心配事と相談

 竜騎士達と共に、子竜を助けるために竜の保養所に向かったレイと蒼竜を見送ったタキスは、小さくため息を吐いた。

「師匠。今日の予定は何があるのでしょうか?」

「本来なら、あいつらと一緒に城へ行っておったのだがな。さて、どうするかな?」

 それを聞いたタキスは、考えていた事を話すには良い機会なのではないかと考え、ガンディに向き直った。

「それなら、ひとつお願いがあります。ですが、マイリー様方の都合もあるでしょうから、確認して頂けませんか?」

「どうした? 改まって」

 驚いたように聞き返す師匠に、タキスは頷いた。

「出来れば内密に、マイリー様に話したい事があるのです。殿下やヴィゴ様にも聞いて頂ければ尚良いかと」

「……分かった。待っておれ」

 部屋に戻ったガンディは、シルフを通じてマイリーに連絡を取った。

「来てくれて良いと行っておる。なら、ラプトルで行くとするか。ロベリオ達には先に城に行っておると伝えておこう」

「わがままを言って申し訳ありません」

 恐縮するタキスに肩を叩いてガンディは笑った。

「そのような事で遠慮は無用だ。気になることがあればいつでも言いなさい。良いな」

「はい。ありがとうございます」

 二人は用意されたラプトルに乗って、護衛の兵士と共に城へ向かった。




 案内された会議室には、既にマイリーだけでなくヴィゴとアルス皇子も揃って待っていた。

「暑い中お疲れ様です。まずは冷たいお茶をどうぞ」

「ありがとうございます」

 マイリーが手ずから入れてくれたお茶を、二人はゆっくりと飲んだ。三人は彼らが一息つくまで口を開かなかった。

 タキスは、空になったグラスを置いて顔を上げた。

「お忙しい中、急にわがままを言って集まって頂き申し訳ありません。ですが、レイをお預けする皆様には、お話ししておくべきだと考えました」

「何か問題でも?」

 驚いたようなマイリーの言葉に、タキスは首を振った。

「正直申し上げて、問題になるかどうか分かりません。ですが……」

「とにかく聞きましょう。問題になるかどうかは我々が判断します」

 言うのを躊躇う様子のタキスに、マイリーが断言した。

「何か問題があるのなら、すぐに対処します。とにかく話してください」

 アルス皇子とヴィゴも、大きく頷いた。

「力になります。どうぞ、遠慮なく仰ってください」

 四人の視線を受けて、タキスは大きくひとつ深呼吸をした。



「レイの育った自由開拓民のゴドの村なのですが、野盗の襲撃を受けて村は全滅しました。翌日、現場を見に行ったドワーフのギードが確認しました」

「その件は、後日ですが我々も報告書を見ました。酷い有様だったと聞きました」

 マイリーの言葉に、タキスは目を閉じて首を振った。

「女子供も容赦無かったとの事でした。森へ逃げていなければ、恐らくレイとお母上も同じ事になっていたでしょう。我々は、村の襲撃の本当の目的は、レイのお母上自身か、もしくはあのペンダントだったのではないかと考えていたのです」

「たしかに、あのペンダントを持っておる時点で、ただの農民では無いからな」

 ガンディの言葉に三人も頷く。レイの持つペンダントの事は、三人共ガンディから聞かされて知っていた。

「ところが、レイと暮らすうちに村での事を時々彼が話すようになると、その……妙な事が色々とあるのに気付かされました」

「妙な事?」

 マイリーの声に、タキスは彼を見た。

「レイが文字を書き算術盤を使えたのは、ゴドの村の村長から習ったからなのです。もちろん私達も教えましたが、保護した時に基本はほとんど出来ていました。驚いた事に、ラディナ文字だけで無く、ラトゥカナ文字までも途中までだったとは言え村長が教えていました。村長は勉強の為の本を何冊も個人で所有し、算術盤を使いこなして子供達に教える際には実際に触らせていました。また、アルターナの詩をそらんじておられたとも聞きました。レイは、それが何なのかすら知らずに、アルターナの詩『夕景』を覚えていました。どう考えてもただの農民ではあり得ません。それで村の襲撃の目的が、村長だった可能性も出て来たのです」

