竜騎士達の仕事

「花祭り、始まっちまったな……」

 ルークが、手にしたマフィンを一口で食べてからポツリと言った。

「そうだね。でも、交渉がまとまるまでは、俺達全員ここから帰れそうにないし」

 ユージンが、報告書を書きながら頷いている。彼の前にも、差し入れのマフィンが置いてあった。

「花祭り。綺麗に着飾ったお姉さん達の花人形の行列も、特別席で観たかったな」

 同じく、隣で既に報告書を書き上げたタドラも、椅子に座ったまま足を投げ出して、マフィンを齧りながら拗ねた様に文句を言っている。

「そうだよな、せっかくの良い季節なのに、揃ってこんな所で待機だなんてな……うう駄目だ、起きるとやっぱり痛い」

 もう昼間のうちに報告書を書き終えていたルークが、ベッドに体を起こしてクッションに腕を乗せて座っていたが、すぐに痛みに耐えかねて左腕を押さえてベッドに倒れた。

「お前は大人しく寝てろ。まだ勝手に起きちゃ駄目だってガンディに怒られたんだろ」

「つーまーんーなーいー!」

「ああ! 退屈だ! もう寝てるのにもいい加減飽きてきたぞ!」

 タドラとルークが、口を揃えて文句を言う。

 ユージンは、そんな二人を見て苦笑いすると、書き上がった報告書にサインをした。

「隊長とマイリーは、寝る暇もないくらいだけどな」

「俺達だけこんなに暇って、なんだか申し訳ないよ。ほら、お前らのも一緒に持って行ってやるから、こっちへ出しな」

「よろしくお願いします」

「おう、よろしく」

 タドラが、ルークの分も一緒にユージンに渡す。

 ユージンは書類を手にして立ち上がった。

「俺は、書類を出したらこのまま出てロベリオと交代で哨戒に当たるから、お前は休んでろよ」

 先ほどまで、哨戒任務に出ていたタドラは、今は休憩時間だ。

 ユージン、ロベリオ、タドラの三人は、交代で定期的に砦上空から国境地帯の哨戒任務、つまり見回りに出ているのだ。

 砦に、竜騎士が健在だという示威行動の意味合いもある。

「ご苦労様。じゃあ、僕は休みます。ルークもおとなしく寝ててください」

 ユージンを見送ったタドラは、机の上を片付けて、ポットに残っていたカナエ草のお茶をカップに入れると一口で飲み干した。

「苦っ! やっぱりポットに最後に残ってるのは苦い……」

 顔をしかめて文句を言うと、彼も自分の部屋へ戻る為に扉を開けた。



「お、まだ休んでいなかったのか?」

 入れ違いに入って来たのはヴィゴだ。片手には、書類の束とペンケースを持っている。

「ご苦労様です。今から休ませてもらいます。ルークが退屈してるみたいだから、相手してあげてください」

 後ろには、第二部隊の兵士がお茶と軽食のトレーを持っている。

「隊長達はまだ戻られてないんですか?」

 ヴィゴが苦手な書類仕事を片付けているという事は、マイリーは交渉に行ったきりまだ戻っていないのだろう。

「まあ、色々と難航しておるようだ。どうなるかはまだ未知数だな」

「じゃあまだしばらくかかりそうですね」

 二人は肩をすくめて苦笑いした。

「おやすみ、ゆっくり休むようにな」

「はい、ヴィゴも無理しないでください。手伝える事があれば言ってください」

「おう、頼りにしてるぞ」

 手をあげるヴィゴにもう一度笑って、タドラは部屋へに戻った。



「起きてるか? ルーク」

 ヴィゴの声に、ルークは目を開けた。

「ヴィゴ! へえ、書類持ってるヴィゴって珍しいですね」

 からかうように笑って、ゆっくり体を起こした。

「無理するな。お前は寝てろ」

「だってそれ、俺に聞くつもりで持って来た資料でしょ? 見せてください。手伝いますよ」

 にっこり笑って右手を差し出した。



 実働部隊としての働きを注目されがちな竜騎士隊だが、実際の職務は多岐にわたる。当然、それに伴う書類関係も増えるので、いつも、事務作業はかなりの量になる。

「こんなところまで来て、書類仕事をしてるなんてな」

 ヴィゴは情けなさそうに言うと、机の上に書類の束を置いた。

 第二部隊の兵士が、簡易机を出して、そこにお茶と軽食を置いて部屋を出て行った。

