のど飴作りと無事の帰宅

「一人だと、何にもする気が起きませんね」

 庭の薬草園で、胃腸薬を作る為の薬草の新芽を摘みながら、タキスは、側に来てくれたシルフに話しかけた。


『寂しいの?』


 無邪気に問いかけるシルフに苦笑いして、薬草の入った籠を持ち直した。

「そうですよ。すぐ帰って来ると分かってても、寂しいものは寂しいんですよ」


『明日には帰って来るよ』

『帰るよ』


 慰めるように言うシルフに笑って、一つため息を吐いた。



 皆、今頃は花祭りのブレンウッドの街を満喫しているだろう。

 出掛ける前の、レイの歌っていた、調子っぱずれの適当花祭りの歌を思い出して、タキスは思わず小さく吹き出した。

「これを乾かしたら、後は何をしましょうか」

 ぼんやりと呟きながら一旦家へ戻り、薬草庫の布を敷いた机に、洗った新芽を並べていく。

「シルフ、いつものようにゆっくり乾燥させてください」

 現れたシルフにそれを頼むと、昼食を食べる為に居間へ向かった。



 台所の机には、ニコスが作ってくれた食事が並んでいる。布巾を被せたパンの上に座った水の精霊ウインディーネに声をかけて、一列分のお皿を取った。

 机の上には、一列づつ朝食、昼食、と言う具合に、ちゃんと考えて作り置きされていて、端から順番に食べていけば良いように置かれていた。

 食前のお祈りをすると、お茶も淹れず水だけでそれを食べる。食べ終わったお皿を水場に持って行って洗い物を手早く済ませた。

「一人だと、ニコスの作ってくれた食事も味気無いですね」

 元々、そうお喋りでは無いし、昔はそれこそ、一日中研究所の部屋に閉じこもっていても全く平気だった。

 ここに来てからだって、定期的に街へ買い出しに行くギードやニコスを見送って、一人で留守番していても、特に寂しいなんて思った事は無かった。

 でも今は、あの元気な声が聞こえないだけで、こんなにも部屋が広く感じるし、本当に寂しい。美味しいはずの食事も味気無かった。

「駄目ですね。こんな事ではレイに笑われます」

 気分を切り替えるように、大きく肩を回して伸びをする。それから戸棚を開けて、のど飴の瓶を取り出して中身を確認した。



 出掛ける前に、レイの持っている瓶に入るだけ入れてやったので、在庫が乏しくなっている。

「そうだ、苦草にがくさを摘みに行きましょう。それで、レイの為にのど飴を作っておきましょう」

 良い事を思いついた。

 ちょっと嬉しそうに笑うと、瓶を棚に戻して扉を閉め、薬草庫へ行って別の籠を取って来た。

 帽子を被って家を出ると、横の坂道を登り上の草原へ出る。家畜や騎竜達が、のんびり草を食べていた。

 何事かと顔をあげてこっちを見るラプトル達に手を振って、レイ達がいつも訓練している設備の横を通り抜け、林の奥に入っていった。



 目的の物はすぐに見つかった。

 カナエ草だ。



 このカナエ草は、通称苦草にがくさとも呼ばれている、その名の通りとても苦味の強い薬草だ。さすがにこれは、何でも食べる家畜達でも食べない。

 人間は、特にこの苦味成分が苦手らしく、人によっては素手で薬草を摘んだだけでも手が腫れることがあるらしい。

 タキスは、苦草を素手で摘んでも平気だ。どうやら、竜人は、人間と違ってこの苦味成分に耐性があるらしい。

 ヨモギによく似たカナエ草の、白い和毛にこげの生えた開いていない硬い新芽だけを選び、幾つか摘んで籠に入れる。

 必要な量はすぐに手に入った。

 それを持って家に戻ると、摘んで来た新芽を洗って薬草庫へ持って行った。

 薬草庫の壁に作られた小さな竃に火を入れ、鍋に水とカナエ草を入れて火にかけた。

 沸騰してくると、少し火を弱めて更に煮込んでいく。

 カナエ草がしんなりしてお湯が緑色になったら、籠に取って茹で汁ををしっかり切る。それから軽く流水で洗う。

 大きな丸い平たい鉢に、水切りしたカナエ草を入れると、素手でそれを優しく揉み始めた。茹でてもまだ芯を持ったカナエ草の新芽は硬く、揉み潰すのは力仕事だ。それでも無言でせっせと力を入れて揉み続けていると、ようやく潰れて柔らかくなったカナエ草から、濃い緑色の苦味成分を含んだ汁が染み出してきた。潰れたカナエ草は捨てて、わずかに取れたこの汁をのど飴に使うのだ。

