降誕祭の前日

「お邪魔しました。それじゃあお仕事頑張ってくださいね」

 迎えに来たラスティと一緒に、扉の前で手を振るレイルズに全員が顔を上げて敬礼をしてくれた。

「楽しかったようですね」

 ご機嫌なレイルズを見て、ラスティがそう言って笑った。

「うん。僕、職人のお仕事見るのって好きだな。凄いよね。本当にどうやったらあんな凄い事が出来るんだろう。以前、ギードがいつか教えてくれるって言ってくれた事があるけど、あれを見たら、僕には絶対無理だと思うや」

 自分の腰に装備したミスリルの剣を見ながら、感心したように呟く。

「まあ、誰にでも出来る技術では有りませんね。習得するには、相当長い間の修行が必要でしょうね。でも、なんでもそうでしょう? 剣術や棒術、格闘術だってそうですよ。騎竜に乗る事だって、初めは出来なかった事を努力して出来る様になるんですからね」

「そうだね。僕も初めはどれも全然出来なかったよ」

 自慢気に胸を張るレイルズを見て、ラスティは大きく頷いた。

「まだまだ覚える事は山積みですよ。頑張って覚えましょうね」

 背中を叩かれて、態とらしく悲鳴を上げて走り出す彼を、笑いながら追い掛けてラスティは後ろから叫んだ。



「こら待って! 廊下を走ってはいけませんよ!」

「そんな事言いながら、ラスティも走ってるよ!」

 かなりの速さで追い掛けられて一気に背後に迫られてしまい、慌てて更に思いっきり走る。

 曲がった廊下の先で、立ちはだかった誰かに思い切り激突した。

 しかし、ぶつかったその相手は、小揺るぎもせずしっかりとレイルズの身体を受け止め、その襟元を片手で掴んで軽々と子猫のように持ち上げてしまった。

「コラ! 廊下は走るな。危ないだろうが」

「ヴィゴ! おかえりなさい。もう会議は終わったの?」

 全く懲りていないレイルズに、ヴィゴは呆れたように小さくため息を吐くと、空いた左手でその額を思いっきり弾いた。

「痛いです!」

 額を押さえて悶絶するレイルズを見て、隣にいたルークとアルス皇子が堪える間も無く揃って吹き出した。

「叱られてやんの」

 ルークにそう言われて、まだぶら下げられたまま舌を出したレイルズに、ヴィゴがもう一度遠慮無く額を弾いて、もう一度悲鳴を上げさせたのだった。



 ようやく降ろしてもらい、恐縮するラスティに笑いかけた三人は、そのまま本部へ戻った。

 少し赤くなった額をさすりながら、なんとなくレイも付いて行く。

「今日は何の会議だったの?」

 ルークに尋ねると、彼は嫌そうに手元の書類の束を見せた。

「年内の予定の確認と打ち合わせ。覚悟しとけよ。これから先、年が明けるまで儀式と祭礼の嵐だからな。全部じゃないけど、俺達も出なきゃならない儀式や祭礼も多いんだよ。あ、でもお前はまだ見習いだから行かなくていいのか。なんか悔しいぞそれ。お前もちょっとは付き合え!」

