総務とギルドと主を持たない竜達

 休憩室でお茶を飲んだ一行は、後片付けをしてまた廊下に出た。

「あと、二階にあるのは会議室が幾つかと、書庫。あ、総務部関係の事務所もここにある」

 廊下を歩きながら、ロベリオが説明してくれる。

「総務部?」

 初めて聞く言葉に、レイが首をかしげる。

「ええと、事務全般を担当する部署で、他の部署ではやらない事を全部やってくれる、ありがたい部署だよ。要するに何でも屋さん。例えば、さっきの事務所に置いてあったレイルズの新しい机、あれを用意してあそこに置いてくれたのは総務部の人だよ。休憩室に置いてあった机や椅子。それこそ、お茶を飲む時のヤカンやカップを用意してくれたのもそうだし、手洗いに置いてある手拭き用の布。な、要するに全部総務部の管轄だ」

 納得して頷くレイに、ユージンが別の説明をする。

「人が動き、物が動くと、必ずそこには書類も一緒に動く。総務部がきちんと仕事をしなければ、それこそ仕事全てが滞るよ。例えば、装備に入っていた携帯食。あれだって、誰かが作って軍部に納品してくれてるから俺達が食べられる。納品する業者が勝手に数を決めて作ってる訳じゃない。当然、軍から発注する人がいる。つまり、総務部の衛生科という食料を管理する部署の中にいる担当者だね。今月は何個、来月は何個って具合に業者に発注するんだ」

