ギードの狩りと肉の確保

 翌日、いつものように起こしてくれたシルフ達から、ギードが夜明け前から東の森へ狩りに出掛けた事を聞かされた。

「そっか。狩りに行かなきゃいけないって言ってたもんね」

 シルフとそんな話をしながら着替えていると、ちょうどタキスが起こしに来てくれた。

「おはようございます。おや、起きているとは感心ですね」

「あ、おはようございます。シルフ達から聞いたけど、ギードが狩りに出掛けたんだって?」

 靴を履きながら顔を上げたレイが、タキスを見てそう言った。

「ええ、まだしばらくお天気が続きそうですからね。早めの食料確保だと言って出掛けましたよ」

 話しながら一緒に部屋を出て、洗面所に向かったレイと別れて、タキスは先に居間に戻った。




「そうか、幸先良いな。じゃあ気をつけて」

 顔を洗って居間に戻ったレイが見たのは、机に座ったシルフがニコスと話をしている光景だった。

「お、おはよう。ギード、レイが起きて来たぞ」

 その言葉に、思わず机に座ったシルフを見た。

「おはよう。もしかしてギード?」


『そうですぞ』

『おはようございます』


 ギードの言葉をシルフが伝えてくれる。これは普段彼らが使っている普通の声飛ばしだ。


『早速猪と出くわしたぞ』

「ええ、すごい!」


 目を輝かせるレイに、シルフは自慢げに胸を反らせた。


『もちろん確保しましたぞ』

『何故だか森に生き物の気配が多い』

『今回の狩りは楽が出来そうですな』


 それを聞いて、レイは小さく拍手をした。

「体に気をつけて頑張ってねギード。留守はしっかり守ってるから!」


『おおよろしく頼みますぞ』


 嬉しそうにそう言うと、急に何やら大声を上げた。


『何と!大きな鹿が罠に入ったぞ』

『すまんが後程また連絡するわい』


 シルフの声でそう言うと、それっきりギードからの連絡は途切れてしまった。

 くるりと回ってシルフがいなくなっても、三人は呆気にとられてシルフがいた場所を見つめていた。

「えっと、以前は何日で戻って来たんだっけ?」

「十二日です。大体いつも、それ位なんだけどな……」

「行ったその日に猪と鹿を両方確保するなんて、私の知る限りでも初めてですよ……」

「凄いや、ギード」

 顔を見合わせた三人はまだ呆然としていたが、とにかく食事をする事にした。



 いつもの豪華な朝食の後、レイはお薬を飲んでからカナエ草のお茶を飲んでいた。タキスとニコスはいつものお茶だ。

「ギード、何にも言ってこないね。あれからどうなったのかな?」

 心配そうに顔を上げたレイの言葉に、二人も肩を竦めた。

「そうですね。気にはなりますが、罠にかかった鹿を射留めるのにどれ位かかるのか、正直言って私達にも分かりません。こちらからの知らせは緊急時以外はしないようにと聞いていますから、とにかく彼から知らせが来るまで待ちましょう」

「そっか、勝手にこっちから知らせを寄越したら、狩りの邪魔をしちゃうかもしれないもんね」

 納得したレイは、最後のお茶を飲み込んだ。

「それで、今日は何をするの?」

 食器を片付けながら尋ねると、今日は以前、ルークやヴィゴ達と一緒に収穫した時の残りの豆の鞘を外す作業をするのだと言われた。

「面倒な作業なんですけどね。豆は保存が効きますから量を確保しておきたいんですよ」

「村でも、豆は違うけど鞘から外す作業はやってたよ。得意だからいっぱい手伝うからね」

 両手を上げて笑うレイに、二人も笑って手を上げて叩き合った。



 家畜や騎竜達の世話をしてから、三人は豆を干してある倉庫に向かった。

『おはよう。今日も良い天気だな』

 レイの肩に座ったシルフが、頬にキスをしてからブルーの声で話し始める。

「あ、おはようブルー」

 それを聞いたレイが、嬉しそうにシルフに向かって話しかけた。

『今日は何をするのだ?』

「えっとね、この前収穫した豆を鞘から外してまた干すんだよ」

『それなら今日は室内での作業だな。我はシルフを通じて様子を見させてもらおう』

「分かった。よろしくね。あ、今日はギードが東の森に狩りに出掛けてるんだよ」

『ああ、肉の確保だな。しばらく天気が続くようだから、狩りに行くには良い日和だ』

 ブルーの言葉に、三人は笑った。

「それがね、凄いんだよ。さっきギードと話をしてて聞いたんだけど、行っていきなり猪を捕まえて、話をしてる最中に鹿が罠に掛かったんだって。ギード慌ててたよ。そんな事ってあるんだね」

