大騒ぎと平和な朝ご飯

 その夜、前回と同じ部屋に泊まったレイの元に、枕を抱えた若竜三人組とルークが、山盛りのお菓子とお茶を乗せたワゴンと共に夜襲をかけて来た。

「早く入って!」

 大喜びで部屋に招き入れたレイは、ぎゅうぎゅう詰めになったベッドに寝転んでおやつを食べ、また部屋中を走り回って枕で殴り合った。

 すっかり機嫌を直したレイを見て、ルーク達は密かに胸を撫で下ろしていた。



「実は、素直で大人しい奴ほど嫉妬深かったりするんだよな」

 ロベリオにからかわれて、レイは舌を出した。

「良いの。だって、タキスは僕の家族だもん!」

 開き直って笑うレイに、皆も笑った。

「まあこれからここで暮らすようになれば、それこそ女性の嫉妬の怖さも思い知るぞ」

 ルークの意味深な言葉に、若竜三人組が同時に吹き出す。

「えっと、どうして女性が怖いの?女の人って優しいでしょ?」

 不思議そうに聞き返すレイを見て、ロベリオとユージンが飛びついてきた。

「こんな素直な時期が俺達にあったかな?」

「なんだこれ、可愛すぎるぞこの素直さ」

 頭をくしゃくしゃにされて、レイは笑いながら悲鳴をあげた。

「まあ……お前も、もうちょっと大人になれば分かるよ」

「マイリーのあの話は、飲む度にヴィゴが毎回からかってるもんな」

「その度に、本気で言ってるマイリーも大概だと俺は思うけどな」

「でも、僕でもきっとそう答えると思うよ」

 顔を見合わせて笑う四人に、レイは不思議そうに尋ねた。

「えっと、マイリーがどうしたの?」

 彼らはしばらく無言で譲り合っていたが、代表してルークが詳しい事を話してくれた。




「竜騎士隊の中で、今、結婚してるのってヴィゴだけなんだよ。綺麗な奥さんと、娘さんが二人いるんだ」

「ヴィゴ、格好良いもんね」

 無邪気なレイの言葉に、四人は苦笑いしている。

「ヴィゴに言ったら喜ぶぞきっと。ところが、実はマイリーも過去に結婚してた事があるんだ」

「結婚して……た? どうして過去形?」

「奥さんに逃げられたから」

 ロベリオの言葉に、レイは驚いて振り返った。

「逃げられた? えっと、どうして? マイリーもすごく格好良いのに」

 彼らは、また笑ってレイを揉みくちゃにした。

「確かに格好良いよな。でも、女性ってのは……それだけじゃ気が済まないんだよなぁ」

 苦笑いするロベリオとユージンに、タドラも大きく頷いてる。

「マイリーは、仕事中毒って言われるくらい本当に有能で仕事が出来るんだよ。だから、当然責任のある立場に置かれて抱える仕事も多い」

 確か、ガンディも言っていた。仕事中毒で常に何件もの仕事を抱えていると。

 頷くレイを見て、ルークがビスケットを齧りながら続きを話してくれた。

「まあ、結婚当初はそうでもなかったらしいんだけど、とにかく忙しい人だからそう毎日は帰れない。でも、こっちの兵舎には一般の女性は入れない。結局、奥さんは一の郭の屋敷に一人で放って置かれる事になる」

「それは寂しいよね」

「そうだな。当然奥さんは寂しかったんだろうな。それで、忙しい中マイリーが屋敷に戻る度に、奥さんが怒って彼に文句を言うようになって……」

「奥さんにしてみれば、マイリーが忙しいのは仕方がないとして、そんな中でマイリーのするある事が、とにかく気に入らなかったらしいんだよ」

 女性に嫌われるような事ってそもそも何だろう? 分からなくて首を傾げるレイに、四人は苦笑いしながら教えてくれた。

「俺達もそうだけど、竜の主って自分の竜の事を大事にするだろ。奥さんはそれが気に入らなかったんだって」

「どうして? 竜を大事にするのは当然でしょう?」

 意味が分からないレイを見て、四人はため息を吐いた。

「そこで、女性の嫉妬心が起こる訳だ。彼女の場合は、いつも自分より常に竜を大事にして優先するマイリーに、怒り狂ってこう言ったわけだ」

「私と竜のどちらが大切なの! ってね」



「ええ? そんなの、比べられるものじゃ無いよね」

 困ったようなレイの言葉に、四人は大きく頷いた。

「まあ、俺達なら分かるよ。そもそも、そんなのは比べるようなもんじゃ無い。でも、嫉妬と怒りで我を忘れてる女性に正論は通じない。要するにただ言って欲しいんだよ。あなたが一番大事だって」

「嘘でもそう言ってその場を丸く収められるような人なら良かったんだけどね。何故かあんなに交渉事に優秀なマイリーは、女性を怒らせる事に関しては天才的な才能があってね」

