ミスリルの鎧

「なかなか良いんじゃないか?」

 目の前に立つアルス皇子を見て、マイリーとヴィゴは大きく頷いた。

「着心地は如何ですか?」

 ヴィゴの言葉に、アルス皇子は顔を上げて笑う。

「そうだね。とても軽くて着ていても負担は少ないね。動きも殆ど邪魔されない。うん、よく考えてくれてあると思うよ」

 そう言いながら、大きく腕を振り上げて回して見せ、続いて足も大きく開いてしゃがんでみたが、当たった金属同士の軽やかな音がするだけで、動きも邪魔されず窮屈さは殆ど感じられなかった。



 アルス皇子が身につけているのは、先日のルークの負傷で危機感を持ったマイリーが皇王に奏上し、城の竜騎士隊の装備担当のドワーフ達に頼んで作らせた、竜騎士達が出撃時に身に付ける、特別仕立ての総ミスリル製の鎧の試作品だった。

 基本的には、地上部隊の重騎兵達が身に付けている金属製の全身鎧を参考に作られているが、各部位は細かく分割されかなり軽量化されていて、高い防御力を誇りながらも機動性を損なわない作りになっている。



 その鎧は、まず最初に細かなミスリルの鎖帷子くさりかたびらを身につけ、その上から複数の部品パーツに分かれた胴体、肩当て、籠手や肘当てなどを身につける。特に剣を持つ手を守る為に、特製の籠手が作られていた。

 鱗が幾重にも重なるような細工で、細かな動きを妨げずに肩から肘、手首、手の甲から指の一本一本に至るまで、全てしっかりと保護出来るようになっていた。

 首から背中にかけてもしっかりと覆われていて、背後からの攻撃にも対処している。

 下半身も、胴体下部に取り付けられ腰から太腿の付け根あたりまでを保護する、組み合わされた複数の板が、ぐるりと腰回り全体を覆っている。

 足は、竜に跨ることを考えて、邪魔しないように外側部分を主に保護する仕様になっていて、腿、膝、脛当て、靴と、これも各部品を身に付けるようになっている。

 手に持っている兜は、首の後ろ側まで深く覆うように出来ている。

 鼻筋に沿って顔面を保護するように、可動式のバイザーと呼ばれる面頬めんばおが降りてくるようになっている。その面頬の部分には細かな隙間が全面に施されてあって、中から見ると、不思議な事に広い視野が確保されている。

 これはドワーフの特殊な技で、顔面を保護しつつ視界は極力遮らないような特殊な作りになっているのだ。



「短期間で、よくここまで作り込んでくれたな。素晴らしいよロッカ」

 アルス皇子の言葉に、側にいたドワーフが嬉しそうに笑った。

「ほぼ、考えておった通りに出来上がりましたな。それでは、これで宜しければ本格的な制作に入ります」

「よろしく頼むよ」

 アルス皇子の言葉に、ロッカは嬉しそうに何度も頷いた。

「久々の大仕事で腕が鳴りますな。街のドワーフのギルドにも声を掛けて、ミスリルを扱える者達を総動員いたしますぞ」

「材料のミスリルは足りるのか?」

 アルス皇子から兜を受け取って仕様を確認しながら、ヴィゴが心配そうに尋ねた。

 確かに、七人分の全身鎧を総ミスリルで作ろうとしたら、相当な量のミスリルが必要になるだろう。

「大丈夫でございます。城のミスリルの備蓄はかなりの量がございますからな。それに、先日届いたブレンウッドのドワーフギルドからの知らせで、管轄内の鉱山で新たなミスリル鉱脈が発見されたそうです。個人所有の鉱山で、今のところ大規模な採掘はしておらぬそうですが、かなりの純度の高いミスリル鉱で、しかも相当の埋蔵量が見込めるとの事です。今後、もし大量のミスリルが必要になるなら、独占対応してくれるとの契約を結んだそうですから、御心配には及びませんぞ」