 それからしばらくの間、二人は時々相談しながら黙々と書類を片付けて行った。

 途中、ルークは腕の痛みを軽減するために、横になったまま書類と格闘していた。




「とりあえず、急いで片付けなければならんのはこんな所だな。助かったよ。有り難う」

「お役に立てて何より。ちょうど退屈してたので良かったです」

 ルークは、笑ってそう言うと、躊躇いがちにヴィゴを見上げた。

「ヴィゴはこの後の予定は?」

「いや、急ぎの仕事は済ませたから特に無いぞ。兵達の様子を見に行こうかと思っておったが、どうした?」

「それならちょっと、お付き合いいただいても良いですか」

「勿論、なんだ改まって。お前も食うか?」

 簡易机を傍らに寄せてマフィンを手にとって見せる。

「俺はさっきタドラ達と一緒に頂きました。俺に構わず食べてください」

 笑ってそう言うと、小さなため息を一つ吐いて天井を見上げた。

「怪我をしてからこっち、時間だけはあったんでずっと考えてた事があったんですけど……聞いても良いですか?」

「どうした? 俺に分かる事ならなんでも教えてやるぞ」

 不思議そうにルークを見たが、彼は考え事をしているらしく、天井を見たままゆっくりと話し始めた。

「あの少女、これからどうなるんですか? 今は捕虜の扱いですよね。それに、あの竜も」

 ルーク以下の若い竜騎士達は、タガルノとの小競り合い程度の戦闘経験はあっても、ここまで大掛かりな本格的な戦闘は初めてだ。当然、その後の処理についても同じだ。

「あの少女に関しては、恐らく死亡した事にされるだろう。死んだ事にしておかないと、交渉次第で返さなければならなくなる。まあ、マイリーがそんな事はさせぬだろうがな」

「死んだ事にして、連れて帰って……竜騎士にするんですか?」

「過去の例を考えると、まずそれは無いな。恐らく、どこかの地方貴族の別邸などで、監視をつけられて生涯軟禁状態、だな。しかし、まだ幼い少女である事を考えると、過去の軍人の男達と同じにするのは不自然ではあるな」

「そっか、好きで軍人になったわけでは無い様だって言ってましたもんね。違う人生を歩めるなら、それが良いって事ですね」

「まあ、そうだな。それが理想ではある。将来、成長した彼女がもしも竜騎士になりたいと希望したとしたら、それは個別に対応されるだろう。まだ若い事を考えると、あり得ん話では無いな」

「成る程。そっちは、彼女の成長次第って事ですね」

 まだ心配顔のルークに、ヴィゴは逆に心配になった。

「どうした? 何を心配している?」

 ルークは、すぐには答えず、天井を見上げたまま考えをまとめていた。

「ずっと考えてたんです。竜の主って何なんだろうって……」

「精霊竜と絆を結び、共に生きる者、なんて決まり切った答えでは満足せぬか」

 ヴィゴの答えに、ルークは苦笑いして首を振った。

「なんて言ったら良いのか……俺は、パティと出逢えて本当に良かったと思ってます。お聞き及びかもしれませんが、パティと出会うまでの俺は、本当に碌で無しの最低野郎でした。馬鹿な事や、無茶ばかりして、母にいつも心配ばかりかけていた」

「詳しくは知らぬが、武勇伝は聞き及んでおるぞ」

「……忘れてください」

 ヴィゴがからかう様に笑ってやると、ルークは照れた様に右手で顔を覆った。

「そんな最低野郎だった俺だけど、パティと出逢って人生の目標が出来ました。竜の主として、あいつに恥ずかしく無い様に生きるってね。俺なりに、卑怯な事や臆病な真似はしてこなかったつもりです」

「お前は十分に良く頑張っていると思うぞ」

 本気で褒めたのだが、ルークはお世辞だと思った様だ。

「ありがとうございます。それで……」

 また、躊躇うように話が止まる。ヴィゴは彼が話し始めるのを待った。

「精霊竜との定期的な面会を義務付けられているのって、貴族階級の者だけですよね。或いはマイリーみたいにそれに準ずる身分の者。それも全員男性です。少なくとも、女性や子供は見学としての面会はあっても、竜の主になったのは見た事も聞いた事もありません」