「その時のマイリーは、なんて答えたと思う?」

 ニヤつきながらそう言ったロベリオの顔を見て、先ほどの彼らの話を思い出しながらレイは考えて答えた。

「えっと、貴女が一番?」

「それが答えとしては正解なんだけど、その時のマイリーはこう即答したらしい。そんなの竜に決まってる」

「うわあ!それはまずいんじゃない?」

 その答えは、全く女性の事が解らないレイでも絶対にまずい答えだと分かる。四人も大きく頷いて笑っている。

「それで、即答したマイリーはその時の奥さんに本気のグーで殴られたらしい」

 ルークが笑いながら自分の右手で握りこぶしを作って、隣にいたタドラの頬を殴る振りをした。当然タドラは吹っ飛ぶ振りをする。



 全員、堪える間も無く吹き出した。



「ええ! それって……」

 思わずそう言ったレイに、ルーク達は全員揃って頷いた。

「怒り狂った奥さんは、そのまま実家に帰っちゃって更に大騒ぎ」

「ところが当事者のマイリーは知らん顔だったらしくて、もう周りが大変だったらしいよ」

「主に被害を被ったのが、長年の親友で既婚者のヴィゴ」

「結局、そのまま奥さんがマイリーの元に帰って来る事は無くてそれっきり。せっかく陛下から頂いたお屋敷だけど、今ではマイリーの妹夫婦が許可を得て住んでるよ」

「それ以来、飲む度にマイリーはヴィゴに、この話でからかわれてる」

「で、マイリーが毎回言うんだよ。女は何を考えてるのか全く分からん。ってね」

 吹き出すレイに、ルークがまだ笑いを残した顔でこう言った。

「この前、書類仕事しながら話してた事だけど、女性は産まれたばかりの小鳥より繊細だって、俺が言った時のマイリーの答え。なんて言ったと思う?」

「なんて言ったの?」

 思わず小さな声で聞いたレイに、ルークは口元を押さえて笑うのを堪えながら答えた。

「俺には子持ちのケットシーに見える。って」

 並んで聞いていた三人も、レイと同時に吹き出した。

「マイリー面白すぎるだろ。あれだけ交渉事が上手い人が、どうして女性関係だけ、あんなに壊滅的に不器用なんだろうな? 俺にはそっちの方が謎だよ」

 しみじみ枕を抱えて言うルークに、三人も枕に抱きついたまま次々に言った。

「人には向き不向きって事があるんだって」

「いや、もうこれは向き不向きなんて話じゃないだろ。どう考えてもわざと怒らせてるとしか思えないぞ」

「実はわざとだったりして?」

 ロベリオの言葉に、三人が顔を上げた。

「もしそうなら、俺がマイリーに勝てる部分が一つも無くなるからそれは駄目」

 大真面目な顔で言ったルークの言葉に、また全員同時に吹き出した。

「そうだよね、一つくらいは勝てる要素は残しておかないとね」

「それに関してなら、俺でも勝てるかも」

 ロベリオとユージンが同意するのを見て、タドラは笑ってレイに抱きついた。

「僕は、そもそも勝てる気がしない」

「僕も絶対無理!」

 二人は顔を見合わせて笑い合った。

「って事で、話が終わったから枕戦争第二戦開始!」

 そう言って突然、全員起きて枕を振りかぶって攻撃してきた。ついでに、毛布も広がって襲い掛かって来た。

 何の前触れもなく始まった枕戦争第二戦に、レイは歓声を上げて転がって毛布の罠から脱げ出し、枕とソファーに置かれていたクッションで応戦したのだった。




 翌日、何も知らないラスティが起こしに来た時、彼の目に入ってきたのは、二度目の散らかり放題の部屋と、ベッドに折り重なってお腹や背中を見せて熟睡している五人の姿だった。

