竜騎士の役割と作業の終了
夕食の後ルークはバルテンに、レイルズの希望もありこの街に正式に竜騎士の名で孤児の支援の為の基金を設立したいとの話をした。
「僕だって、ブルーや蒼の森の皆と会えなかったら、生き延びたとしても孤児として生きる事になっていたんだよ。他人事とは思えないの……だから……」
ギードから、彼の生い立ちについて詳しい話を聞いていたバルテンは、二つ返事で引き受けてくれた。
「もちろん、喜んでお引き受けいたします。商人ギルドにも声を掛けて、裕福な商人からも寄付を募りましょう。ルーク様が代表になってくださると知れば、富裕層からの寄付を集めるのも容易でしょう」
「よろしくお願いします。王都に戻ったら、正式な手続きを取って陛下の許可を頂きます」
上手く話が進んだのを聞いて、レイは嬉しそうに笑った。
「ありがとう、バルテン。僕も少しだけど協力するからね」
「お前が正式に竜騎士になれば、共同代表って形にすれば良いよ。俺はタドラと二人で、オルダムとハイラントに孤児を支援する基金を共同で設立してるよ。オルダムではアルジェント卿が副代表として窓口になってくださってる。ハイラントは商業ギルドが窓口だ。元手は俺達の個人的な寄付金と、支援者からの寄付で、毎年、年間百人程度の学校へ行く為の支援や、成績優秀な生徒を大学に進学させる為の支援をしてるよ。ヴィゴとマイリーは、孤児の中でも特に支援が届きにくい、幼い女の子を主に支援する基金を設立してるよ、これは女神オフィーリアの神殿が窓口になってる。ロベリオとユージンも、共同で子供の自立の為の技術習得を主にする学校を設立して運営してる。これはオルダムのドワーフギルドが窓口になってる。他にも俺とヴィゴ、マイリーの共同で代表を務めてる戦災寡婦の支援とか色々あるぞ。な、皆、頑張ってるだろ」
ルークの話を目を輝かせて聞いていたレイは、大きく頷いた。
「すごいな……竜騎士になれば、そんな事も出来るんだね」
「まあ、こういう事は言ってみれば金持ちの責任だよね。ある程度の身分の貴族も、大抵何かやっているよ。ただ、個人的意見としては……そういうのって、末端の本当に支援が必要な所になかなか届かないんだよな。大抵が、間に入ってる奴に中抜きされて半分も届けば良い方だったりするよ。でもまあ、無いよりはマシだな」
驚くレイに、ルークは肩を竦めた。
「だから、基金の窓口を誰にするかってのは、結構重要なんだよ。俺達が代表になれば、バルテンも言ったように寄付集めは容易い。って事は、相当な額の金が動く事になる。寄付金の横流しなんかされたら目も当てられないぞ」
思わず振り返ってバルテンを見てしまったレイだった。ルークとバルテンが揃って吹き出す。
「お任せくだされ。ちゃんと収支報告も責任を持ってお届けしますぞ」
「そこは信用しますので、まあ上手くやってください」
ルークはそう言ってバルテンの肩を叩いた。
「俺達が代表を務める基金は、年に一度王都の会計部から監査が入る。結構厳しいらしいよ」
「監査?」
また知らない言葉が出てきて、レイは首を傾げた。
「ああ、つまり集めたお金をきちんと運営しているか調べる役の事だよ。幾ら入ってきて幾ら使ったのか、当然書類があって報告書がある。そして、実際にあるお金の合計を全部確認して、報告書と合っているか確認するのさ」
「王都の会計部の監査は、特別厳しいと噂は聞いておりますぞ」
苦笑いするバルテンに、ルークも笑っている。
「まあ、そこは上手くやってください」
「心得ております。まあ、後ろ暗い事をしてなければ、監査を恐れる必要など無いのですけれどね」
二人は顔を見合わせて肩を竦めた。
「ちなみに、儂は白の塔を窓口にして、成績優秀な学生への返済不要の奨学金を運営する基金を用意しているぞ」
