王都にて

 北の砦からの知らせを受けた竜騎士隊の本部は、蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。

 休戦中とは言え、緊張状態の続く東の国境とは違い、然程危険がないと思われた辺境の地で、野生の竜の発見現場を担当していた二名の竜騎士が、怪我をして意識が無いと言うのだ

 しかも、一人は吐血して意識不明の重体。もう一人も、砦に帰還直後に意識を失い、まだ目覚めないと言う。

 考えられない異常事態だった。



「俺が行く。今回の件、指揮をしたのは俺だ」

「そうはいくか。タガルノとの国境でもし何かあったら、俺ではとても対応しきれん。お前は此処にいろ!」

 隊長である、アルス皇子を前に、二人の竜騎士が、どちらが北の砦へ行くかで揉めている。

「落ち着け、二人共。老竜が相手なら、私が行くのが……」

「お立場を考えてください!」

 左右同時に、二人から全く同じ事を言われて、アルス皇子は頭を抱えた。

「とにかく二人共、頼むから落ち着いてくれ」

 ため息を吐いて、二人の肩を叩いて無理矢理座らせる。

「私も、ヴィゴに行ってもらうのが良いと思う。老竜である事がほぼ確実になった以上、もう若竜は行かせられない。ガーネットは、成竜の中では一番の年長だ。それでも、もう接触はしなくて良い。余りにも危険過ぎる。シルフを通じて、伝言を残せるのならそれが一番良い。こちらに悪意も害意も無い事だけは、最低限伝えておかなくてはな」

 その言葉を聞いた二人は頷いて立ち上がり、アルス皇子に向き直り敬礼した。

「了解しました。至急準備を整えて北の砦へ出発します」

「よろしく頼む、事務手続きはこちらで何とかするから、とにかく早く行ってやってくれ」

 マイリー副隊長は、ため息と一緒に親友であるヴィゴの肩を叩いた。



 ヴィゴは、身長2メルトを余裕で越す筋骨隆々の大男で、平均よりもかなり背の高いマイリーよりも更に大きい。

 その太い腕は、女性の太腿くらいはありそうだし、広い肩幅から繋がる太い首と、黒い癖毛を短く刈り上げている頭。瞳の色は濃い茶色。

 贔屓目に見ても、大柄な外見と相まってかなり怖い。

 しかし、厳つい外見とは裏腹にその性格はとても温厚で、竜と二人の娘を心から愛する愛妻家でもある。

 実は、女性陣からの人気もかなり高い。

 彼ら二人は、同い年で士官学校時代からの親友同士だ。

 竜騎士隊では、知のマイリーと力のヴィゴ、正に竜騎士隊の双璧と呼ばれている。




 準備の為に、兵舎へ戻ったヴィゴは、シルフを通じて、まず自宅の妻にしばらく戻れないことを伝えた。

『分かりましたどうかお気をつけて』

『無事のお帰りをお待ちしております』

 いつも通りに、見送りの言葉を伝えてくれた妻に申し訳なさが募る。

 間も無く、下の娘の誕生日と二人の結婚記念日だが、どうやらどちらも最低の記念日になってしまいそうだ。

「竜騎士と言えど、こればかりは、ままならぬものだな」

 ため息と共に未練も吐き出し、まとめた荷物を一旦置いて服を着替える。

 王都で城に詰める時は、通常、竜騎士隊専用の白い軍服を着用するが、遠征や出撃の時などは、同じく竜騎士隊専用の薄緑色の動きやすい装備がある。

 その服装に着替えて剣帯を装着すると、まとめた荷物を手にヴィゴは立ち上がった。

 取り急ぎ北の砦と呼ばれる第九十六番砦へ赴き、二人の容体を確認した後は、問題の野生の竜への対応だ。

 頭の中でどうするのが良いか、幾つかの対策を考えながら、相棒である竜の待つ厩舎へ向かった。




 竜舎で、第二部隊の兵士達と共に竜専用の鞍を取り付けていると、表が騒がしくなり誰かが入ってくる足音がした。

「ま、当然来るだろうな」

 ため息を吐いたのと、呼びかけられたのは同時だった。

「ヴィゴ! 俺も連れて行ってください!」

「いえ、俺をお願いします!」

 先を争う様に入ってきたのは、同じ白い軍服を着た、よく似た二人だった。

「ユージン。ロベリオ。駄目だ。お前らはここで通常勤務だ。しっかり留守を守れ」

 立ち上がって振り返ると、上から見下ろす様にしてややきつめの声で告げる。

「タドラは重体だと聞きました。とてもここでじっとしてなんかいられません!」

「お願いします!我々もお連れください」

 それでも食い下がる若い二人に、ヴィゴはもう一度ため息を吐いた。それから大きく息を吸い込み、大声で怒鳴った。

「ピーピーピーピー雛鳥みたいにさえずってるんじゃねえぞ! お前ら!」

 突然のヴィゴの大声に、竜舎にいた他の兵士達が一斉にその場で直立する。

 一喝され、直立して大人しくなった二人だったが、ヴィゴを見上げるその目は到底納得などしていない。

 放っておけば、勝手に後を追いかけて来かねない勢いだ。

「とにかく、現状の人員配置を考えろ。さほど重要でも無い辺境の箇所に、五名もの竜騎士を配置してどうする」

 そう言い切ると、それっきり敢えて無視して鞍を取り付ける作業を続けた。



 彼らの気持ちは、痛い程よく分かる。

 タドラと共に、此処にいる二人は三人揃って若竜の主だ。部隊の中で一番年下のタドラとは年も近い為、まるで兄弟の様にとても仲が良い。そもそも、この二人は誕生日も近い従兄弟同士なのだ。

