作戦名は見送りに行くぞ!

「お元気そうで良かったです。お勉強は進んでいますか?」

 その言葉に、レイは困ったように笑った。

 実は陣取り盤が面白くて、ガンディが勉強を教えに来てくれても半分ぐらいは陣取り盤を出している事が多くて、あまり勉強は進んでいない。

「えっと、頑張ります」

 その言葉を聞いたケレス学院長は、何となく状況を察して小さく笑った。



 降誕祭の後、ケレス学院長自ら竜騎士隊の本部迄レイルズを訪ねて来てくれたのだ。

 年が明けると、双子の塔の反対側にある精霊特殊学院の一部の教室を使って交代で参加出来る者達だけで授業を再開すると聞かされ、授業が再開すれば今まで通りに通っても良いと言われてレイは嬉しくなった。

「何人もの生徒達から、貴方の事を聞かれました。皆、貴方の事を心配しておりますよ」

「良かった……僕、皆に嫌われたかと思っていた」

 その言葉を聞いたケレス学院長は、驚いてレイルズを見た。

「何故、嫌われていると?」

「だって……理由はどうあれ、僕、嘘をついていた訳だし……」

 しょんぼりと俯く彼を見て、学院長は小さなため息を吐いた。

「レイルズ様。覚えておきなさい。責められるべき嘘は、誰かを傷付けたり悪意を持って騙したりした時の嘘です。周りに迷惑をかけないようにしたり、騒ぎを起こさない為につくような他愛もない嘘は、必要なものであり、責められる程のものではありませんよ。正直なのは確かに良い事ですが、これから先、上手に嘘をつく事も覚えないといけませんよ」

「難しいね」

 困ったように笑うレイルズに、学院長は笑って大きく頷いた。

「これも人生経験です。いろんな人達と関わって、多くの事を学んでください。我々の精霊魔法訓練所がその一助になれば嬉しい事です」

「早く訓練所に戻りたいです。再開を待っていますね」

 顔を上げたレイルズの言葉に、嬉しそうに笑う学院長だった。




 そんな、十二の月の中頃、バルテンがようやくブレンウッドへ戻る事になった。

 出発の前日には竜騎士隊の一同が揃い、竜騎士隊の本部でバルテンを招いてささやかな宴が催されていた。

「本当に世話になりました。貴方には、どれほど感謝しても足りません。ありがとうございました。どうか道中お気をつけて」

 補助具を付けたマイリーと握手を交わして、バルテンも嬉しそうに何度も頷いた。

「本当に、心からの感謝を。ドワーフの技術力の高さを思い知らされました。これからの、ますますの活躍を期待します」

 アルス皇子の言葉に、バルテンは頭を下げて礼を言った。そして、顔を上げると照れたように笑った。

「ただ好きで続けていた事が、からくり博物館という形になっただけで満足しておりましたのに、まさか、このような形で世に貢献出来るとは。本当に、人生何が起こるか分からぬものでございますな」

「これからも、よろしくお願いいたしますぞ、バルテン男爵」

 ヴィゴのその言葉に、皆笑顔になった。

 バルテンは、陛下から直接公の場でお褒めの言葉を頂き、今回の働きの褒美として、正式に男爵の称号を授かったのだ。

 領地は持たず一代限りの称号だが、ドワーフに貴族の称号が与えられるのは極めて異例の事であり、驚きつつも、皆納得していた。

 彼の作った伸びる革や可動関節は、それ程の評価に値するものなのだと。

 他にも、たくさんの褒賞品が与えられ、来た時はラプトルに乗った身軽な一人旅だったが、帰りはまるで商隊キャラバンのように馬車を連ねて帰る事となった。第二部隊の兵士達が護衛としてブレンウッドまで一緒に行くのだと聞かされ、安心したレイだった。