「奨学金って?」
「貧しい家庭や親がいなくて学費を払えない生徒に学費を援助する基金の事さ。まあ誰でも貰えるって訳じゃ無い。審査があって、ある程度優秀な成績である事は必須だね」
「え? 精霊魔法訓練所は、お金は要らないって聞いたよ」
勉強するのにお金が要るというのはレイにはよく分からなかった。
「だって、教える教授や先生だって、お給料を貰わないと生活出来ないぞ。森と違って街で生活するには、金は絶対に必要なんだから、当然、大学や専門学校は、通う生徒が毎月学費を払ってるんだぞ。そこから、先生達のお給料が出る。精霊魔法訓練所は、王立、つまり陛下の命令で設立した訓練所だから、当然、国が資金を出して先生達の給料を払ってくれてる訳さ」
「そっか、キムは自分の研究の為にお金を払ってるって言ってたね」
納得して頷くレイを、皆、面白そうに見ていた。
夕食の後、ロッカはすぐにまた工房に戻ってしまい、バルテンも一緒に行ってしまった。
「それで、もう今夜はする事は無いのか?」
買ってきたお土産の焼き栗の皮を剥きながら、ガンディがモルトナに尋ねた。
「そうですね。正確な設計図も描けましたし、後は、ロッカが今作っている可動関節を仕上げて、あれを作る為の専用道具の作り方を覚えれば終わりです」
「今、サラッと凄い事を聞いた気がするけど、気のせいじゃ無いよな」
「おお、サラッと言ったが、そうだな。あれを作る専用道具の作り方だと?」
ルークとガンディの二人が、目を見開いてそう言った。
「まあ当然といえば当然だな。たしかに、作る為の道具から作らねばならんわ」
「気が遠くなりそうだな」
机に突っ伏したルークに、モルトナは笑っている。
「ロッカは、目を輝かせて構造の説明を聞いていましたよ。まあ、専門家同士、ずいぶんと楽しそうでしたからね……」
「恐るべし。ドワーフの職人魂」
しみじみと言ったルークの言葉に、皆笑った。
その夜は、念の為全員ドワーフギルドに泊まらせてもらい、工房から戻って来ないロッカとバルテン以外は、全員早めに就寝したのだった。
翌朝、いつもの時間に起き出したレイは、顔を洗って自分で身支度を整えると、朝練代わりに訓練所で若いドワーフ達と軽い手合わせをしてもらった。
朝食の後、まだロッカの作業はしばらくかかりそうだと聞いた二人は、一旦駐屯地へ戻った。
その日は一日中訓練所を使わせてもらい、汗を流した二人だった。
翌日の午後、ようやくロッカから全ての作業と道具作りが終わったとの連絡があった。
「ご苦労様。それじゃあ引き上げ準備だね。明日、そちらに伺うと蒼の森のタキス殿に連絡しておきます」
連絡してくれたシルフにそう言って笑いかけると、ルークは大きく伸びをした。
「結局七日がかりか。でも、逆に言えばそれ位の時間で、あれだけの物が作れたんだからさすがだよな」
「マイリー、喜んでくれるといいね」
レイの言葉にルークも嬉しそうに頷いた。
「楽しみだな。それに、マイリーが立ち上がって歩いたら、恐らく城中が大騒ぎになるぞ。妖の術じゃなくて純粋なドワーフの技術だって、陛下の口から言ってもらわないといけないくらいの大騒ぎになると思うな。マイリーを役立たずになったと言った、元老院の爺い共がどんな顔するか、想像しただけで笑いそうになるよ」
元老院という言葉を聞いて思い出してしまい、レイは気になっていた事を聞いて見る事にした。
「ねえルーク。ちょっと聞いてもいい?」
「どうした? 改まって?」
顔を上げたルークが頷いてくれたので、レイは訓練所でのテシオスとの喧嘩の話をした。
「ああ、その話は聞いてる。お前は悪く無いよ。帰ったら、いつも通りに堂々と胸を張って訓練所に行くと良い。言っておくけど、お前が謝る必要は無いからな。でも、向こうが謝ってきたらちゃんと受け入れて仲直りする事。良いな」
