ヴィゴとの一騎打ちとブルーの困惑

 翌日、朝練と朝ご飯の後、今日はこのままここでルークと若竜三人組が剣術の基礎訓練に付き合ってくれると聞き嬉しくなった。

 竜騎士隊専用の訓練所に向かった五人は、各自ゆっくりと身体をほぐして準備運動を行った。

「でも、バルテンの出る、何だっけ……エッテンに皆は出なくていいの?」

「レイルズ、それは謁見。皇族の方などの身分の高い方に、一般の人が会う事を言うんだよ」

 ルークが、苦笑いしてレイの間違いを正してくれた。

「城では、三日おきに午前と午後に謁見の時間が設けられていてね。陳情、つまり色んなお願い事をしに来たり、バルテンのように何か贈り物を持って来る人と、皇族の方が会う為の時間の事だよ」

「城には謁見の間ってのがあって、そこで会ってくださる。勿論、大勢の立会人がいて、二人っきりじゃないよ」

 ロベリオとユージンも一緒に説明してくれるのを、レイは柔軟体操をしながら真剣に聞いていた。

「勿論、誰でも会ってくださる訳じゃないよ。身分のある人の紹介は必須だし、当然本人の身元も調べられるよ」

 タドラの説明に、レイは顔を上げた。

「えっと、バルテンは昨日来たところだけれど大丈夫なの?」

「彼の場合は、ガンディとマイリーが紹介人になってる。その時点でほぼ問題無いとされるよ。ましてや本人がギルドマスターだからね。これ以上無いくらいに確かな身元だよ」

 ルークの説明に、安心して笑った。

「上手くいくと良いね」

「まあ、昨日の陛下の様子を見たら、心配は要らなさそうだよな」

 苦笑いする四人に、レイも一緒になって大きく頷いた。




 午前中いっぱい、四人に何度も軽い手合わせをしてもらいながら、剣術の形を身体に叩き込ませた。

「基礎が出来ているから教えやすいよ」

 汗を拭きながらルークがそう言い、ロベリオ達も笑って頷いた。

「見ていると、レイルズは聞いた通りに身体を動かす事が出来てるんだよな。これは剣術に限らず、全ての武術を習う上で得難い才能だよ」

 ルークの感心したような言葉に、レイは俯いて小さく笑った。

「ニコスに、一番最初に体術の基本を教わった時にも言われたの。覚えが良いって……」

 褒められた話の割に、全く嬉しそうでは無いレイを不思議に思ったロベリオ達が、揃って俯くレイを覗き込んだ。

「褒められたんなら、もっと嬉しそうにしろよ?」

「どうした?」

「……レイルズ、泣いてるの?」

 最後のタドラの言葉に、俯いたままのレイは小さく首を振った。

「僕の持っている宝物のナイフを作ってくれた、鍛冶屋のエドガーさんから一番最初に教わったんだよ。簡単な手合わせの仕方やナイフの抜き方をね。僕の住んでいた自由開拓民のゴドの村が、野盗の群れに襲われた時、襲って来た血まみれの短剣を持った男に抵抗出来たのは、エドガーさんに教えてもらった通りに身体が動いたお陰だもん」

 突然の告白に、驚きのあまりタドラとルークは言葉を失った。ロベリオとユージンは、廃墟となった村の跡を思い出して、俯いて祈りの言葉を口にした。

「もう泣かないって決めた。でも、時々思い出したら……胸がキュってなるよ。あの時、今ぐらい大きな身体だったら、皆を、守れた、の、かな、って……」

 言葉に詰まって黙り込んだレイを、両隣に座っていたタドラとユージンが、何も言わずにしっかりと抱きしめ、ルークとロベリオが手を伸ばしてレイのふわふわな赤毛を何度も力一杯撫でてくしゃくしゃにした。

「やだ。せっかく寝癖を直したのに、戻ったらどうしてくれるの!」

 悲鳴をあげて、転がるように二人の腕から逃げ出したレイを、四人が態とらしく大声をあげて追い掛ける。

 突然始まった五人の真剣な追いかけっこは、ヴィゴが様子を見に来るまで半刻近く続けられたのだった。



「何をしとるんだ、お前達は」

 全員が息を切らして床に転がり、それでも大笑いしているのを見て呆れたようにそう言ったヴィゴだったが、そう言う彼の顔も笑っていた。



 午前中は、ヴィゴの指導の下剣術の訓練に汗を流し、昼食を挟んで午後からは、初めてヴィゴと木剣で手合わせしてもらった。

 勿論、レイは革の胸当てと籠手、それに額を守る鋼の板のついたバンドを頭に巻いている完全防備だ。

 勿論手加減されている事は分かっていたが、ヴィゴが正面から真剣に向き合ってくれて、レイは嬉しくて堪らなかった。

「お願いします!」

 何度打ち返されても、その度に懸命に起き上がって向かってくるレイルズに、ヴィゴも嬉しそうに何度でも相手をしてくれた。

 叩きのめされる度にどこが悪かったか教えられ、改めて打ちに行くが、また当然のように止められて打ち返される。だんだん焦りが出てくると、なおさら簡単に叩きのめされた。

 悔しくて、どう攻めるか必死に考えていたら、以前ニコスに教えてもらった視線を使った誘導作戦をふと思い出し、とにかく一度やってみる事にした。

「お願いします!」

 そう叫んで、改めて木剣を相手の正面に向けた正眼の構えを取る。これは真っ直ぐに相手の目に向かって剣を構える、一番基本の構え方だ。

 対するヴィゴは、木剣を床に向けて持つ下段の構えと呼ばれる構え方だ。

 レイは間合いを取るように右に左にゆっくりと動く、余裕のあるヴィゴは目で追うだけで動こうとしない。

 ちらりとヴィゴの手元を見て剣先を見る。もう一度手元を見て声を上げて打ち掛かった。下から掬い上げるように迫って来る剣先を交わして、左に跳んでヴィゴの右上腕部に木剣を力一杯叩き込んだ。