 そう言うと、いきなり首を抱え込まれて頭をくしゃくしゃにされた。笑いながら悲鳴をあげる。

「何を大人気ない事を言ってるんだ。お前は」

 呆れたようにヴィゴがそう言って笑い、ルークの背中を叩いた。

「ああ、そうだ。レイルズは何か欲しいものってあるかい?」

 皇子にそう聞かれて、乱れた髪を直しながらレイはちょっと考えた。

「いえ。もう、貰い過ぎるぐらいに貰ってます」

 首を振る彼を大人達は妙な顔で見つめた後、互いに顔を見合わせて小さく首を振った。

「じゃあ、特に希望は無いな」

 意味が分からず首を傾げていると、ルークはレイを連れて渡り廊下が見える窓際へ行った。

「さて問題です。彼らは何をしているでしょうか?」

 見ると、渡り廊下の大きな柱の横に、イチイの木が立てられて第二部隊の兵士達が飾り付けをしている真っ最中だった。

「あ! 降誕祭の準備だね。そうか、もうそんな時期なんだね」

 目を輝かせるレイに、大人達は苦笑いしている。

「まだ一応未成年なんだからさ。今年のツリーはお前の為だぞ」

 ルークの言葉に、レイは嬉しくて言葉が出なかった。

「本部の休憩室にも、今年は大きなツリーを飾るよ。楽しみにしてると良い」

 皇子にまでそう言われて、レイはもう嬉しくて泣きそうになるのを必死で我慢していた。

「そうか……あれからもう、一年なんだね」

 窓から身を乗り出して渡り廊下のツリーを眺めながら、レイは一年前の闇の眼との戦いを思い出していた。






「こんなもんかの?」

 ギードの言葉に、二人も揃って頷いた。

「そうですね、今年の木はこじんまりとしていますが、枝ぶりは立派ですね」

「良いんじゃ無いか。それじゃあこれにするか」

 そう言うと、足元にいたノームに許可を貰い、幹に優しくキスを贈り、手にした斧でそのイチイの木を一気に切り倒した。

 三人がかりで荷馬車に乗せ、タキスが切り取った柊の枝の入った籠も乗せる。

「もう一年になるんだな……」

「本当に、恐ろしかったですね。今思い出しても恐怖で足が竦みますよ」

「全くだ。悪夢っていうのは、まさしくあれの事だよな」

 一年前の騒ぎを思い出して、三人共揃ってそう言って顔を見合わせて笑い合うのだった。



「贈り物は、生誕の感謝と恵みの日までに届くでしょうか」

 気分を変えるように東に向いてそう言うタキスに、ギードとニコスも揃って東の方角を向いた。

 先日、仕上がった何枚もの絹の服と一緒に、それぞれが贈り物を入れて箱詰めした物を、またブレンウッドまで持って行って、ドワーフギルドに届けてもらうように頼んで来たのだ。

 バルテンは留守だった為、代理の副ギルドマスターが責任を持って請け負ってくれた。なんでも、商人ギルドと共同で、オルダムとの荷物のやり取りをしているらしく、個人で頼んだ荷物も指定の料金さえ払えば、オルダムだけでなく、主要な街道沿いの街へ届けてくれるそうだ。

「どうだろうな。普通で行っても六日はかかるんだろ?各街のギルドに寄って、荷物のやり取りをしてたら、もっと掛かるかもな。まあ構わないよ。ちゃんと届けばそれでいいさ」

「でも、あまり遅れると……今年は贈り物は無いのかと、残念がられてしまいますね」

「確かにな。でも、それなら届いた時には喜んでもらえるんじゃないかな」

「ドワーフギルドには、もうレイの正体はバレとるんだから、間違い無く特急便で届けてもらえるぞ。心配せんでも、当日までに絶対届くわい」

 そう言い切るギードの言葉に、二人も小さく吹き出して顔を見合わせて笑い合った。

「さて、それでは暗くなる前に戻りましょう。戻ったらイチイの木を飾り付けないとね」

 そう言うと、二人はヤンとオットーに飛び乗り、ギードがトケラの引く荷馬車に乗って家へと戻って行った。




「ほら、今年の飾りの新作はこれにしてみた」

 夕食の後、ギードが綺麗にしてくれたイチイの木をいつものように大きな植木鉢に差し込んで、三人は飾り付けをしていた。

「これは……レイの着ていた色の服ですね」

 毎年飾る英雄達の人形と一緒に差し出されたそれは、見覚えのある濃い赤色をした上着を着ている。

「ブレンウッドの街で見た時に、これなら作れそうだなって思ってさ。本当に立派な騎士様だったもんな」

 愛しそうに何度もその人形を撫でてやる。二人もその人形を手にして、見事な出来栄えに感心していた。

「それと、これも忘れちゃ駄目だろう」

 そう言って、青い竜の形をした飾りも取り出した。それは分厚いフェルトに細かな刺繍が施してあり、竜の形に切り取られていた。何色もの刺繍の糸によって、鱗がまるで本物のように立体的に浮き上がって見える。

「今年は、時間が無くてこれしか出来ませんでしたが、来年には竜騎士隊の皆様の竜の分も作って、まとめてレイに送ろうかと思ってるんですよ」

「それは喜んでくれそうですね。お城のツリーに飾ってもらえたら、さぞ綺麗に見えるでしょう」

 感心したようなタキスの言葉に、ニコスも嬉しそうに笑った。

 脚立に乗って、まずは一番上に大きな星を飾る。手分けして順番に上から飾り付けをして、一番正面の真ん中に、赤い服を着た人形と、竜の飾りを並べて取り付けた。

「見事に出来上がったな。それではいっぱいやるとしよう」

 嬉しそうにそう言って酒瓶を見せるギードに、タキスとニコスも嬉しそうに笑って椅子に座った。






「うわあ。大きなイチイの木だね」

 竜騎士隊の本部に戻ったレイルズ達が見たのは、休憩室に飾られた天井まで届きそうな大きなイチイの木に、第二部隊の兵士達が数人がかりで飾り付けをしているところだった。

 繊細なガラスで作られた雪の結晶や蝋燭の飾り、英雄達の人形。金色のベルやリボンもたくさんあった。

 生まれて初めて見る、巨大なツリーにレイは言葉も無く見惚れていた。

 イチイの木だけで無く、扉と窓辺には、ひと抱えはありそうな大きな柊の枝で作られたリースが飾られている。これには、赤い実とリボンだけで見事に飾り付けられていた。真ん中部分にぶら下げられたベルは本物の金属で出来ていて、近付いてそっと突くと、そのベルはチリンと高い綺麗な音を立てた。

