試作品の完成
しばらくの休憩の後、バルテンが連れて来たドワーフの若者達と一緒に、ルークとレイは乱打戦の仲間に入れてもらった。
その結果、分かった事がある。
自分が教えてもらっていたギードやニコスが、いかに優秀な腕を持った戦士であったかと言う事だ。
「お前は、実は最高の先生達に教えてもらえてたんだな」
ルークも同じ事を思ったらしく、乱打戦を終えて休憩をしている時に小さな声でそう言われ、互いにこっそりと笑い合った。
最後に、ギードとニコスにも久し振りに棒を使って手合わせをしてもらい、レイはすっかりご機嫌だった。
軽く汗を拭いてから休憩室で冷たいお茶を飲み、地下の工房へ戻った時にはそろそろ外が暗くなる時間だった。
「お疲れ様でした。こちらは試作品の改良版が出来上がりましたよ」
「先程、ドワーフの方々が出来上がった階段の模型を持ってきてくださいました」
工房では、モルトナとロッカ、リーザンの三人が丁度休憩しているところだった。
「お飲みになりますか?」
リーザンが新しいお茶を用意するためにポットを取ろうとしたが、ルークが手を上げて止める。
「俺達は、上で頂いてきましたよ。それより、もう出来たんですか?」
かなり難しいだろうと思っていたのに、もう改良版が出来ているのだという。
「曲げる際の補助になるかと思い、足の横に可動式の補助具を取り付けてみました。元はバルテンが作っているからくり人形の仕掛けなんですけどね」
それを聞いたバルテンの目が輝く。
「もしや、あの可動関節ですか?」
「そうです。凹んだ側と出っ張った側、双方をぴたりと嵌め合わせて動く関節を作る。球体関節と言い、この可動関節と言い、正直言って、初めて見せて頂いた時には息が止まるほどの衝撃を受けましたぞ」
「私もです。いや世間は広い。まだまだ我らの知らぬ技術がございますな」
そう言って笑っている二人だったが、他の者達は意味が分からず首を傾げている。
それを見たバルテンが、足元の箱から見慣れぬものを取り出して見せてくれた。
それは一見ただの棒に見えた。しかし、よく見ると真ん中部分がつぎはぎになっている、左右を色の違う木を繋ぎ合わせている為、どう繋いであるのかがよく分かった。
「ええ? これどうなってるんだ?」
その木は、繋ぎ合わせた部分が、稼働する仕組みになってる。
「これも球体関節の一つでございます。この場合、一方方向にしか曲がりません」
組み立てる前の関節部分も見せてくれた。
それぞれの棒の先の繋ぎ合わせる部分を、平らなリング状に削り出した側と、全く同じ大きさの直径に凹んだリング状に削り出した側、双方を並べて見せる。それぞれのリングの先端部分は切れていて相手の棒が嵌るようになっている。そして、目の前でそのリング同士を重ねて見せたのだ。
「ああ。ぴったり嵌った!」
レイの言葉通り、削り出したリングは、互いにまるで元から一緒であったかの様にピタリと収まったのだ。
「そして、これで固定します」
真ん中部分に先程のリングと同じ大きさの円盤を取り出した。真ん中部分に短い棒が出ている。
その棒をリングの真ん中にはめ込んで反対側で固定した。
「本当はもっと強く固定して固定金具が外れない様にしますが、これは見本ですのでな」
「これって……理屈は分かるけど、実際には完璧に同じ形の凸凹にしないと嵌らないよね?」
手渡された動く棒を見ながら、呆気にとられた様にルークが呟く。
「まあ、そこがドワーフの腕の見せ所でございますな。歪みが出れば、引っ掛かってしまい動きません。かと言って全く引っ掛かりが無いと、それはそれで動き過ぎて固定出来ません。その辺りの微妙な匙加減こそが、この技術の要でございます」
自慢げに笑っているが、決して簡単に出来る事では無い。
「すごいね……すごいとしか言えないよ……」
レイも、ルークから渡された見本を動かしながら、ただ感心してそう言うしか出来なかった。