 それを聞いた三人は、驚きに目を見開いた。

「個人所有の鉱山で、高純度のミスリル鉱脈の発見……それはすごいな。大富豪間違い無しじゃないか」

 感心したようなマイリーの声に、二人も笑って頷いた。



 その時、ノックの音がしてルークの声がした。

「お呼びですか?」

「ああ、入れ」

 ヴィゴが答えて、控えていた兵士が扉を開けた。

「失礼します」

 ルークの後ろには、ロベリオ達若竜三人組もいる。

「え? それって……」

「ええ、すごい!それはミスリルですか?」

 入ってきた四人は、アルス皇子の着ている装備に気付いて驚きの声を上げた。

「誰かさんの負傷で、我々の装備を見直した方が良いのではないかと思ってな。それで陛下に許可を頂いて、ロッカに頼んで防御力の高い装備を考えてもらったんだ。見せてもらえ。すごいぞ」

 笑って両手を広げるアルス皇子の周りに四人は集まって、一つずつ部品を外しながら説明するロッカの言葉に聞き入っていた。



 それから、全員の身体の各部位のサイズをもう一度正確に計り直し、ミスリル製の竜騎士専用鎧の製作は開始される事になった。

「これって太ると大変だな」

 ようやく解放されたロベリオが、用意されていたカナエ草のお茶を飲みながら冗談めかしてそう言って笑っている。

「まあ、ある程度の余裕はございますからそれ程問題にならぬと思いますが、そうですな、体重の一割以上増えるようなら……ちょっと厳しいですなあ」

 大真面目にロッカがそう言って首を振ると、それを聞いた全員が吹き出した。

「さすがにそれはあるまい。その前に、気付いて元の体型に叩き直してくれるぞ」

 ヴィゴの言葉に、また全員が同時に吹き出した。

「ロッカ、レイルズの鎧はどうするの?彼はまだ成長期だから、作ってる間に身体に合わなくなりそうだよ」

 鎖帷子を畳みながら、ロッカは頷いた。

「はい、レイルズ様に関しましては、基本的には同じですが、仕様を変えて各部品をもう少し細かく分ける予定です。お身体の成長に合わせて、鎧も部品を増やして対応いたします。とは言え、ある程度以上の違いが出るようであれば、まあ、諦めて作り直すしかございませんな」

「レイルズは、見る限り骨も太いし、まだまだ大きくなりそうだったからな」

 ヴィゴの言葉に、ルーク達も頷いた。

「成人までは騎士見習い扱いとの事ですから、万一出撃命令が出ても、皆様と同じに出られるかは分かりません。ですが、仕様に若干の違いはあるでしょうが、皆様と同程度の防御力は確保しますからご心配無く」

 自信ありげなロッカの言葉に、皆納得して頷いた。




「そう言えば、この前頼んでた、携帯用の飴を入れる容器ってどうなった?」

 ロベリオの言葉に、ロッカは笑って鎧を入れていた大きな箱の隅から小さな箱を出して来た。

「若い者達に、勉強を兼ねて自分達で考えて作らせました。なかなか良く出来ましたぞ」

 掌にすっぽりと入る程度の大きさで、角がやや丸みを帯びた四角い金属製の箱だ。横の部分に飴を出す小さな穴があり、蓋をスライドして開閉出来るようになっている。

「へえ、すごくきっちり閉まるんだな」

「本当だ、気持ち良く閉まるね」

 感心したようにそう言いながら、ルークとタドラが受け取ったそれを何度も開閉している。

「はい、色々と注文をつけましたからな。この蓋さえきっちりと閉じておれば、水の中に落ちても、中には水が一切入らない仕組みになっております。この大きさならば、携帯するにも邪魔になりませんでしょう。ここに金具を取り付ける予定ですから、ベルトに取り付けておいて、簡単に取り外し出来るように致しますぞ」

 ロッカの説明に、覗き込んでいた全員が頷いた。

「飴を取り出すときには、外さないといけないもんね。大きさも丁度良いよ」

 ヴィゴとマイリーも手渡された小さな箱を見て笑って頷いた。

「なかなか良い出来だな。若い者達も腕を上げているではないか」

 ヴィゴの言葉に、ロッカは苦笑いして首を振った。

「これだけの物に、何度やり直しをさせたか。まだまだ修行が足りませぬ」

「厳しい上司を持つと、部下は苦労するな。でもその分腕は上がってるんだから、苦労は無駄じゃないよ」

「良い物をありがとう。お疲れ様って伝えておいてね」

 ロベリオとユージンの言葉に、ロッカは嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます。何よりの励みになりましょう。この飴入れは、もう製作に入っておりますから、出来上がり次第お届けいたします。もうしばらくお待ちください」