「すごいや……なんて綺麗なんだろう……」

 陶然とそう呟くレイルズを、大人達は嬉しそうに見守っているのだった。



「さあ、これはレイルズの仕事だよ。最後にツリーに飾る、精霊王に送る手紙を書かないとね」

 皇子にそう言われたレイルズは、大きな声で返事をして、机に用意された便箋と封筒を手にした。

 大人達がお茶を飲んでいる間に、少し離れた場所で、レイは真剣に精霊王へのお手紙を書いた。

 沢山の感謝の言葉と、沢山のお礼の言葉を書いた。それから、世界中の子供達が、皆プレゼントをもらえるようにと書いた。そんなの無理な事は分かっている、でも、あのブレンウッドで会った子供が笑顔でプレゼントを貰えるようにと、願わずにはいられなかったのだ。

 それから、ここでの生活が良いものになりますようにと最後に書いた。多分、自分の願いはこれだけだろう。

「書けました」

 封筒に入れて差し出すと、ルークが受け取って蜜蝋で封をしてくれた。小さな穴を端にあけて紐を通す。ツリーの真ん中に括り付けると飾り付けは終わりだ。

「明日からしばらく、私達は城に詰め切りになるから、ここはレイルズだけになるよ。ラスティや他の者達はいるから、気にせずしっかり勉強しなさい」

「分かりました。お仕事頑張ってくださいね」

 真面目な顔でそういうレイルズに、皆苦笑いしていた。




 翌日、朝練だけは一緒に参加して、朝食の後、城に向かう彼らを見送った。

 それからいつもの騎士見習いの服に着替えて、護衛の兵士と一緒にいつもの精霊魔法訓練所に向かった。

「おはよう。久し振りだな」

 廊下で、テシオスとバルドが手を振っている。それを見たレイは、嬉しくなって駆け寄った。

「おはようテシオス、もう大丈夫なの?」

 少し痩せたような気がしたが、テシオスは元気そうに見える。

「ああ、もう大丈夫だよ。もう本気で死ぬかと思ったよ。頭は痛いし熱は出るし、正直、変な夢ばかり見てて、この数日の記憶が曖昧なんだよな」

 嫌そうにそう言うテシオスに、レイは背中を撫でて慰めるように言った。

「分かる。僕も死にかけた時の記憶って正直言って殆ど無いもん」

 それを聞いた二人が、驚いたように彼の顔を見つめた。

「おいおい、冗談じゃ無いぞそれ。俺が言った死にかけたのって、言って見れば比喩だよ、分かるか? これは例え! 別に、本当に死にかけたわけじゃ無いって」

「レイルズに、そういう比喩を理解させるのは大変なんだぞ。まあこれも経験だ、もう覚えたろ?」

 からかうようなキムの声に振り返ると、マークとキムの二人が並んで笑いを堪えている。

「こいつはまだ色々と経験不足なんだよな。例え話を全部本当の事みたいにすぐに思うし、比喩や言葉の裏なんて理解するまでには、まだかなり掛かるぞ」

「本当かよそれ。一体どこの出身だよお前」

 呆れたようにテシオスにそう言われて、レイは取り敢えず笑って誤魔化すのだった。

 それぞれ挨拶を済ませた彼らは、またいつものように揃って図書館へ向かおうとしたが、テシオスとバルドは、今日は一日中授業があるからと、図書館行きを断った。

「そうか、休んでいた分まとめて授業があるんだな。頑張れよ」

 後ろ姿にマークが声をかけると、二人は笑って手を振って教室に入っていった。



「魔法陣の計算……あれは本当に難敵だよ。攻略できる気がしない」

 マークが今習っているのは、基礎の魔法陣ではなく、そこから展開して上位の魔法陣を描く方法だ。光の精霊魔法が出来るマークには、大きな期待が寄せられているから、これは何が何でも完全に習得しなければならない。

 お世話になっている皆に少しでも報いる為にも、必死で頑張っているマークだった。

 とは言え、元々農家出身の彼にとって、魔法陣の複雑極まりない決め事や計算方法は、正直言って異世界の事のように思えてならない程だ。

「あ、そうか。いちいち考えるから分からなくなるのかも……全部、こういうものだって考えて、何も考えずに丸覚えしてしまえば、案外いけるかも」

 不意に思いついた考えに、満足そうに頷くマークだった。

「それじゃあ行こうか」

 三人は並んでいつもの図書館へ向かった。



 中庭と食堂に、見事なイチイの木のツリーが飾られているのに彼らが気づくのは、昼ご飯の時だった。

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