迎える準備と帰る楽しみ

「はい、ではお待ちしております」

 敬礼していなくなるシルフを見送って、タキスは顔を覆った。

「良かったなタキス。きっとご子息も喜ばれるだろうさ」

 無言で動けないタキスの背中を叩いたギードが優しい声でそう言い、反対側に座ったニコスも何度も頷いていた。

 先ほどのシルフはルークからの連絡で、近々レイルズを里帰りさせる予定だと言ってくれたのだ。

 その言葉に喜ぶ三人に、ルークは更に驚くことを告げた。

 それは以前、竜熱症の治療が終わり無事にレイが森へ戻ってきた時に同行して来てくれたヴィゴとルークが、あの粗末なエイベルの墓を参った際に言ってくれた言葉だったのだ。



 我ら竜騎士に、エイベル様の墓石を贈らせてはもらえないかと。



 その準備が出来たので、レイルズの里帰りに併せて設置させて欲しいとの申し出だった。

 またその設置には、ブレンウッドのドワーフギルドから人が来てくれて、しかも竜騎士隊からはアルス皇子とマイリー、タドラの三名がレイに同行して設置に立ち会ってくれるのだと言う。

 彼らが、いかにエイベルの事を大事にしてくれているかが改めて分かって、タキスはもう嬉しさのあまり言葉も無かった。



「しかし、そんなに大人数で来てくれるのなら賑やかになるな。これで、食料の在庫も少しは減りそうだ」

 嬉しそうなニコスの言葉に二人も笑顔になる。

「まさか、シヴァ将軍が、我らのような身分の者の食糧事情まで心配してくださるとはな」

 ギードもしみじみとそう言い、三人揃って小さく吹き出した。

 実は、二人はここへ来るに当たって、相当の食料を持参してくれているのだ。お陰で食料庫には、冬籠りの前と変わらないくらいの食材が保存されている。

 主食であるパンの材料の小麦粉や、ロディナ名物の干し肉、ロディナ特産の芋や夏野菜。大量に届けられたそれらの保存食や新鮮な食材を前に、ニコスは只々呆気にとられていたのだった。

「森での食料は貴重なのでしょう? お手伝いに来た我らが、こちらの皆様にご迷惑をかける訳には参りません。ただ、料理に関しましては、申し訳ありませんが我らではどうしようもありませんので、どうかよろしくお願いします」

 最初に来た時に、渡された食材を前に申し訳無さそうにそんな事を言われてしまい、もう感心するやら呆れるやら、忙しいニコスだった。

「しかし、マイリー様やタドラ様だけでなく、殿下までお越しくださるとは……お泊まり頂く部屋を失礼の無いように用意しなければなりませんね。ギード、後で客室の家具の位置を少し変えるから、すまないが手伝ってくれるか」

 ニコスの言葉に、ギードも笑顔で頷いた。

「しかしこの石の家に、まさかオルダムの皇族の方をお迎えする日が来ようとはな。長生きはするもんだな」

 顔を見合わせて、三人はまた吹き出すのだった。




 今の所、金花竜の子供は元気に過ごしている。

 産まれた時は、とても小さな身体で心配したが、数日経つ頃には元気に跳ね回るようになり、今では専用に用意された子供部屋の中を勝手に走り回るようにさえなった。

 産まれて間もないのに食欲も旺盛で、特に身体の成長っぷりは夏子を何度も見ているシヴァ将軍でさえ感心する程だった。



「産まれてずっと親とだけで過ごすと、やや気難しく人に慣れない子になりがちです。将来の事を考えると、仲間である他のラプトル達やトリケラトプスとも早めに会わせるべきですね」

 夕食の後、お酒を前に話していた時にシヴァ将軍から真剣な顔でそう言われて三人も納得した。

 もちろん三人に反対する理由は無い。とりあえず明日、ポリーの子供を産室改め騎竜の子供部屋に連れて行き、金花竜の子供と一度会わせてみる事にしたのだ。

 それから、どうやら心配していた程には弱い子では無いらしく、上手く夏さえ越せればもう心配ないだろうとも言われ、喜ぶ三人だった。



 翌朝、いつものように手分けして家畜や騎竜達の世話を行い、トケラと家畜達を上の草原に放したあと、庭を走り回るポリーの子供を干し肉で誘い出して騎竜の子供部屋まで連れて行った。

 中には既にタキスとギードが待機していて、万一親であるベラやポリーが嫌がって暴れても、すぐに取り押さえられるようにしていた。

 ニコスが持った干し肉に鼻を寄せてついて来たポリーの子を、ゆっくりとベラの側に寄せる。子供について来たポリーは、久しぶりのベラに嬉しそうに小さな声で鳴いて顔を寄せた。ベラもポリーを見て嬉しそうに答えて、二匹揃ってゆっくりと喉を鳴らし始めた。

 子供達は、お互いにこれほど小さな相手と会うのは当然初めてで、最初は怯えて母親の側から離れようとしなかった。しかし、ベラとポリーは元々とても仲が良い。嬉しそうに首を絡めるようにして再会を喜ぶ姿を見て、しばらくすると警戒心が薄れたのか、お互いにゆっくりと母親の陰から出て来た。

