竜騎士の参拝
ルークについて駐屯地に戻ったレイは、一旦部屋に戻り竜騎士見習いの服装に着替えてから、ルークと一緒に仕官用の食堂で少し早めの夕食をとった。
「はあ……明日の事を考えると気が重いぞ」
食後のお茶をいれて、デザートのミニマフィンを齧っていたレイは、何故だか疲れているルークを見た。
「気が重いってどうして? 神殿に参拝に行くだけでしょう?」
「一般人ならそうだけど……言ったろ、正式に竜騎士として行くんだぞ」
思わず、隣に座るレイの方に向いて座ったルークだった。
「えっと、普通に行くのと、どう違うんですか?」
レイは、ただ単に竜騎士の服を着て行くだけだと思っていたが、とんでもない考え違いだと言われた。
「後でウォーレンから言われると思うけど、明日は忙しいぞ。七点鐘で起床。朝練は軽くな。朝食の後、準備をして十点鐘には神殿に向けて出発だ」
真剣な顔で頷くレイに、ルークは一つ頷いて続けた。
「ちなみに、明日は竜車じゃなくてラプトルに乗るからそのつもりでな。はっきり言って、護衛の者達まで大注目されるからな。キョロキョロせずに、背筋を伸ばして真っ直ぐ前を向いておく事!」
「はい!」
思わず、座ったまま直立して返事をしたら笑われてしまった。
「そうそう、そんな感じでひたすら前を向いてろ。道中色々言われると思うけど、まあ、見世物の珍獣にでもなったと思って諦めろ」
横向きに座ったまま、マフィンを齧るルークの肩を叩く者がいた。
「こら。行儀悪いですぞ」
「あ、キルガス司令官」
レイの言葉に、ルークは苦笑いして座りなおした。
「明日は、神殿に参拝されるそうですね」
ルークの隣に座った司令官は、自分のパンをちぎりながら二人を見た。
「今、その話をしていたところです。街に参拝の知らせって……いってるんですか?」
「既に噂になっている様ですね。と言うか、おいでになった日から、参拝者の数が激増しているそうですから、明日も相当の人出があると考えるべきでしょう。神殿側からの知らせでは、参拝中、一般人の参拝をある程度の制限はして下さるそうですが、既に、神殿内に入っている者達まで追い出すわけにはいかない、との事ですから、まあ……ある程度の見物人はいると考えるべきでしょうね」
「とっても控えめな、希望の持てる意見をありがとうございます。それって、道中及び神殿でも、事故が起こらない様に、警備を増やした方が良いのでは?」
「もちろんです。お二人の安全は、我々ブレンウッド駐屯地の全部隊員が責任を持ってお守りいたします」
「いや、俺達よりも……一般の見学者の安全を第一にお願いします。いざとなったら、俺達は自分の身ぐらい自分で守れますよ」
「もちろん、街の警備隊とも連携しておりますからご安心を」
「仕事を増やしたみたいで、申し訳ありません」
「えっと、申し訳ありません」
ルークの言葉に、慌ててレイも一緒に頭を下げた。しかし、キルガス司令官は笑って首を振った。
「とんでもありません。非常にやり甲斐のある仕事です。こんな苦労なら、いくらでも喜んで致しますよ」
笑顔でそう言われてしまっては、二人共、お礼を言うくらいしか出来なかった。
食事を終えて部屋に戻ると、ウォーレンから、明日の説明を受けた。
だいたい先ほどルークから聞いていた通りで、説明の後、明日一緒に行くと言う第二部隊の護衛官を紹介された。
「ラドリーと申します。よろしくお願いいたします」
第二部隊の士官の軍服を着た、ヴィゴと変わらないくらいの見事な体格の男性で、短く刈り上げた赤毛は、レイに負けないくらいに真っ赤だった。
「明日、レイルズ様は我々と行動を共にして頂きます。常に我々の側から離れない様に。よろしいですね」
「分かりました。よろしくお願いします」
差し出された手は、硬いタコがあちこちに出来た分厚く大きな手をしていた。
「念の為、現場ではレイと呼ばせて頂きます。よろしいですか?」
「はい、もちろんです」
握った手を離して、レイは頷いた。
「ルーク様が参拝の儀を行われている間、我々は後ろで控えています。ルーク様が参拝されたら、そのまま下がりますので、貴方は明日は参拝出来ません。それもよろしいですか?」
「え? 僕らは参拝出来ないんですか?」
当然、自分も参拝出来ると思っていたので残念だったが、前回、タキス達と来た時に、ゆっくり時間をとって来た事を思い出した。
「分かりました。僕は前回ここに来た時に、精霊王にも、女神オフィーリアにも、それからエイベル……様にもご挨拶しましたから」
うっかり、エイベル、と呼び捨てにしかけてしまい、慌てて様を付けた。
