ブレンウッドでの最後の日

 翌朝、いつもの時間に起きて訓練所で朝練に参加したレイは、その後ルークと一緒に仕官用の食堂で朝ごはんを食べた。

「少し休憩したら、荷物をまとめてドワーフギルドに向かうぞ。彼らと一緒に一旦戻ってくるけど、もう部屋には戻らないから忘れ物の無いようにな」

 食後のお茶を飲みながら、ルークから今日の予定を聞かされた。

「分かりました。それでそのまま蒼の森に行くんだね」

「まあ、彼らの準備が整い次第ってとこだな。どうなるかは行ってみないと分からないよ」

「タキス達に会えるなんて思ってなかったし、森のお家にも帰れるなんて思っていなかったから、すごく嬉しいよ」

 デザートのマフィンを齧りながら嬉しそうに目を細めるレイを見て、ルークも嬉しそうに笑った。

「俺も、ニコスの料理をまた食べられるのかと思うと、行くのが楽しみだよ」

「でも、緑の跳ね馬亭のお料理も美味しかったでしょう?」

「うん、噂の朝ごはんも美味かったし、あの栗のケーキは絶品だった」

「あれ、持って帰れないかな? 皆にも食べてもらいたいよ」

「どうだろうな? 大きいのを売ってもらえないか、頼んでみても良いかもな。あれなら俺も、もう一度食べたいよ」

 顔を見合わせた二人は、時間があれば緑の跳ね馬亭へ行ってみる事にした。



 部屋に戻ると、ウォーレンが手早く荷物をまとめて待ってくれていた。

 言われるままに、竜騎士見習いの服から、もう一度第二部隊の兵士の軍服に着替えた。

「こちらに、追加のカナエ草のお薬とお茶が入っていますから、忘れないようにお持ちください」

 まとめてもらった荷物を受け取って、レイは頭を下げた。

「分かりました。持って行きます。えっと、お世話になりました。ありがとうございました」

「とんでもございません。私の方こそ、古竜の主のお世話をさせて頂けて光栄でした。我々第二部隊の者は、定期的に各地に交代で行きますので、また、何処かでお会いする事もあるかと思います」

「じゃあ、またその時はよろしくお願いします!」

 嬉しそうに笑うレイを見て、ウォーレンも笑顔になった。

「準備できたか? そろそろ行くぞ」

 ノックの音がして、ルークが顔を出した。

「はい、今行きます!」

 元気に返事をして、レイはルークと一緒に表に出た。

 今、二人が着ているのは、第二部隊の身軽な一般兵の軍服だ。

「だって賭けてもいいよ。絶対待たされるぞ。せっかくだから、最後にもう一度緑の跳ね馬亭に行きたいだろ?」

 ルークに片目を閉じてそう言われて、レイも嬉しそうに笑った。

 二人は、昨日と同じラプトルに乗って、護衛の兵士と一緒にドワーフギルドに向かった。




 ドワーフギルドに到着した二人を待っていたのは、困った顔をしたリッキーだった。

「おはようございます。あの……申し上げにくいんですが……」

「ああ、言わなくても分かります。また工房に籠っちゃったんでしょう?」

「はい。前回と違って扉が開かない訳では無いのですが、声を掛けても、全くこちらの話を聞いてくれなくて……」

「な。言った通りだろ?」

 振り返ってレイにそう言って笑うと、ルークはリッキーに向かって笑った。

「まあ、予想通りの展開ですよ。恐らく昨夜、何か気になる事を誰かが言い出して、また盛り上がってるんでしょうよ。構いませんから好きなだけやらせておいてください。俺達は、ちょっと街へ出て来ます。もし、彼らが出て来たらガンディに頼んで知らせを寄越してもらってください」

