精霊魔法訓練所の再開

 手を振って消えたシルフを見送って、三人は小さなため息を吐いた。

「年が改まる前に、あの子の声を聞けたな」

 ギードの嬉しそうな声に、二人も嬉しそうに頷いた。

「新しい年が、あの子にとって良い年となるように祈りましょう」

 タキスがそう言って立ち上がる。

「そうだな。あの子にとっては、正に躍進の年になるだろうからな」

 ニコスも立ち上がって上着を着る。

 三人は籠を持って揃って表に出た。

 すっかり雪が積もった庭で、大勢の火蜥蜴達が丸くなって走っている。

「おお、去年よりも更に多いな」

「そうですね。かなりの数の精霊達があの子について行きましたから、今年は去年よりも少ないかと思っていたんですけれどね」

「ワシもそう思っとったが、どうやら減った分は、ちゃんと補充されとるようじゃな」

 笑いを含んだギードの言葉に、二人も小さく吹き出して頷いた。

「……そろそろでしょうかね」

 まるでタキスの言葉が聞こえたかのように、一斉に火蜥蜴達が走るのをやめて立ち止まり、揃って立ち上がった。

「あ、今年は私の子が新しい火を灯しましたよ」

 嬉しそうなタキスの言葉通り、たてがみの有る大きな火蜥蜴の口に小さな火が灯り、ギードがシルフ達に託して真ん中に持って行ってもらった蝋燭に、その火蜥蜴が新しい火を移した。

 雪崩れるように、一斉に火蜥蜴達がその蝋燭に頬擦りして新しい火を貰って次々に消えて行った。

「おや? あいつはレイの火の守役じゃないか?」

 大勢の火蜥蜴の中に見覚えのある子を見つけて、思わずギードは声を出した。

「え?どこですか?」

 その声を聞いて、タキスとニコスも火蜥蜴達の中を探す。

「あ!」

「あ!本当ですね」

 同時に見つけて声を上げた瞬間、その火蜥蜴は新しい火を貰って消えてしまった。

「オルダムからここまでって……」

「精霊達にとっては、関係無いのでしょうか?」

 思わず顔を見合わせて、三人揃って首を傾げる。

「聞いた事が無いな。しかし、あの子は間違い無くレイの火の守役の子じゃった。という事は、精霊達にとっては、この世界での距離は実際の移動には関係無いって事なのかのう?」

「まあ、声飛ばしだって考えてみれば……同じ理屈ですよね?」

「確かにそうだな。遠くの場所に頼んだ子が現れて、一瞬で声を届けてくれるんだからな」

 三人は顔を見合わせて同時に笑い出した。

「これは参りました。あの子といると、今まで私達が当たり前だと思っていた事が、ことごとく覆されますね」

「全くじゃな。精霊達の研究者なら、これだけで論文が一本書けそうじゃ」

「一本どころか。私でも何本も書けそうですよ」

「いいなそれ。せっかくだからまとめてガンディ殿に送ってみればどうだ? 白の塔の職員になれるかも知れないぞ」

 からかうようなニコスの言葉に、タキスは嫌そうに首を振った。

「やめてください。もうその話はお断りしましたから、関わるつもりはありませんよ」

「勿体無いと思うがな。まあ、お前がそれで良いって言うんなら、俺達が何か言う筋合いじゃ無いな」

 苦笑いしながらニコスがそう言ってタキスの肩を叩き、ギードも肩を竦めてタキスの背中を叩いた。

「まあ、それじゃあこれからもここで腐れ縁の三人が暮らすわけだな。今年もよろしくな。すっかり冷えてしもうたわい。中に入って一杯やるとしよう」

 飲む仕草をするギードを見て、二人も嬉しそうに頷いた。

「そうですね、ではせっかくのお誘いですから、お付き合い致しましょう」

「無理に飲んでくれなくても、別に構わんのだがなあ」

 ギードの言葉に、顔を見合わせた三人は同時に吹き出した。

 仲良く笑いながら家に戻る三人の後ろ姿を、雪の上にいたシルフ達が並んで優しい目で見つめていた。






 翌朝、のんびりと八点鐘の鐘が鳴ってから起き出したレイは、ラスティ達と朝食を食べた後は、一日のんびりと本を読んだり、陣取り盤の攻略本を片手に駒を動かしたりして過ごした。

