専門家達

「あの……そろそろ、夕食のご用意が出来ているのですが……」

 パズルに夢中になっていた二人は、リッキーに声を掛けられて驚いて顔を上げた。

「おお、外はもう真っ暗じゃん」

「本当だ。でも、もうちょっとだけ待ってください。こっちも、もう少しで仕上がるんだよね」

 笑う二人の言葉通り、板の上に作られたパズルはもう、あと数枚の木片を残すのみになっていた。



「で〜きあっがり〜でっきあっがり〜ジグソーパズルのでっきあ〜がり〜!」

 レイが即興ジグソーパズルの歌を歌いながら最後の一枚を嵌め込む。

 緑の森の中で、仲良く遊んでいる二匹の猫の絵がそこにあった。

 胸を逸らして出来上がりを眺めてから、ルークと二人で手を叩き合って喜んだ。

「リッキーさん! これ面白いよ! 僕、時間を忘れて夢中になっちゃいました」

「確かに面白かった。それにこれ、集中力の訓練にもなりそうだな」

 二人が口々に褒めるのを見て、リッキーも嬉しそうに何度も頷いた。

「ありがとうございます。製作した者達に、今のお言葉を伝えておきます」

「これ、王都で販売したら絶対に流行るぞ。俺は間違いなく買う」

「僕もやる! 絶対、オルダムでも売ってください!」

 そう言いながら二人は立ち上がって、揃って大きく伸びをした。

「難点は、時間を忘れて夢中になるって事だな。半日ぐらいあっという間だったよ」

「本当だね。いつの間に日が暮れたのか、全然知らなかったや」

 部屋には、いつの間にか幾つのもランプが置かれて明るく部屋を照らしていた。



「ところで、彼らの方はどうなりましたか?」

 立ち上がって服の皺を直しながらそう言ったルークの言葉に、リッキーは困ったような顔をした。

「それが……何度お声をお掛けしても、何故か全くお返事がありません。それで、ちょっと困ってしまいまして……」

 思わず、レイとルークは顔を見合わせた。

「……返事が無い?」

「はい。それどころか、扉も開かないのです。あの部屋に鍵は無いはずなのですが」

 それを聞いたルークは、納得したように頷いた。しかしその顔は笑っている。

「あいつら……邪魔されないように閉じこもったな。わかりました。とりあえず、開けて引きずり出してやりますよ。食事なんでしょう? どうするんですか? 食堂へ行きますか?それともここで食べますか?」

