これからの事
レイの意識が無事に戻った事は、竜騎士隊の本部にもすぐに連絡された。
「ガンディからの連絡によると、意識が戻った当初は痺れが酷かったそうだが、その後回復。夕刻にはようやく意識もはっきりして、中庭にいた蒼竜と再会。本人と付き添いの竜人の希望で、蒼竜が見える中庭に面した翡翠の部屋へ移ったそうだ。スープを少しとミルクを飲んで就寝。話が出来るのは、明日以降だな」
立ち上がって説明するマイリーの言葉に、部屋にいた一同は頷いた。
「それで、その……今後はどうするんですか?」
痛みがぶり返してしまい、三角巾で左腕を吊ったルークが椅子に座ったままマイリーを見上げる。
「難しい問題だな。ただこのまま、はいお疲れ様でした、と帰すわけには行くまい」
「陛下は、何と仰ってるんですか?」
ユージンの言葉に、アルス皇子は首を振った。
「父上は、新しい竜騎士候補が現れたとお考えだ。なので、その方向で交渉するつもりだ」
「……やっぱりそうなるよな」
若竜三人組とルークは、それぞれに頭を抱えた。
「一度、あの竜とゆっくり話をせねばな」
ヴィゴの言葉に、マイリーは頷いた。
その時、ガンディがワゴンを押した部下とともに入って来た。
「おや、お茶をお持ち下さったのですか?」
タドラとユージンが立ち上がり手伝おうとしたが、ガンディは手でそれを制した。
「構わぬ、座っておれ。ちょっと其方らの意見を聞きたくてな」
それぞれの前に、いつものお茶と小皿に入れた飴が置かれた。
「飴? 珍しいですね」
ルークが指で摘んで口に放り込んだ。そのまま舌の上で転がしていたが、目を見開いた。
「ガンディ……これって?」
「どうじゃ? 感想は?」
ルークの様子を見て、それぞれに飴を口に入れたが、全員がルークと同じ表情になった。
「これってカナエ草の飴? 嘘だろ……苦草の癖に美味いぞ」
ロベリオの言葉に、全員が吹き出した。
「これは驚いた。でも、これならニーカでも食べられるな」
「本当に美味しい! 凄いよガンディ。まさかカナエ草を美味しく感じる日が来るなんてね」
タキス作ののど飴は、全員から大絶賛を受けた。
「この飴は、タキスが作った物じゃよ。のど飴の薄荷の代わりにカナエ草を使っておる。しかも、
「成る程、しかもこれなら携帯も出来るし、作り置きも可能だ。素晴らしい」
マイリーも、それを聞いて感心したように呟いた。
「レシピは教えてもらったぞ。使ってくれて構わんとな。それから、こっちもじゃ」
お茶の入ったカップを指差した。
頷いたルークは小さくなった口の中の飴を噛み砕くと、お茶を右手で持った。
「甘い香りがする、なんだこれ、飴のせいかな?」
ゆっくりと一口飲んで絶句した。
「え? これ……いつものお茶ですよね? え! ちょっと待って!」
慌ててもう一口飲んで、驚きの表情のままガンディを見つめる。彼は満面の笑みで頷いた。
「美味しい! どうして? ええ?」
「本当だ、苦く無い」
これまた全員が呆気に取られたように同じ表情になる。
「タキスから教えてもらった。苦草に蜂蜜を合わせると、苦味が抑えられる事をな。しかも薬効成分は変わらない事も確認した。どうじゃ? これなら飲める者も多かろう」
若竜三人組は無言で拍手している。
「蜂蜜の確保についてじゃが、養蜂を考えておる。これについては任せてくれ」
「養蜂か……成る程。確かに安定供給の為には、自分たちで作るのが一番ですね。それならロディーナの者達に頼むと良い。あの辺りの竜の保養所の森に近い草原には花がほぼ年中あるし、真冬でも雪はほとんど積もらない場所もある。養蜂にはうってつけだろう」
マイリーの言葉を聞いて、ガンディは驚いたように振り返った。
「其方、養蜂を知っておるのか?」
「俺の故郷のクームスよりもう少し南の自由開拓民の者達には養蜂をしている者も大勢いますよ。行商人が、よく蜂蜜を売りに来てました」
