竜騎士達とレイ

 建物の中に入った一行は、アルス皇子に案内されて、一階にある広い部屋に集まった。

「ここは、狩りの準備のための部屋だよ。丁度良いから、ここに座ろう」

 部屋の窓側に置かれた、大きな机の周りに置かれた椅子に各自座った。

 レイとタキスも、一緒に来た兵士の案内で並んで座り、出てきた執事達が手際良くお茶の用意をするのを見ていた。

「えっと、手伝わなくて良いの?」

 思わず、隣のタキスに小さな声で聞いてみる。

「これが我らの仕事でございます。どうぞお気になさらず」

 タキスが何か言う前に、近くにいた背の高い男の人にそう言われてしまい、レイは慌てて頷いた。

「分かりました。お茶の用意をありがとうございます」

「どうぞごゆっくり」

 一礼して下がって行く後ろ姿を見送る。

「ニコスもあんな風だったのかな?」

「格好良いですね。今後のお勉強の為にも、帰ったら見せてもらいましょう」

 嬉しそうに頷くレイを見て、タキスは入れてもらった冷たいお茶を飲んだ。

「レイ、冷たくて美味しいですよ」

「あ、本当だ。暑かったから美味しいね」

 一息に飲んでしまったグラスに、別の水差しを持った使用人が、すぐにお代わりを注いでくれた。



「この、カナエ草のお茶に蜂蜜を入れる飲み方もタキス殿が教えてくださったんだとか」

 ヴィゴの声に、タキスは笑って首を振った。

「蜂蜜が、苦草のあの独特の苦味を抑えると知ったのは、幾つも作った試作の一つの成果です。咳の酷かったあの子に、なんとか苦手なのど飴を舐めさせてやりたくて、必死になって色々作っていたんです。でも、何をやっても駄目で諦めかけていた時に、頂き物の蜂蜜があったのを思い出して入れてみたんです。いくつか作った試作ののど飴の中で、あの子が喜んで食べてくれたのが、苦草の新芽と蜂蜜を入れた取り合わせだったんです」

 皆、納得した様に頷いた。

「純粋な興味なんですが、他にはどんな取り合わせを?」

 マイリーの質問に、タキスはちょっと考えた。

「相当試しましたので、全部は覚えていませんが、甘みは……砂糖に黒砂糖、麦で作った水飴、発酵させた米、あとは……まだ幾つかあったと思いますが覚えてませんね。薄荷が苦手だったので、薬草類は考えられる限り片っ端から試しました。他にはリンゴや柑橘類を発酵させたり、干したり、果物もほとんどの種類を同じ様に試しましたね。お茶の葉もすり潰したり煮込んだり、ああ、塩も試しましたが、これは案外美味しかったので、料理長に報告したら喜んでましたよ」



「え、待って! 塩飴も貴方が作ったんですか?」

 ルークの声に、皆も驚きを隠せなかった。



 塩の飴は、特に暑い時期の遠征の兵士達の必需品となっている。

 昔は塩の塊を持って行っていたそうだが、逆に、舐めすぎて体調を崩すものも多かったそうだ。定番になっている塩の飴は、兵士達からも美味しいと好評なのだ。今では、街の菓子屋でも売っている位に夏の定番の飴だ。



「そうなんですか。あの料理長も隅に置けませんね。まあ、食料庫にある甘みのある物を、片っ端から無理言って使わせて貰いましたからね。一つでも役に立つものが出来たのなら、良かったです」

