面会準備再び
ブルーの鞍とベルトの試着を終えたモルトナ達は、一旦室内に入り少し休憩を取った。
何しろ炎天下での作業だ。休憩は必須だろう。
第二部隊の兵士が用意してくれた冷たいお茶を皆で飲んだ後、次はレイの剣帯の試着をすると言われた。
「まあ、こちらは直ぐにすみます」
そう言って、包みの中から何枚ものベルトを取り出し、あっという間に組み立てていった。
手伝ってもらって剣帯を装着する。
何度か長さを替えては確認して、その度に書類に何かを書き込んでいる。
これは、レイはただ立っているだけだ。じっとしているように言われたのでその通りに大人しくしていた。
しばらくすると、モルトナは頷いて書類を机に置いた。
「ふむ。長さはこれで良いでしょう。後は革の色ですね」
そう言って包みから何枚もの革を取り出した。掌よりも小さなサイズに切られたそれらは、全部色が違う。どうやらこれが色の見本になっているらしい。
机に広げられたそれは、ごく薄い色から真っ黒までかなりの種類があった。
「えっと、ここから選べば良いの?」
革の見本を手にしてみたが、よく分からない。
「俺のは、この色だよ」
横で見ていたロベリオが、端の方に置いてあった黒っぽい色を指差した。
「俺はこっち」
ユージンが指差したのは、かなり赤味のある茶色だ。
今、彼らが着ているのは白の竜騎士隊の制服だ。よく見れば皆、剣帯の色が違う。
「えっと……じゃあ、これかな?」
レイが手にしたのは、ヌメ革にオイルを塗って飴のような色を出した優しい茶色だった。
「お、年の割には渋いのを取ったな」
「でも、良い色だよね」
モルトナも、レイが手にした革を見て嬉しそうに笑った。
「その色は、今、竜騎士隊で使われておる方はおりません。良い色を選ばれましたね。それは時を経れば、更に深みを増して良き色になりましょう。ならば鞍の色もこの色で揃えますが、よろしいでしょうか?」
レイは、今使っているラプトルの鞍を思い出して頷いた。あれも、綺麗な飴色をしているのだ。
「お願いします。僕が今、森で使ってるラプトルの鞍もそんな色なんだよ」
「おお、そうでしたか。ならばこの色にいたしましょう」
手元の書類にいくつか書き込んだモルトナは、にっこり笑って立ち上がった。
「お時間を頂き、ありがとうございました。これで以上です」
手早く出していた道具を片付けた彼らは、一礼すると部屋を出て行った。
「あの、庭に置いてある脚立と丸太はどうするの?」
レイが心配そうに聞くと、お茶を片付けに来た第二部隊の兵士が答えた。
「申し訳ありません。すぐに片付けます」
「あ、あの、全然構わないからゆっくりお仕事してください!」
慌てたようにレイが言うと、驚いたようなその兵士は、にっこり笑って外を見た。
「それが我々の仕事です。どうぞお気になさらず」
一礼すると、食器を乗せたワゴンを押して部屋を出て行った。
見ていると、庭に出て来た別の兵士達が、手早く脚立と丸太を運んで行った。
「相変わらず仕事が早いな」
感心するようなロベリオの声に、レイも頷いた。
第二部隊の人達は、有難い存在だから大事にしろと言われた意味が分かった気がした。
その時、ルークの肩にシルフが座って話し始めた。
『マイリーだ』
『レイルズとルークは午後から城へ行く』
『レイルズは見習いの制服だ』
『早めに昼食を食べておくように』
「了解です。ってか俺も行くんですか? 他はどうしますか?」
ルークの声に、シルフが答える。
『ルークはご指名がかかってるぞ』
『お前も第一礼装だ』
『他は手分けしてもらう仕事がある』
『午後から本部へ来るように』
「了解っす」
『頼むぞ以上だ』
脱力した四人の力の抜けた返事を聞いて、シルフは笑っていなくなった。
「って事だから、午後からは俺達は通常業務だね」
「まあ、仕方ないよな。俺達ここしばらくかなり免除されてたっぽいし」
苦笑いする四人とは別に、ルークが一人机に突っ伏していた。
「そうだよな。あの日に一緒に行く予定だったのをすっかり忘れてた」
「あの日って?」
不思議そうなレイの声に、顔を上げたルークはレイの頬を突いた。
「誰かさんが死にかけて、慌てたラピスがぶっ飛んで来た日だよ」
それを聞いて、全員堪える間も無く吹き出した。
「あれ? あの日ってマイリーと事務所で書類仕事じゃ無かったの?」
ユージンの声に、ルークが笑って答えた。
「午前中は、事務所で書類仕事を手伝ってたんだよ。例の女性が何に見えるって話をしながらね」
全員また吹き出す。
「で、終わった頃にさり気なく誘われて……いや違うな、あれは絶対最初からそのつもりでいたに決まってる。じゃあお前も行くって連絡しておくって軽く言われてさ」
「あはは。さすがのマイリーも、女性陣とお茶会で対峙するには援軍が必要だったわけだな」
のんびりとそんな話をしていると、ノックの音がして、執事がタキスと一緒に部屋に入って来た。
「午後からの予定がありますので、早めに昼食を取っておくようにとのマイリー様の指示がありました」
「ああ、聞いてるよ。俺とレイルズは第一礼装なんだろ」
振り返ったルークの声に、執事は頷いて手早く机に食事の準備を整えた。
「はい、準備は出来ておりますので、食事が終わりましたら着替えをお願いします」
「ご一緒させて頂きます」
タキスがレイの隣に座り、皆で和やかに食事を終えた。
「タキスも一緒にお城に来てくれるの?」
食事を終えて、入れてもらったカナエ草のお茶を飲みながらレイが聞いた。