「おお、すごいな。ってか、なんでそんなに詳しくお前が知ってるんだよ」

「このまんまの説明を、ここに来て初めての頃にマイリーから教えてもらったよ」

 ユージンの言葉に、それなら分かると全員が納得して頷いた。

「事務用品なんかも、ここに頼んでもらうね。まあ、事務仕事するようになると、本当にいろいろお世話になる部署だよ」

 そう言って、大きな扉をノックして部屋に入った。



 先程の竜騎士隊の本部の事務所よりもはるかに広い部屋の中は、同じようにたくさんの机が並び、大勢の兵士達が働いていた。

 部屋に入ってきた四人に気付いた部屋の中が、一瞬静かになってまたざわめきが戻る。一人の女性兵士が慌てたように走って来て、直立して敬礼した。

「ご苦労様です。本日はどのような御用でしょうか?」

「ああ、ごめんね邪魔して。レイルズにここの説明をしてるだけだから、すぐに退散するよ」

 敬礼を返したロベリオの説明に、納得した女性兵士はレイを見た。

「ラウリーと申します。何か御用の際には、どうぞご遠慮なくお申し付けください」

「あ、よろしくお願いします」

 どうして良いかよく分からなくて、とりあえず一番無難な挨拶をした。

「これから先、ものすごくお世話になる部署だからな」

 ロベリオの言葉に、他の二人も大きく頷いていた。

「お邪魔しました。じゃあ次に行こう」

 ラウリーに見送られて事務所を後にして、また廊下に出た。

「後は、軍部ギルドの事務所も二階にあるね」

 タドラの言葉に、レイはギードから貰った書付けを思い出した。

「あ……」

「どうした?」

 前を歩いていたロベリオが、振り返って声を上げたレイを見た。

「うん。ギードからここに来る時に書付けを貰ったの。えっと、軍のギルドに自分の口座が出来たら、それを持って行けって言われたよ。お小遣いだって」

 ロベリオとユージンは、何となく事情を察して顔を見合わせた。

「ミスリル鉱山の鉱山主が持ってた書付けって……」

「多分、そう言う事だろうな……」

「うわあ、幾ら入ってるんだろう。ちょっと見てみたいぞ」

「駄目だって。それはレイルズ個人のものだよ!」

「そんなの分かってるよ。単なる好奇心だって」

 ロベリオはそう言って笑うと、レイに向き直った。

「ルークが戻ったら、その話をしたら良いよ。その辺りの事務的な事は彼が教えてくれるからな。自分でお金を管理するのも勉強のうちだぞ」

「分かりました。ルークに聞きます」

 頷いたレイだったが、ふと疑問に思った。質問しようとしたら、三人はもう歩き出していたので慌てて後を追った。



 この二階は、基本的に真ん中に広い廊下があって、左右両方に部屋がある。

 総務部の大きな事務所の向かい側には、少し離れた場所にこちらも大きな扉があり、また事務所があった。

「ここが軍部ギルドの事務所だよ。竜騎士隊と竜騎士隊付きの各部隊の兵士達全員の口座を管理してくれている。さっき言ってた、個人の口座からお金を下ろす時も、ここの窓口に頼むんだよ」

 ロベリオの説明に、レイは思わず考えた。そして、先程疑問に思った事を質問した。

「えっと、自分の装備は支給してもらえるし、食堂でご飯を食べる時も、お金は要らないんだよね」

「もちろん。払わなかったろ?」

「じゃあ、どこでお金を使うの? ギードも、オルダムでは色々とお金が必要だから好きに使いなさいって言ってくれたけど、お金を使う所って……無いよね?」

 ロベリオとユージンは、顔を見合わせた。

「個人で何か欲しいと思ったら、金がいるぞ。例えば、ルークが用意してくれるお菓子。あれは個人的に出入りの商人に頼んで用意してもらうんだけど、そう言う場合は、伝票をギルドに回してもらって、自分の口座から商人へ金が支払われる仕組みだよ」

 直接お菓子を頼めるのだと知って、嬉しそうに目を輝かせるレイに、思わず笑う三人だった。

「まあそれ以外にも、街に出る時にはある程度お金は持っていた方が良いからな。後は、個人的に誰かに贈り物をしたりね。その辺りも、これから順に覚えていけば良いさ」

 ロベリオに背中を叩かれて、大きく頷くレイだった。



「三階は、大小の会議室がいくつかあって、後は倉庫になってる」

「って事で、三階は見るものも無いから、一旦降りるぞ」

 三人について一階に降りて、一旦外に出て渡り廊下に出た。

 今朝出て来た兵舎の入口に立って、建物を見上げる。

「ええと、兵舎は別に良いよな? 何も見るものなんてないから」

 ロベリオの言葉に、ユージンとタドラも顔を寄せた。

「そうだな、じゃあ口頭で説明だけしておくか」

 相談が終わったようで、ロベリオが振り返ってレイを見た。

 慌ててレイが、聞く体勢になる。

「一階は、ここにも訓練所と倉庫、それから一般兵士用の図書室や休憩室があるよ。二階が各部隊の竜騎士隊付きの兵士達の宿舎。三階が俺達竜騎士隊の宿舎がある。四階は今のところ使われてないけど、ここも竜騎士隊専用の場所になってる」

