それぞれの道

 タキスは、どうやら初めての喧嘩から仲直りした様子の二人を離れた所から苦笑いしながら見ていたが、ふと気が付いて空を見上げてから声をかけた。

「レイ、仲直りも出来た様で良かったですね。そろそろ戻りましょう。暗くなるまでに戻ったほうがいいですからね」

 その声を聞いて、ブルーに抱きついていた顔を上げる。

「そうだね、暗くなった森は危険だもんね。じゃあブルー、本当にまた来てくれる?」

 不安そうに見上げる主に、大きく頷いてもう一度頬擦りした。

「約束しよう、大切な我が主よ。それからどうか覚えておいてくれ。例え何があろうとも、我が其方を疎んじたり嫌いになったりする事は決して無い。それだけは疑わないでくれ、愛しい主よ。我の心は常に其方と共にある。例え世界中を敵に回す事になろうとも、我は絶対に其方の味方だ」

「僕も同じだよ。全部無くした僕に、新しい全部をくれた。ありがとうブルー。僕も愛してるよ」

 もう一度、大きな頭に抱きついてキスをすると、振り返ってこっちを見ている二人に笑った。

「連れて来てくれてありがとう。それじゃあ暗くなる前にお家へ帰ろう」

 三人は、蒼竜に見送られて笑顔で泉を後にした。




「しかし、なんだかよく分からん喧嘩だったな」

 ラプトル達の元へ歩きながら、リュックをレイに返したニコスが肩をすくめて笑った。

「確かにそうですね。一体元の原因は何だったんでしょうか?」

 タキスも、苦笑いしながら首を傾げた。

「会い過ぎてたから距離を置く? 節度を持ったお付き合い? 何と言うか……そう、随分と人らしい考え方だな」

 この場合の人とは、人間だけでなく竜人やドワーフなど、生きている人々全てを指す言葉だ。

「もしかして、誰かに何か言われたかな?」

「誰かって、誰に?」

 不思議そうに尋ねるレイに、二人は首をかしげる。

「さあな。俺達は知らないけど、森には沢山の幻獣達もいるから、蒼竜様と仲の良い幻獣とかがいるかも知れないだろ。もしかしたら、友達……って言って良いのかどうか分からないけど、そういうのに、あんまりお前達二人の仲が良いからって、冷やかされたりしたのかもな」

 呆れた様に話すニコスの言い方がおかしくて、二人は同時に吹き出した。

「ニコス酷い! でも、何だか想像できちゃったや。知り合いの幻獣に笑われて拗ねてるブルーの姿が!」

「おいおい、俺はそこまで言ってないぞ」

 笑い転げるレイに笑ってそう言うと、到着したにれの木の下で待っていた、オットーの首を掻いてやる。

「お待たせ。じゃあ戻るとしようか」

 鞍に跨ろうとしたその時、一人のノームが現れてニコスの足を叩いた。

「お? どうした?」

 乗るのをやめて、ノームと話す為にしゃがみ込む。

『ギードから伝言』

 タキスとレイも側へ来てしゃがんで覗き込む。

『良い鉱脈と出逢ったのでもうしばらくここにいる』

 それを聞いたニコスは笑って頷いた。

「分かりました。ギードには充分に気をつける様に伝えて下さい。十日経っても戻らなければ、追加の食料を用意して、持って行きますね」

 ノームは嬉しそうに頷くと、あっという間に消えてしまった。

「これは、しばらく戻って来ませんね」

 立ち上がったタキスが笑いながらそう言うと、一つ大きく伸びをしてからベラの手綱を取った。

 立ち上がったニコスも、伸びをしながら笑った。

「そうだな。わざわざ伝言を寄越すって事は、恐らく、以前言ってた未採掘の鉱脈に手を付けたんだろう。さて、どんなお宝が出るのか、報告を聞くのが楽しみだな」

「それって、以前、森の大爺が言ってた鉱山の事?」

 心配になって尋ねると、ニコスが教えてくれた。

「俺達も鉱山の中には入った事が無いから知らないけどな、ギードから以前聞いた話だと、落盤事故で埋まった場所。つまり、例の封印された場所ってのは、今は完全に縦穴ごと埋まっていて、近付くことさえ出来無いらしい。今ギードが通ってる鉱山は、そことは別の箇所に掘られた縦穴で、そこも相当大きいらしいぞ」

 そう言うと、ニコスは軽々とオットーの背に乗った。

「そこはまだ、未採掘の横穴が沢山あるらしい。ギードが、自分が生きてる間には絶対全部は掘れないって笑ってたぐらいだからな。地下の坑道は複雑に繋がってるらしいから、ちゃんと知識のあるドワーフじゃ無いとそんな所に迷い込んだら……まあ、最後だな」