 通常、のど飴には薄荷を使うのが定番なのだが、息子のエイベルが薄荷が苦手だった為、色々考えてカナエ草で作ってみたら、喜んで食べてくれたのだ。

 以来、タキスはのど飴を作る時はカナエ草を使っている。



 この時のタキスには知る由も無かったが、彼の作ったこのカナエ草の成分入りの小さなのど飴が、レイの竜熱症の発症を僅かだが遅らせ、無防備な彼の体を守っていたのだ。



 食料庫から砂糖と蜂蜜を取って来て、砂糖を少量の水と一緒に別の鍋に入れて火にかける。飴状に溶かして、一旦火からおろして蜂蜜と先程作ったカナエ草の汁を入れる。しっかりと混ぜてからもう一度弱火にかけて、更にしっかり混ぜながら水気を飛ばしていく。

 ある程度の固さになったら火からおろし、ギードに頼んで作ってもらった、金属製の大きな平らなお皿に熱々の飴を流し入れ、ナイフを使ってその塊を小さく切り分けていく。

 熱いうちに手で丸めれば完成だ。途中、水で掌を冷やしながら、手早く飴を丸めていった。



「よし、沢山できましたね。これは冷ましておいて後で瓶に詰めましょう」

 自分の仕事ぶりに満足したタキスは、道具を洗って片付けた。それから、陽の傾き始めた外に出て、上の草原から家畜や騎竜達を連れて帰って来た。

 普段ならこんな事はしないが、一人の時は、シルフ達に頼んで家畜達を集めるのを手伝ってもらう。

 厩舎に戻った家畜達と騎竜達の世話をしたら、今日の仕事はもう終わりだ。

 家へ帰ると、台所の机から、今夜の夕食の分の列を取る。残りはあと二列だ。

 作り置きのスープを小鍋に取り火にかけると、ハムの塊を取り出して何枚か切り分けた。

 温まったスープをお皿に入れて、夕食の完成だ。食前のお祈りをしてから食べ始めた。

 机の上では、ウインディーネが、無言で黙々と食べるタキスをつまらなさそうに眺めていた。



 翌日、朝食を食べた後、いつものように家畜達と騎竜達を草原へ連れて行ってお世話すると、帽子を被ったタキスは、畑に出て、ノーム達と一緒に夏野菜の世話を始めた。

 最後の列である昼食を食べた後は、薬草園の世話をして過ごした。

 夕日が空を染める頃になると、もう、落ち着かずに、早々に上の草原から皆を連れて戻ってきた。

 もう間も無く帰ってくる。薬草園へ出たが、上の空で全く仕事にならず、手を止めて坂道の方ばかり見てしまった。




 街を出て、街道に出たレイ達は、快調に荷馬車を走らせていた。

「あんなに人が多かったのが嘘みたいだね」

 手すりにつかまって笑いながら、レイがギードに話しかける。

「皆、東の方へ向かいますからな、分岐点を過ぎれば、いつもこんなものですぞ」

「早い早い! まるで、ブルーの背に乗ってるみたいだ!」

「ほう、それはすごい、それならあっという間に家に着きますな」

 ギードも笑うと、まるでその言葉が分かったかのように、トケラが更にスピードを上げた。

「ヒャッホー! あ、駄目だ、やっぱり痛い」

 ご機嫌なレイが腕を振り上げ、脇腹の痛みに顔をしかめた。

「ほれほれ、大人しくしていなされ」

 苦笑いしたギードが、力綱を軽く打って、トケラのスピードを落とさせる。

 後ろから、ニコスが追いついてきて横に並んだ。

「何だよ。急にスピードを上げるから、驚いたじゃないか」

「レイが調子に乗って、トケラを急かせおったんじゃ」

「ええ! 僕のせいなの!」

 納得いかない! と、言わんばかりのレイの声に、二人は堪える間も無く吹き出した。

 陽が傾き始めた頃、見覚えのある林が見えてきた。街道から枝分かれした細い道に荷馬車を寄せて入った。

 一気に道が悪くなり、ガタガタと荷馬車が音を立てる。

「うわあ、ちょっとまって! 痛い!」