「別にお部屋をご用意しております」

「了解。じゃあとりあえず、巣篭もりしてる奴らを引っ張り出してきます」

 肩を回して軽く運動しながらそう言ったルークは、振り返ってレイを見た。

「お前にも手伝ってもらうから、来てくれ」

 何だかよく分からなかったが、ルークの後について皆のいる部屋に向かった。




「おおい、食事だぞ!」

 ルークが何度も扉を叩くが、確かに中からの返事は一切無い。

「仕方がない。強硬手段に出るか……」

 そう呟くと、扉に右掌を当てて、左手でレイを手招きした。

「お前も手伝ってくれ。シルフを呼んで、この扉を開くように言うんだ」

「シルフに頼めばいいんだね。分かりました」

 頷いて隣に立つと、同じように右掌を扉に当てた。背後ではリッキーが心配そうに見ている。

「開けろ!」

 二人が大きな声で揃ってそう言うと、何かが割れるような音がして静かになった。

 そして突然、中から声が聞こえた。

「上手くいったな」

 そう言って扉を開いた瞬間、三人は揃って飛び上がった。



 中では、ものすごい大声で怒鳴り合う四人の姿があったのだ。



「何度言ったら分かるのだ。それでは力の半分も出ぬぞ!」

「そんなはずは無い。これで上手くいくはずだ」

「違うと言っておろうが!マイリー様の場合、腿の筋肉は全く動かぬのだから。関節部分からの補助が必要なのだ」

 真っ赤な顔をして唸りながら、皺の寄った紙にものすごい勢いで図を描くロッカ以外の三人が、不思議な革の塊と人形を手に激論を交わしていた。

 足元には不思議な絵が描かれた紙が、数え切れないほどに散乱していた。

 その中の一枚を手に取ったルークは、小さく口笛を吹いた。

「見てみろよ。巣篭もりの成果は出てるみたいだ」

 乱雑に描かれたそれは、左足の周りに巻かれた革と伸びる革が色を変えて描かれた図だった。確かに、筋肉の位置に伸びる革が当てられている。

 それをレイに渡すと、ルークはいきなり大きく手を叩いた。とても大きな音が部屋中に響いた。

 その音に四人が揃って動きを止め、驚きの表情で一斉に振り返った。



「お疲れさん。有意義な時間だったようだけど、一旦休憩して食事にしましょう。どうせ、お茶も飲んで無いんでしょう?」

 何事も無かったようなルークにそう言われて、それぞれが我に返ったように苦笑いしている。

「おやおや、すっかり日がくれてしもうたな。ウィスプよ。ありがとうな」

 ランプも無いのに部屋が明るかったのは、どうやらガンディの連れている光の精霊達が、明かりの代わりをしていたからだったようだ。

 ガンディの言葉に、机の上や肩にいた光の精霊達が集まって来る。

「別室に夕食を用意してくれているそうですから、とにかく先に頂きましょう」

 ルークの言葉に、皆頷いて立ち上がった。その時、ロッカの膝から何枚もの紙が床に落ちた。

「いや、ちょっと待ってくれ。製図は整理しておかねば」

 それを見たガンディが慌てたようにそう言って、足元の紙を拾い始めた。

 全員で拾い集めると、四人は机に向かって製図の整理を始めた。

「これはこっちだな。ああ、それはこちらへ」

「基礎の製図はこちらに。これは何の図だ?」

「ああ、それはこちらに。関節部分の素描デッサンです」

 先程までの怒鳴り合っていた彼らとは、同一人物とは思えない程の冷静な言葉を交わし合って、あっという間に整理は終わった。

「とにかく、一旦休憩して食事を頂きましょう。もう少し詰めて……実際の試作開始は明日からでしょうかな?」

 モルトナの言葉に、ガンディは首を振る。

「時が惜しい。これだけの技術と知識を持った者達が一堂に会する事など滅多にあるまいに」

「ならば、部屋をご用意いたしますので、どうぞここにお泊まりください。ならば、いつでも好きなだけ出来ましょう」

 バルテンの言葉に、三人は嬉しそうに頷いた。

「よろしいのですか?それは有難い」

「ならば、遠慮無くお願い致します。確かにこんな機会は滅多に無い。良き物を作りましょうぞ」

「有難い。よろしく頼みます」

 頷きあって笑う彼らは、本当に楽しそうだ。

 それを見ていたルークとレイは、顔を見合わせて笑うしか無かった。




 用意された別室には、食堂と同じ様に、何種類もの料理が好きなだけ取れるように並べられていた。

 料理の入ったトレーには、それぞれウィンディーネの姫が座っている。

「あ、ありがとうね」

 レイの言葉に、姫達は嬉しそうに笑って手を振ってる

「何が、ありがとうなのですか?」

 この中では、人間であるモルトナだけが精霊を見る事が出来ない。

「えっとね、お料理の上に水の精霊がいるんだよ。彼女がいてくれるとお料理が傷まないの。出来立てのままで、長い事置いておけるんだよ」

 レイの説明に、モルトナは納得した様に頷いた。

「ああ、それは聞いた事があります。精霊とはすごいですね。彼女達のおかげで、私も出来立ての美味しいお料理を頂けるのですね」

 その言葉に姫達は皆、嬉しそうに笑っていた。




 食後のお茶を飲みながら話をしていたが、どうしても話題は専門的な事になる。

 炒った栗とカナエ草のお茶を飲みながら、レイは黙って彼らの話を聞いていたが、だんだん内容についていけなくなってきて、遂に小さなあくびが出てしまった。

「ご、ごめんなさい」

 焦って謝ったが、話に夢中の彼らはそもそも欠伸に気付いていなかった。ルークも隣で欠伸を噛み殺していた様で、その様子を見て小さく笑われた。

「レイルズ、いい事教えてやるよ。欠伸が出そうになったら、口の中で上唇を舌で舐めてごらん。あっという間に欠伸が止まるから」

 驚いてルークの顔を見ると、彼は笑いながら自分の上唇を指差している。

「ええ? そんな事で欠伸が止まるの?」

「絶対止まるし気付かれにくいから、今度出そうになったらやってみろよな。授業中とか、会議の時とか、覚えておくと便利だぞ」

 自信満々にそう言われて、しっかり頷いた。

「分かった、今度出そうになったらやってみるね」

「こんな事なら、いくらでも教えてやるよ」

 笑ったルークに背中を叩かれて、レイはまだ話を続けている四人を見た。

「さてと、俺達はこれ以上ここにいてもお邪魔だよな。どうするかな?」

「どういう事? 駐屯地へ帰るんでしょう?」

「来た時に乗って来た竜車は、彼らの為に置いておくべきだろう。そうなると、騎竜を借りるか……でも、この格好で外に出るのは、いくら何でもまずいよなぁ」

 二人は、竜騎士と竜騎士見習いの遠征用の制服のままだ。

 いくら日が暮れていると言っても、まだそれなりに人通りがある中に、この制服のままで出て行ったら間違い無く大騒ぎになるだろう。

「別の竜車をご用意致しますので、それをお使いください」

 食器を片付けながらリッキーにそう言われて、二人は安心した。

「よろしくお願いします。それじゃあ俺達は、一旦戻らせてもらいます」

 そう言って立ち上がった時、バルテンが慌てた様に顔を上げた。

「おお、申し訳ございません、つい話に夢中になってしまいました。ルーク様、よろしければお帰りになる前に、例の歩く人形をご覧ください。我が技術の全てをかけて作った、渾身の作でございます」

