花祭りのブレンウッドの街

 前回と同じ、小川沿いの空き地で朝食を食べた一行は、順調に森の中を抜けて本街道へ出ていた。

「軍人さんが多いんだね。何かあったのかな?」

 不安げにレイの言う通り、道路真ん中の部分をラプトルに乗った軍人が、時折ものすごい速さで駆けて行く。それだけでなく、大きな荷物を積んだ軍の荷馬車とも何度もすれ違った。

「向こうへ行くと言う事は、蒼竜様が言っておられた、砦に派遣されたと言う軍人の為の食料や資材だろう。物騒な事だな」

 ギードが荷馬車を見ながら、小さな声で言った。

「なにそれ? 砦ってどこにあるの?」

 驚いて聞くレイに、ギードはちょっと考えてから答えた。

「以前言っておったのを覚えておられるか? 蒼竜様の事が人間達に知られた様だと」

 頷くレイを見て、ギードも頷いて続けた。

「蒼の森では無く少し離れた別の森の中に元々古い砦があってな、それこそ精霊王の時代からあったと言われておる古い砦じゃ。蒼竜様のお話によると、そこを修理して、大勢の兵士が派遣されたそうじゃ」

「えっと、兵隊さんはそこで何をするの? まさか……ブルーを攻撃したりしないよね」

 泣きそうな顔で心配しているレイの頭を片手で撫でてやり、ギードは首を振った。

「人間の兵隊ごときが、たとえ何百人いようとも、蒼竜様にかすり傷一つ負わせられませぬよ」

「でも……」

「大丈夫ですよ。この国の人間は皆、竜の偉大さも恐ろしさも、そして優しさも知っております。どちらかと言うと、森の外に出てきて欲しく無いから、ここから先は人間の領地ですぞ。と、竜に教える為に、そこに人間の団体を置くんですわい」

 納得した様にレイが頷いた。

「ま、もちろん蒼竜様は、森にいる貴方の側を離れる気などありませぬからな。いらぬ心配です」

『もちろんだ。それに街へはシルフをついて行かせるぞ』

 突然レイの肩に現れたシルフが、ブルーの声でそう言った。

「おはようブルー、じゃあまたシルフが一緒に行ってくれるんだね」

『そうだよよろしく』

『一緒一緒』

 シルフ達は嬉しそうにそう言って、レイのペンダントの中に飛び込んでいった。

「良かったの、蒼竜様も一緒じゃな。それではもうちょっと早く行くぞ」

 隣を走るニコスに声をかけると、ギードはトケラに軽く力綱を打った。

 一気に早くなった荷馬車は、軽快に道を進んで行った。




「あ! 城壁が見えてきた!」

 レイが嬉しそうに叫んで指差した先には、大きな城壁の端が見えていた。

「おお、さすがに人が多いな。これは入るのに時間が掛かりそうだわい」

 苦笑いしながらギードが見たのは、大きく開かれた城門の横にある管理棟に並んでいる長蛇の列だった。

「ま、前回、きちんと仮の住民票を作ってもらっているからな、まだ早い方だろ」

「諦めて並ぶとするか。さてどれ位で入れるかのう」

 ニコスもあきらめ顔で、荷馬車ごと列に加わった。

 ところが、思ったよりも早く列が進む。どうやら、普段は数人しかいない受付人数を、祭り期間中は特別に増やしているらしく、手前の方で何人かの兵士たちが列を振り分けていた。