 しかし、お互い興味はあるのだが自分から行くのは怖いようで、首を伸ばしかけては引っ込めると言う動作を何度も繰り返していた。

「おお、どちらも怖がっとるな」

 面白そうにギードが呟き、タキスとニコスも笑顔で頷く。

 何度か跳ねて逃げながらお互いを見ていた二匹だったが、しばらくすると首を伸ばし相手を探るような仕草を見せ、それから小さく鳴いて側に寄って来た。互いの匂いを嗅ぎ、鼻先を付き合わせるようにして何度か鳴き合った。それが終わる頃にはもうすっかり子竜達の緊張感は無くなっていた。

「おや、これは素晴らしい。さすがに馴染むのが早いですね」

 感心するようなシヴァ将軍の言葉に、当然だと言わんばかりに三人は胸を張った。

「ベラとポリーは本当に仲が良いですからね。それにしても良かった、これでまた一つ、心配事が減りましたね」

 嬉しそうなタキスの言葉に、シヴァ将軍とアンフィーも安心したように顔を見合わせて頷き合った。

「数日かけて慣らしたら、順に他の騎竜達にも会わせていきましょう。焦りは禁物です。怪我でもさせたら大変ですからね」

 シヴァ将軍がそう言って、仲良く走り出した子供達を見て笑った。






「あのね、またしばらくしたら、お休みしなくちゃいけないんだ」

 その日、精霊魔法訓練所の食堂で五人で食事をしていたレイは、そう言ってちぎったパンを口に放り込んだ。

「あれ? 今度は何だ? もう、特別行事は無いよな? 何か特別な訓練でもするのか?」

 不思議そうなキムの言葉にレイは首を振って小さな声で、里帰りするの、と言った。

「ええと、確か森の奥なんだよな。お前の家族が住んでるのって」

 以前聞いたレイの家族の話を思い出してマークがそう言う。

「そうだよ。だからそう簡単には帰れないの。だけど、今年の春に黒角山羊の子供と、飼っているラプトルの子供が二頭産まれたんだ。それで、小さいうちに会いたいってお願いしていたの」

「たしかに仔山羊は可愛いよな。産まれたのなら見てみたくなるのも分かるよ」

 その言葉に、納得したようにマークが何度も頷く。農家であるマークの実家では、乳を取るために番いの白山羊と、卵を取るための白鶏しろを何羽も庭で飼っていた。

 毎年、春には仔山羊が生まれて、市場に売りに行ったりもした。

 乳を求めて指をしゃぶる仔山羊の可愛さに、子供達は先を争って世話をしたのだ。



「良いなあ、私も仔山羊と遊びたい」

「そうね、きっと可愛いでしょうね」

 ニーカとクラウディアの言葉に、レイも笑顔になった。

「僕も楽しみだよ。それに、ラプトルの子供はすごく小さくて可愛いんだよ」

 その言葉に二人は首を傾げた。彼女達にとってラプトルは、街で見かける事はあっても自分達が乗るものではない。なので、あまり詳しく知らないのだ。

「この前、レイが乗っていたのはとても大きなラプトルでしたよね」

 以前白の塔へ行く時はレイが一緒に乗ってくれたが、生まれて初めてあれ程間近でラプトルを見たクラウディアは、最初はとても怖かった覚えがある。

「騎竜って、牛や山羊と違って死ぬまでずっと成長するんだよ。それで、産まれたばかりの時は顔なんてこれぐらいしかないんだよ」

 自分の拳を見せながら二人に一生懸命説明するレイを見て、キムはマークを振り返った。

「なあ、お前はラプトルの子供って見た事あるか?」

 その質問にマークは首を振った。

「さすがにラプトルは飼ってなかったから知らないな。軍に入隊してからも、乗るのはある程度以上の大きさのラプトルばかりだからな。それに、さすがにオルダムでラプトルを個人で所有するような知り合いはいないよ」

 その言葉に、キムも同意するように頷いた。

「俺もさすがにラプトルの子供は見た事ないな。飼っているような知り合いもいない」

 二人は顔を見合わせて小さく吹き出した。



 オルダムでは個人で騎竜を所有できるのは、貴族や商人など、ごく一部の人だけだ。その場合も、敷地の中に厩舎を作るか、または郊外に土地を所有してそこで飼う事が求められる。限られた土地しかない市街地では、騎竜を飼う事はほぼ不可能に近い。

「騎竜の子供か。俺も見てみたいよ」

「そうだな、そんなに小さいんなら、きっと可愛いだろうな」

 そう言って何度も頷きあう二人だった。




 それから数日後、いよいよ明日は蒼の森へ帰る日になり、その夜はもう嬉しくて堪らず、ベッドに入ってもなかなか寝付けないレイだった。

『いい加減眠りなさい。明日、我の背中で居眠りをして転がり落ちても知らんぞ』

 枕の横で、呆れたような声で話すブルーのシルフを見て、レイは思わず吹き出した。

「うん、じゃあ落ちたら大変だからもう寝るよ。だけどね……嬉しくて眠れないんだよ」

 枕に抱きつき、上目遣いにシルフを見る。

『ではよく眠れるように、子守唄でも歌ってやろうか?』

「いくらなんでも、そこまで子供じゃないって。わかったよ。おやすみブルー、明日はよろしくね」

 笑ってブルーのシルフにキスすると、レイは枕に抱きついたまま目を閉じた。

「おやすみ、明日は森へ帰るんだよ……」

 しばらくして静かな寝息が聞こえてくると、ブルーのシルフは安心したようにレイの額にキスを贈ってからいなくなった。

 枕元やベッドの枠では、何人ものシルフ達が、眠る彼の事を愛おしそうにずっと見つめていたのだった。

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