「畏まりました。どちらに?」

「緑の跳ね馬亭へ。あ、もしかして荷物ってそのままじゃ無いか?」

 目を瞬いたリッキーだったが、慌てたように大きく頷いた。

「そうですね。あれから一歩も出て来ていらっしゃいませんから」

「宿の支払いって……」

「宿に書類を届けてありますので、こちらで処理します」

「じゃあ問題無いな。部屋から出て来たら、宿に荷物を取りに行くように言ってください。それじゃあ、俺達はちょっと行ってきます」

 身軽にラプトルに飛び乗ると、レイと二人で緑の跳ね馬亭へ向かった。それを見た護衛の兵士が、慌てたように二人の後を追った。

 予定外の護衛の二人と一緒に、緑の跳ね馬亭に到着した彼らは、そのままクルトにラプトルを預けて食堂に入った。

「いらっしゃいませ。おお、レイルズ様。おや? お連れの皆様は一緒じゃ無いんですか?」

「後で荷物を取りに来ると思うよ。えっと、僕らはお願いがあって来たの」

「何でしょうか? 出来る事でしたらご協力しますよ」

 バルナルが、栗のケーキと、お湯の入ったポットを机に並べながらそう言ってくれた。

「この栗のケーキって、売ってもらえる? えっと、実は今、僕はオルダムに住んでいるんです。お土産に持って帰りたいなって思って……」

「そうだったんですか。ええ、構いませんよ。お土産用にお包みしたのもありますから」

 そう言うと、一旦厨房へ戻って、トレーに乗ったケーキを持って出て来た。

「このケーキは日持ちしますので、今なら降誕祭の頃まで大丈夫ですよ。販売は一本単位になりますが、どう致しますか?」

 幅10セルテ、長さ20セルテ程の四角に焼いた栗のケーキが、油紙に包まれて全部で十本トレーの上に並んでいた。

「えっと、どうする?」

 振り返ると、ルークも目を輝かせてトレーを見ている。

「五本?」

 レイの言葉に、ルークは首を振ってバルナルを見上げた。

「それ、全部頂いても問題無いですか?」

 バルナルは驚いたように目を見開いたが、次の瞬間笑顔になった。

「もちろんですよ。それでは用意しておきます」

「すみません、よろしくお願いします」

 お土産を確保出来た二人は、笑って手を叩き合った。

 新しい木箱に一本ずつ入れられたケーキを、大きな布でまとめて包んで渡してくれた。

「それじゃあ、一旦戻ろうか」

「そうだね。無事に土産も買えたし」

 ルークがまとめてケーキの代金を支払い、レイが四人分のここで食べた分を支払った。

 護衛の者達は恐縮していたが、レイはご馳走出来る事が嬉しくて、笑って彼らから代金を受け取らなかった。

「良いって言ってるんだから、気持ちよく奢られておけよ」

 ルークにまで笑ってそう言われて、護衛の強面だった二人の顔も笑顔になった。

「ありがとうございます。まさか、竜騎士様にご馳走して頂けるとは」

「そうです。皆に自慢します」

 小さな声でそう言った二人に、レイは首を振った。

「嘘は駄目だよ。僕はまだ見習いです!」

 その言葉に、皆笑った。




『ルーク今どこにおる?』

 その時、机の上に現れたシルフがそう言った。

「ああ、丁度良かった。今、緑の跳ね馬亭でお土産を買ったところです。そっちはどんな具合ですか?」

『すまんかったな』

『どうにかまとまったわ』

『今荷物を取りに宿に向かっておるところだ』

「それならここで待ってますよ」

 頷いていなくなるシルフを見送って、ルークは机の上を見た。

「じゃあどうするかな?お茶だけ、もう一度もらうか?」

「お待ちになるのでしたら、そのままで構いませんよ、どうぞごゆっくり」

 空になったケーキのお皿を下げながら、バルナルはそう言って笑ってくれた。




 しばらくして、ガンディ達が到着し、先に部屋に戻って荷物をまとめて来た。

「待たせたな。それでは一旦ギルドに戻ろう。竜車をそのままにしておるから、我らは竜車で戻るが、其方達はどうする?」

 レイとルークは顔を見合わせた。

「そりゃあ、護衛みたいな顔して、竜車の前をラプトルに乗って行きますよ。なあ、レイルズ」

 満面の笑みで大きく頷くレイを見て、全員が堪えきれずに吹き出したのだった。



「ありがとうございました。またお越しの際にはどうぞお気軽にお立ち寄りください」

 バルナルとクルトだけでなく、エルミーナとフィリスまで出て来て、全員で見送ってくれた。

「お世話になりました。また、ギード達は春に来るからよろしくね」