「レイルズ様、本当にありがとうございました。貴方と知り合えた事、このバルテンの一生の思い出となりましたぞ」

 分厚い大きな手でしっかりと握ってそう言ってくれて、レイの方が泣きそうになった。

「僕の方こそ、本当にありがとうございます。それから嘘ついててごめんなさい。あのね……実はもう一つ、嘘をついていたの……」

 この際だから、竜人の子供になっていた事を話そうとしたが、バルテンは笑ってその言葉を遮った。

「レイルズ様、良い事を教えて進ぜましょう。言わぬが花、という言葉もございます。何でもかんでも正直に言えばいい、というものでも有りませぬぞ」

「でも……」

「竜人の子供の正体は、知るべき者が知っておればそれで良いのですよ」

 楽しそうに笑って片目を閉じてそう言われて、レイはそれ以上言えなくなってしまった。

 バルテンは、竜人の子供の正体に気が付いている。それでいて、何も言うなと言ってくれているのだ。

「うん、分かりました。ありがとう、バルテン……男爵」

 笑って称号を付け足したレイに、バルテンも照れたように頭をかいて、顔を見合わせて笑顔になった。




 翌朝、いつものように朝練に出ようと廊下に出たレイは、廊下で待っていたルークの姿を見て驚いてしまった。

 彼はいつもの白服では無く、真っ白な竜騎士の服を着ている。後ろには、同じ服装の若竜三人組の姿もあった。

「あれ? 何かあったの?」

 驚くレイに、ルークから真剣な顔で話をされた。

「実は、昨夜急遽決まった作戦があってな。お前も参加するか?」

「ああ、確かに、レイルズも参加した方が良いと思うな」

「うん、確かに。今回の作戦は絶対に参加するべきだと思うぞ」

「僕もそう思うな。絶対レイルズも参加するべきだと思う」

 一緒にいた三人までが、真剣な顔でそう言うのを見て、レイは心配そうにルークに尋ねた。

「えっと、僕はまだ見習いだけど作戦に参加しても良いの?」

 すると、ルークは満面の笑みでこう言ったのだ。

「作戦名は、見送りに行くぞ! 作戦内容は、オルダムを出発した新男爵を竜達と一緒に見送りに行こうって事。どうだ、参加するだろう?」

 それを聞いた途端に、レイは目を輝かせて即答した。

「はい! 参加します!」

 そのあまりにも素早い即答っぷりに、若竜三人組が同時に吹きだした。

「それなら、戻って竜騎士見習いの服に着替えておいで。待ってるから」

 同じく吹きだしたルークにそう言われ、返事をして大急ぎで部屋に戻ると、ラスティが竜騎士見習いの服を持って待っていてくれた。

「言ってくれれば良かったのに」

 大急ぎで白服を脱ぎながらそう言うと、ラスティも笑いながら着替えを手伝ってくれた。

「だって、朝練は何があってもお休みしないって仰ってたでしょう? ルーク様から、それなら参加するかどうか聞くから、まずは白服を着せろって言われたんです」

「うん。確かに言ったね。休まないって。でもこれは、大切な作戦だもんね!」

 真剣な顔でそう言って、二人揃って吹き出したのだった。




「お待たせしました!」

 身支度を整えて部屋から駆け出して来たレイと一緒に、五人揃って中庭に出ると、そこには竜達が揃って並んでいた。しかし、ブルーの姿が無い。

 見上げると、既に鞍を装着したブルーが上空を旋回しているのが見えた。全部の竜が中庭に来ると、ブルーの降りる場所が無いのだ。

「先に行くよ」

 アルス皇子の言葉にヴィゴとマイリーが続き、先に三頭の竜がゆっくりと上昇する。若竜三人組とルークがそれぞれの竜に乗って上昇するのを見て、ブルーが中庭に降りて来てくれた。

「待たせたな。乗るがいい」

 伏せてくれたブルーの額にキスをして、レイも背中によじ登った。

「じゃあ行こう。バルテンにブルーの姿を見てもらわないとね」

 そっと首を叩くと、喉を鳴らしたブルーはゆっくりと上昇した。

 先頭にアルス皇子のフレア、その後ろにマイリーの乗るアンジーとヴィゴの乗るシリルが並ぶ。アンジーの後ろにルークの乗るパティとタドラの乗るベリルが、シリルの後ろにロベリオの乗るアーテルとユージンの乗るマリーゴールドがそれぞれ並んだ。

 そして最後にブルーの巨体が最後尾についた。綺麗に隊列を組んだ一同はそのまま西の街道に向けて出発した。




 オルダムのドワーフギルドの者達が出してくれた荷馬車の隊列の横に付き、ラプトルに乗ったバルテンは名残惜しげに何度も後ろを振り返った。

「精霊王の采配に心からの感謝を。彼らの未来に祝福あれ」

 小さな声でそう呟くと、もう振り返らずに前を向いて手綱を握り直した。

 街道に出て坂道を下り終えた頃、不意に周りが騒めいた。東を向いている者達が皆、歓声を上げて上を見ている。

 隣にいたラプトルに乗った第二部隊の兵士が、近寄って来て後ろを指差して笑っている。荷馬車が次々と止まり皆が後ろを振り返るのを見て、バルテンも首を傾げつつ振り返った。



 己が見たその光景に、バルテンは目を疑った。



 そこには、綺麗に隊列を組んだ八頭の竜がこちらに向かって飛んできていたのだ。

 荷馬車の列に追いついた彼らは、低空飛行で近付いて来て順に手を振ってくれた。

 街道の旅人達は、突然の思わぬ光景に、皆足を止めて呆然と見入っていた。

「バルテン、気をつけて帰ってね!」

 一際大きな青い竜が近寄って来て、聞き覚えのある元気な声が耳元で聞こえた。

「おお、これは何と見事な竜だ。噂の古竜をこの目で見る事が出来るとは、ありがとうございます。一生の思い出となりましたぞ」

 上を向いて手を振りながら大声で返すと、嬉しそうな笑い声が耳元で聞こえた。

 青い竜が隊列に戻り、順に身を翻して竜達はオルダムへ戻って行った。



 朝日の中を飛び去る竜達を見送るバルテンにとって、それは一生忘れられない光景となった。

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