慶事
到着した竜騎士隊の本部は、慌ただしい雰囲気に包まれていた。
出迎えてくれた第二部隊の兵士にラプトルを預けると、キルートに連れられて、そのまま本部の建物に入った。いつもなら一緒に厩舎まで行って、乗せてくれたゼクスを拭いてやるのはレイルズの仕事なのに。
「お疲れさん。こっちへ」
第一礼装に身を包んだルークが、廊下で手招きしている。
「ルーク。どうして第一礼装?」
何度か見ているので分かったが、礼装に着替える意味が分からない。
「こっちへ、お前もとにかく着替えてくれるか」
一緒にレイルズの自室に入る。部屋ではラスティともう一人第二部隊の兵士が待っていた。
「着替えながらで良いから聞いてくれ。今日と明日の予定を説明するからな。ああ、その前に、一番大切な事を教えておくよ」
書類を持ったルークは、そう言って近くの椅子に座った。
大人しく立っているレイルズの服を手早く脱がせた二人は、竜騎士見習いの服を着せ付けていく。
「さっき少し話したけど、あの大きな竜は、隣国のオルベラートからの正式な使者でね。大事な伝言を伝える為に来てくれたんだ」
「伝言? 精霊達じゃ駄目なの?」
どう考えてもその方が早いのに、わざわざここまで竜で飛んでくる理由が、レイには分からなかった。
「もちろん、事前に連絡は来ているよ。ロベリオ達が迎えに行って一緒に帰って来ていただろう?」
「うん、一緒にいたね。えっと……どうしてわざわざ、その使者の人はここまで来たの」
着ていたズボンを脱いで、差し出された新しいズボンに足を通し、引き上げてベルトを締める。
「彼らは、アルス皇子とオルベラートの宝石と謳われる第二王女のティア・ナールディア様との、正式な結婚の返事を持って来たんだよ」
「ええ、それって!」
剣帯に剣を装着しながら、思わず顔を上げた。
「そう、つまりアルス皇子とティア王女が結婚されるって事。元々、この話は我が国から申し出ていた事でね。いわば正式に返事を持って来てくれたって訳だ」
驚くレイルズに、ルークは苦笑いしてさらに話をする。
「本当なら、去年の春にこの話は既に進めて決まりかけていたんだよ。だけど、突然のタガルノとの戦いがあって、一旦話が保留になり、ようやく落ち着いて話を進めようとした矢先に、またタガルノとの戦いだ。そう、マイリーが大怪我をして、お前が国境まで薬を届けてくれたあの戦いだよ。どうにもこの縁談がまとまりそうになると何か起こるってんで、両国とも慎重になってね。結局、そのまま年を越してしまったんだ。その後内密に話を進めて、ようやくまとまったんだよ。こうして正式な使者が立ったから、これで正式に両国からお二人の婚約が発表されるよ。今年はおめでたい事続きになると良いな。もう戦いはこりごりだよ」
笑って首を振るルークを見て、レイも笑った。
「じゃあ殿下にお会いしたら、おめでとうございますって言わないとね」
「そうだな。何しろ殿下の初恋のお方だからな」
片目を閉じてそんな事を言われて、レイは思わず大声で聞き返した。
「ええ、何それ! 詳しく聞きたいです!」
それを聞いたラスティと第二部隊の兵士が、堪えきれずに吹き出した。
「し、失礼いたしました。どうぞ、続けてください」
誤魔化すように慌ててそう言った二人だったが、それを聞いたレイルズとルークも揃って吹き出し、部屋の中はしばし笑いに包まれた。
「お前はまだ正式なお披露目はされていないから公式の場に出る必要は無い。だけど身内……ああ、竜騎士隊内部でって意味な。明日の夜に集まるから、その時はお前も参加だぞ。それと後ほどオリヴェル王子殿下に紹介してやるから、それまでの間にラスティやグラントリーから説明を聞いてしっかり覚えておく事。殿下の初恋の話はまた今度な」
書類に目を通していたルークは、そう言って顔を上げた。
「あの緑色の綺麗な竜に乗っていた方が、オルベラートの王太子殿下のオリヴェル王子。朱色の竜に乗っていたのが、竜騎兵団のイクセル副隊長だ。後程紹介するけど、お二人共気さくな方だから、公式の場でなければあまり気を使わなくて良いぞ」
礼儀作法も少しは習っているレイルズだが、まだ公式の場に出せる程度では無い。つまり、紹介はするけど、気を使わなくて良いと言ってくれているのだ。
目の前に現れたニコスのシルフ達がこっそりと、そう通訳してくれた。
「……良いの?」
「まあ、お前の場合は、まだ未成年だってのは大きな免罪符だからね。今のうちに色々と慣れておくと、成人した時にその有り難みが分かるよ」
胸元を突かれて、少しゆがんでいた剣帯を直してくれた。
「それじゃあ俺は行くから、彼らに色々と教えてもらうようにな。また後で」
そう言って、書類を持ったルークは、手を振って部屋を出て行ってしまった。入れ違いにグラントリーが入ってくる。
今のグラントリーは、レイルズの正式な教育係の一人として竜騎士隊の本部に詰めている。にっこり笑って座るように促され、若干遠い目になったレイは、大人しく椅子に座って詳しい話を聞く為に、背筋を伸ばしたのだった。
城では、大勢の人々が見守る中で皇王の口からアルス皇子の正式な婚約が発表され、またすぐに街中に皇子の婚約が正式に発表された。隣国からの使者が何であったのか固唾を飲んで見守っていたオルダムの街は、それを聞いて一気にお祝いムードに包まれたのだった。
晩餐会までのわずかな時間に、竜騎士隊の本部を訪れたオリヴェル王子とイクセル副隊長にレイルズはお会いして挨拶した。