「そうでしたね。蒼の森のご出身だと聞きました。ブレンウッドにはよく来られたのですか?」
「えっと、今回で四回目……かな? あ、五回目です」
生まれた時にも、洗礼を受けるために精霊王の神殿に来ているはずだが、それは覚えていないので数えなくても良いだろう。
「それなら、ある程度は道も分かりますね?」
そう言って、目の前に街の地図を広げて見せてくれた。
「ここが、今いる駐屯地です。街の東側にあります。城門から街に入り、この道を通って旧市街へ抜けます。出来るだけ広い道を使いますが、相当の人出が予想されるので、周りには十分に注意してください」
地図を見ながら真剣な顔で頷くレイを見て、ラドリーは安心していた。
司令官から彼を連れていく様に言われた時は、正直言って子守を押し付けられたのかと心配になったが、話をする限り聡明そうな若者だ。逆に、この落ち着きで十四歳だという方が驚きだった。
「それでは、明日、十点鐘には出発しますので、それまでに準備をお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
そう言うと、ラドリーは地図を手に立ち上がって一礼して部屋を出ていった。レイも立ち上がって見送ってから、小さくため息を吐いた。
「どうされましたか?」
ウォーレンが心配そうに覗き込んでくれたので、慌てて顔を上げた。
「えっと、思っていたより、なんだか大ごとになってるみたいで、正直ちょっと不安です」
困った様にそう言うレイに、彼は小さく頷いた。
「竜騎士様は、どこにいても注目の的ですからね。ましてや、竜騎士様がこの街へおいでになるのは、私の知る限り、五年前に、ヴィゴ様とロベリオ様が来られて以来です」
ヴィゴとロベリオがこの街に来ていた事を聞いて、レイは驚いていた。
「特に今回は、あの巨大な竜の姿を見て、皆大騒ぎでしたからね。新しい竜騎士様がお越しになったのだと街は噂で持ちきりですよ。軍からは、まだ見習いのお方なので、今回は正式なお披露目はありません、と声明を出した程です」
気軽に第二部隊の服を着て出歩いてしまい、何だか申し訳なくなるレイだった。
その日の夜は、湯を使っていつもより早めに休んだ。
なんだか、とても疲れた一日だった。
翌朝、シルフ達に起こされたレイは、白服を着たルークと一緒に軽い柔軟と少し走った程度の軽めの運動で、朝練を切り上げた。
仕官用の食堂で朝ご飯を食べた後は、部屋に戻って出かける準備をした。
用意された騎士見習いの制服を着て、いつもの剣帯を身に付ける。
のど飴が少し減っていたので追加してもらい、念の為、お薬と乾燥茶もベルトに付けた小物入れに入れてもらった。
「おはよう。それじゃあ行こうか」
廊下には、真っ白な竜騎士隊の制服を着たルークが待っていてくれた。
「覚悟しとけよ。本当にすごい人だからな」
笑いながら背中を叩かれたが、レイは実際に街に入るまで、事の重大性を全く分かっていなかった。
建物の外に出ると、護衛役の第二部隊の兵士達と何頭ものラプトルが並んで彼らを待っていた。
「おはようございます。それではレイはこちらに」
ラドリーにそう言われて返事をしたレイは、ルークに背中を叩かれて手を打ち合うと、彼について行った。
「貴方はこれに乗ってください」
そう言って手綱を渡されたのは、濃い焦げ茶色のベラよりも大きなラプトルだった。
「乗れますか?」
そう言われたので、頷いて軽々と乗って見せる。
「大丈夫そうですね。この子は人ごみをかき分けて歩くのに慣れていますから、街では無理に手綱を取る必要はありません。軽く握っておく程度で大丈夫ですよ」
「分かりました。えっと、この子の名前は?」
「ケティです」
近くにいた別の兵士が教えてくれた。
「そっか。よろしくねケティ」
指を立てて首筋を掻いてやると、嬉しそうに首を伸ばして喉を鳴らした。簡単に大きなラプトルに乗っただけで無く、容易く手懐けてしまったレイを周りの兵士達は驚いて見つめていた。
一番前に大きなラプトルに乗ったラドリーが一人で立ち、その後ろに三人ずつ三列の第二部隊の護衛の兵士達がいて、真ん中がルークの乗る大きなラプトルだ。彼の左右にも同じく一人ずつ配置についている。後ろにも三人ずつ三列に並んだ。レイは後ろの一列目真ん中だ。つまり、ルークの真後ろの位置だ。
ルークの左右とレイの左右にいる兵士は特に体が大きいし、乗っているラプトルも大きい。しかも、護衛の兵士は全員、騎士見習いの制服を着ている。
つまり、誰が本物の騎士見習いか分からないようにしてくれているのだ。
