鉱山の採掘とお弁当

 ギードは、火蜥蜴の灯してくれたランタンを手に、湧き上がる興奮を隠せなかった。



 自分は今、とんでもない物を目にしているのだ、と。



 春の山開きの後、以前から気になっていた未採掘の横穴に手をつけてみたのだ。

 ノーム達を使って、鉱脈の状態を慎重に探る。

 すると驚いた事に、かなり浅い地層に相当良質のミスリルの鉱脈が見つかったのだ。

 ミスリルがあるという事は、恐らく近くには、ダイヤモンドを含む多数の宝石の鉱脈もある筈だ。

「これは……ギルドの手を借りるべきだろうか……しかし、あまりに大人数で採掘しては、過去の悪夢の二の舞に成り兼ねん。うーむ、これはどうしたもんかのう。多過ぎて困ると言うのは、何とも贅沢な悩みじゃな」

 調査の思った以上の成果に、逆に困り果てて座り込んでしまった。



 足元には、鉱脈を発見したノーム達が、嬉しそうにギードを見つめている。

 彼らは鉱物や宝石の原石を見つける事は出来ても、ドワーフの手を借りないと、地中から取り出す事が出来ない。逆に言えば、ドワーフが指示して、一度でもツルハシを打ち込んでくれさえすれば、その後ある程度までは、自分達だけでも掘る事ができる。

 今回の鉱脈も、ギードが持っているツルハシを打ち込んで一言、出来る限り掘り出すように指示すれば、恐らく相当量のミスリル鉱石と、それに伴う宝石の原石が掘り出される事だろう。

「掘り出した物をどうするかは、また考えると致そう。よし、決めた」

 大きなツルハシを手に立ち上がったギードは、矢継ぎ早にノーム達に指示を出し始めた。

 ノーム達が慌ただしく走り回り次々と地中に消えていく。

 それを見送り、大きなツルハシを握りしめた。

 彼は、採掘をノーム達に任せきりにするつもりはない。

 掘ると決めたからには、どこまで掘り、どれを取り、どれを取らぬのかは自分の目で見て決めたいからだ。

 太い腕で力一杯振り上げられたツルハシは、大きな音を立てて目の前の岩に突き刺さった。



 黙々と目の前の岩を砕き、時々現れるノーム達の報告を聞きながら、また角度を変えて岩を砕く。

 ギードの腕でさえ痺れ始めた頃、砕いた岩の間から見紛う事無きミスリルの輝きが現れた。

「おお、これは素晴らしい。まさかこれ程の密度のミスリルの鉱脈だったとは……」

 思わず手を止めて、輝く鉱脈に手を添えた。


『集める集める』

『我らが集める』

『ミスリルを届けよ』

『働き者のドワーフの手に』

『尊きミスリルを届けよ』

『働き者のドワーフの手に』

『我らの喜び愛しき山よ』

『新しき道が開かれた』

『ミスリルの道』

『尊き道』


 周りでは、ノーム達が嬉しそうに歌いながら、くるくると手を取り合って踊り回っていた。




「ギードが鉱山に行ってから今日で十日、やっぱり帰ってこないな」

 食料庫で豆の袋を開けながら、ニコスは呆れた様に笑った。

「まあ、花祭りまでには帰ってきてくれるでしょうけどね」

 隣で、タキスも笑っている。

「いつもそうなの?」

 計って小袋に入れた豆を受け取って、籠に入れながらレイが不思議そうに尋ねると、二人は笑って頷いた。

「ほら、皆一つくらいは、これがあれば他は何もいらない! ってのがあるだろ、ギードの場合は、それが酒と鉱山って訳だ。俺達は、石馬鹿って呼んでるけどな。恐らく、新しい鉱脈を掘り当てたんだろうから、そりゃあ、今はギードにとっては至福の時間だと思うぞ」

