ジグソーパズルと約束

 案内係のドワーフに連れて来られたのは、前回と同じ遊戯室と呼ばれる部屋だった。

「ようこそ。お待ちしておりましたよ」

 にっこり笑って出迎えてくれたのは、見覚えのある人間の女性だった。

「こんにちは。えっと、お世話になります」

 挨拶すると、笑って椅子を勧められた。

 机の上には見たことのない不思議なものが置いてあった。

「えっと、これは何ですか?」

 それは、薄い板を不思議な形に細かく切ったもので、切った断面が凹んだり出っ張ったりしている。

「これは、元々一枚の板だったものです。ドワーフの特殊な技で切り離してあるので、断面同士がぴったりとはまるように出来ております。切り離した形は全て違いますので正しいもの同士でないと嵌りませんぞ。どうです?一枚の板に戻せますか?」

 説明を聞いて納得した。この不思議な凸凹は、きっちりと嵌るように出来ているらしい。

 暫く考えて、何枚あるか数えてみた。

「24枚……って事は、6と4の四角かな?」

 レイの呟きを聞いて、見ていたドワーフが驚いている。

 また少し考えて、一辺が真っ直ぐになった破片を取り分ける。

「あ、角発見! ここにもある!」

 四個の角を発見した後、順番に並べて形の合うものを探していき、あっという間に枠が出来上がった。

「やっぱり6と4の四角だった。よし!次は中だな」

 後の破片は八枚、木目を見ながらこれもあっという間に全部嵌めてしまった。

「出っ来たー!」

 満面の笑みで振り返ると、呆気に取られたドワーフと目が合った。

「すごい! これ面白いね。もっと破片を小さくして数を増やしたらもっと楽しそうだよ。変わった木目の板だったりすると、それも面白そうだね。あ! それから、板に模様や絵を描いたら組み合わせる時の参考になるよね」

 楽しそうに言うレイの言葉に、ドワーフは手を打った。

「成る程! 絵や模様を描くと言うのは良き考えですな。それなら表面をもっと磨いて……おお、成る程成る程、それならもっと数を増やしても出来そうですな」

「それにこれ、本当にきっちり嵌るんだね。どうやって切ってるの?」

 不思議そうに出来上がった板を見ながら、感心したように表面を撫でる。

「それが、ドワーフの技でございますよ」

 自慢げに笑うと、ドワーフはまた別の箱を取り出して来た。



 余談だが、レイの考えから生まれたこの玩具は、木片を切るときに使う糸状ののこぎりの名を取って、ジグソーパズルと名付けられ、後にブレンウッドのドワーフのギルドの人気の名産品になるのだった。