「おお、素晴らしい対応じゃな。これなら思ったよりも早く街に入れそうじゃ」

 荷馬車の者は端に並べと指示されて、大人しく言われた通りに端の列の並ぶ。ニコスがその後ろについた。

 いつの間にか、レイの肩にはご機嫌な顔のシルフが座っていた。




 ようやく順番が来て、二人は住民票を取り出してレイの仮の住民票と一緒に受付の兵士に渡した。

「一人は仮か。どうする、作るのか?」

「はい、お願いします」

 ニコスがラプトルに乗ったまま答えると、頷いた兵士は一枚の木札と一緒に住民票を返してくれた。

「仮の住民票と一緒に、そっちの受付へどうぞ」

 素っ気無くそれだけ言って、もう次の対応に当たっていた。

「では、とっとと行って手続きしてギルドへ行くとしよう。腹が減ってきたわい」

「兵隊さんの頭に、花が飾ってある」

 小さな声で、レイが嬉しそうに言った。

 確かに、門の所にいた兵士たちも、受付の兵士も皆、髪や胸元に綺麗な花飾りを付けている。

 それに、どの建物の玄関先や扉にも、花束や花輪があちこちに飾られていてとても華やかだった。

「花祭りの期間限定なんだろうが、良い事だよな。何と無く近寄り難い兵士達の事が、身近に感じられるよ」

 ニコスが笑いながらそう言って、門の横に立つ若い兵士を見た。

 その兵士は、髪だけで無く胸元にも小さな花飾りを付けていた。

 しかも、走って来た小さな女の子が、兵士の前に立って小さな花束を差し出したのだ。にっこり笑った兵士は、差し出された花束から一本の花を抜き取って自分の胸元に差し込んだ。代わりに何かの紙切れを取り出して少女に渡している。

「成る程、そう言う事か」

 ニコスが、それを見て納得している。

「あの子、兵隊さんに花をあげて何をもらったの? お金?」

 不思議そうなレイに、答えを教えてやる。

「祭りの期間中、花の鳥の人気投票があるんだよ。店で買い物をすると投票券をもらえる仕組みなんだけど、子供なんかはそんなに沢山買い物出来ないだろ 。だから、育てた花を、ああやって兵隊にあげて、代わりに投票券をもらうんだ」

「良い事じゃな。兵隊も嬉しそうじゃ」

 指定された場所に荷馬車を停めながら、ギードも笑っている。

「僕も、森で花を摘んでくれば良かった」

 残念そうに言うレイに、二人は顔を見合わせて笑った。

「ワシらは買い出しに来とる事を、誰かさんはまた忘れておるぞ」

「全くだな。じゃあ、投票券は俺たちで使う事にするか」

「駄目! 僕も投票したい!」

 必死で叫ぶレイの姿に、二人は同時に吹き出した。




 荷馬車で待っているギードを置いて、レイとニコスは住民票を登録する為の別の管理棟に入って行った。

「おや、秋に来た竜人の親子だね」

 受付にいたのは、秋に来た時に対応してくれたのと同じ女の人だった。

「ええお久しぶりです。住民票の登録をお願いします」

 木札とニコスとレイの住民票を渡す。

 肩に座ったシルフを見て笑うと、その女性は何も聞かずにいくつか判子を押してサインをすると、二枚の住民票を返してくれた。

「これがその子の分の住民票です。手数料は銀貨三枚です」

 当然のようにそう言うと、ニコスも当たり前のように手にした袋から銀貨を三枚出して手渡した。

「これで手続きは完了です。もしも、移動して別の街へ行く時には出来れば抹消手続きをお願いします」

「了解しました。ありがとうございます」

「良い一日を。花祭り、楽しんでね」

 女性はにっこり笑って、レイに一枚の紙を手渡してくれた。

「これ……あ! 投票券だね」

 嬉しそうに笑うレイを見て、女性は頷いた。

「文字が読めるんですね。そうですよ。中央広場で花の鳥の人気投票をしていますから、良かったらお気に入りの花の鳥に投票してくださいね。投票券は、街でお買い物してももらえますよ」

「ありがとう。すっごく楽しみにしてたの」

「人が多いから、気をつけてね坊や」

 次の人の書類を受け取りながら、手を振ってくれた。

「投票券もらっちゃった」

 握りしめて嬉しそうに笑うレイに、二人は笑うしかなかった。

「さてと、それではギルドへ行って身軽になるとしよう」

 ギードがそう言ってトケラに軽く力綱を打って、管理棟を後にした。




 大きな城門を抜けて街へ入ると、秋に来た時と違って人の多さは桁違いだった。

「すごいな、道が人で埋め尽くされとるぞ」

 呆れたようにギードが言ったが、それも無理ない事だった。広い大通りは、文字通り人で埋め尽くされていた。しかし、よく見ると、ちゃんと決まりがあるようで、荷馬車は真ん中右側通行。歩行者は両端だ。交差点は基本的に真ん中に木が植えてあったり銅像が置かれたりしていて、全てそれを中心に右回りで周回するようになっている。

「秋に来た時は、人もまばらだったから気づかなかったけど、交差点の真ん中が丸い島になってるのって、こう言う意味があったんだね」

 感心したようにレイが呟くのを聞いてギードは笑った。

「どの街も、基本的にはこう言った道になっとりますぞ。ほれ、馬車や荷車は急に曲がれませんじゃろ? なので、ぐるっと回って好きな場所で別の道に入るようになっとるんですわい。どこも基本右側を通りますから、間違えぬようにな」