「では、いよいよ実際に使ってみましょう」
バルテンの言葉に頷き全員が立ち上がった。
ニコスとレイが手早く机の上を片付けている間に、ガンディがリーザンを抱き上げて手すりの無い椅子に座らせる。
前回と同じく、それぞれの部分にベルトを手早く締めていく。よく見ると、膝の部分に両側に、前回は無かった可動関節が取り付けられているのが分かった。
「今回は、見本で作ってあった木製のものを使わせて頂きましたが、実際に使う際には耐久性を考えると金属で作るべきでしょうね」
「金属の可動関節も作れますぞ。まあ、木製よりは作るのに時間はかかりますがね」
「身に付ける際の重さを考えると、ミスリルを混ぜるべきだな。僅かでも入れれば、耐久性はぐっと上がるし、重量も抑えられる」
「おお、それは思っておりました。材料費も、入れるミスリルの量が僅かであれば、それ程高額にはならんでしょうからな」
材料費の話にまでなり、驚くレイ達にモルトナとロッカは真剣な顔で答えた。
「マイリー様だけでなく、戦いで傷付き不自由な身体になった者はこの国に大勢おります。今作っておるこの補助道具は、その者達の希望の光になりましょうぞ」
「そうです。怪我の為に歩けない事が正式に発表されたマイリー様が、皆の見ている前で平然と歩いて見せたなら……どれ程の驚きとなるか。もう、今から楽しみでなりませんぞ」
隣で涙ぐんで頷いているリーザンに、レイはしゃがんでその手を取った。
「頑張ってね。そうだよね、マイリーだけじゃなくって、怪我をして不自由な皆の代表で来てくれたんですよね」
「はい、私自身も、まさか今になってもう一度歩ける日が来るなんて、思ってもいませんでした。ええ、頑張りますよ。頑張って、階段も坂道もどんな場所だって歩いて見せますとも!」
そう言って力強く立ち上がった。
レイが手を引いて、横に置いてあった六段の階段の前に連れて行く。1メルト程の幅で出来ていて、両側に手すりが付いている。一番上は1メルト四方の大きさの踊り場になっていて、手すりに囲まれたそこに立つ事が出来るようになっていた。
「手すりはあった方が良いかと思い。結局両方に作らせました。念の為片側は外れる様になっておりますぞ」
丸い穴に、手すりを差し込む仕様になっているらしく、ゆっくりと持ち上げて見せる。
「いや、安全面を考えれば、両方にあるほうが確かに良いな。それではまずは上がってみてくだされ」
ガンディの言葉に、リーザンは頷いて左足を一段目に乗せ、手すりを使わずにそのまま順調に上まで登った。踊り場で向きを変えて反対を向く。ルークとガンディがシルフ達を呼び出して、万一の際には彼を守る様に頼んだ。
『任せて』
『任せて』
『守るよ』
『守るよ』
笑って頷いてシルフ達はいなくなった。
「それでは降りてみます……」
真剣な声でそう言ったリーザンは、両手を広げて手すりを持つと、左足を一段目に下ろした。
全員が固唾を飲んで見守る。
「行きます!」
そう宣言して右足を上げて二段目に下ろす。
「ああ、すごい! 全くブレずに安定しています!」
目を輝かせたリーザンがそう叫ぶと、手すりから手を離してゆっくりと三段目、四段目と順調に降りていった。
「到着!」
レイの声と同時にリーザンが床に降り立った。
「先程とは全く違います。降りようと曲げた時に、横から誰かに支えてもらっている感じでしたね。先程階段で落ちかけた時は、曲げた瞬間に膝が揺れた様に感じてバランスを崩してしまったんですが、今は全くそれがありませんでした。すごい! これはすごいです」
感激のあまり涙ぐむリーザンの肩をバルテンが叩いた。
「まずは問題を一つ解決しましたな。それでは別の部屋に訓練用の設備を作らせておりますのでそちらに参りましょう。問題点を根こそぎ洗い出さねばなりませんからな」