オルベラートでも噂になった、古竜の主と対面を果たしたお二人も、嬉しそうに笑ってくれた。
「はじめまして、オリヴェル殿下。レイルズ・グレアムと申します。お目にかかれて光栄です。未だ見習いとして勉強中の為、ご無礼がありましたら御容赦下さいませ」
教えられた通りに、間違えずに言う事が出来た。
「市井の出身の未成年だと聞いていたが、素晴らしい挨拶だよ。それに、これはまたずいぶんと立派な体格の未成年だね。よろしくレイルズ」
気さくに差し出された手は、皆と同じように硬いタコがいくつも出来た大きな手をしていた。
その場はすぐに彼らが城へ戻ってしまったので、話をする時間は無かったが、ルークから、しばらく滞在されるからゆっくり話す時間が取れるだろうと言われた。
「楽しみにしています」
目を輝かせるレイルズを見て、皆笑っていた。
グラントリーから教えてもらったが、オリヴェル王子とアルス皇子は歳が近いこともありとても仲が良いそうだ。
幼い頃から両国の間で頻繁に交流が行われていて、アルス皇子がオルベラートへ行った事もあるし、オリヴェル王子もこの城へ来た事があるのだと聞いた。
今回、正式な婚約者となったティア王女は、アルス皇子がオルベラートを訪れている時に出逢ったのだそうだ。
まるで最近読んだ物語の中のお話のようで、レイは目を輝かせてお二人の出逢いの話を聞きたがった。
「それは是非ともご本人からお聞きください。レイルズ様もいつか素敵な出逢いがあると良いですね」
笑顔でそう言われて、レイは赤くなった。
「僕には、恋愛なんてまだよく分かりません」
目を細めたグラントリーは、笑って教えてくれた。
「いつか、この人だと思える方に出逢えたら、その時は是非私めに教えてください。こっそり計らって差し上げますので」
意味が分からなくて首を傾げるレイルズを見て、こっち方面もそろそろ教えておくべきかと、真剣に悩むグラントリーとラスティだった。
その日は誰も本部に帰って来ず、レイルズはグラントリーやラスティからオルベラートについて色々と詳しく教えてもらって時間を過ごした。
夕食は、専用の部屋で晩餐会などの際の礼儀作法を中心に、実際に食べながら教わった。
出された食事はとても豪華なものだったが、気をつけることや覚える事がありすぎて、正直言って全く食べた気がしないレイだった。
疲れ切った夕食の後に自室に戻ったレイは、シルフに頼んで蒼の森のニコスを呼んでもらった。
『どうしたレイ? タキスじゃなくて俺か?』
いつものようにニコスの声がそのまま聞こえる。後ろでは呼んでもらえなかったタキスをギードがからかう声が聞こえていた。
「あのね、すごいんだよ。真っ先にニコスに知らせたかったの。今日、オルダムにオルベラートの王子様が竜に乗って来られたんだよ。アルス皇子が、オルベラートの第二王女様のティア様と結婚されるんだって。それを知らせに来たんだって」
感心したような歓声が聞こえたが、ニコスからの返事が無い。
「ニコス? どうしたの?」
『あの……小さかった王女様がご結婚……そうか……それはめでたい……』
「ニコス、泣いてるの?」
思わず大きな声で尋ねると、タキスの声が聞こえた。
『ええ泣いていますよ』
『どうやらニコスはその王女様の事を存じ上げているようですね』
『ニコスしっかりしてください』
『レイが驚いているじゃありませんか』
からかうようなタキスの言葉に、ニコスが言い返す声が聞こえる。
『ちょっとぐらい感傷に浸っても良いだろう』
『俺が知ってる王女はそれこそ』
『ここに来た時のレイよりも小さかったんだからな』
「王女様ってお幾つなの?」
ふと思いついて尋ねた。
『確か今二十一才だよ』
『オルベラートの宝石と謳われるほどの美しい姫君と名高い』
『さぞかし美しくお育ちになったんだろうな』
それを聞いて、レイは王女に会える日が楽しみで堪らなくなった。
「お会いするのが楽しみだね」
思わず呟いたレイの声に、三人も同意するように笑った。
『そうか……あの竜は婚約の使者だったんだな』
納得するようにニコスが呟く。
『実は今日上の草原で東へ飛び去る竜の姿を遠かったけれど見つけたんだ』
『何があったのかと心配していたんだが……』
『本当にめでたい話で良かったよ』
「また何か分かったら知らせるね。あ、少しだったけどオリヴェル王子にもご挨拶したよ。とても立派な体格だけど、優しそうな方だったよ」
『オルベラートの国王陛下も立派な体格をしておられるからな』
ニコスが自慢げにそう言って笑い、それからレイに聞かれるままに、オルベラートがどんな所なのかを話して聞かせた。
手を振っていなくなるシルフ達を見送って、ニコスは大きなため息を吐いた。
「オリヴェル王子も、さぞかしご立派になられているんだろうな。そうか、改めて考えてみたら、もう俺が知ってるお二人は十年以上も昔のお姿なんだよな……いかんな、どうも感傷的になってしまう」
それを見ていたギードが、ニコスの背中を叩いた。
「それじゃあ、祝いに一杯やるか?」
飲む仕草をしてみせる。
「ええ、是非ともお願いします。大声で乾杯したい気分ですよ」
立ち上がって、つまみを手早く用意するニコスを見て、ギードは酒を取りに自分の家へ走ったのだった。
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