 まあ、ルークが一番上なのは、彼らなりに怪我人に気を使っていたのだろう。

 でもその左手はタドラの下敷きになってるので、あまり意味がなさそうだった。

 そして山の一番下敷きになっているロベリオとレイは、絶対に身体が痺れて動けなさそうな体勢だった。

 とりあえず無言で扉を閉めたラスティは、笑いを堪えながら応援を頼みに戻って行った。




『起きて起きて』

『朝ごはん朝ごはん』

 前髪を引っ張られて目を覚ましたレイは、どうやっても動けない自分に一瞬パニックになりかけた。

 しかし、自分の横で小さくいびきをかいているロベリオに気付き、昨夜の大騒ぎを思い出した。

「えっと……シルフ、いますか?」

『呼んだ?』

『呼んだ?』

 目の前に現れたシルフに、レイは笑いかけた。

「おはようございます。えっと、助けて欲しいんだけど、どうしたらいいと思う?」

 彼女達は笑ってレイの額に飛んできて、前髪に潜り込んだ。

『朝だけどおやすみ』

『皆よく寝てる』

「待って、それは駄目だよ。これ、全然動けないんだけど、どうなってるのか教えてくれる?」

『残念残念』

『起きるんだって』

 そう言ってふわりと浮き上がり、しばらくして戻ってきたが、レイを見て断言した。


『これは無理』


「ええ。そんなこと言わずに!」

 思わず大声で叫んだその時、隣でロベリオが身動きした。

「暑っい、シルフ、風をくれよ……」

 優しい風が、部屋を吹き抜けていく。

「ねえ、誰か起きてよ!」

 一番下で必死で動こうとするレイだったが、上の三人は全く起きない。

 その時、ノックの音がして誰かが部屋に入ってきた。

「あの、おはようございます!」

 必死で大きな声で叫ぶと、ラスティがしゃがんで覗き込んでくれた。

「おやおや、おはようございます。早く起きてください」

 何でもない事のように言うが、顔は完全に笑っている。

「えっと、お願いだから助けてください。重くて動けません。シルフに助けを求めたら、無理って言われたの」

 それを聞いて立ち上がったラスティは、笑いながら一番上のルークの足を叩いた。

「皆さん、起きてください。レイルズ様が圧死しますよ」

 小さな唸り声をあげたルークが、寝返りを打とうとして身体半分山からずり落ちた。

「痛い痛い! タドラ起きてくれ! 左手、踏んでるって、痛いよ!」

 レイも、この時とばかりに下で声を上げた。

「皆、おーきーてー!」

 ルークの悲鳴を聞いて、ラスティもさすがにこれは放ってはおけずに慌ててタドラを叩き起こした。




 まず、一番上にいたルークが起きてベッドの端に座った。タドラとユージンもなんとか起きてソファへ移動する。しかし、一番下で下敷きになっていたレイとロベリオは、痺れに悶絶してしばらく身動きが取れなかった。

「あ、また部屋が綺麗になってる」

 ソファに座ったユージンが、眠そうな顔を上げてラスティを見た。

「ええと、片付けてくれたのはラスティ?」

「はい、あとはいつもの第二部隊の者達で」

「うう、いつもすみません」

 照れたように笑うユージンに、ラスティは笑って首を振った。

「今だけですから、どうぞお好きに。そろそろ朝食をお持ちしてよろしいでしょうか?」

 まだベッドで転がっているレイとロベリオを見て、ラスティは側まで行って、わざわざ二人の腕を叩いた。

「待って、ちょっと感覚が戻ってきたのに!」

「やめて痛いって!」

 悲鳴をあげる二人を見て、三人は大爆笑したのだった。




 タキスはもう、ガンディと一緒に朝食を食べ終わっていると聞いたので、五人揃って用意された朝食を、レイの部屋で食べていた。

「ええと、今日は何をするんだっけ?」

 パンを食べながらレイが呟くと、ルークが笑いながらレイの頭を突いた。

「もう忘れてるし。昨日ガンディが言ってたろ。今日はラピスの鞍の試作を持ってくるって」

 思い出したレイは、顔を上げて何度も頷いた。

「そうだったね。それから午後からは、お城に行ってマティルダ様にお会いするって言ってたね」

「それで明日には、いよいよ帰っちゃうんだな」

 ロベリオの声に、レイは頷いた。

「うん。でも誰か送ってくれるって言ってたけど、誰が来てくれるの?」

 四人は顔を見合わせて首を振った。

「さあ、何も聞いてないよな?」

「俺は駄目だ。絶対出ないとだめな会合がある」

「俺もそうだよね」

 ロベリオとユージンの二人が悲しそうに首を振っている。

 タドラはちょっと考えて、彼も首を振った。

「僕もそう言えば……ええと、ちょっと無理かも」

「なら、俺か?」

 ルークの言葉に、三人が首を振る。

「城の周辺ならいざ知らず、半日かかる蒼の森まで、その腕で行くのは負担が大きいと思うよ」

「えっと……そうなると、あとは三人?」

「いやいや、殿下とマイリーは絶対駄目だろ」

「そうなると、一人しかいないぞ」

「良いな! 俺が行きたい!」

「狡い!俺だって行きたい!」

 ロベリオとユージンの二人は、顔を付き合わせて相談し始めた。

「どう思う? 仕事だって言ったら……?」

「どうだろう? でもね……」

「タドラは何があるんだよ?」

 顔を上げて、タドラも呼んだ。

「ええとね……」

 タドラも加わって真剣に相談し始めた三人を見て、誰が来てくれても嬉しいな、くらいの軽い気持ちでいるレイだった。

 しかし、彼らにとっては、滅多に見ることの出来ない違う生活を間近で見られるチャンスだ。そう簡単に諦められなかった。

 結局、途中で城からモルトナ達が間も無く来るとの知らせが入り、一旦相談は終了になった。



 既に庭に来ていたブルーの元に、食事を終えたレイは嬉しそうに駆け寄っていくのだった。

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