 ラプトルの上からレイがそう言うと、バルナルは大きく頷いてくれた。

「ええ。また春にお会いするのを楽しみにしていますよ。レイルズ様も、オルダムで頑張ってくださいね」

「はい。皆、とっても良くしてくれるんだよ」

 笑顔で答えるレイに、皆も笑顔になった。

「さて、それでは行くとしよう」

 ガンディがそう言うと、ラプトルに軽く鞭を入れた。

 一同がいなくなるまで見送ったバルナルは、皆が宿の中に入ったのを確認してから、もう一度彼らの進んで行った道を見て、小さくため息を吐いた。

「ギード。お前さん、一体どんな伝手があるんだよ……まさか、竜騎士様にうちのケーキを食べて、土産まで買って頂ける日が来るとはな……」



 実はバルナルは、ルークの正体に気付いていた。

 しかし、彼が完全にお忍びで街歩きを楽しんでいる事にも気付いていたので、敢えて普通に接していたのだ。

 彼は若い頃に、オルダムで一度だがすぐ近くで竜騎士様を見た事がある。腰のミスリルの剣の柄に大きな石が嵌められていたのを鮮明に覚えていたのだ。後で、詳しい者から教えてもらい、竜騎士様の剣には、それぞれの竜の守護石が嵌められている事を知った。

 ルークが身に付けていたのは、柄の色からして間違いなくミスリルの剣だった。

 しかし、貴族出身の兵士の中にはミスリルの剣を持つ者だっている。だが、彼の剣には、以前見た竜騎士の剣と同じように、柄に大きなオパールが嵌められていた。

 通常、手荒に扱う武器である剣に宝石を嵌めるような事はしない。しかし竜騎士の持つ剣は、精霊を操り戦う為の、いわば杖と同じ役割も果たすのだ。

「……という事は、どう考えてもレイルズ様が新しい竜騎士様って事だよなぁ」

 彼の腰にあったのも、見事な拵のミスリルの剣だった。

「春にギードが来たら、徹底的に問い詰めてやる」

 一人で納得すると、自分の仕事をする為に宿に戻って行った。




 到着したドワーフギルドでは、中庭に最初にここに来た時に乗って来た大きなトリケラトプスの引く竜車が待っていた。

 一旦中に入って、持って来た荷物を箱に詰めると、竜車の上に積み上げた。

「それでは世話になったな。オルダムに来た時に、またゆっくりと話そうぞ。待っておるからな」

 庭には全員が出て来て見送ってくれた。

「お世話になりました。今度はオルダムで会いましょう」

 ルークとバルテンはしっかりと握手を交わした。

「レイルズ様。頼って頂けて本当にありがとうございました。一生の思い出になりましたぞ」

「こちらこそ、本当にありがとう。またオルダムで会おうね。待ってるから」

 大きな分厚い手をしっかりと握って、レイも笑った。

 それぞれに別れを惜しむと、順番に竜車に乗り込んだ。

「お二方はそのまま戻られるのですか?」

 竜車に乗ろうとしないレイとルークに、バルテンは呆れたように笑っている。

「ええ、今日の俺達は護衛の兵士ですからね」

 片目を閉じて笑うルークに、レイも大きく頷いた。

「これはなんと贅沢な護衛の方々でしょうか」

 大袈裟にそう言って笑って、何度も頷いた。

 先頭の護衛の兵士の後ろに、二人が並び、ゆっくりと進み始めた。その後ろに竜車が続く。



 ドワーフ達は、竜車が見えなくなるまで、ずっと見送り続けていた。



「行ってしまわれたな」

「ああ、夢のような日々だったよ」

「まさか、竜騎士様と手合わせして頂けたなんてな」

「ギルドマスター。もう言ってもいいですよね!ギルドに竜騎士様が来られていたって」

 目を輝かせてそう言う若い連中を見て、バルテンは首を振った。

「念の為、今日はまだ駄目だ。明日以降ならまあ……話しても良かろう」

 喜んで手を叩く彼らを見て、バルテンも笑顔になった。

「さてと、春にはオルダム行きだ。それまでに色々と段取りをしておかねばな」

 通常オルダムまで早くても六日はかかる。往復と向こうでの滞在を考えると、半月から二十日近くの日程になる。もう雪が降り始めるこの時期にオルダムに向かうと、帰れなくなる可能性が高い為、献上品を持って行くのは春の雪解けを待ってからになる。その事は彼らにも伝えてある。

「春が待ち遠しいの」

 小さくそう呟くと、バルテンも自分の仕事をする為に中に戻って行った。

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