はじめまして

 屋敷の広い庭に降り立った七頭の竜達は、それぞれに真っ白な服を着た人をその背に乗せていた。

 その竜のあるじ達は、竜の側で、湖から二人が戻るのを待った。




「すぐ近くの湖からお屋敷まで、歩かずにわざわざラプトルに乗るなんて、なんて贅沢なんだろうね」

 小さく呟くと、隣でタキスも笑って頷いてくれた。きっと距離にすれば、いつもしている、家畜達を連れて上の草原へ上がって行くのと、然程変わらないぐらいの距離だったろう。

 案内役の兵士の後について森を抜けると、一気に目の前が開けた。

「これは見事ですね」

 タキスが思わず呟く。レイも全くの同意見だった。

 石造りの大きな屋敷の広い庭に、色とりどりの七頭の竜達がこっちを見ている。

 先頭の真っ赤な竜の側にいるのがアルス皇子だ。二人が近くでラプトルを止めて降りると、アルス皇子は笑って手を差し伸べてくれた。

「改めてよろしく。竜騎士隊の他の隊員と我々の大切な竜達を紹介しよう。だがその前に……」

 アルス皇子がそう言った時、竜騎士達は全員、一斉に地面に片膝をついた。



 腰のミスリルの剣を抜き、自分の前に横向きに置き、深々と頭を下げた。それに続いて、座っていた竜達までがゆっくりと頭を下げ、地面に鼻先を付けた。

「我ら全ての竜騎士の恩人であるエイベル様のお父上様に、心からの感謝と敬意を。そして、過去の我ら人間達が貴方にした、かの行いに、心からの謝罪を」



 代表して語ったアルス皇子の言葉を聞き、レイは思わずタキスを振り返った。

「エイベルって……」

 タキスは、泣きそうに顔をしかめて、無言で頷いた。それから振り仰いでよく晴れた空を見上げ、大きなため息を一つ吐いた。

 顔を戻した時、彼の目に涙は無かった。

「どうぞ立ってください。確かに謝罪は受け入れました。もう私の中に、人間への恨みも、恐怖も、そして憎しみも有りません。我らは等しく精霊王のしもべであり、精霊達の友です」

 顔を上げたアルス皇子が、まっすぐにタキスを見つめた。

「恨みは無いと、そう言ってくださいますか」

「これ以上の謝罪は不要です。どうぞ、立ってください」

 そう言って、アルス皇子の肩を叩いた。



 振り返ったタキスは、傍で驚くレイに笑いかけると、ガンディから聞いた事を彼に話した。そして、女神オフィーリアの神殿の分所で見た事も。

「エイベルって……神様になったの?」

 話を聞いたレイは、呆然と呟いた。

「ええ、どうやらそうみたいですよ。どうしましょう。私は神様の父親になってしまいましたよ」

 笑ったレイは、タキスを抱きしめた。

「すごいや。良かったね、タキス。それじゃあもう、エイベルは寂しくも辛くもないんだね」

「そうですよ。貴方も後で行ってみてください。綺麗な金色の全身像でしたよ」

「すごいや、僕、神様と友達になってたんだね」

 その言葉に、立ち上がったアルス皇子が驚いたように目を見開いた。

「一体その話は……」



 あ、これも森の大爺と一緒で、迂闊に言っちゃいけない事だったかな?

 タキスの困惑した視線を受けて、思わず頭の中で呟いた。



「あの、素敵な竜達を紹介していただけますか?それに、他の竜騎士様も」

 タキスが、さり気無く話を変える。無言の目配せにレイも頷いて声を出した。

「その真っ赤な竜、とっても綺麗ですね」

 笑ったアルス皇子は、明らかに話をそらした彼らに気付いていたが、何も言わずに話に乗ってくれた。

「そうですね。それでは、まずは私の相棒を紹介しましょう」

 燃えるような真っ赤な鱗に薄い黄色のたてがみの大きな竜が、顔を寄せて来た。

 ブルーほどでは無いが、とても大きな竜だ。

「名前はフレア、守護石はルビーだから、ルビーと呼んでくれれば良い」

「え? 名前が二つあるの?」

 レイのその言葉に、アルス皇子は頷いた。

「そうか、君は他の竜に会うのは初めてだから知らないんだね」

 不思議そうにしているレイに、フレアが話しかける。

「精霊竜は、自分の守護石と言うものを持っている。それが一般の呼び名だ。我の場合はルビー。それに対して、その竜の主だけが呼ぶ事の出来る名前がある。我の場合は、フレア、と言う名がそれだ」