「一階と二階は一般兵士用の場所だから、基本俺達は入らない」

「まあ、寝るための場所って事だな」

「あ、兵舎の奥に騎竜達の厩舎もあるぞ」

「じゃあ、後は竜舎かな。こっちだ」

 ロベリオの言葉に、レイは嬉しそうに後について行った。




 渡り廊下から芝生に出て、広場を歩くと、目の前に大きな建物が見えて来た。

 そこは今までの石造りの建物と違い、大きな木と積み上げた赤茶色の煉瓦で作られていた。

「ここが、俺達の相棒が暮らしてる竜舎だ。そう言えば結局、ラピスは大きすぎてここには入れなかったんだよな」

「ロディナの、あの一番大きな竜舎でもラピスには狭そうだったもんな」

「まあ、あの大きさだからね」

 苦笑いしている三人に、レイも笑うしかなかった。確かに、ここの竜舎にはブルーは入れないだろう。

 竜舎の大きな扉は、今は開かれていて、中には竜達がそれぞれ寛いでいるのが見えた。アメジストとオニキスは、丁度兵士達にブラシをかけてもらっている所だった。

 四人に気付いた兵士達が、一斉に直立して敬礼する。

「ご苦労様。レイルズに施設の説明をしてるだけだから、気にせず仕事してくれて良いよ」

 敬礼を返したロベリオの言葉に、兵士達は、またそれぞれに自分たちの仕事を再開した。

 よく見ていると、竜が大きいだけで、騎竜の世話をしていた時とやっている事はそれ程変わらないのに気付いた。

「ブラシ、気持ち良さそうだね」

 二頭の竜を見ながらそう呟いたレイに、ユージンが頷いて教えてくれた。

 ロベリオは、自分の竜のところに行って、兵士達と話をしている。

「春ほどじゃ無いけど、秋も鱗が剥がれるからね。こまめにブラシをしてあげて、常に身体を綺麗にしておくのも、竜達の健康の為にも必要なんだよ。その時に、身体の状態のチェックなんかもするよ」

 ブルーにブラシをしてあげた事が無かったレイは、内心でものすごく慌てた。

「僕、一度もブルーにブラシをしてあげた事が無いよ。今までどうしていたんだろう?」

 不安になって呟くと、肩にシルフが現れてブルーの言葉で話し始めた。

『我が、何年生きていると思っておる? ちゃんと自分で身体を整えるぐらい出来るぞ』

「えっと、今までどうしてたの?」

 思わず、肩に座ったシルフに話しかけた。ユージンとタドラも、黙ってレイを見ている。

『ウィンディーネに頼んでいたな。寝ている間に、剥がれた鱗も全部綺麗にしてくれるぞ』

「そうなんだ。でも、気がつかなくてごめんね。今度、ブルーにもブラシをかけてあげるよ」

 その言葉を聞いて、ブルーは喉を鳴らした。

『我の身体を大きさを考えてみよ。背中にブラシを掛けるだけでもどれだけかかると思っておる?』

「あはは、確かにそうだね。じゃあ、顔にブラシをかけてあげるよ」

『成る程、では楽しみにしておるぞ』

 シルフはブルーの声でそう言うと、レイの頬にキスをしていなくなった。



 丁度その時、ロベリオと一緒に一人の背の低い竜人がこっちに来た。

「レイルズ。紹介しておくよ。彼はマッカム。ここの竜舎の一番の古株で、竜の事に関してはガンディに次ぐ知識と技術を持ってるよ。竜達の健康は、彼は管理してくれてる。ラピスのお世話も、彼が中心になってやってくれるからね」

 それを聞いて、レイは慌ててその竜人を見た。

「初めまして。マッカムと申します」

 レイよりも頭一つは低いその竜人は、ニコスやタキス達よりもはるかに大きな鷲鼻と、少し丸い小さな耳を持った竜人だった。

「まさか古竜のお世話をさせて頂ける日が来ようとは。長生きはするものですな」

 そう言って心底嬉しそうに目を細めるマッカムを見て、レイも笑顔になった。

「えっと、レイルズ・グレアムです。よろしくね、マッカム」

 差し出された手は、幾つもの硬いタコの出来た、働き者の手だった。

「ブルーはちょっと気難しい所があるみたいだから、お世話するのに何か困った事があったら、いつでも言ってくださいね」

 兵士達にブラシされるのを嫌がり、素っ気なくしていたブルーの姿を思い出し、心配になったレイはそう言ったのだが、マッカムは笑って首を振った。

「竜が嫌がると言う事は、ちゃんとそれなりの理由がございます。ならば、その理由を理解して取り除くなり代替え案を提案するのは、我ら世話する者の務めでございます。どうぞお気になさらず。ラピスが人間を嫌うのにも、ちゃんと理由があるのですからな……」

 マイリーやヴィゴから、ラピスの過去に何があったか聞かされているマッカムにしてみれば、それでも人間だらけのこの場所に、大切な主を連れて帰って来てくれただけで、どれほど感謝しても足りない程だと思っていた。