「では次は、組み木細工は如何ですか? これもなかなかの難題ですぞ」

 取り出したのは木製の球体だが、表面に縦や横に複雑な筋目が入っている。

「これは全部で十の部品に分解出来ますぞ。さてどうやって外すのでしょうか?」

「ええ? これが外れるの? どうなってるのこれ?」

 叫ぶレイの様子を、扉の外で、またしても何人ものドワーフが楽しそうに覗き見していた。

「えっと……ここ? あれ、違うな……」

 首を傾げながら、レイが苦戦しているのを、傍でドワーフは嬉しそうに眺めている。

「あ! 動いた!」

 小さな四角の部分を押すと、ゆっくりと中に入って行く。反対側から一部が飛び出して来た。

「これを抜いたら……あ、分解出来たね」

 一つの破片が外れると、あとは簡単に分解することが出来た。

「もしかして……」

「もちろん、元に戻してくだされよ」

 満面の笑みのドワーフを見て、レイはため息を吐いて真剣に破片を組み立て始めた。

 しかし、一旦バラバラになった破片は、位置が分からずかなりの難問だ。

「丸の形からしたら…あれ? こっちを嵌めるとここが合わない……」

 ぶつぶつと呟きながら破片を手に苦戦していると、ニコスが昼食を買って戻って来た。

「ええ、待って、もう戻って来たの?」

 悲鳴をあげるレイを見て、ニコスが手元を覗き込む。

「何だこれ? 何がどうなってる?」

 複雑な形の破片を見て、ニコスも首を傾げる。

「これが全部嵌ったら、丸い球体に戻るんだよ。分解出来たんだから、絶対戻るはず……」

「成る程、これは難問だな。でもとりあえず飯にしよう。お腹空いたろ?」

「うう、でもこれ気になる……」

 レイは破片を手にかなり悔しそうだ。




「先程のご褒美をどうぞ。お好きなのを選んでくださいね」

 受付の女性がお茶のセットと一緒に持って来たのは、前回と同じ数冊の本だ。

「えっと……これが良いです」

 背表紙を見て、中から一冊を選んだ。

「この前貰ったのとこれで、お話が繋がったね」

 嬉しそうに本を抱きしめるレイを見て、ニコスが思い出して聞いてみた。

「そう言えば、前回も本を貰ってたな。何の本だったんだ?」

「ほら、僕の大好きな精霊王の冒険譚。上下巻になってたから、下巻がどうしても欲しかったの」

 納得して頷いた。

「成る程、そりゃあ上下巻は揃えておかないとな。お嬢、ありがとうな」




 ギードはまだ戻って来ないので、許可をもらってここでお昼ご飯を食べる事にした。

「こっちはチーズが入ってる。それからこっちにはハムが入ってる」

 ニコスが籠いっぱいに買って来たのは、豪華な具材を挟んだパンや、野菜や肉の串焼きなどだ。

「いっぱいあるね」

 パンを手に、レイは嬉しそうだ。

「しっかり食べろよ。街はすごい人出だからな。買い出しと観光は体力勝負だぞ」

 笑って言うニコスの言葉に、女性も頷きながらお茶の用意をしてくれた。

「ああお嬢、お世話かけます」

 マグカップをレイの前に置く。

「それではごゆっくり」

 女性が部屋から出て行くと、レイは食べながら、まだ木片を手に考えている。

「こら、お行儀悪いぞ」

 ニコスが笑いながら注意するが、レイは上の空だ。

「しかし、それは見るからに難しそうだな。さすがに簡単には出来ないだろう」

「うう、何か出来ないと悔しい……これは次回、もう一度挑戦かな?」

「前回二勝、今回は一勝一敗。中々良い勝負じゃないか」

「うん、悔しいけど、これは負けを認めます。絶対、次回は解いてやる!」

 食べ終わったレイが、本当に悔しそうに言うのを見て、ニコスは笑いを堪えるのに必死だった。

「さてと、ギードの方はどうなったのやら……」

「どうするの? 待ってるの?」

 食べ終わった机の上を片付けながら尋ねると、ニコスは首を振った。

「いや、恐らく一日かかるから、先に行ってくれと言われてるよ。俺が戻ってきた時、血相変えた商人ギルドのギルドマスターが、建物に入って行くのが見えたからな。まだまだかかるのは確実だよ」

「そっか、じゃあ僕達だけで先に行くんだね」

「先ずは、布を見に行こう。それから一度、中央広場の花の鳥を見てみようか。どれに投票するか、じっくり見て考えたいだろ?」

「うん! じゃあ早く行こうよ」

 立ち上がって、リュックを背負う。

「おや、お帰りですか? まだ組み上がっておりませぬのに」

 残念そうなドワーフの声に、レイは心底悔しそうに両手を挙げた。

「今回は完敗です。これ、次に来る時にもありますか?」

 完敗宣言を聞いたドワーフは、嬉しそうに笑うと大きく頷いた。

「もちろん。ちゃんと置いておきます故、次回にお越しの際にもう一度挑戦して下さい。待っておりますぞ」

「うん、約束だね」

「そうですな。約束しましょう」

 レイとドワーフは、そう言ってお互いの小指を絡ませて親指を付き合わせた。



「約束、約束、また会う日まで。絆はずっと結ばれたまま」



 二人で声を揃えてそう言ってから指を解く。

「よかったなレイ、次に来る楽しみが出来たじゃないか。お世話になりました。素敵なご褒美をありがとうございます」

 嬉しそうに頷くと、二人はドワーフ達に見送られてギルドの建物を後にした。




 しかし、この小さな約束は遂ぞ果たされる事は無く、竜人の少年がここを訪れる事も、この時以来二度と無かったのだった……。

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