「これは素晴らしい。これなら誰が誰だか分からないし、なんだか豪華な行列ですね」
苦笑いしながらルークがそう言うと、兵士たちも皆笑っていた。
「私は農家出身なんですけど、まさか騎士見習いの制服を着て街を歩く日が来るなんて、思ってもみませんでしたよ」
ルークの隣の大柄な兵士がそう言って照れたように笑うと、あちこちで同意の声が上がった。
「皆、よく似合っていますよ。それでは参りましょう」
ルークの言葉に、全員が背筋を伸ばして敬礼した。レイも慌ててそれに倣った。
ゆっくりと並足程度の速さで進む一行に、レイも遅れずに上手について行った。
駐屯地を出て城門をくぐった途端に、目の前に広がる光景に呆気にとられた。
道路を埋め尽くす、人、人、人。
見渡す限り人の波が続いていた。
兵士達が道路に並んで場所を開けてくれているが、押さえきれずに斜めになっている兵士もいる程だ。
大歓声に迎えられて、開けてくれた道の真ん中をゆっくりと進んで行く。
あちこちからルークの名前を呼ばれて花が投げられる。彼の名前を叫ぶ甲高い女性の歓声と、男性の太くて低い歓声が妙に響き合っていて、思わず笑いそうになって必死で我慢していたレイだった。
この人の波は、旧市街にある精霊王の神殿にたどり着くまで途切れる事は無かった。
精霊王の神殿の前に到着した一行は、整列した神官達に迎えられた。
まず、前にいる兵士達がラプトルから降りてルークの周りに立つ。
それを見てから、彼がラプトルから降り、それから後ろの兵士達がラプトルから降りた。
「ようこそお越しくださいました。神官長のファシアスでございます」
深々と礼をする神官長に、ルークが頷いて右手を差し伸べ握手を交わす。
それから、そのまま神殿の中に案内されて入って行った。当然、護衛の者達も後に続く。レイも皆に囲まれるようにして、ルークの後について行った。
神殿の中も人であふれていた。しかし、皆、参拝者用の椅子に座り大人しくこっちを見ているだけだった。
「謹んで精霊王にご挨拶申し上げ候」
ルークが、精霊王の大きな全身像の前に立ち、静かな声でそう言った。
その瞬間、ざわめいていた神殿中が静まり返る。
ルークは顔を上げると、ミスリルの剣を抜いて足元に横向きに置いて跪いた。
両手を握り額に当てるようにして深々と頭を下げる。
顔を上げると、ミスリルの剣を持ち、立ち上がって音を立てて鞘に戻した。甲高い音が響き渡り聖なる火花が散らされた。
それを待っていたかのように、神官達が横に並ぶ。
それを見たルークは、精霊王へ捧げる祈りの聖歌を歌い始めた。
横に並んでいた神官達がそれに合わせて歌い始める。朗々と響く男性達の歌声は、静まり返った神殿中に力強く響き渡った。
「ルーク、すごい……」
彼のやや低い優しい歌声に、レイは陶然と聴き惚れた。
彼が歌い終わった時、大歓声と拍手が一斉に湧き起こり、それはいつまでも鳴り止むことがなかった。
参拝者に向かって振り返って一礼すると、そのままルークは静かに神殿を出て行った。すぐ後を護衛の者達が続く。レイもついて行った。
彼らが神殿から出るまで、参拝者達は全員が大人しく座ったままで、誰も立ち上がろうとしなかった。
一旦外に出たルーク達は、神官の案内で、同じ敷地内にある女神オフィーリアの神殿に向かった。
そこでは女性の僧侶達が大勢並んで彼らを出迎えてくれた。
実は、レイは密かに楽しみにしていたのだ。
花祭りの時に、女神像を見て泣いたレイを慰めてくれ、講習会で花の鳥の作り方を教えてくれた、クラウディアと名乗った巫女に会えるのではないかと。
一列に並んだ端の方にその姿を見つけて、レイは密かに目を輝かせた。
しかし、当然の事だが彼女がレイに気付くわけも無く、その彼女はルークを見て密かに頬を赤く染めていた。
それを見て、ちょっと悔しかったレイだった。
先程と同じように女神オフィーリアの像に、ミスリルの剣を抜いて挨拶をしてここでは蝋燭を捧げた。次に隣に作られたエイベルの全身像の前に行き、ここでも同じように挨拶をして蝋燭を捧げた。
改めて女神像の前に行き、横に並んだ僧侶と巫女達と共に、女神オフィーリアとエイベルに捧げる聖歌を歌った。
先程とは違う優しい女性の歌声に、ルークの低い歌声が寄り添う。その歌声は美しい合唱となって神殿に響き渡った。
ここでもレイは、その美しい歌声に聞き惚れていた。
彼の肩に座ったシルフ達も、嬉しそうにその歌声に聴き入っていたのだった。
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