「えっと、その竜の主だけが呼べるって事は、他の人は駄目なの? 竜の主でも?」

 レイの質問に答えたのは、隣にいたマイリーだった。

「そうだよ。例えて言えば、恋人に付けてもらった二人だけの愛称を、赤の他人に馴れ馴れしく呼ばれる感じ、かな……ちょっとまだ、君には早かったかな?」

 振り返ってタキスを見ると、彼は真顔で大きく頷いて断言した。

「それは絶対駄目です。レイ、名前は失礼の無いようにちゃんと呼ばないとね」

「えっと、分かりました。レイルズ・グレアムです。よろしくねルビー様」

「ああ、敬称はいらないよ。君が呼ぶ時はルビーで良い」

 アルス皇子の訂正に、レイは頷いた。

「分かりました。じゃあ、よろしくお願いします。ルビー」

 手を伸ばして大きな鼻先を撫でた。

「よろしく。ラピスの主よ」

「ラピス?」

 その時、レイの肩に一人のシルフが現れた。



『我の守護石はラピスラズリだ。それ故、他の者が我を呼ぶ時はラピスと呼ぶ』

 ブルーの声で話し始めたシルフに、初めて見る後ろの竜騎士達が息を飲んだ。

「ラピスラ……ズ、リ?」

 彼らの驚きに気付かないレイは、シルフに話しかける。

 自由開拓民の出身の彼は、宝石の名前や種類なんて見た事も聞いた事も無かったし、さすがのタキス達も、宝石の名前までは教えていなかった。

「後で見せてあげるよ。竜達の守護石と言うのは、どれも宝石や鉱石なんだよ。ラピスラズリは、とても綺麗な濃い青の石だよ」

「へえ、そうなんだ。ブルーの鱗の色みたいな?」

 アルス皇子は笑って頷き、レイの背に手を当てて、マイリーの横に座った竜の側へ連れて行った。



「私の相棒だ。名前はアンジー、守護石はアメジスト、そのままアメジストと呼んでくれれば良い」

 乳白色の光沢のある鱗の所々に、紫の濃淡のあるウロコが散りばめられている。鬣も優しい白で毛先が紫色に染まっていた。

「よろしくお願いします、アメジスト。レイルズ・グレアムです」

「よろしく、ラピスの主よ」

 差し出された白い鼻先を撫でた。



「俺の相棒だ。名前はシリル。守護石はガーネット」

 巨漢のヴィゴが紹介してくれたのは、とても濃い黒っぽい赤い鱗の竜だ。鬣も同じ色だった。

「よろしくお願いします。ガーネット」

 殆ど黒の鼻先を撫でた。



「ここからは初対面だな。紹介しよう。ルークだ」

「よろしく、レイルズ。俺の相棒はパティ。守護石はオパール」

 こげ茶の短く刈り上げた髪と、綺麗な薄緑の眼をしている。後ろにいる竜は、鱗も鬣も真っ白な竜だった。真っ赤な竜の瞳が、じっとレイを見つめていた。

 マイリーの声に、レイは差し出された手を握り返し、挨拶する。

「えっと、よろしくお願いします、ルーク。それから、オパールもよろしくお願いします」

 オパールの真っ白な鼻先を撫でると、他の竜とは違って少しざらついた感じがした。

「触った感じが他の竜と違うね」

 隣のルークにそう言うと、ルークは笑ってパティの額にキスをした。

「こいつの鱗はちょっと変わっててね、アメジストと違って艶消しになってるんだ」

 確かに、さっきのアメジストはピカピカしていた。

「真っ白で綺麗だね。青い空を飛んでると雲みたいだよ」

 それを聞いたルークは、笑って頷いた。

「俺も時々そう思うよ。お前、面白いな」

 握った拳を出したので、思わず、いつもギードとやってる様に拳を打ち合わせた。

「へえ、男同士の挨拶、ちゃんと知ってるんじゃん。これは先が楽しみだな」

 嬉しそうに笑うと、一緒に隣の竜の所に来た。



「よろしく、ユージンです。相棒はマリーゴールド。守護石はアンバーだよ」

 にこやかに差し出された手を握る。

「よろしくお願いします、ユージン。アンバーもよろしくお願いします」

 ユージンは、薄茶色の短い髪と青い瞳の持ち主だ。

 後ろの竜は、夏に咲く向日葵の様なとても明るい黄色の鱗に白い鬣だ。ここにいる竜達の中では一番小さい。鼻先を撫でると、嬉しそうに眼を細めた。

「よろしく。ロベリオだ。こっちはアーテル。守護石はオニキスだよ。あ、こいつとは従兄弟同士なんだ」

 握手して、隣のユージンの肩を叩いた。

 ロベリオは、濃い茶色の短髪で、薄紫の綺麗な瞳をしていた。確かに、言われて見たらよく似ている。

「よろしくお願いします。ロベリオ。オニキスもよろしくね」

 側にいるのは、吸い込まれそうな真っ黒の鱗に真っ赤な鬣の、大きな竜だ。

「よろしく、ラピスの主よ」

 差し出された大きな鼻先をそっと撫でた。



「最後だね。僕はタドラ。相棒はベリル。守護石はエメラルドだよ」

 背の高い竜騎士達の中では、彼が一番背が低い、とは言ってもレイと同じくらいだ。タドラは長い黒髪を首の後ろで一つに括っている。茶色の瞳が嬉しそうにレイを見ていた。

 差し出された手を握り返す。

「よろしくお願いします、タドラ。エメラルドもよろしくね」

 最後の竜は、夏の森の様な濃い緑色の鱗だった、しかしよく見ると微妙な濃淡がある、鬣は新緑の様な綺麗な薄緑で、正に森の様な色の竜だ。

「綺麗、森の緑の色だね」

 鼻先を撫でながら思わず呟いた。

「上手く言うな。確かにそうだよね。新緑の鬣は僕のお気に入りなんだ」

 首を撫でながら、嬉しそうにタドラはそう言った。



 丁度その時、背後が騒がしくなり、振り返ると大勢の兵士たちがラプトルから降りる所だった。

「彼らは第二部隊の竜騎士隊専属の兵士達だ。竜の世話や、私達の面倒も見てくれる有難い人達だよ」

 アルス皇子の言葉に、レイは呆気にとられてその光景を見ていた。

 彼らは手早くラプトルをつれて屋敷に行く者と、その場に残って竜達の世話をするものに別れた。屋敷に戻る人の中には、医療棟で見た白衣を着た医療兵もいた。

「それじゃあ、彼らにここは任せて屋敷へ戻ろうか。喉が渇いたよ」

 ルークの声に、皆頷いた。笑って頷いたレイも、タキスと一緒に彼らと屋敷へ向かった。

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