 鉱山の中がどんな風になっているのか、レイは知らない。

 暗くて狭い穴の中での力仕事は、きっとものすごく大変なんだと思って心配していたが、本人が楽しんでいるのならば、きっと大丈夫なんだろう。

「そっか、じゃあギードは今、自分の好きな楽しいお仕事してるんだね」

「楽しい仕事、確かにそうだな」

「本当にその通りですね」

 レイの言葉に、二人も頷いてまた笑った。

「さてと、じゃあ差し入れに、すぐに食べられそうな弁当でも作ってやるか」

 立ち上がったニコスが、両手に食材の入った籠を持ってそう言った。

「手伝うよ。出来上がったら持って行くんでしょ?」

 また森に行けると思い、嬉しくなって飛び跳ねる。

「鉱山の中には入らないぞ、それでも良ければレイも一緒に行くか?」

「勿論行くよ!」

 一番重い、干し肉の塊の入った籠を持つとニコスの後に続いた。



 手際良く料理をするニコスを見ながら、レイはタキスと一緒に出かける準備をしていた。

「お茶の用意はこれで良いですね。ニコス、このビスケットは全部持って行きますか?」

 中身の少なくなった瓶を持って聞くタキスの声に、ニコスは振り返って別の棚を指差した。

「あの棚に、新しいのが幾つか焼いてあるから、今あるそっちの分は食べちゃってくれて良いぞ」

「じゃあ、まとめておきますね」

 そう言って、少なくなったビスケットを一つの瓶にまとめて入れていった。

 少し多かった様で、最後の二枚だけ入らない。

 タキスとレイは顔を見合わせてにっこり笑うと、一枚ずつ手に取った。レイが自分のビスケットを割ろうとしたら、タキスが先に自分の分を半分に割ってニコスの所に行った。

「ニコス、はいどうぞ」

 横から、料理しているニコスの口に放り込む。

「ん、美味い」

 料理の手は休めず、口だけ動かしてビスケットを食べてからニコスは笑った。

「行儀悪い事させるなよ。別に食べといてくれて良いのに。あ、レイはしっかり食べろよ、お前は育ち盛りなんだからな」

 そう言うと、出来上がった料理を机に並べて弁当箱を取り出した。

「レイ、これをここに入れてくれるか。俺はパンを作るから」

 料理の横に弁当箱を置くと、窯から掌ほどの丸くて平たいパンをいくつも取り出してきた。

 パン切りナイフで上下に切ると、真ん中にハムや野菜を次々と挟んでいく。

 細長いササと呼ばれる木の葉を乾燥させたもので、出来上がったパンを包んでいく。

「こうしておけば、片手で食べられるだろ。野外で食べるには、これが楽で良いんだよ」

 ひとまわり大きな弁当箱に、それを並べて詰めていく。

「お、うまく出来たな。よし。じゃあ出掛けるとするか」

 レイが彩りよく詰めた弁当を包みながら、ニコスが笑った。

 笑って頷くと、レイは急いで自分の部屋へ戻って出掛ける支度をした。



「今日はヤンに乗っていくか。おいおい、怒るなよ」

 厩舎でニコスがヤンの背に鞍を乗せようとすると、横からオットーが、自分に乗れとばかりにニコスの背に頭突きをして来る。

「荷物をオットーに乗せて、一緒に連れて行ってあげれば?」

 大きな弁当箱を持ってきたレイが、思いついて提案してみた。

 そうだそうだと言わんばかりに、オットーが足踏みして自己主張する。

「なるほど、それも良いな」

 そう言うと、念のためオットーにも鞍を乗せ、荷物用の籠も装着する。

 大きな弁当箱を、先にバランス良く左右に分けて乗せると、後は隙間に細かい荷物を入れていく。

 残った分は、ベラの籠に入れた。

「あれとこれと……よし、こんなもんだろ。これでも足りなければ、また持っていくさ」

 荷物の確認をしていたニコスが頷くと、出発の合図だ。

 四頭のラプトルは前回と同じくタキスを先頭に庭に出る、ニコスが戸締りをして、それから一気に坂道を登って走り始めた。



「レイ、少しずつで良いので道を覚えてくださいね」

 途中、少しスピードを緩めたタキスが、一際大きな木を指差して言った。

「あれは、この辺りでは一番大きなくすのきです。あの楠は、かなり遠くからでも見えますから目印になりますよ」

 レイもスピードを緩めて、言われた方向を見る。確かに、一際大きな楠が、枝を広げていた。