 苦笑いしながら何でもない事の様に言うタキスを、竜騎士達は呆気にとられて見つめていた。




「タキス……それだけの事が出来て、どうしてお料理が出来ないんだよ」

 レイの呆れた様な声に、タキスが笑った。

「だって、大きな鍋だと、加減が分からないんですよ。小鍋だと分かるんですけど……」

「だったら、大きな鍋に水を入れて小鍋の何倍お水が入るか調べれば済む事だよ。何倍入るか分かれば、加減も分かるでしょ?」

 タキスが無言でレイを見つめる。レイは笑ってちょっと首を傾げてタキスを見返す。

「成る程、確かにそうですね。ちょっと何とかなりそうな気がしてきました。レイ、貴方は頭が良いですね」

 それを聞いた竜騎士達が、堪える間も無く吹き出す。

「何とも楽しそうだな。しかし、タキス殿は料理が苦手なのですか?」

 ヴィゴの声に、レイが答える。

「ニコスに言わせると、あれをもう一度食べろって言われたら俺は泣くんだって。食材への冒涜なんだって言ってたよ」

 また皆揃って吹き出す。

「レイ、勘弁してください……」

 顔を覆って机に突っ伏したタキスが、笑いを堪えながら震える声でそう言った。

「ニコスのお料理は美味しいよね」

 顔を上げたタキスが、涙を拭きながら笑って頷いた。

「ええ、無理して私が作るより、絶対美味しいですからね。こういう事は適材適所です。得意な人がやれば良いんです」

「僕はちょっと位なら作れるもんね」

 得意げにレイがそう言うと、タキスが笑ってレイの頬を突いた。

 冬の間に、ニコスやギードから色々と教えてもらい、案外器用なレイは、それなりにニコスの手伝いが出来る程度には料理が出来るようになっている。

「パンは上手く焼けたよね」

「ああ、キリルのジャムの入ったパンは美味しかったですね」

「あれは僕が捏ねたんだよ」

 楽しそうに話す二人を見て、竜騎士達は皆、タキスから無理にレイを取り上げる様なことをしなくて済んで良かったと、心の中で思っていた。




「さてと、ラピスの寝床も見つかった事だし、暑いのも落ち着いたな。あとは夕食まで何をするかな」

 ルークの言葉に、マイリーが頷いてレイを見た。

「そう言えば、ちょっと質問なんだが、レイルズは文字は書けるかい?」

 その質問に、レイは嬉しそうに頷いた。

「はい、ラディナ文字は全部書けます。ラトゥカナ文字は簡単な文章なら大丈夫です」

 驚いたマイリーがさらに質問する。

「算術はどうだね?」

「えっと、算術盤で、四桁の足し算と引き算、二桁までの掛け算と割り算は出来ます、三桁の掛け算を今勉強中です」

「凄いぞおい。俺が14歳の時なんて、算術どころかラディナ文字も碌に書けなかったぞ」

 それを聞いたルークが、感心した様に呟く。

 竜騎士は皆貴族出身で、すごく賢いんだと思っていたレイは、驚いてルークを見た。

「え? 貴族の人は子供の時から沢山お勉強するんじゃあないんですか?」

 苦笑いしたルークは、髪を掻きながら恥ずかしそうに言った。

「俺は庶子の出でね。レイルズの歳の頃は、地元の悪達と連んで散々悪い事してた時だな」

「庶子?」

 初めて聞く言葉に、レイは不思議そうに聞き返した。

「ああ、つまり……貴族が本妻以外の女性に産ませた子供って事。それまで、こことは違う別の街で暮らしてたんだ。貧しい生活だったよ。ところが俺が十六の時にいきなり迎えが来てね。庶子も含めて竜との面会が義務なんだと言われて、訳も分からないままに有無を言わさずオルダムまで連行されたんだ」