 翌日からは、いつもの日常が戻って来た。

 朝練に行って朝食の後は午前中は自習、午後からは、ガンディやヴィゴ、マイリーやルークが先生役を務めてくれて、歴史や地理を中心に、精霊魔法の歴史や系統立てた理論、また少しずつだが魔法陣の描き方や展開方法なども教えてもらった。

 そして、一の月も中頃に差し掛かった時、ようやく待ちに待った知らせが届いた。

 精霊魔法訓練所の再開である。






「行ってきます!」

 ルークから貰った新しい鞄に教材と筆記用具を入れたレイは、満面の笑みで見送ってくれたルークと若竜三人組に手を振った。

 いよいよ今日から、精霊特殊学院の一部の教室を間借りして、順番に授業が再開されるのだ。

 間借りしている間は、個人授業では無く合同授業という形で、ついていけない生徒については、その後で補習をする事になっている。

 お休みの期間に、予習は完璧に出来たレイは、すっかりご機嫌で学院へ向かった。とは言え、かなりの雪と風の為、通学にはラプトルでは無く護衛のキルートと一緒に馬車で行く事になった。




 正門の前で止まった馬車から降りたレイは、手を振るマークとキムを見て声を上げて駆け寄った。

「おはよう! 今日も寒いね」

「おはよう。おお、相変わらず元気だな」

「おはよう。それじゃあ行こうか」

 三人で一緒に並んで建物の中に入った。

「おはようございます。このまままっすぐ行って突き当りの教室に入ってください。扉の前に教授がいますから、学生証を見せてください」

 案内してくれる事務員に一礼して、言われた通りに教室へ向かった。

「僕、合同授業って初めてだよ」

 廊下を歩きながら嬉しそうに目を輝かせるレイに、二人は笑った。

「ちゃんと授業内容についてこれるか?」

 キムの言葉に、レイは舌を出した。

「ちゃんと予習して来たもんね!」

「おお、それは素晴らしいぞ。昨日、早々に寝て、朝から大慌てで準備していた誰かさんとは大違いだな」

 キムの言葉に、マークが堪えきれずに吹き出した。

「だって、さすがに昨日はヘトヘトだったんだから仕方ないだろ!」

 マークの叫びに、レイは目を丸くした。

「ヘトヘトって、昨日は何のお仕事だったの?」

「此の所、雪がすごかったろう。まともに風が当たっていた第四部隊の本部の扉が、雪と氷で固まっちゃってね。シルフと火蜥蜴達に頼んで溶かしてもらったんだけど、もうそこらじゅう水浸しになるし大変だったんだよ」

「最後にはウィンディーネに頼んで、水を取り除いてもらったんだよ。でも、服もびしょ濡れだったし寒いし、もう最悪だったよな」

「ってな訳で、昨日は予習をする余裕が無かったんです!」

「こら、そこでなんで胸張って言うんだよ。普段から勉強してれば問題無いだろうが」

 呆れたようなキムの言葉に、レイは堪らず小さく吹き出した。

「僕は普段から勉強してるもんね」

「偉いぞ。よしよし」

 キムに頭を撫でて褒めてもらって、レイはご機嫌で笑って目を細めた。

「おはようございます」

 扉の前には、レイは習っていないが見覚えのある教授が立っていて、学生証を確認していた。

「それじゃあ俺は図書館にいるから、昼飯は一緒に食べようぜ」

 教室に入る二人に手を振って、キムは教授達に挨拶して学院の図書館へ向かった。

「好きな席に座っていいらしいから……この辺りかな?」

 真ん中辺りに席を取った二人は、座って鞄から教材を取り出して机に並べた。

「おはよう」

「おはよう。ここ良いかな?」

「えっと、おはようございます。どうぞ」

 すぐに左右に生徒達が座り、声を掛けてそれぞれ準備を始めている。誰もレイの事を特別扱いしない。

 レイはそれが嬉しかった。

 あっという間に広かった教室は生徒達でいっぱいになり、教授が入って来て授業が始まった。

 地理担当のチャールズ教授は、普段の個人授業の時に話しているよりも、かなりの早口で授業を行なっていて、レイは聞き取るのに必死だった。授業内容も、地名の歴史の話なども交えて行われた為、まだ歴史がそこまで進んでいないレイにとっては、少し難しい授業内容になった。