 試作品を返して、机の上に置かれたミスリルの鎧を手に取った。



「そう言えば、ギードもミスリルを扱えるって言ってたよな」

「ああ、確かそう言ってたよな。ミスリルを見せてもらった事があるって」

「何の話ですか?」

 ロベリオとユージンの話に、側で聞いていたロッカが驚いたように顔を上げた。

「この前、レイルズにミスリルの剣を見せた時に彼が言ってたんです。森で一緒に暮らしてるドワーフのギードに、ミスリルを見せてもらった事があるって」

「ミスリルを扱えるなら、剣匠と呼んでいいですよね」

「ギードは元冒険者だって言ってましたよね。すごいよな。ミスリルを扱えるって」

 それを聞いていたルークも、笑って頷いた。

「確かに彼ならば、ミスリルを扱えても不思議は無いな。それに、確かにそんな事を言っておったな」

 ヴィゴがそう言うのを横目で見て、ルークは面白そうに小さく笑った。

「ヴィゴが自分の剣を手渡して見せた人だもんな。ましてや、目の前でギードにその剣を抜かせたんだぞ」

 それを聞いた一同は、驚きのあまり声も無くヴィゴを見つめた。

 ロッカも目を見開いて、言葉も無くヴィゴを見上げた。

「それはまた、思い切った事をしたな」

 背後からの感心したようなマイリーの言葉に、ヴィゴは自分の剣を見て笑った。

「これでも、人を見る目はあると思っておるからな。思った通り。ちゃんとこちらの真意は伝わっておったぞ」

 簡単に言うその言葉を聞いても、若竜三人組はまだ驚きから立ち直れなかった。

 剣士にとって、自分の剣を手渡すと言う事は、己の命を預けるに等しい行為だ。ましてやその剣を目の前で自分以外の人に抜かせるなど、決して有り得ない事だった。

 逆に言えば、それを許した時点で、相手の事を完全に信頼していると言う証にもなる。

 そして、そのヴィゴの行為の意味をギードはきちんと理解していた。



「それ程のお方であれば、一度お会いして見たいものですな」

 ロッカがしみじみとそう言って、ヴィゴを見上げて笑った。

「レイルズがここに来れば、そのような機会もあるかも知れんな」

 ヴィゴもロッカを見て、そう言って笑った。




「さてと、俺はやる事があるから本部にいるよ」

 マイリーが大きく伸びをしながらそう言った。

「白の塔のニーカの所から戻ったら、お手伝いしますよ」

 ルークがそう声をかけると、扉を開けたマイリーは笑って手を挙げた。

「ああ、よろしくな。頼りにしてるよ」

 部屋を出て行くマイリーを見送って、若竜三人組はヴィゴを見上げた。

「この所、何だか忙しそうですけど……」

「夜もかなり遅くまで本部に詰めているし」

「また何かあったんですか?」

 ルークとヴィゴは、顔を見合わせて小さくため息を吐いた。

「またタガルノで何やら動きがあるらしくてな。装備の製作を急がせておるのには、それもあるようだ。今はまだ様子見だが、警戒するに足るだけの情報が入っておるようだからな」

「本当にいい加減にして欲しいですよね」

 ヴィゴとルークの言葉に、三人も皆頷いていた。




「そう言えば、ニーカはもう杖なしで歩く訓練を始めてるんだって?」

 タドラの言葉に、定期的に面会に行っているルークは頷いた。

「先週から、何とか杖無しでも少しなら歩けるようになってきたんだって。頑張って訓練してるから、かなり動けるようになってきたみたいだぞ」

 その言葉を聞いて、皆安心したように笑った。

「それは良い知らせだね。シヴァ将軍も、そろそろクロサイトに飛行訓練をさせるって言ってたしな」

「そろそろ、感動の再会が見られそうだな」

「どっちも会えるのを楽しみにしてるもんね」

 三人の言葉に、ヴィゴはやや複雑そうに首を振った。

「この国に生まれていれば、全く違う人生を歩めただろうにな」

 その場にいた全員が、いろいろな思いを込めてため息を吐いたのだった。

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