マイリーは、南東の街道沿いにある大きな街の地方豪族の出身だ。彼のような褐色の肌は、南方の者に多い。
「なら、使いを出して教えを請うと致そう。確かにここでするよりはロディーナの者に頼めるなら、それが良かろう」
「カナエ草とセットで使うって言ったら、彼らなら張り切ってやってくれますよ。あ、凄いや、冷たいのも美味しい」
ルークが新しく入れてもらった冷たいお茶を飲んで、また、皆笑顔になった。
「和んでる場合では無いな。ガンディはどう思いますか?」
「古竜の主か」
「受け入れるにしても、相手が古竜ですからね」
「心配は無かろう。彼も竜の主の重要性は理解しとると言っておったわ」
マイリーとヴィゴは顔を見合わせた。
「それは良い情報だ。なら、やはり受け入れる方向で調整すべきだな」
「なら、やはり後見人を立てるのが良いか。それとも養子縁組を考えるか……」
相談を始めた二人を見て、ガンディは横から口を出した。
「ただ、一つだけ頼みがある」
真剣なガンディの声に二人は振り返った。
「なんです? 改まって」
「タキス達との縁を切らないでやってくれ。出来れば年に一度程度で構わんから、里帰りさせてやってくれ。タキスにとって、あの青年は息子も同然なんじゃ。もう、彼から息子を取り上げるような事はせんでくれ」
「タキスとは、あの竜人の名前ですね。エイベル様のお父上だと言うのは誠ですか?」
マイリーの問いに、ガンディは頷いて全員を座らせた。
「其方達には話しておかねばならん。美談として語られているエイベル様の話に、どんな悲惨な裏が有るのかをな」
そうしてガンディの口から語られたエイベルとタキスの過去に、全員が絶句した。
「父上の了解無しに、白の塔の医師達が息子の遺体を解剖しようとした?」
「自身も白の塔の医師であり研究員であったお父上が、そのあまりの仕打ちに怒って、息子の遺体を奪い返し、ラプトルを盗んで白の塔から脱走した……」
「第四部隊の精霊使い達が大勢で追い掛けて、交戦の上ご遺体を奪い返した」
「しかも、そのまま怪我をした瀕死のお父上を野に放置して帰って来たと?」
「有り得ないだろ、それ……」
全員があまりの酷さに言葉も無かった。
「本人には、すべて話して許しを請うた。彼はもう恨みはないと言ってくれたが、今更何をしたところで、到底、償いきれる筈も無い」
俯いたガンディは、目を閉じて首を振った。
「この飴も、元は、咳の酷かったエイベル様が、薄荷が苦手でのど飴を舐めてくれなかったので、色々と工夫して苦草を使う事を思いついたらしい。その際に蜂蜜を使うと苦味が抑えられるとわかり、以来のど飴はそれで作っていたそうじゃ」
顔を上げて、ワゴンの下の段からのど飴の入った瓶を取り出して机に置いた。
「これも、エイベル様からの贈り物なんですね」
目の前に置かれた瓶を、全員が見つめた。
「事情は分かりました。お約束しましょう、決して森の彼らとの縁を切るような事はしません。平時なら、蒼の森へ里帰りする事も可能でしょう」
「いっそ、私が後見人になれば良いのか?」
アルス皇子の言葉に、マイリーは苦笑いして振り返った。
「いざとなったらお願いします。ただ、それは最終手段に置いておいてください」
ガンディとヴィゴも同意するように頷いた。
「こうなると、早く本人から話が聞きたいな」
アルス皇子の言葉に、ガンディは笑った。
「案外、皆が彼の前に整列して見せれば、竜騎士になるのをコロッと了解してくれるかもな」
「どう言う意味ですか?」
ルークの問いに、ガンディはまた笑った。
「目を覚ましてここが何処か聞いたレイが、自分のいる所が王都オルダムだと知って、竜騎士様のいる所だと無邪気に言っておったからな」
「おやおや、それならせいぜい格好良く見せないとな」
ルークの言葉に、皆苦笑いになった。