「それではお疲れ様でした。午後からは精霊魔法の歴史の合同授業を行いますので、参加される方は午後の一点鐘の鐘が鳴ったらここに集合してください。以上です」

「ありがとうございました」

 チャールズ教授が教室を退出した後、レイはノートをまとめるのに苦戦していた。隣では、予習出来なかったマークも同じように困っている。聞こうとして諦めた。

「ほら、俺のノート見て良いぞ」

「良かったら、僕のも使って」

 二人の左右に座っていた生徒達が、見兼ねて自分達のノートを見せてくれた。

「ありがとうございます。えっと、ここって……」

 遠慮がちに質問するレイを見て、年上の数人が、順を追って説明してくれる。お礼を言って、この際だからと更に質問するレイに、更に通りがかりの何人かが足を止めて皆で協力して教えてくれた。

 廊下に出てこない二人を待ちかねたキムが教室を覗くと、教室の真ん中辺りで十人ほどの生徒達が、レイとマークに今日の授業の復習をさせていたのだった。




「とんでもない大騒ぎだったけど。結果としては、他の生徒達との交流の良い機会になったみたいだな」

 ホッとしたようにその光景を見守っていたキムは、周りの生徒達が皆、貴族や商人の子息達なのを見て、若干遠い目になるのだった。

「まあ、当然そうなるよな……こうなると、変な取り巻き連中が出来ないように、ちょっと離れて見守るのが良いかな?」

 キムにとっては、レイルズはあくまでも見守りの対象であって、自分の友達だと胸を張って言えるかと聞かれれば正直微妙だと思っている。なので自分の役割は、一歩下がってレイルズとマークを守る事だと思っているのだ。これは、最初にレイルズの身分を知ったかどうかの違いも大きかった。

「知らないでいたら、もうちょっと違った立場になれたかもな。でも、これは俺にしか出来ない役目だよな」

 自分に言い聞かせるように呟くと、声を掛ける為に教室に入っていった。

 結局、皆で一緒に食堂へ行く事になり、レイルズは今日だけで何人もの知らなかった生徒達と話が出来たのだった。

 午後からの精霊魔法の歴史は予習していた事もあり、何とか授業内容について行くことが出来た。




「ありがとうございました! また明日ね!」

 手を振って嬉しそうに笑うレイルズに、仲良くなった何人もが笑って手を振り返してくれた。

「良かったな。沢山友達が出来て」

 マークの言葉に、レイも嬉しそうに頷いた。

「えっと、リッティロッドとフレディでしょ、チャッペリーとジョシュア。それからクッキーとリンザス、ヘルツァー、ロルフとフォルカー。すごいや、いっぱい友達が出来たね」

 マークはマークで、レイルズに貴族の友達が出来たら、すぐに自分なんかが隣にはいられなくなると本気で思っている。

 レイルズが自分達の事をどう思っているかなんて、碌に考えもしない少々薄情な二人だった。



「それじゃあね!また明日!」

 迎えの馬車に乗り込んで、窓から身を乗り出して手を振るレイルズに、笑顔で手を振り返して、それぞれに色んな思いの篭ったため息を吐くマークとキムの二人だった。




 余談だが、この時にレイルズがしていた手首の新しいまじない紐と、剣の鞘に付けていたタキスが作ってくれた房飾りは、若い生徒達の目には新鮮に見えたようで、春が来る頃には、まじない紐や房飾りが若い子達の間でちょっとした流行になるのだった。

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