「はい、師匠と私もご一緒させて頂くようですよ」
それを聞いたルークが、ホッとしたように笑った。
「ガンディが一緒って事は、うるさい女性陣はいないな」
首を傾げるレイに、ルークは笑いながら教えてくれた。
「ガンディは、とにかく女性陣相手だと気難しさを前面に出すもんだから、殆どの女性は彼を苦手にしてるんだよ。まあ例外もいるけど……」
「例外って?」
「カナシア様って方がいてね、ええと……アルス皇子の又従兄弟、って分かるか?」
さらに首を傾げるレイだった。
「何それ?」
「まあいいや、要するに隊長の親戚だよ。って事は遠いけど皇位継承者……なんだけど、とにかく女性らしい事がお嫌いで、普段は絶対ドレスを着ない。男装が普段着って方でね。まあ、気さくな方なんで、俺達は皆好きだよ。ガンディとの会話は見てて面白いぞ。まあ、今日来られてるかは分からないけどな」
ルークの説明に、何となくレイもほっとしていた。
その方が来られるかどうかは分からないが、お城で、いきなり見知らぬ女性陣に囲まれるような事にはならないみたいだ。
「じゃあそろそろ準備するか」
振り返った扉の前には、執事と第二部隊のジルとラスティが待っていた。
別室に通されたレイとルークは、手伝ってもらって、手早くそれぞれに着替えて装備を整えた。
「ちょっとこの、剣の重さにも慣れてきたよ」
付けてもらった剣帯を見ながら、レイが嬉しそうに笑った。
頷いたラスティは笑って金具の位置を直してくれた。
「本格的に訓練を始められたら、もっと重い剣を持つ事になるでしょうから、今のうちに重さに慣れてくださいね」
持たせてもらったミスリルの剣の重さを思い出して、レイは、頑張ろうと自分に言い聞かせていた。
着替えが終わり、なんとなく全員応接室に集まった。
「ルーク、格好良いね」
無邪気なレイの言葉に、ルークが照れたように笑った。
「お前も、すぐにこれを着るようになるんだからな。言っとくけど礼装なんて、格好良いかもしれないけど、それ以上に色々と窮屈だぞ」
それを聞いて、竜騎士全員が大きく頷いた。
「俺は遠征の服が一番気楽で良いよ」
「俺も! まあ、城勤めの時の普段のこの服も楽だよ」
よく見ると、飾りや装飾がルークが着ている服の方がかなり大きくて派手だ。それに生地も違うみたいだ。
「そんなに違うの?」
「違うぞ。まあ、装備も色々と違うんだよ。俺は未だに何か壊しそうで怖いぞ」
「えっと、僕も自信無いかも」
思わず、苦笑いして首を振った。
「まあ、それは今後に期待だな。どこまで行儀作法を習うかにもよると思うけど……覚悟しとけよ。覚える事だらけだからな」
悲鳴を上げて、思わずタキスに縋り付いた。
「レイ、こればっかりは私にはどうしてあげることも出来ません。頑張ってくださいね」
真面目な顔で、しみじみと言われた。
タキスに額にキスされて、レイは机に突っ伏した。
「僕、全然自信無いです」
「まあ、お前はまだ未成年だってのが良かったよ。成人年齢まで一年以上あるんだから、その間に色々勉強出来るよ」
「十年かかっても無理!」
ルークに肩を叩かれて、レイは顔を上げてルークに縋り付いたのだった。
「マイリー様がお越しになりました」
執事の声に振り返ると、ルークと同じ服装のマイリーが立っていた。
「待たせたな。行くぞ」
立ち上がったルークに続いて、タキスとレイも立ち上がって後に続いた。廊下にはガンディも待っていた。
「さてそれでは行くとしよう」
第二部隊の兵士達と一緒に、また城まで歩いて向かった。
「今日は、お城で着替えるんじゃなくて、こっちで着替えたんだね」
前回、王妃様との面会の際には城で着替えたのに、今回は全員着替えて来ている。
「ああ、前回はレイルズを隠す意味が強かったからな。今回は逆に、もう認められてるって事を見せる意味があるから、わざわざ着替えてから移動してるんだよ。面倒だろ。大人の世界は色々あるんだよ」
「えっと、色々ご迷惑かけてごめんなさい」
それを聞いたマイリーは、小さく吹き出した。
「気にするな。これが俺の仕事だからな」
笑ってレイの肩を叩くマイリーを見て、ルークは驚いたような顔をしていた。
「へえ、あのマイリーを人前で笑顔にさせるなんてやるな」
感心したようなルークの呟きに、ガンディも隣で大きく頷いていた。
「げに無垢と無邪気とは偉大なり、じゃな」
「確かに、その通りですね。これは王妃様が気にいる訳だ」
城に入った一行は、周囲からの視線を全部集めていると言っても過言では無かった。
慣れた様子で平然と歩く一行の中で、一人馴染まないレイの姿に、周りの者達は皆、納得した様子だった。
「あれが古竜の主か」
「若いな。幾つなんだろう?」
「紹介はあるのかしら?」
「あら可愛い」
ひそひそと囁かれる声に、レイはいたたまれない思いをしていた。
「タキス……どうしたら良いの?」
小さな声で、隣のタキスに声を掛けたが、彼は小さく首を振っただけだった。
「しっかり胸を張って前を見ていなさい。何を言われても気にしないでいい」
マイリーの言葉に、レイは小さく頷いた。
自信は全くなかったが、一緒にいるタキスやマイリーに、恥ずかしい思いはさせてはならない。そう思って顔を上げて前を向いて歩いた。
ちょっと右手と右足が出そうになって躓きかけたのは、気の所為だって事にしておく。
肩に座ったシルフに笑われて、小さく舌を出したレイだった。
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