「あの楠が見えたら、曲がる合図です。後ろの竜の背山脈の二番目の双子山と重なる位置で曲がると覚えておけば良いですよ」

 竜の背山脈は、少し見晴らしの良い所なら何処からでも見る事が出来るし、山の形にそれぞれ特徴があるので、目印に重ねて道を覚えるのが一般的だ。

 場所を確認して頷いたレイを見て、タキスはまたラプトルを走らせる。二人とオットーも遅れずにピタリとついて来る。




 目的の森の手前の草原に到着した一行は、まずは目的のギードへの食料を届ける為に荷物を降ろした。

「私はここで荷物番をしておきますから、二人で行って来てください」

 タキスが、敷布を広げながらそう言うので、ニコスとレイは弁当と食料を分けて持った。

「あ、ウィスプ、二人の足元を照らしてあげてください」

 タキスが振り返ってそう言うと、二人の頭上に光の玉が二つ現れた。

「あ、久しぶりだね。森の道を照らしてくれるの、ありがとう」

 嬉しそうなレイの声に、光の精霊達が嬉しそうにくるりくるりと頭の上を回った。

「そう言えば、ウィスプとは話した事ってあんまりないや」

 光を見上げながら言うレイに、タキスが笑って教えてくれた。

「彼らは、本当に必要な時以外はあまり喋りませんからね。シルフやウィンディーネの姫がお喋りなんですよ」


『お喋りお喋り』

『良いでしょ良いでしょ』

『楽しいもん』

『楽しいもん』


 呼んでもいないのに、シルフ達が現れてタキスの髪を引っ張った。

「痛い痛い、別にお喋りが悪いとは言ってないでしょ」

 頭を押さえながらタキスが逃げるのを見て、二人は堪える間も無く吹き出した。

「シルフ、お手柔らかにね。それじゃあ行こう」




 森に敷かれた石畳の道を、ウィスプの光に照らされて二人は進んで行った。

「森の中に石畳の道があるって凄いね。どうして緑に埋もれないんだろう?」

 ここに来るのは今のところギード一人、毎日通っている訳では無いのだから、あっという間に緑に埋め尽くされそうなのに、石畳の上は、端に少し苔が付いている程度で、まるで誰かが手入れしているみたいに綺麗だった。

「これもドワーフの技なんだとか。実際にどうやってるのかは教えてくれなかったけどな」

 ニコスが、上を見ながらそう言った。石畳の上も、丁度人が立って通れるくらいに空間が開けている。

 そんな事を話しながら進んでいくと、一気に視界が明るく開けた。

 明るい日差しが照らす草地の先には、切り立った岩山が聳え立っていた。

「うわっ凄い。ここがそうなの?」

 しかし、どう見ても入口が無い。

 すると、ニコスは荷物を地面に降ろした。言われてレイも持っていた荷物を地面に下ろす。

「この地を守るノームに申し上げる。我が友のドワーフが今、この鉱山の中で仕事をしております。彼にはこの食料が必要です。届けていただけますか」

 すると、一人のノームが足元に現れて手を差し出した。

 ニコスはしゃがんでノームに手を見せた。

『これは働き者のドワーフの友の手良い手だ良い手だ届けようぞ』

 ノームがそう言うと、あちこちから何人ものノームが現れて弁当や包みを手に取った。


『腹減りドワーフに食事を届ける』

『働き者には食事が必要』

『ご苦労ご苦労ご苦労さん』


 嬉しそうにそう言うと、あっという間に消えてしまった。

「お待ちください、鍵のノームよ」

 最初に出てきたノームに、ニコスが慌てて声を掛ける。

「我らの養い子の人間でございます。どうぞ見知り置き下さい」

『人間だと……』

 ギロリとレイを睨むと、無言で手を差し出した。

「レイ、右掌を上にして見せてください」

 小さな声でニコスが振り返ってそう言った。レイは、しゃがんで言われた通りに掌を見せる。

 その手を見た途端に、ノームの態度は一変し、嬉しそうに頷いて笑った。

『これは良い手だ良い手だ主様の手だ』

 そう言って、レイの手を叩くといなくなってしまった。

「これで、鍵のノームは貴方の事を覚えてくれましたよ。もう一人で来てもノーム達は出て来てくれます」

 ニコスが笑って教えてくれたが、まさかノームそのものが鍵だったとは。

 レイは、まだまだ自分の知らない事が沢山あるんだと、思い知らされていた。

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