「面倒かけてごめんなさい。どうかブルーの事よろしくお願いします」

 もう一度そう言って手を握ったレイに、マッカムも彼を見上げてしっかりと握り返した。

「至らぬ事も多いと思いますが、こちらこそよろしくお願いいたします。何かありましたら、どうぞ遠慮無く仰ってください」

 顔を見合わせて、二人とも笑顔になった。

 それから順に、竜達のところに行って挨拶をした。

「この竜舎にいるのは、今の竜騎士隊に主がいる竜達で、隣の竜舎にもまだ竜がいるよ。紹介するからおいで」

 ロベリオの言葉に、目を輝かせたレイが付いて行く。




 竜舎の隣に、確かにもう一つ大きな竜舎があった。こちらも作りは同じで先ほどの竜舎よりも広い。

 中に入ると、全部で四頭の竜がのんびりと、それぞれ好きに寛いでいた。

「カーネリアンは知ってるね。この前、砦で会っただろう?」

 オレンジ色の竜が、こちらに気付いて嬉しそうに喉を鳴らして首を伸ばしてくれた。

 その額を撫でてやり、レイはアルジェント卿の事を思い出した。

「落ち着いたらアルジェント卿にもご挨拶に行かないとね」

「そうしてあげてください。主が喜びます」

 オレンジ色の綺麗な竜は、嬉しそうに目を細めてそう言ってくれた。



 その隣にいたのは、不思議な色合いの竜だった。鱗はきらめくような半透明で、所々にオレンジや薄いピンクの鱗が散りばめられている。鬣も半透明の不思議な煌めきを放っていた。

「この子はカルサイト。主はもうお亡くなりになってて、今はいないんだ」

「よろしくね。古竜の主」

 やや細身の顔を差し出して、素っ気なくそう話す竜の額を撫でてやった。



 隣に丸くなっていた竜は、寝ているらしく顔も上げてくれなかった。

 全体が薄い水色の綺麗な竜だ。

「この子はターコイズ。ちょっと気難しい所があってね。もう百年以上も前なんだけど、タガルノの竜と戦って大きな怪我を負って、その時に主を亡くしてる。怪我は癒えたんだけど、自分のせいで主を死なせたと思っているらしくてね。そんな事無いのに……それ以来、頑なに他の人達とほとんど会おうとしない。本当なら、こんな狭い竜舎じゃ無くて、もっと広いロディナの竜の保養所に行かせてあげたいんだけど、今でも長い時間飛ぶ事が出来ないんだ」

 静かに眠る背中にそっと手を当てて、小さな声でロベリオが話す内容にレイは衝撃を受けた。

「えっと、ブルー。この子の怪我を治してあげられない?」

 小さな声で話しかけたが、現れたシルフは小さく首を振った。

『もう、骨が固まってしまっておる。これは我でもさすがにどうしてやる事も出来ぬ。しかし、付き添ってロディナまで連れて行ってやるくらいなら出来るぞ』

 それを聞いたロベリオ達は目を輝かせた。

「なら、落ち着いたら頼んでもいいかい? ロディナなら、もっとゆっくり休ませてあげられるからね」

『分かった。ならばそうしよう』

 頷くシルフに、三人は口々に礼を言った。



 最後の一頭は、頭を上げて興味津々でこちらを見ていた、

 その竜は綺麗な薄緑色の身体に、薄いピンクの鬣を持っていた。その鬣には時々黄色い色も混じっている。

「この子はトルマリン。四頭の中では一番若い竜だよ。俺達の竜とも仲が良い」

 差し出して来た大きな頭を撫でながら、ロベリオが少し寂しそうに笑った。

 トルマリンは、静かに目を閉じて喉を鳴らしていた。

「この子の主の事はまた今度話すよ……じゃあ、一旦本部へ戻るか」

「そうだね。そろそろルーク達も戻るんじゃ無い?」

 タドラの言葉に頷いて、四人は竜舎を後にしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る