大きく頷きそのまま歩いて行こうとする彼を、ガンディが慌てて止めた。
「これこれ、無理はなりませんぞ。とりあえず、これに座りなされ」
一旦車椅子に座らせると、補助具は装着したままで全員がバルテンについて部屋を出ていった。
後について歩きながら、ニコスがタキスに小さな声で話しかけた。
「結局、俺達は帰り損なったな」
「そうですね。でも、こんな事に立ち会う機会なんて一生一度でしょうからね。ブラウニー達には申し訳ないけれど、もう一晩お願いしておきます」
「今年の年末は、感謝の印に旨い酒と食事を用意して持って行くべきだな」
「そうですね。本当にお世話になりっぱなしですからね」
顔を見合わせて小さく笑い合った。
連れていかれた部屋を見て、バルテン以外の全員が呆気にとられた。
その部屋は、訓練場に匹敵するほどの広い部屋だが、床が土で覆われて見事な庭が作られていた。
綺麗に敷かれた石畳とゴツゴツとした石の階段。また土がむき出しになった長さ20メルテはある直線の道は、順に角度を変えて四種類続いた長い坂道になっている。
土で覆われた床の部分も、平らではなく不自然にうねっている。森の地面の様に根っこが暴れた様に盛り上がった箇所や、芝が飛び飛びに植えられた部分もある。また、ひび割れて隙間が出来た部分もあった。
道の横の雨水を流す溝が掘られた箇所には、フタがある部分と無い部分が混ざっていた。
隙間のある小さな植え込みが、道の両側にそれぞれ何箇所かに分かれて作られている。
「成る程……これなら、いろんな条件で実際に歩く訓練が出来るな」
ルークの言葉に、バルテンは大きく頷いた。
「これは、ドワーフギルド所属の造園師の者達がやってくれました。庭造りの要領であらゆる場面を想定して作ったそうです。まずは坂道ですな。歩いてみてください」
真剣な顔で頷いたリーザンは、ガンディの手を借りて車椅子から立ち上がった。
そのまま歩いて、まずは坂道を登って行く。これはどの角度も楽に歩けた様だ。端まで歩いてゆっくりと振り返る。
「待て。そこからだと、一番角度が急な坂になる。まずはここからするべきだ」
ガンディが、慌てた様にそう言って坂道を登ってリーザンを抱き上げた。
「大丈夫かと思ったんですが……」
「いや、慎重にすべきだ。下り坂は思う以上に危ないぞ」
そのまま一番最初の緩やかな坂道に連れて来て立たせた。
「出来るだけ小股で歩いてください。お話しした様に、思っている以上に坂道は危険です」
ニコスの言葉に頷いて、リーザンは小さく左足を出した。そのままゆっくりと歩いたが、三歩目で止まってしまった。
「成る程。確かに坂道はかなり怖いですね。思った以上に膝や足首に負担が掛かります」
そう言って、改めて歩き始めた。
「最初の坂は、問題なく下れる様だな。では次に行こう」
抱き上げようとするのを手を上げて止めて、そのまま坂道を二段目までもう一度歩いて登った。
これも、ややためらったが問題なく歩く事が出来た。三段目も同じく慎重に下りて問題なし。しかし、四段目のかなり急な坂道は、相当ためらいながらかなり慎重に降りて来た。
「坂を下る事は出来ますね。ただ私の場合、右足の筋肉も相当落ちていますから、下りにくいのはそれもあると思います。マイリー様の場合は、恐らく殆ど右足には衰えは無いでしょうから、逆にもっと楽に下る事が出来ると思います。それにしてもこの可動関節は本当にすごいですね……」
左膝を撫でながらしみじみと呟くリーザンの言葉に、全員が笑顔になった。
「それでは次は何をしますか?」
顔を上げたリーザンだったが、ガンディは笑って首を振った。
「気持ちは分かるが、今日のところはここまでに致しましょう。お前さんの言う通り、右足も休めてやらねばな。それに、そろそろ夕食の時間だ」
笑顔のガンディに、リーザンも頷いた。
「分かりました。それでは私は先に休ませて頂きます」