「仲直りって、どうするの?」
不安そうなレイを驚いて見つめたルークだったが、恐らく、彼にとっては人生初めての喧嘩だろう事に気付いて笑ってしまった。
「簡単さ。笑って握手すればいい。あらためてよろしくな、ってね。もちろん、お前があいつとはもう二度と口も聞きたく無い、と思ってるなら別だけどな」
その言葉に、レイは少し考えてから答えた。
「えっと、僕は彼の事をまだ殆ど知らないよ。良い子なのか、悪い子なのか分からないよ。だから、今はまだ二度と口を聞きたく無いってほど嫌いじゃないです」
「だったら、一旦謝罪を受け入れて仲良くしてみるべきだな。その上で、こいつとは付き合えない。って思うなら距離を取れば良い。もしそう思うならまた俺に教えてくれ。そういった時の対応の仕方もおしえてやるよ」
「分かった。よろしくお願いします」
真剣な顔でそう言うレイに、ルークは堪らず吹き出した。
「友達なんて難しく考える必要なんてないよ。そいつといて楽しいと思えるなら、それはお前にとって友達だよ。でも、一緒にいて自分だけが苦労したり、一緒にいて嫌な思いばかりするなら、それは友達じゃないな。お前はまだ、社会的な繋がりや義理を考えなくて良いんだから、好きな相手と楽しく過ごせば良いよ。友達っていうのは、一緒にいてお互いが良くなれる存在だ。一緒にいて楽しい。一緒にいると何故だか嬉しくなる。お互いに勉強になる。そんな関係が築けたら最高だね。それを人は親友って呼ぶよ」
「出来るかな……僕にそんな人……」
基本的に自分に自信の無いレイには、まだまだ人付き合いをする上で超えなければならない壁は多いようだ。
「良い例は、ヴィゴとマイリーだな。彼らは、士官学校時代の同期生で、その頃からの親友同士だ。竜騎士になったのはマイリーの方が早かったけど、今でも彼らはお互いを尊敬してるし、仕事の上では当然のように頼りにもしてる。でもお互い本音を言い合える友達でもある。この前、マイリーがヴィゴと入院棟の部屋で大騒ぎしてたろう。俺達が遊んでるみたいに」
「うん、びっくりしたけど二人とも楽しそうだったね」
「俺も、あそこまで本気で遊んでるマイリーを見たのは初めてだよ。マイリーは、実はすごい照れ屋だからね。すぐ俺達には本音を隠してなんでも無い顔をする」
「照れ屋なの?」
驚くレイに、ルークは笑いをこらえて頷いた。
「照れ屋だけど、誤魔化すのも上手いからさ、マイリーの事をよく知らない奴らには、表情のない奴だとか、鉄面皮なんて言われてる」
「ずいぶん酷い言われような気がするけど……」
「まあ、これから先はお前が自分の目で見て確かめろ。誰だって、表の顔と裏の顔があるぞ。さて、レイルズ君の裏の顔はどんな風なのかな?」
目を細めて笑いながらルークがレイの脇腹を突く。
「僕は表も裏もありません!」
逃げながら叫ぶレイに、ルークはもう一度吹き出した。
「それはどうかな? まだ、隠された自分の裏の顔を知らないだけかもな」
捕まえて髪を揉みくちゃにしてやると、歓声をあげて笑いながら捕まえられた腕から逃げようとして、結局そのまま部屋を転がって二人で遊ぶ事になり、騒ぎを聞きつけて駆けつけたウォーレンに、二人揃って叱られる羽目になるのだった。
『ええ明日ですね』
『もちろん大歓迎ですよ』
『お待ちしております』
夕食の後、ルークが呼び出したシルフ達がタキスに連絡をして、明日そちらに皆で向かう事を知らせた。
「楽しみにしてるね」
『ええ、待ってますよ』
レイの声に、シルフがタキスの言葉を伝えてくれた。
その夜は、嬉しくて中々寝付けなかったレイだった。
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