「成る程。変わり者の貴族の世捨て人ならばそれで良いが、何らかの犯罪に巻き込まれた貴族か、あるいは自身が犯罪を犯して逃げていた貴族の可能性もあるな」

「村長が襲撃の目的ならば、レイと母上は完全な被害者ですみます。ですが、襲撃の目的がどちらかと判断出来るだけの情報が私達には有りません。今更言っても詮無い事ですが、お母上をお助け出来なかった事が悔やまれます」

 五人はそれぞれに、精霊王に祈りを捧げた。

「お母上も心残りであっただろうな。どのような事情があったにせよ、小さな子供を一人残して逝くなど……」

 この中で現在、子を持つ唯一の父親であるヴィゴの言葉にタキスも頷いた。

「そうか、王妃様と同じ銀細工の竜のペンダントをレイルズが持っている事が知れたら、もしもペンダントを狙った犯行だったとしたら、こっちに飛び火する可能性もあるか……」

「はい。万が一、ご迷惑をかけるような事があってはと思いお話ししました」

 不安そうなタキスに、マイリーは大きく頷いてみせた。

「そういう事なら恐らく大丈夫でしょう。竜騎士に簡単に手出し出来るとは思えませんからね、城では常に護衛がついています」

「レイルズのペンダントは、精霊の石が付いているんですよね?」

 アルス皇子の問いに、ガンディは自分の指輪を撫でながら答えた。

「はい。光の精霊と、確認は出来ませんでしたが、まだ他にも入っているようでしたな」

「でも、今の姿は木彫りのペンダントのままなんだろ?石は問題なく使えるのか?」

 ヴィゴの問いにガンディは頷いた。

「どうやら、光の精霊がペンダントの姿を変えておるようじゃったぞ。精霊達は問題無く出入りしておった」

「それなら、レイルズには石の付いた指輪か腕輪をしてもらいましょう。精霊使いなら皆持っていますからね。別に身につける石は一つでも二つでも問題ありません」

 マイリーの提案に、ガンディも納得したように笑った。

「当面は、儂の持っている指輪を貸してやろう。城のドワーフに言えば、彼に合わせて何か作ってくれるだろう」

「その自由開拓民の村の全滅の話は、こちらでも当時、軍関係者の間で一時期話題になっていました。村に同情する意見が多かったんですが、確かに全滅するまで襲撃するのは不自然だとの意見もありました。ただまあ、こう言っては何ですが、自由開拓民の村は本来管轄外ですから、具体的な捜査などは無かったと思います。念の為、調べさせておきます」

「お手間をかけさせてしまって申し訳ありません」

 謝るタキスに、マイリーは笑って首を振った。

「こんな苦労なら、いくらでも喜んでやりますよ。信頼して話してくださって、ありがとうございます。すぐに何かある訳では無いでしょうが気に留めておきます」

 既に頭の中で対応を考えてる様子のマイリーを見て、タキスはもう一つの事を話すべきか迷っていた。




「それから、もうひとつ……これも、正直言ってよく分からない事なんですが、何かあってからでは遅いので……」

 話は終わりだと思っていた四人が改めて座り直す。そこでタキスは、レイが見た過去見の夢の話をした。

「レイルズに過去見が出来るとは、驚きですね」

「見たのはそれ一度きりですか?」

 驚いたように聞き返すマイリーとアルス皇子に、タキスは頷いた。

「恐らく。一応、また見たら私に話すように言いましたが、今のところ特に聞いた事は有りませんので」

「大勢の精霊を従えた白い服装の女性。恐らくは何処かの神殿の巫女でしょうね。それが本当にお母上なのだとしたら……アルカーシュでは無いな」

 ヴィゴの言葉に、ガンディは首を振った。

「いや、そもそもそのお方がお母上だという保証は無い。もしかしたら、母の血筋の先祖の誰かであっても可笑しくはあるまい。血族なら声が似ている事など普通にあるだろう」

「なら、彼のペンダントは代々引き継がれた物である可能性も有りますね」

「恐らくそうであろうな。あれほどの品ならば、手放さずに隠して手元に置いたとしても不自然では無い。代々の精霊の見える者に受け継がれて来たのであろう。あの精霊達ごとな」