ガンディの合図で部屋に入って来た医療兵と一緒に、リーザンは自分の泊まっている部屋に戻って行った。
「さて、俺は明日の準備があるから、このまま一旦駐屯地に戻るよ」
リーザンを見送ったルークは、大きく伸びをしてそう言った。
「え? 明日って何かあるの?」
不思議そうに顔を上げたレイに、ルークは苦笑いして肩を竦めた。
「例の、精霊王の神殿と女神オフィーリアの神殿への参拝だよ。言ったろ? 正式に竜騎士として参拝するって。あ、レイルズはまだ正式な場には出さないから、行くなら第二部隊の護衛の者達と一緒にな」
思わずタキスを振り返ったレイだったが、タキスは真剣な顔で頷いた。
「それなら貴方もルーク様と一緒に戻りなさい。きちんと説明を聞いて、邪魔をしないようにしなければね」
少し残念だったが、昨夜たくさんお話ししたし、元々今日には駐屯地に戻る予定だったのだ。
「分かった、じゃあ僕も一緒に戻ります」
「良いのか? 明日の朝戻って来るのでも構わないぞ」
そう言ってくれたが、レイは首を振った。
「一緒に戻ります。昨日沢山お話し出来たもん」
「そうか。そう言うのならそうしよう。お疲れ様でした。それじゃあ俺達は一旦戻らせてもらいます」
「それでは、我らは予定通り宿屋に戻るとしよう。あそこの飯は美味いから楽しみだな」
モルトナとロッカがそう言って笑い、バルテンを見た。
「其方はどうする?あの部屋はもう一晩タキス達に使ってもらって、我らは別に部屋を頼もう。せっかくだし良ければ一緒に行かぬか。もう少しゆっくり話をしたいしな」
目を瞬いたバルテンだったが、笑顔で頷いた。
「ならば、喜んでご一緒させて頂きましょう。泊まる用意してから参りますので、先に宿屋に行っていてくだされ」
結局、泊まる予定だったレイとルークはそのまま駐屯地へ戻る事になり、タキス達三人と、職人三人とガンディが緑の跳ね馬亭に泊まる事になった。
「あ、それならいつも借りていたあの部屋を、俺達が借りれば良いんじゃ無いか?」
「そうだな、追加のベッドを入れて貰えば。三人でも十分泊まれるからな」
こっそりとニコスとギードがそんな相談をしていた。
「それじゃあ、気をつけて戻るんじゃぞ」
「レイ、皆さんの言う事を聞いてちゃんとするんですよ」
「そうだぞ。どこで誰に見られてるか分からないんだから、常に、立ち居振る舞いに気をつける様にな」
三人に次々に心配そうに言われて、ラプトルに乗ったレイはちょっと膨れてみせた。
「もう、ちゃんと出来るって。それじゃあ、明日は会えるかどうか分からないね」
残念そうなレイの言葉に、ガンディが首を振った。
「もし会えなくても、帰りに蒼の森に寄ってから帰るから、まあ、少しの間だがもう一度会えるぞ」
「それ本当?」
目を輝かせるレイに、ガンディとルークは大きく頷いた。
「彼らに、ドワーフの石の家を見せてやりたくてな」
「分かりました。それではお越しになるのをお待ちしています」
タキスの言葉に、振り返ったガンディが笑った。
「行く前には知らせる故な。もしも街で買い物があれば買って行ってやるぞ」
それを聞いた一同は、堪える間も無く吹き出したのだった。
まだ笑っているレイとルークと共に、途中の分かれ道まで一緒に、彼らもラプトルに乗って出発した。
分かれ道の噴水の横で、手を振る彼らの姿が見えなくなるでレイはずっと見送っていた。
「寂しいか?」
からかう様なルークの言葉に、レイは笑って首を振った。
「いつでも会えるもん。寂しくなんか無いよ」
それを聞いたルークは笑って頷いた。
「そうだな。生きてさえいれば、いつでも会えるさ……」
ラプトルに合図を送り走り始めたルークのその小さな呟きは、後ろを走るレイの耳には届かなかった。
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