ると、一旦それぞれの部屋に戻る。
「おかえりなさい。ルーク様から、お戻りになられたら連絡するようにとの伝言です」
ラスティにそう言われて、頷いたレイは荷物を自分で片付けてからシルフに頼んでルークを呼んでもらった。
『おかえり話があるから休憩室に来てくれるか』
「わかりました。じゃあ休憩室へ行くね」
手を振るシルフに手を振り返し、レイは休憩室へ向かった。
休憩室には、ルークと若竜三人組が揃って陣取り盤を囲んでいた。
「おかえり。嬉しい知らせがあるよ」
振り返ったタドラにそう言われて、レイは何事かとルークを見た。
「調整が済んだんでね。蒼の森へ里帰り出来るぞ」
それを聞いた瞬間、レイは嬉しくてその場で飛び上がった。
「何だ? どうした?」
背後から声を掛けられて、レイは慌てて部屋の中に入った。
不思議そうにカウリとヴィゴが、休憩室に揃って入って来た。
「ルーク、いつから? いつから帰れるの?」
目を輝かせるレイに、ルークは吹き出した。
「おお、すごい食いつきっぷりだな。行くのは五日後だよ。以前言っていた、エイベル様の墓石をお届けするって言うのが今回の里帰りの名目だからな。相談の結果、お前と殿下、マイリーとタドラが一緒に行く事になった。まあ、この名目でなら、殿下でも堂々と蒼の森へ行けるだろうって話だよ。タキス殿との打ち合わせも終わったから、お前に報告」
「そっか、エイベルのお墓は、あれだと寂しいもんね」
「まあ場所が場所だから、そうそう参る人がいるとは思わないけど、幾ら何でも、あれは寂し過ぎるからね」
レイの言葉に、同じ事を思っていたルークも頷いてそう言った。
竜騎士達全員の恩人であるエイベル様のお墓を、全ての事情を知った今となっては、あのまま放置する事は彼らには出来なかったのだ。
「仕上がった墓石は、もうブレンウッドのドワーフギルドへ届けられている。墓石の設置は、バルテン男爵の指示でブレンウッドのドワーフ達がやってくれる事になった。彼らなら、問題無く蒼の森へ入れるそうだからね」
墓石の設置ってどうやるんだろうと考えていたレイは、その言葉に納得した。
「本来、新しい墓石の設置には精霊王の神殿から誰かに来てもらうんだけど、今回は殿下がその役目を務めてくださる。これも経験だからよく見ておくと良いよ」
嬉しくて目を輝かせるレイに、皆笑顔になった。
それから夕食までの間、カウリとヴィゴは別室でまだ勉強するのだと言っていなくなり、残った若者組で陣取り盤を前に対戦して時間を過ごした。
一方別室に移動したカウリは、ヴィゴから、レイルズの養い親であるタキスとエイベル様の事を詳しく聞かされたのだった。
当然、軍人であるカウリもエイベル様の名前は知っているし、それほど信仰心の無い彼でもエイベル様の像に参った事は何度もある。
まさか、そのエイベル様の父上が生きていて、しかもレイルズの養い親だと聞かされてカウリは絶句した。
「これもある種の精霊王の采配なんでしょうが……精霊王の指先に弄ばれるただの人間にとっては、過酷に過ぎる現実ですね」
目を閉じて首を振る彼に、ヴィゴも俯いて祈りの言葉を口にした。
「今更何をしたところで到底償いきれるものでは無いと思うが、今後も出来る限りの事をすると陛下もお考えだ」
「素晴らしいお考えかと。確かに、荒れた墓に新たな墓石を贈るというのは良い考えですね、敬意を持って弔う意志も一緒に届けられる」
「今回はさすがにまだ行けないが、いずれ機会を作ってお前も行かせてやるからな。竜騎士として、正式に参って来ると良い」
「大恩人様ですからね。分かりました、その時までにはせめて祈りの言葉くらいは覚えるようにしておきます」
苦笑いする彼に、大真面目な顔でヴィゴがとんでもない事を言った。
「まあ、心の底から信仰しろとは言わんが、真面目に信仰しているように見える程度には取り繕っておけよ」
「良いんですか? そんなんで」
驚く彼に、ヴィゴは笑って首を振った。
「信仰心は、誰かが強要出来るようなものではあるまい。しかし、竜騎士としてこれからはいつでも注目される事になる。最低限の事はするようにな」
「話が分かる大人って良いなあ」
ふざけたように笑う彼に、ヴィゴも笑って頷くのだった。
同じ竜騎士見習いでも、二人の教育方針はかなり違うようだった。
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