「鉱山自体も、大勢のノームによって守られているそうですしね。迂闊な余所者は、鉱山自体に近付く事さえ出来ないようになってるらしいですよ」

 二人の話を目を輝かせて聞いていたレイは、いつかギードと一緒に鉱山に入ってみたいと密かに思っていた。




 日が暮れる少し前に家に辿り着いた三人は、ラプトル達の面倒を見てから家に戻った。

 ニコスが夕食の支度をしている間に、二人で、街で売るための配合調味料を作るための岩塩を削っていた。

「レイ、本当に気をつけるんですよ」

 心配そうに言うタキスに、レイも真剣な顔で頷いた。

「うん、気をつけるよ。本当におろし金怖い」

 あの時以来、レイは怪我も病気もしないので、その後、薬の効きがどうなったのか分からない。その事がタキスは少し不安だった。




 翌日は生憎の雨模様で、配合調味料を小瓶に詰める作業を手伝った。タキスは、街で売る分の丸薬作りに精を出している。

 食卓に一人少ない日常にも、だんだん慣れて来た。

 晴れた日には薬草園の手入れと収穫を中心に、畑での仕事と家畜や騎竜達の世話をした。そんな日は、横の坂道で丸くなっている蒼竜の姿も戻っていた。



 作業の合間を縫って、ニコスがまた色々と教えてくれるのが楽しかった。

 何よりもレイを夢中にさせたのは、上の草原の横にある林と大岩に三人がかりで作ってくれた場所で、自然にある木や岩場を利用した訓練場所だ。

 林に何本かの道が作られていて、そこにはさまざまな障害物が用意されている。枝を大きく張り出した木だったり、大きな段差のある岩場もある。しかし、小さな足場が至る所に設置してあり、上手くやれば飛び乗ったり駆け上がったりして乗り越える事が出来るのだ。

 この場所が完成した時、実際にニコスがお手本に走って見せてくれたが、レイは全くついて行く事が出来なかった。



 もう一つは、以前タキスが追いかけっこで駆け上がった大岩で、垂直に切り立った正面側ではなく、裏側の少し傾斜がある方に、これもいくつかの足場が打ち込まれてあった。

 両手両足を使ってその足場を利用して斜面を登るのだが、これもニコスとタキスはいとも簡単にやって見せてくれたが、到底レイには出来る事では無かった。

 当面の目的は、林のコースを止まらずに走りきる事と、大岩の斜面を、ノームの助けを借りずに自力で上まで登る事だ。

 しかし今の所、毎回引っかかって転んだり、踏ん張りきれずに落っこちて、必ずノームのお世話になっている。

 いつか、絶対にどちらも攻略してやると、心に誓っているレイだった。






 北の砦から街道を東へ進み続け、六日間に渡る行程を終えたマーク達一行は、ようやく王都オルダムの手前まで辿り着いていた。

 最後の宿泊地だったフェアステッドの街を出てからは、街道沿いの景色は一変した。

 それまでは、街道沿いに小さな町や村はあっても、基本的に緑豊かな森が広がっていたのに、その町や村が次第に大きくなり、街道沿いにある建物も、人も、桁違いに増えてきた。

「おい、口が開いてるぞ」

 すっかり仲良くなったキム上等兵が、笑いながらマークの口元を指差した。

「いやだって……これってまだ、オルダムに到着したんじゃ無いよな?」

 大きな石造りの建物が並ぶ光景を見ながら、半ば呆然とマークが質問する。

「当たり前だろ。でもまあ、この辺りまで来ると、戻って来たんだなって思えて安心するよ」

 生まれも育ちも王都のキムは、笑いながら街道沿いにある大きな建物を見ていた。

「俺は不安しか無いよ」

 ラプトルの背に揺られながら、マークはしみじみと呟いた。

「なあ、思ったんだけど、俺ってどこに住むんだ? 第四部隊の訓練所って、寮とかあるのか?」

 どう考えても、こんな人だらけの場所で、一人で住めるとは思えない。

「大丈夫だよ。俺も世話になってる第四部隊の独身寮があるから、そこにお前も住むんだよ。申込書の書類にサインしたろ?」

「そうだっけ? 正直、辞令からこっち……何だか色んな記憶が曖昧だよ」

 遠い目をして言うマークの肩には、シルフが座って一緒に頷いている。

「まあ、そうだろうな。きっと、オルダムに着いたらもっと驚くぞ」

 意味深な言葉と共に、キムはそう言ってまた笑った。

「ははは、もうなるようにしかならないと開き直ってるよ。でも、せっかくだから王都に着いたら色々教えてくれよな」

「勿論。なんなら観光案内だってしてやるぞ」

 下っ端で気楽な二人は、顔を見合わせて笑いあった。



 その時、周り中にいた人達が、皆一斉に上を見上げた。

 あちこちから歓声が上がる。



 何事かと慌てて空を見上げたマークの目に、青い空の中を飛ぶ、三頭の竜の姿が見えた。

「北の砦から、お戻りになったんだな」

 キムの声に、マークは声もなく頷いた。

 あの竜の背から見下ろした世界は、一体どんな風に見えているんだろう。胸を焦がす様な憧れを感じ、手の届かない場所を悠然と飛ぶその姿をただ見つめていた。

 マークが呆然と見上げる中、三頭の竜の姿は、あっと言う間に遥か先に行ってしまった。

「さすがに早いな。俺達が到着するのは夕方だぞ」

 感心した様なキムの声に、もう一度、無言で頷く事しか出来なかった。

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