「ご自身がその……庶子だと、ご存知無かったんですか?」

 タキスの質問に、ルークは頷いた。

「父親はいないって聞いてたからね。ところが嫌々行ったその場で、俺はパティと出逢っちまったって訳。まあそこから大騒ぎでね……」

「じゃあ、お父さんが見つかったんだね。良かったね」

 無邪気にそう言うレイを、ルークは哀しそうに見つめた。

「今の言葉だけで、お前が、どれだけ皆に愛されてた幸せな子だったかって事が分かるな」

 その小さな呟きは、レイには聞こえなかった。

「ルーク……」

 隣に座ったヴィゴが、心配そうにルークの肩を叩く。

「良いじゃないかヴィゴ。素直なのは良い事だよ」

 笑ってヴィゴの腕を叩き返すと、ルークは立ち上がった。



「じゃあ体術とかは?何かやってるか?」

「棒術と、格闘訓練はしてるよ」

 レイのその言葉に、黙って聞いていた若竜三人組も嬉しそうに立ち上がった。

「じゃあ、せっかくだからちょっと遊ぼうよ。ここは広い訓練場があるんだ」

「何それやりたい!」

 ニコスとギード以外の人と手合わせした事の無いレイは、大喜びで立ち上がった。

「良いでしょ! タキス!」

「えっと、一応あなたは病み上がりなんですけど……」

 横にいるガンディを見る。

「問題無いぞ。好きにしなされ」

 笑ったガンディもそう言って立ち上がった。

「楽しそうだから、見学させてもらうとするか。怪我人が出たら治療してやるぞ」

 にんまり笑ったガンディに、竜騎士達は皆揃って首を振った。

「いやいや、遊びで怪我なんかしませんって!」

「念のため言っておくが、ルークは見学じゃぞ」

 ガンディの言葉に、ルークは笑った。

「さすがにこの腕で、体術訓練はしませんよ」

「どうしたの?」

 レイの言葉に、ルークは左手を右手で持ち上げてみせた。

「ちょっと怪我してね。まだ左手は全然言うこと聞いてくれないんだ。傷は塞がったけど、握力は赤ん坊より弱いと思うぞ」

「動いて大丈夫なんですか?」

 心配したタキスの言葉に、ルークは笑った。

「逆に、おとなしく寝てるよりはしっかり動いて、落ちた体力を戻せって言われてるんですよ。左手はまだ、マッサージが中心です」

 それを聞いて、ルークの怪我の状態の予想がついた。

「それでも、ご無理をさせたのでは?」

 竜熱症の浄化処置の時、レイの入った湯船の足元で薬湯にずっと右手を入れたまま、恐らく精霊達を制御していた彼の姿をタキスは覚えている。

「左腕以外は元気ですから大丈夫ですよ。この腕では実戦では役立たずですが、後方支援なら十分出来ます」

 当たり前のように笑う彼を見て、竜騎士隊の存在は、お飾り等ではなく、実働部隊の最前線である事を思い知らされた。



 タキスは無言で、若竜三人組と楽しそうに話しているレイの姿を見た。

 あの優しく気の弱い所のある彼は、果たして剣を持って実戦に出る事が出来るだろうか?人を相手に、武器を取り、精霊魔法を使えるだろうか。

 突然に湧き上がった不安に押しつぶされそうになった時、アルス皇子がその肩を叩いた。

「ご心配は当然です。有事の際に彼だけを前線に出さないなんて約束は出来ません。ですが、きちんと彼を鍛えて、本人に考えさせましょう。騎士になる事が当然の貴族と違い、彼は恐らく武器を持った事なんて無いでしょうからね」

 その言葉に、レイと初めて会った時の事を思い出す。

「彼は、恐らくあなた方が思っている以上に肝が座っていますよ。彼のいた自由開拓民の村が野盗の群れに襲われた時、彼は小さなナイフ一本で、お母上を守って孤軍奮闘したんです。しかし、私達と会った時、お母上は既に手遅れの状態でした。彼の持っていたナイフは血塗れだったと、ナイフを見つけたギードから聞かされました」

「それは、一年前の事件ですね」

「晩秋の頃でしたから、正確にはまだ一年経っていませんね。初めて会った時の彼は、背丈も体格も別人のように小さく華奢でした。この一年ほどでレイの身長は、恐らく15セルテは確実に伸びていますね。筋肉もかなりついて、見違えるように成長しましたよ」

「そうですか。それは将来が楽しみだな。まだまだ年齢的な事を考えると成長の余地はありそうです」

「お任せしますので、どうかよろしくお願いします。基礎は、ある程度は教えているつもりです」

「確かに承りました。そしてお約束します。決して彼を政治の道具にはしません。責任を持って彼の全てを引き受けましょう」

 恐らくこの国で、これ以上頼もしい言葉は無いだろう。

 タキスは頷く事しか出来なかった



「タキス! 行こうよ! タドラ達が手合わせしてくれるんだって!」

 嬉しさの余り真っ赤になった頬のレイは、笑いながらタキスのところに走って来た。

「ええ、それじゃあ、貴方が投げ飛ばされるところを見てあげましょう」

「違うよ! 遠慮なく投げてくれて良いって言ったもんね!」

 彼らを投げる気満々のレイの言葉に、大人達は苦笑いを隠せなかった。

「怖いもの知らずだな。しかし若いうちはあれくらい元気なのが良いぞ」

 ヴィゴの嬉しそうな言葉に、アルス皇子とマイリーも頷いている。



「さて、ニコスと私とギードの教えは、どれ位彼らに通用するんでしょうね」

 小さく呟いたタキスは、こっそりシルフを呼び出して二人に連絡した。

「竜騎士相手に、レイが格闘訓練をするみたいですよ」

 畑でその知らせを聞いたニコスは、大声で叫んだ。

「頑張れレイ! 竜騎士を投げ飛ばしてやれ!」

 隣でその叫び声を聞いたギードは、堪える間も無く一人で大笑いしていた。

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