「ああ、レイルズが見たって言う歩く人形ですね。ええ、是非お願いします」

 目を輝かせるルークに頷くと、バルテンは一旦部屋から出て行ってすぐに戻って来た。

 手には、見覚えのある箱を抱えている。

 全員が立ち上がって、絨毯を敷いていない場所に集まった。

 箱から取り出されたのは、あの大きな人形だ。ルークは驚きの表情で、その人形を見つめている。

「大きいんですね。もっと小さなものだと思っていました。これが人間の様に歩くって? 俄かには信じられないな」

 その呟きに、バルテンは怒りもせずに頷いた。

「当然でございましょう。まあ、まずはご覧ください」

 そう言って、足元にその人形をそっと置いた。二本の足でしっかりと立っているその人形の背中に突き出たかぎ状の突起をゆっくりと回す。

 金属の擦れる様な音がして、俯いていたその人形は顔を上げた。そして、そのままゆっくりと歩き出したのだ。

 目を見張るルークを、バルテンは満面の笑みで見つめていた。

「すごい……本当に生きているみたいな自然な動きだ。オートマタとは全く動き方が違いますね。これがあの伸びる革の仕事ですか?」

「そうでございます。この人形は、それぞれの体の部位をバラバラに作り、身体の中であの伸びる革を使って組み立てております。そして、外側に筋肉の様にあの伸びる革を取り付けておりますから、実質人間と身体の作りは変わりませぬ」

 納得して頷いたが、誰にでも出来るような簡単な技術ではないのだろう。

 壁に当たって止まった人形は、ゆっくりと振り返ってお辞儀をして止まった。



「先程も見せてもらったが、何度見ても凄いな」

 ロッカの言葉に、ガンディも何度も頷いている。

「全くだ。これ程の技術、使わぬ手はなかろう」

「凄い……本当にすごいとしか言えませんね」

 モルトナの言葉に、ルークも頷くしか無かった。

「良い物を見せてもらいました。これは陛下だけでなく、王妃様やカナシア様も夢中になりそうだな」

 ルークの呟きに、レイも大きく頷いた。

「僕も、マティルダ様は絶対気にいると思うな」

 頷き合った後、ルークはバルテンを正面から見つめた。

「この人形を陛下に献上されるとの事、その際は、是非とも貴方ご自身がオルダムへお越し下さい。きっと陛下は、直接貴方の話をお聞きになりたがるでしょうからね」

 感激のあまり、顔を紅潮させるバルテンに、ルークは笑いかけた。

「それから、竜騎士隊の皆もこれは見たがるでしょうね。帰ったら、先に見た事を自慢しないとな」

 人形を手にしたバルテンは、深々と頭を下げた。

「有難うございます。ただ好きなだけで続けてきた研究が、まさかこの様な形でお役に立てようとは……人生、何が起こるか分からぬものですな」

「好きこそ物の上手なれ、って言いますからね。好きだって事は、物事を極める時の何よりの理由になるんですよ」

 ガンディを見ながらそう言って笑うと、ルークはレイの肩を叩いた。

「さてと、それじゃあ俺達は一旦帰ります。どうぞお好きなだけ討論でも試作でもしてくださいね。でも、無理はしない様に」

 そう言って、この中で唯一の人間である、モルトナを手招きして呼んだ。

「何でしょうか?」

 不思議そうなモルトナに、ルークは苦笑いしながらそっと耳打ちした。

「この面子じゃ、恐らくモルトナが一番先に倒れると思うから、不味いと思ったら早めに休めよ。言っておくけど、ガンディなんか、三日ぐらいなら寝ない食べないで平気な奴だからな。ドワーフも体力は底なしだって言われてるから、本気で付き合ってたら絶対体を壊すぞ」

 驚きに目を瞬くモルトナの肩を、ルークは叩いた。

「まあ、死なない程度に頑張ってくれればいいからさ」

「了解致しました。死なない様に気を付けます」

 真剣な顔でそう言った後、二人は同時に吹き出した。

「健闘を祈るよ。それじゃあ皆、無理はしない様に」

「えっと、頑張ってくださいね。夜は寝てください!」

 ルークに続いて、レイも慌てた様にそう言った。

「ははは。ご意見賜りましたぞ」

 からかう様なガンディの言葉に、ルークとレイは呆れた様に大きなため息を吐いたのだった。

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