 手元に来ると思っていたヴィゴの動きが、一瞬驚きで乱れる。

 しかし、いけた!と、思った次の瞬間……木剣では無く、肘で脇腹を力一杯突き込まれて、勢いよく真横に吹っ飛んだ。しかも、胸当ての無い部分に、ヴィゴの肘がまともに入った。

 そのまま床に叩きつけられてしまい、ひっくり返ったらもう起き上がれなかった。



「ああ、死んだなこれは」

「あ、脇腹逝ったかも。防具の意味無え場所だよ」

「うわあ、本当に見事に入ったな」

 若竜三人組の呆れたような呟きが、遠くに聞こえる。

「ヴィゴ。大人気ないですよ」

 呆れたようなルークの声に、ヴィゴは苦笑いしながら床に転がったレイルズの元に来た。

「おい、生きてるか?」

「もう駄目、聖グレアムが迎えに来てます……」

「まだ必要無いと追い返せ。大丈夫か? すまんな。ちょっと力加減を間違えた」

「でも、一瞬だけどヴィゴが本気で相手してくれた」

 起き上がれずにまだ転がったまま、それでも嬉しそうにそう言って笑うレイを、全員が呆れた目で見ていた。



「これはまた、見事に入りましたね。幸い骨には異常ないようですけれど、今日はもう訓練は禁止です。安静にしていてください。念の為、明日も訓練は禁止します」

 起き上がって確認したら、レイの脇腹には見事な青痣が出来ていた為、知らせを受けたハン先生が、治療の為に訓練所まで駆けつけて来てくれた。

 手際良く湿布を当てて包帯を巻いてくれる。それは有り難かったが、せっかくの楽しい訓練だったのに、二日間も禁止を言い渡されてしまい、レイは盛大に拗ねていた。



 一旦部屋に戻って着替えを済ませたが、身体に巻かれた包帯を見てラスティに心配されてしまった。

「本格的な訓練が始まれば、青痣も日常の事になりますが、まさかこんなに早くお怪我をなさるとは」

 地味に痛くて着替えに苦労しているレイルズを見兼ねて、普段はあまり手を出さないラスティも、この時ばかりは全ての着替えをその手で行った。始めのうちは申し訳無さそうにしていたが、レイは大人しくラスティの世話を受け入れていた。




 この後は、しばらく安静にしているように言われて部屋で本を読んで過ごした。古の誓約も、冒険伯爵の物語も全部読んでしまった。どちらもとても面白くて、もう一度また始めから読み直す事にしたレイだった。

 気が付けば、かなりの時間が過ぎていて、ラスティが入れてくれたお茶もすっかり冷めてしまっている。気にせずそれを飲んでから、空中に向かって話しかけた。

「ブルー、いる?」

『どうした?ここにいるぞ』

 シルフが一人、レイの腕に座ってこっちを見上げた。

「お城のバルテンはどうなったかわかる?」

 気になっていた事を聞いてみると、ブルーのシルフは嬉しそうに笑って口を開いた。

『見事だったぞ。あの歩く人形は謁見の間の全員から注目を集めておった。堂々と伸びる革の事やからくりの内容も話して、これを使った物として、身体が不自由になった者の為の補助具を考えておると言ったら、何人もがアメジストの主の名を口にしておったから、仕込みとしては充分だろう。あのギルドマスターは我が言うのも何だが、なかなかの演技派だったぞ』

「見たかったな。でも上手くいったんなら良かった」

 嬉しそうにそう言うと、残りの冷めたお茶を一気に飲み干した。




 レイからの声に応えたブルーは、湖の底でゆっくりと目を開いた。

「そうか、問題無かったか。それなら良い、ご苦労だった」

 使いにやっていたシルフ達からの知らせを聞きながら、ブルーは妙に騒つくこの街の気配に馴染めなかった。

 どういう訳か、前回来た時には思わなかったのだが、このオルダムに時折妙な影が見える。ごく些細なもので、気付いた時には消えてしまっているような僅かな揺らぎなのだが、妙に神経を逆撫でされるような不快感があって、どうにも落ち着かなかった。

 ブレンウッドからの帰りの森で見つけたあの違和感は、間違い無く闇の気配だった。シルフ達とウィスプ達によって徹底的に浄化され闇の気配は跡形も無くなったが、そもそもあんな場所にあれ程の闇の気配が残る事自体がおかしい。

 もしかしたら、結界にまた綻びが生じ初めているのかもしれない。

 気になったブルーは、湖の底からシルフ達に指示を出して、オルダムの街を中心に周辺の街にまで捜索の手を広げて、なんとか揺らぎの原因を突き止めようとしていた。しかし、この数日、揺らぎの気配は時折感じるものの、原因はようとして知れなかった。

「ふむ……どうしたもんかな。個人の家などで上位の結界を張られていたら、全て調べるのは不可能だ。取り敢えずは何があってもすぐに対応出来るように、結界を修復出来る上位のウィスプ達を集めておくか」

 そう呟くと、また目を閉じて思考の海に沈んでいった。

 目を閉じたブルーの周りには、呼び集められた上位の光の精霊達が、楽しそうにあちこちで輪になって踊り、深くて暗い湖の底を明るく照らしていた。

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