王立図書館と封印された本達
美味しいおやつを堪能した後、レイは若竜三人組とルークと一緒に、護衛の兵士達に案内されて城の図書館へ向かった。
「ああ、城では周りから見られるかもしれないけど、気にしないでね」
タドラの言葉に、レイは頷いた。
彼は、竜騎士様がいるんだから注目されて当然だと考えているだけで、自分が注目されているなんて全く考えていない。
今、レイが着ているのは竜騎士見習いの服で、現在これを着ているのは彼だけなのだ。
その彼が竜騎士達と一緒にいれば、あの古竜の主が誰なのかなど、容易に想像出来るだろう。
既に気の早い貴族達の中には、レイと親交を持ちたいと機会を伺っている者は少なくなかった。
「まあ、騒ぎたい奴らには勝手に騒がせておけば良い。ただし、絶対に城ではレイルズを一人にしない事」
これは、城に行く時にルーク達がヴィゴから言われた言葉だ。
なので、若者四人が周囲を固めているのは、そういう者達に対する警護の意味が強かった。
王立図書館は、城の北側の敷地内にある独立した建物だ。
石造りの頑強な建物は、建国当時から変わっていないと言われている。
当時のドワーフ達の総力を以って作られたその建物は、六百有余年の間、この世界の知識の宝庫としての役目を、果たし続けている。
「こっちが一番広い中央図書室だよ。専門書はそれぞれ部門別に部屋が分かれてるから、ここには無いよ」
「専門書?」
聞き慣れない言葉に、レイが不思議そうな顔をする。
「例えば、医学書は白の塔の図書館に集められてるし、建築関係は一括してドワーフ達が管理してる。他には音楽関係、歴史、地理、精霊魔法、幻獣、陸上生物、海洋生物、他にもまあ……色々あるよ」
ユージンの説明に、よく分からない言葉が沢山出てきたが、多分説明されてもまだ分からないだろうと思い、レイはとりあえず目の前の巨大な本棚を見上げた。
彼らがいる中央図書室は、壁という壁が本と書類で文字通り埋め尽くされていた。
彼らの背よりもはるかに高い本棚が整然と並ぶ様は、正に圧巻だった。
天井まで続く壁側の本棚の真ん中辺りには、細い渡り廊下が端から端まで設置されていて、更には反対側の壁にも降りずに渡って行けるようになっている。更に上に行くための梯子も至る所に設置されていた。
離宮の書斎で見た移動式の箱型の階段も、もっと大きなものがあちこちに設置されている。
「じゃあ、ここには何があるの?」
呆然とその本の山を見ながら質問すると、全部あると言われた。
「そう、全部だよ。専門書って言うのは、文字通りその関係者でないと分からないものや意味のないものだからね。それ以外の全てがここにある。さっき言った専門書でも、初心者向けの本はここにも有るよ。それから、書庫にしまわれたまま公開されていない本も沢山あるよ」
「どうして? 誰も読まない本は意味が無いんじゃないの?」
「読まないんじゃなくて読めないんですよ」
答えは、ユージンではなく、ロベリオと話していた男性からだった。
「読めない? どうして?」
胸元に名札のついたその男性は、軍服とは少し違う服を着ていた。
「はじめまして。リーブルと申します。ここの司書官長を務めています」
「はじめまして。レイルズです。えっと……司書官長って?」
「要するに、ここの偉い人」
ロベリオが、これ以上無いくらいに分かりやすく説明してくれた。
「よろしくお願いします」
慌てて差し出された手を握った。
その手は竜騎士達とは違って、とても柔らかい手をしていた。
「本が、現在の様な印刷技術できちんとした形を整えられたのは、この三百年程です。それ以前の物は、一部のドワーフや竜人達のみの技術でした。現存するそれらには魔法の封印が施してあるのものが多く、解読が難しい物が多いんですよ」
初めて聞く話に、レイは興味津々だった。
案内された机に座ったレイは、リーブルから本の歴史について色々な話を聞いた。
話が一段落したところで、好きに見て良いと言われてレイは嬉しかった。
「でも僕でも読める本って、何かありますか?」