『狩りに行ったその日の内に、猪と鹿を確保しただと?』

 驚いたようなブルーの声に、レイも頷いて笑った。

「そうなんだって、凄いよね。あ、でも鹿はどうなったか僕らもまだ知らないの。罠に掛かった!って叫んでシルフの声が切れちゃったんだよ」

『成る程な。それなら今頃は大格闘しておる頃だろうな』

 話しながら座ったレイは、ニコスからまとめて手渡された乾いた豆の鞘をせっせと外し始めた。並んで座ったタキスとニコスも、同じように豆を鞘から外す作業を始めた。

 時々、貯まった豆を大きな箱に集めて、外した鞘を足元に置かれた手押し車に集める。これはまた堆肥置き場に運んで肥料にするのだ。




 昼食を挟んで、午後からも豆を剥く作業を延々と続けていた。

 その時、シルフが机の上に現れて座った。

 三人が同時に顔を上げる。


『無事に終わりましたぞ』

『何とあの後また猪が掛かってな』

『結局大きな猪が二頭と同じく大きな角を持った雄鹿が一頭獲れましたぞ』

『一日で主な狩りが終わってしもうたわい』

『後はもう野兎や山鳩などの小物を捕まえる事にするぞ』


 三人はそれを聞いてそれぞれに小さく拍手をした。

「ご苦労様。それじゃあまた獲物を捌きに行かないとね」


『そうじゃなまあ数日分は持参の食料があるからな』

『それがあるうちはもうちょい狩りをする事にするわい』


「分かった。それじゃあどうするの?ギードは一度戻ってくるの?」

 不思議そうなレイの言葉に、一緒に聞いていたシルフがブルーの声で嬉しそうに言った。

『以前行ったあの場所か。それなら、また連れて行ってやるぞ』

 それを聞いたギードが、嬉しそうに言った。


『おおそれは有難い』

『ならば段取りが付きましたら知らせます故』

『三人を道具と一緒にお連れくださいますか』


「あ、それならギードはベラに乗ってるから帰りもブルーに乗らなくて済むね」

 レイの言葉に、タキスとニコスは同時に吹き出した。シルフの声でギードも大笑いしている。

『レイよ』

『そういう事は気付いても知らぬ振りをしてくだされ』

『それが大人の対応ってもんですぞ』

 大真面目なギードの言葉に、隣ではまた二人が吹き出して、レイも吹き出すのを止められなかった。

『それじゃあな留守はよろしく』

『また連絡するよ』

 そう言ってシルフはいなくなった。

「良かったね。それにしてもすごいね。大物続きで運ぶのが大変そう」

 また豆を外しながら笑って言うレイの言葉に、二人も大きく頷いていた。




 家への知らせを終えたギードは、大きなため息を吐いて、目の前に横たわる仕留めたばかりの巨大な雄鹿を見た。

 狩りに慣れたギードでさえも、今迄見た事が無い程の大物だ。これならば恐らく角も相当な値で売れるだろう。

 二頭の猪も、通常考えられない程の大きさだったのだ。

「大物が獲れたのだから喜ぶべきところなんだろうが、不安になるのは何故なんだろうな」

 小さく呟いて、顔を上げて森を見た。

 午後のまだ早い時間にもかかわらず、妙にざわめいて多くの生き物の気配がする。しかし、それはどこか妙に張り詰めた緊張感を伴うもので、森の雑多な気配に慣れているギードにとっては、逆に不自然に感じる程の騒めきだったのだ。

「まあよい。今は目の前の狩りに集中するか」

 弓と矢を手にして立ち上がったギードは、その場をノームに任せてベラに乗って森の中へ走って行った。



 結局、僅か二日の間に普段以上の獲物を仕留めることが出来た。野兎や山鳩などの小物達も、面白いほどに簡単に見つかり、殆ど逃さず簡単に仕留められて、更に不安が大きくなった。