 レイの悲鳴を聞いて、ギードは一旦荷馬車を止めた。

「トケラの頭に乗せてもらえ。その方が、振動が少なかろう」

 頷いたレイが、クッションを外して抱えると、トケラの側に駆け寄った。

 何も言わないうちに、トケラが頭を下げてレイが乗りやすいようにする。

「ありがとう、トケラ。お家まで乗せてね」

 大きな角を掴んでよじ登ると、額の部分に座った。

「それでは行くとしよう、しっかりつかまっておけよ」

 ゆっくりと進むトケラは、ちゃんとレイの事を気遣っている。

「トケラは賢いね」

 笑って角を撫でると、嬉しそうにトケラは喉を鳴らした。




 見覚えのある草原へ出ると緩やかな坂道を下り、ようやく家に到着だ。

 家の前の薬草園には、タキスが立って手を振っていた。

「ただいま!」

 トケラの頭の上から手を振ると、驚いたタキスは駆け寄って来た。

「お帰りなさい。どうしたんですか?わざわざトケラの頭に乗るなんて」

 トケラの鼻先に器用に滑り降りて来たレイは、タキスに向かって手を広げた。

「ただいま! すっごく楽しかったんだよ。あ、待って、これを外さないと!」

 飛びつこうとして、思い出して慌てて胸元の花の鳥を外した。

 ポリーから降りて来たニコスが、笑ってそれを受け取った。

「ただいま!」

 もう一度そう言うと、今度こそ遠慮無くタキスに抱きついた。

「お帰りなさい。花祭りは楽しかったですか?」

 飛びついて来た小さな体を抱きしめたが、違和感を感じて少し体を離した。

「湿布薬の匂いがします。どうしたんですか?」

 誤魔化すように笑ったレイは、正直に白状した。

「えっと、ちょっと打ち身を作っちゃいました。痛いので、ニコスに街で湿布を買ってもらって貼ってます」

 驚いてニコスを見ると、真顔のニコスが事情を説明してくれた。

「荷下ろしは後でするから、すまないが、先にレイの打ち身を見てやってくれ。昨日より、痣が大きくなってるんだ」

 慌てて、レイを家に連れて入った。二人も後に続く。

 トケラとポリーは、事情を分かっているようで、その場で大人しく待っていた。




 通された居間で、レイは服を脱いで湿布を剥がしてもらった。

「これは……かなり痛かったでしょう。待ってください。先に身体を戻します」

 泣きそうな声でタキスがそう言うと、そっとレイを抱きしめ、自分の額とレイの額を合わせて目を閉じた。

「謹んで精霊王に申し上げ候、偽りし愛し子の姿を王より賜りし正しき姿に戻す事申し上げ候。光の精霊よ、速やかに正しき姿に解除せよ」

 タキスの声に、レイの体が光に包まれた。

 一瞬の輝きの後、光が収まった時にはもう、いつもの人間の姿のレイが立っていた。もう、子供とは言えない大きな体だ。

「お、痣が小さくなったぞ」

「おお、本当だ。これは一体どう言う事だ?」

 横で見ていたニコスとギードは、揃って驚きの声を上げた。

 脇腹、背中、太もも、それぞれに打ち身の跡はあるが、それほど酷くは無い。この程度なら、棒術の訓練などで、うっかりぶつけてしまった時と変わらない程度の打ち身だ。

「凄い! 痛く無くなったよ」

 タキスがそれを見て、安心したように笑った。

「怪我は、それぞれの体の状態に比例しますからね。子供の身体には酷い打ち身になりましたが、鍛えた今の貴方の身体なら、その程度の打ち身で済んだって事ですよ」

「そっか、ありがとうタキス。もう痛く無いや!」

 笑って下着一枚で抱きついてくるレイから、タキスが後ろに下がって逃げる。

「やめてください! 裸の男性に抱きつかれる趣味はありません!」

 それを聞いた皆、揃って大爆笑になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る