リーブルはロベリオやユージンと話をしていたが、顔を上げて正面からレイを見た。
「レイルズ様は上位の精霊魔法を使われるそうですね。一度、試してみて頂けますか?」
意味が分からなくて隣にいたルークを見た。
「さっき言ってた、魔法の封印が施してある本を読んでみて欲しいんだって。上位の精霊魔法を使える者の中には、封印を解ける者が稀にいるんだよ」
「本を読めば良いの?」
頷くリーブルに、レイも頷いた。
「えっと、お役に立てるかどうか分かりませんが、やってみます」
笑顔になったリーブルに連れられて、一行は別の部屋に向かった。
その部屋の前には、二人の兵士が立っていた。
リーブルを見ると、敬礼して左右に分かれて扉の前から移動した。
「ご苦労様です」
敬礼を返したリーブルは、腰に付けた大きな鍵の束から迷う事なく一本の鍵を取り出した。
鍵穴にそれを差し込むと、その隣に自分の右の掌を当てた。すると、触れていなかった鍵が、勝手に回って鍵を解除したのだ。
「ええ? 勝手に鍵が開いたよ!」
思わず声を上げたレイに、振り返ったリーブルが笑顔で教えてくれた。
「ここには鍵のノームが入っています。私の手と正しい鍵がないと、扉が開かない様になっているんですよ」
ここでも鍵のノームが活躍しているらしい。
「ノームって凄いんだね」
無邪気な彼の言葉に、リーブルは笑って頷いてくれた。
「鍵のノームは、一番信用出来る鍵ですよ。力尽くでは絶対に開きませんからね」
そう言って、扉を開けて中に入れてくれた。
その部屋はかなり広い部屋で、正面の大きな本棚には全て扉が付いていて、本は見えない様になっている。
左右の壁には、壁一面に大きな引き出しがぎっしりと並んでいた。
真ん中の大きな机に行くと、とりあえず座った。
「まずは見てもらえますか」
そう言って、正面の本棚を開くと大きな一冊の本を抱えて戻って来た。
普通の本よりもかなり大きなその本は、表紙に綺麗な唐草模様の刻印が彫られた見事な物だった。しかし、題名らしき文字はどこにも無かった。
「えっと、これを読めば良いの?」
「はい、読める様なら声に出して読んで頂けますか?」
リーブルに言われて頷いたレイは、その大きな本を手元に引き寄せて表紙をめくって見た。
綺麗なマーブル模様の中表紙にも文字は無い。
もう一枚めくってみると、おそらく題名と思しき文字が書かれていた。
「ラトゥカナ文字だね。えっと……英雄とその生涯……かな?」
真剣な顔のリーブルに気圧されて、レイはとにかく次のページをめくった。
「そはまことの物語。精霊王のしもべにて、ごうりきの英雄にして……あ、サディアス様のお話だね」
嬉しそうに顔を上げたレイを、リーブルは真剣な顔で見つめていた。
「これは読めますね。それでは、こちらは如何でしょうか?」
レイの手にあった本を下げると、また別の本を取り出した。
その本には驚くべき事に、裏表紙にベルトが取り付けられていて、本が開かない様に表紙側で留めて鍵が付いていた。
リーブルはまた別の鍵束から、小さな鍵を取り出して鍵を開けた。
そのまま置かれたそれを、レイは恐る恐る外してみた。
軽い金属音を立てて鍵が開く。
この本も、やはり表紙にも背表紙にも文字は無かった。不思議な鱗模様の入ったその革表紙をそっと開く。
そこには一人の見た事の無い精霊が座っていた。
「えっと、こんにちは。貴方の座っているその本を読んでも良いですか?」
なんと言って良いのか分からず、とりあえず挨拶して本を読んでも良いか聞いてみた。
『良いよ』
ニッコリ笑ったその精霊は、それだけ言って消えてしまった。
「如何です? 本の精霊は何と答えましたか?」
真剣な顔のリーブルの質問に、レイは顔を上げた。
「良いよ、って言って消えてしまいました」
リーブルだけでなく、固唾を飲んで見守っていたルーク達からも感心した様なため息が聞こえた。
レイはゆっくりと中表紙をめくった。
しかし、開いたそこに書かれていたのはラトゥカナ文字よりも更に古い、ラトゥカナ古語と言われる古い今は使われていない文字だった。当然レイは全く知らない文字だ。