「一体これは何事だ?」

 射止めた山鳩から矢を抜きながら、ギードはそう言わずにはいられなかった。

 普段の野生生物は警戒心が強く、精霊達を通じて発見出来ても、矢の射程距離まで近付くのは容易な事では無い。

 それなのに今回の狩りでは、そんな野生生物達が、まるでギードの事に気付いていないのだ。

 妙にそわそわしている様子も不自然だ。何かに怯えているようにも見えるが、それならばギードの事だってもっと警戒しそうなものなのに。

「まあ良いわ。さすがにこれ以上は無駄になりかねん。もう止めにしようかのう」

 ベラに引っ張ってもらって、大物達を狩り小屋に集めるのに丸一日掛かった。

「いや、今更ながら並ぶと壮観だな」

 苦笑いしたギードは、ノームに獲物の監視を頼んで、その場でニコス達に連絡を取り、明日こちらに来てくれるように頼んだ。


『了解だ』

『蒼竜様に知らせたら行ってくださるそうだから』

『朝からそちらに向かうよ』


「よろしく頼むぞ、どれも大物故捌くのは一苦労だぞ」


『それは凄いな楽しみにしてるよ』


 笑ったニコスの声にギードも頷き、割り込んできたレイと色んな話をしてからシルフはいなくなった。

「さてと、それではワシも休むとするか」

 寝袋の横に置いた酒瓶に蓋をして、ギードは大きな欠伸をした。

「それではシルフ。小屋の守りをよろしくな……」

 横になってすぐに、ギードは眠りの国へ旅立って行った。

 僅かないびきを立てるギードの上では、シルフ達が欠伸をする振りをしたり酒瓶を突いたりして遊んでいた。




 その時のギードには知る由もなかったが、タガルノの異変を察知した野生動物達が、大挙して国境を越えてファンラーゼン側に逃げて来ていたのだ。

 特に、タガルノと国境の森とも繋がっているこの大森林地帯の中で、多くの動物達の大移動が起こっていた為に、普段は静かなこの森に異常なまでに動物達があふれていたのは、そんな理由があったのだった。




 翌日、昼前にブルーに乗せてもらって到着した三人は、目の前の巨大な鹿と猪達に言葉を失う程に驚いていた。

「どうじゃ?見事なもんじゃろう』

 自慢気なギードに、絶句していたニコスが小さな声で聞いた。

「これ……精霊達に何かさせたのか?」

「いいや。いつもと同じじゃぞ」

 笑うギードに、タキスも首を振った。

「ここまで大きな鹿は、私は初めて見ます。それにこの角の見事な事。これだけでも一財産になりますよ」

「殆ど傷の無い完璧な角じゃからな。さてそれでは大物から捌くとするか」

 ギードの言葉に頷いた三人も、気を取り直して立ち上がった。

 慣れないレイには、これだけの大物をいきなり捌かせるのは無理だと判断し、その間に野兎と山鳩達を捌いてもらう事になった

 それでも、レイは作業の合間に時々覗き込んで、大物を捌くやり方を教えてもらっていた。

 鹿を捌いたところで一旦休憩して軽く昼食を取り、午後からは二頭の猪を捌いた。今度はレイも少しだけ教えてもらって手伝った。



 少し離れたところで四人が作業するのを見ていたブルーだったが、時々シルフ達が現れて小さな声で様々な報告を届けていた。



「この肉は、また燻製にするのか?」

 最後の猪を捌いていた時に、上から覗き込んだブルーがそう尋ねた。

「ええ、前回と同じように数日かけて塩を揉み込んだり紐で縛ったりしますからな。下拵えの準備が整えば、またあの燻製作業を致しますぞ」

「それは楽しみだな。あの肉は美味かった」

「今回も沢山ございますので、少しですが蒼竜様にも食べていただけますぞ」

 ギードの言葉に、ブルーは嬉しそうに目を細めた。

「人の子の技術とは面白いな。知識として知ってはいても、実際に出来上がった物を食べた事は無かったからな。良い経験になったぞ」

「それなら今度は、生ハムも食べてもらわないとね」

 顔を上げたレイがそう言って笑うのを見たブルーは、小さく首を傾げた。

「生ハム……レイが好きな赤い燻製肉だな。あれは他と違うのか?」

「以前庭でやった燻製は、盛大に煙を出して一日がかりで行いましたが、生ハムは、もっと低温で香り付けを致します。それに作った後の熟成期間が必要ですからな。下拵えを含めて、いつもの燻製肉よりも更に手間暇が掛かっておりますぞ」

「ああ、それなら聞いた事がある。それはレイに食べさせてやってくれれば良い」

 そう言って、レイの体にそっと頬擦りした。



 持って来た荷車いっぱいに積み上がった肉の山を見て、皆笑うしか無かった。

「これは下拵えが大変そうですね」

「考えただけで腕が痛くなりそうだな」

 呆れたようにタキスとニコスがそう言って笑っていた。

「今度は僕も手伝うからね」

 前回は塩の瓶を持って走り回っていたレイも、今回は塩揉み作業に参加できそうだった。

「頼りにしてるぞ」

 ギードに力一杯背中を叩かれて、レイは大きな悲鳴を上げてタキスの陰に隠れた。



 シルフ達がそんな彼らの頭の上で、面白そうに笑い合う彼らを飽きもせずに眺めていた。

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