「古代種の上位の光の精霊……」

「さすがは古竜の主だな。仲の良い精霊も桁違いだ」

 苦笑いする一同に、タキスも笑うしかなかった。



「とりあえず、問題になるかもしれないのはこれくらいです」

「分かりました。村の件も含めて出来る限り調べてみます。もし何か気になる事があれば、いつでも遠慮なく言ってください」

 マイリーの言葉に、タキスは頭を下げた。

「本当にありがとうございます。いくら感謝しても足りません」

「その言葉は、そっくりそのままお返ししますよ。我らの方がどう考えても貰いすぎています」

 アルス皇子の言葉に、皆笑ってタキスを見た。

「ですので、どうぞご遠慮なく」

 マイリーに肩を叩かれて、タキスは固まってしまった。

「さてと、我々も食事にしましょう。そう言えば、クロサイトの容体はどうなった? 何か知らせは?」

 ちょうどその時、まるでその声が聞こえたかの様にシルフが現れてマイリーの腕に座る。



 伝言のシルフを寄越したシヴァ将軍から大騒ぎだった報告を聞き、その後のクロサイトの無事の回復を知らされて一同は胸を撫で下ろした。



「しかし、ラピスが入れなかったからと言って壁を壊すとは……相変わらずやる事が豪快ですな」

 呆れた様なガンディの言葉に、もう笑うしか無い一同だった。

「まあ、竜舎の壁と子竜の命なら、どちらを取るかなんて考えるまでも無いけどね」

「全くです。俺でも遠慮なく壊すな」

 アルス皇子の言葉に、マイリーも大真面目に頷いている。笑っていたがタキス以外の全員が思っていた。もしも自分がシヴァ将軍の立場であったとしても、間違い無く同じ事をしただろう。

 竜舎の壁は修理すれば済む事だ。



「そう言えば、今日は何の予定だったのですか? わざわざ蒼竜様までこちらに来るなんて」

 食事の為の部屋に移動中に、隣にいたマイリーに聞いてみた。

「森へ帰る前に、一度、完全回復した元気なラピスを皆に見せておくのが一つ。それから、レイルズに城の図書館を見せてやりたくてね。貴方にも、ガンディが白の塔の図書館を解放してくれるそうですから、どうぞ好きなだけ読んでください」

 目を輝かせるタキスを、振り返ったガンディが嬉しそうに見ていた。

「これで、ここにいる! なんて言ってくれれば、安いもんなんだがな」

 小さな呟きは、タキスの耳には聞こえなかった。




 昼食の後、言われた通りタキスは白の塔の図書館へ案内された。記憶にある図書館よりも増築されて大きくなったその中には、医学書や医術に関する論文があふれていた。

 タキスは無言で書架を巡り、知らない本や論文を時間を忘れて貪るように読んだ。

「やはりここは、タキスにとっては天国であろう」

 満足気なガンディが、いつのまにか隣の机で座って自分を見つめている事も、恐らく気付いていないであろうタキスだった。






 見送りに出て来てくれた兵士達やシヴァ将軍に手を振って、四人はそれぞれの竜の背に乗った。

「さっき知らせがあったんだけど、タキスとガンディは、もう先に城に戻ってるんだって。だから俺達もこのまま城に戻るぞ」

 ロベリオの声に、レイは頷いた。

「そっか、今日はお城に行くって言ってたもんね。えっと、お城へ行って何をするの?」

「さあ、聞いてないけど。何か聞いてるか?」

 ロベリオの問いに、二人も首を振っている。

「ま、行けば分かるさ。そう言えば体調はもう大丈夫なのか?」

「うん。ガンディも、もう大丈夫だろうって言ってくれたよ」

「そっか、それじゃあそろそろ帰る準備かもな」

 嬉しそうなレイの様子に、三人は小さくため息を吐いた。

「毎日、楽しかったよな」

「あんな本気の枕戦争したのって、いつ以来だろう」

「帰るまでに、もう一回お泊まり会やりたいよな」

「いいな。枕戦争再び!」

「何それ絶対やりたい!」

 それを聞いたレイの歓声に、三人は堪える間も無く吹き出したのだった。

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