「えっと、ごめんなさい。僕には何が書いてあるのか全く読めません」
自分の無学を申告するのは悲しかったが、読めないものは仕方がない。
しかし、リーブルは笑うどころかとても嬉しそうにその本を下げた。
「ありがとうございます。貴方が封印を解いてくれたおかげで、この本を読む事が出来る様になりました。これはラトゥカナ古語で書かれていますから、専門家でないと解読は不可能です」
驚くレイに、もう一度お礼を言った彼は、また別の本を取り出した。
その後も、レイは出された全ての本の封印を解く事が出来てしまい、リーブルは途中で追加の本を取りに行った程だった。
「ありがとうございます。これでまた古語の研究が進みます」
満面の笑みのリーブルに、何度もお礼を言われつつ、結局、日が暮れるまでその部屋にいた彼らは、ようやく解放されて中央図書室に戻っていた。
「普通の本が読みたい……」
レイだけでなく、付き合っていた他の者達まで疲れ切っていたので、一般書の本棚からレイは幻獣図鑑を持ってきてのんびりと眺めていた。
ルークとロベリオは陣取り盤と呼ばれるゲームの攻略本を手に、実際の盤を前にして駒を動かしながら、二人で真剣に遊んでいた。
ユージンとタドラは、精霊魔法の専門書を持って来て、二人でレイにはよく分からない話をしていた。
レイの持って来た幻獣図鑑は、離宮にあったものよりもさらに大きくて分厚い本で、挿絵は全て精密な版画で描かれていて、しかもその全てに色が付いている。
まるで生きているかの様なその本の中の幻獣達を、レイは時間を忘れて夢中になって眺めて過ごした。
「タキスも、こんな風に時間を忘れて本を読んでるのかな?」
レイの読む本の横にはシルフが並んで座り、彼がページをめくる度に、楽しそうに一緒に覗き込むのだった。
一方、白の塔の図書館にこもっていたタキスも、至福の時を過ごしていた。
貪る様にこの五十年の間の本を読み論文を漁った。竜熱症に関する書物や論文は、特に念入りに読み込んだ。
「もう、すぐに戻って来いとは言わぬ。しかし、出来れば年に一度ぐらいは街へ出てこれぬか?」
ガンディは、本に埋もれたタキスに真顔でそんな事を言った
「それは魅力的なお誘いです。ですが、森からここまでの距離を考えると、そう簡単には……」
残念そうに首を振るタキスに、ガンディはため息を吐いた。
「まあ、そうであろう。しかし、其方の為の扉は常に開いておる。毎年は無理でも、何とか時間を作る努力をしてみてくれ」
「相変わらず、頑固ですね」
苦笑いするタキスに、ガンディは当然の様に笑った。
「頑固なのと諦めが悪いのは、生まれつきじゃからな。覚悟しておれ、儂は狙った獲物は諦めぬぞ」
「それは怖いですね」
二人は、顔を見合わせて笑い合った。
「まあ、レイルズがここに居てくれる限り、其方との縁も切れることは無いからな。気長に口説くとするわい」
そんなガンディを見て、タキスは、良い事を思い付いた。
「師匠。是非一度お休みを取って蒼の森にお越し下さい。森の生活も捨てたものではありませんよ」
「成る程、体験したことのないものを、最初から否定するのは卑怯だな。なら、時間が取れるか考えてみるとしよう」
「お待ちしてます」
専門書の上に座ったシルフ達が、それを聞いて並んで手を振って笑っていた。
『歓迎歓迎』
『森は良い所』
「そうか?まあ、どう考えても役には立ちそうもないがな」
街以外で暮らした事の無い彼には、森での生活は全く未知の世界だった。
「そうか、それしか知らぬレイルズにしてみても、同じ事じゃな。何であれ、知らぬ事を始めるのは勇気のいる事だ。しっかり世話する事にしよう」
新しい本を読み始めたタキスを見て、小さく呟いたガンディだった。
もう、数日のうちには彼らを一旦森へ返す予定になっている。
レイルズの受け入れ態勢を整える為の段取りは、既に水面下で始まっていた。
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