「うん、覚えておくよ」

 しっかり頷くレイにギードは笑って頭を撫でてやった。



 ようやく人混みを抜けてドワーフのギルドの建物に辿り着いた一行は、入口のアーチを潜り抜け中へ入って行った。

「おお来たか。無事に冬の森を生き延びたようじゃな」

 一際大きなドワーフが、体躯に見合った大声で笑いながら出て来た。

「バルテン。勝手に殺すなと何度言ったら分かるんじゃ」

 ギードも笑いながら大声で答えると、荷馬車を止めて降り、バルテンと拳をぶつけ合って笑った。それから抱き合うようにして互いの背中を何度も叩き、もう一度拳をぶつけてからまた笑った。

「お主が腰を抜かすような話があるぞ。ここのギルドを破産させてやる!」

「おお、それは大変だ。心して聞く事にしよう」

 全然本気にしていないバルテンが、周りのドワーフ達に指示して、荷馬車の荷物を降ろし始めた。

「おお、綿兎の原毛だな。これは素晴らしい。おい、誰か後で商人ギルドに連絡して鑑定人を寄越すように言ってくれ」

「バルテン様! こ、これは……」

 荷物を積み替えていたドワーフが、解けた包みから見えた鉱石に絶句している。周りの者達も、一斉に無言になった。

「どうじゃ、言っておくがまだまだあるぞ。お主の腰が抜ける様を見てやろうと楽しみで堪らんかったわい」

「お前、これは一体……」

 絶句しているバルテンを見て、満足げに笑ったギードは、低い声で一言、こう言った。

「夢の道を掘り当てたんじゃ」

 それは、ミスリルの鉱脈を発見した時だけに使われる、ドワーフの使う特別な隠語だ。

「夢……の、道……だと……」

「おお、しかも相当のな。今後の相談がしたい。取り敢えず、今日のところはまずは持って来た物の買取を頼むよ」

 壊れた玩具のように、何度も頷くバルテンの肩をギードは叩いて肩を組み、耳元で小さな声でこう言った。

「他にダイヤモンドの原石もあるぞ。それから、竜人特製のあの薬もな」

 目を見開いたバルテンは、大きく頷くと、近くにいたドワーフに慌てて指示を出した。

「超大口の商談があるので、商人ギルドへ行って今直ぐギルドマスターを呼んで来い。直ぐに来なければ、ドワーフのギルドが儲けは独り占めするぞと伝えろ!」

「り、了解です!」

 指示を受けた若いドワーフが、建物の中へ走って行った。シルフを通じて連絡を取り合う専用の部屋が中にあるのだ。

 手分けして、八台の台車に全ての荷物を積み込むと、まとめて建物の中へ運んで行った。

「さてと、どうするかの。商人ギルドのギルドマスターが来ると言うことは、もう商談をするつもりらしい。下手すると一日かかるぞ。お主達、先に行って飯を食って買い物しててくれても良いぞ」

「ええ! 行ってしまわれるのですか! 皆、新しい玩具を作って、その子が来てくれるのを手ぐすね引いて待っておりましたのに!」

 帰ると聞いて、側にいたドワーフが情けない声で叫んだ。

 それを聞いたニコスが、堪える間も無く吹き出した。

「新しい玩具があるの?」

 その声を聞いて振り返ったレイは、前回の開かない箱と絡まった針金で遊ばせてもらってとても楽しかったのを思い出した。素敵な景品まで貰ったのだ。でも、花祭りも気になるし、レイは困ってしまった。

「それなら、お昼を何か買って来るから、ここで待ってくれるか。その間に遊ばせてもらうと良い。よろしいですか?」

 横で嬉しそうに頷くドワーフに、レイを預ける。

「さあ、こちらです。何からしますか?」

 心底嬉しそうにレイを案内するドワーフを見て、ニコスはまた笑いを堪えられなかった。

「それでは、直ぐに戻りますのでよろしくお願いします」

 案内してくれているドワーフに声を掛けてから、ニコスはポリーに飛び乗った。

「さてと、何を買ってこようかな?」

 見送るドワーフに手を上げて挨拶して、ニコスは昼食を買うために屋台の並ぶ大通りへ出て行った。

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