「確かに、言われてみればそうだが、竜騎士になる事を考えれば、当然人間の側もある程度絞られるわけで……」

「でも、あの精霊竜が極端に少ないとされるタガルノで、女性の竜の主が現れ、また蒼の森でも、一般の人間が恐らく野生の竜の主になっている。もしもあの者達が竜騎士になるとしたら、なんの後ろ盾も持たない彼らに、俺たちと同じ様に動けるでしょうか?」

「確かにそれはそうだが、もしも、その様な事になるとしたら、誰か、それなりの身分の方が後見人という形で後ろ盾につくだろうな。政治的な権力は持たない我らだが、全くの無関係というわけでは無いからな」

「まあ、そうなるでしょうね。それからもう一つ。ヴィゴの意見を聞きたいんです」

 無言で頷いて、先を促す。

「俺はパティと出逢って竜の主になった。この国では、竜の主になるって事は竜騎士になるのと同じ意味を持ちますよね。俺だって、自分が竜騎士になるんだって疑いもしなかった。だけど……竜の主になった者が、竜騎士になる事を拒む事って、現実として可能ですか?」

「……なんだって? 竜騎士になるのを、拒む?」



 言葉は頭に入ってくるが、意味を理解するのに時間がかかった。



「そんな事、あり得んだろう」

「それは、俺達の常識です。市井しせいの者にはまた違った価値観や考え方があるのでは? 実際、老竜か古竜の主になったと思われる人間がいて、あの蒼の森にいる。俺なら喜び勇んで竜と一緒に王都まで行きますよ。竜騎士にしてくれってね。でも実際には森に引っ込んだまま全く表に出ようとしない。どうしてでしょうね?」

「うむ、確かに言われてみればそうだな。考えもしなかった、竜騎士になる事を拒むなんて考えがある事をな」

「実際どうなのかは分かりません。竜の主になる事そのものの、重大性を理解してない可能性も高い。だけど、今までとは違う事態がこんなにも急激に起こっている。俺達だけが今までと同じ考えで大丈夫でしょうか?」

 思わず唸り声をあげて頭を抱えた。

「確かにその通りだ。我々の側にも、今後、考え方も含めて変化への対応が求められそうだな。マイリーが戻ったら一度相談してみよう」

「お願いします。問題投げっぱなしみたいで申し訳ないんですが、どうにも考えがまとまらなくて……」

「構わん。考える頭は多い方が良い。これからも何かあれば遠慮なく言ってくれ」

 苦笑いして頷くルークを見て、ヴィゴは立ち上がった。

「話は終わりだな。ところで怪我の痛みはどうだ?」

 ルークは、こっちを見て、包帯で固定されている自分の左腕を見て、心底情けなさそうに笑った。

「痛くないといえば嘘になりますけど、まあ、寝られる程度には。人間、どんな痛みにも慣れてくるんですよ」

「有難くない話だな」

「全くです」

 側に行って、ずれた毛布をかけ直してやる。



「ところで、蒼の森の例の主への対応って、騒ぎにかまけてそれっきりですよね」

「それは昨夜マイリーと話していた。王都へ戻ったら、真っ先に片付ける事項だな」

「手伝えることがあったら言ってください。じゃあ、俺も休ませてもらいます。お忙しいのに、なんだか取り留めのない話に付き合わせて申し訳なかったです」

「構わんさ。そんな事で遠慮するな」

 照れた様に、それでも嬉しそうに笑うルークの頭を軽く叩いてから、ヴィゴは書類を持って部屋を出た。

「自分の常識だけで物事を考えると、思いも寄らぬ所で躓く事がある。肝に命じねばな」

 今の話を頭の中でまとめながら、すっかり暗くなった外の景色を見た。

 一つ大きなため息を吐くと、目の前に現れたシルフが、からかう様に額を突いた。

『眉間に皺が寄ってる』

『怖い怖い』

「おお、それはすみませぬな。ちょっと考え事をしておっただけだ」

 笑って見せると、安心した様に頬にキスしていなくなった。




「マイリーはまだ戻らぬか。それでは、後は何を片付けるとするかな」

 肩を回しながら、執務室へ戻るヴィゴはもう一度立ち止まって外を見た。

「花祭りも始まって、街は今頃賑やかであろうな。王都の賑わいが恋しくなって来た。早く皆の顔が見たいもんだ」

 記念日をすっぽかしてしまった妻と子供への詫びを考えながら、書類を手にしたヴィゴは、ゆっくり歩いて執務室へ戻って行った。

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