「辺境の自由開拓民の出身だと聞きました。確かにそれなら、竜騎士に憧れの感情を持っていても不思議はないですね」
タドラも納得したように頷いた。
竜騎士がいかに子供達から憧れの存在として見られているか、彼らはよく知っている。
「それならまずは、本人から話を聞いて、ここにいる事を了承して貰えるなら、受け入れ態勢の準備は我らの仕事ですね」
「逆に、怖がって嫌がるようならどうしますか?」
「こうなると、一旦森へ帰す事も考えの中に入れるべきだな。ただし、監視の精霊を付ける事が絶対条件になるがな」
「それは蒼竜に頼む話だな。あの蒼竜が了解しないと、精霊は森に近寄れまい」
マイリーの提案に、ヴィゴが向こうでの精霊達の怯え様を思い出して釘を刺した。
「凄かったもんな」
「うん、本気で死ぬかと思ったもん」
「俺も、もう駄目だと思ったもんな」
ルークとタドラ、ロベリオの三人は、真顔で何度も頷いた。
ランプの明かりに照らされて、ぐっすり眠るレイの横顔を見ながら、タキスはため息を吐いた。
そして、蒼の森に連絡していなかった事を思い出した。
立ち上がって窓際へ行く。丸くなっていた蒼竜が顔を上げた。
「どうした? 何かあったか?」
「申し訳ありません、蒼竜様。レイが無事に目を覚ました事を森の彼らに知らせたいので、連絡して頂けますか」
蒼竜は頷いて、また丸くなった。
タキスの前にシルフが現れる。
『タキス! どうなったんだ!』
『レイは目を覚ましたのか? どうなんじゃ!』
同時に叫ぶ二人の声を、シルフは律儀に再現してくれる。
「連絡が遅くなって申し訳ありません。レイは昼過ぎに一度目を覚ましました。ただ最初は意識も朦朧としていましたし、酷い痺れの症状が有ったのですが、適切な処置をして頂き回復しました。二度目に目を覚ました夕方には、スープとミルクを飲みましたよ」
二人の嬉しそうな歓声が聞こえた。
「明日には、話が出来るだろうとの事です。大丈夫なようなら彼から連絡させます」
『そうか良かった』
『全くじゃ』
「それで……落ち着いたら、竜騎士達と今後の相談をしなければなりません」
膝の上で握った拳が震えた。
「お二人はどうお考えですか? レイを、蒼竜様と共に、ここに預けるべきでしょうか?」
『それは……』
二人からの答えは、無かった。
真っ白に成る程握りしめた拳を見つめて、タキスは俯いたまま話した。
「私は……お預けすべきだと考えます。彼の為を思えば、森で、我々とだけ生活するよりも、ずっと、ずっと沢山の事を学べます」
『良いのかそれで?』
ギードの静かな声が部屋に響く。
「第一に考えるのは、何が彼の為になるかでしょう。我々が寂しいからと言って彼を森に縛るのは、傲慢以外の何物でもありません。そんな事は彼の為にはなりません」
『反論の余地が無いな』
『ただ理性と感情は別物だ』
『はいそうですかと納得は出来まい』
「一番良いのは、彼をここに預けて、我々との縁を切らずにいて貰える事ですね」
『それならいつでも堂々と逢えるか』
「虫が良すぎる提案です。せめてもの抵抗だと思ってください」
『いや交渉の最初にこっちが譲れない絶対条件を提示するのは必要だぞ』
ニコスの声に勇気付けられて、タキスは顔を上げた。
「とにかく、一度きっちり彼らと話をしてみます。結果はまた報告します。何か良い案があれば、いつでもシルフを飛ばしてください」
『分かった無理はするなよ』
『必要なら交渉の際に呼んでくれ』
『そうだな蒼竜様に頼めば繋いでもらえよう』
タキスも頷いた。
「そうですね、いざとなったらお願いします。それではまた連絡します」
頷いて消えたシルフがいた場所を、タキスは
窓の外で会話の一部始終を聞いていた蒼竜は、しかし何も言わずに丸くなって目を閉じた。
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