 髪の色から体格に至るまで本当によく似ていて、双子だと言われる事もよくある程だ。だが、性格は全く違う。

 顔の造作もよく似ているが、これが不思議と違って見えるので、竜騎士隊の関係者も、二人を間違える事はまず無い。

 それなのに、物の考え方や反応が、時々全く同じなのだから面白い。



 慎重で思慮深く、大人しいユージンと、賑やかで人好きのロベリオ、しかし二人共頑固な一面があり、納得しないと動かないところがある。

「お前ら、いい加減にしろ。いつまでそこに突っ立ってるつもりだ」

 振り返ってもう一度直立したままの二人を正面から睨みつける。



 無言の睨み合いに、先に目を逸らしたのは二人の方だった。



「だって、心配なんです……」

「あんな最前線でもない辺境の地で、いきなり重体だなんて、一体何があったのか……」

 項垂れてもごもごと言い訳し、それでもなお食い下がる。

 ヴィゴはもう一度大きなため息を吐いて、二人の肩を叩いた。

「とにかく、我々には、常に人目が付いて回っている事を忘れるな。どれだけ心配でも、何でもない顔をしていろ。堂々と胸を張って留守を守れ! よいな!」

 最後は大きな声で言うと、二人の腹に軽く拳を当てて止める。

 耳元に口を近づけると、小さな声で言い聞かせる。

「何か、とんでもない事が、我々の知らない所で起こっている。油断するな。常に周りをよく見ろ。自分に何が出来るか、感情で無く理性で判断しろ。己が何を捧げ守っているのかを忘れるな」

 目を見開いて顔を上げた二人と、正面から順に目を合わせて、ヴィゴは大きく頷く。

「留守を頼む。休戦中とは言え、妙に国境付近がきな臭くなってる今、余計な事にいつまでも振り回されるのは御免だ。行ってさっさと片付けて、二人を連れて戻って来る」

「了解しました」

「了解しました」

 改めて直立する二人に、今度は優しく頬を小突いた。

「って事だから、寂しがりやのマイリーの面倒、見てやってくれよな。よろしく頼むぞ」

 一変した口調に、二人の顔にもようやく笑みがこぼれた。

「現地に着いたら、とにかく現状を報告してやるから、ここで大人しく待ってろ」

 鞍の後ろに自分の荷物を乗せ、専用の金具に取り付ける。駆け寄って来た第二部隊の兵士が、遠征用の携帯食料や水などの入った袋を手渡してくれた。

「ありがとうな、それじゃあ行って来るよ」

 大きな体格に似合わぬ身軽な動きで、軽々と竜の背に乗せた鞍にまたがる。

 先程荷物を渡してくれた兵士が、誘導してそのまま竜舎の外に出る。

 周りにいた兵士達が、一斉に直立して敬礼をした。



 中庭から見上げる執務室の窓からは、アルス皇子とマイリーの二人が並んで見送り、敬礼してくれている。

 振り返って、竜舎の入り口で並んで敬礼する二人にも頷いて、ヴィゴも敬礼をする。

「さあシリル、行こうか。少し遠いが、よろしく頼むぞ」

 己の相棒である、黒味がかった濃い赤の鱗と鬣を持つ竜の首を優しく叩いた。

 分かっていると言わんばかりに喉を鳴らすと、その大きな翼を広げ、ゆっくりと上昇して行く。そのまま、城の上空を旋回してから、西の方角へ一気に飛び去って行った。



「頼むぞヴィゴ、もうこれ以上の騒ぎは御免だ」

 見送るマイリーの口からは、思わず本音がこぼれた。

 その隣で見送るアルス皇子も、同じ事を思っていた。



 竜舎の入り口に立っていた二人も、ヴィゴの竜の姿が見えなくなるまで見送った後、揃ってそれぞれの竜の側に行った。

 ユージンの相棒である竜は、輝く様な明るい黄色の鱗と白い鬣を持っている。

 三頭の若竜の中ではタドラの竜よりも僅かに上なだけで、体もまだまだ小さくとても甘えん坊だ。

 今も、側に来てくれたユージンの腕や肩を甘噛みし、何度も頭を擦り付けてくる。

 その大きな頭を抱きしめたユージンは、静かに呟いた。

「マリーゴールド、皆の無事の帰還を祈ってくれ。何もしてやれない自分が情けないよ」

 マリーゴールドと呼ばれたその竜は、慰めるように低く喉を鳴らして、彼の気がすむまでそのままじっとしていた。



 ロベリオの相棒である竜は、漆黒の鱗と真っ赤な鬣を持つ、三頭の若竜の中では一番年上だが竜騎士隊の竜達の中ではまだ若い、しかし、年齢の割に身体の大きな竜だ。

「アーテル、俺は情けないよ。ここでじっとしていろなんて、ヴィゴは意地悪だ」

 勿論、ヴィゴの言う事に納得しているし、どう考えても、この配置は当然だと思う。

 それでも愚痴らずにはいられなかった。

 アーテルと呼ばれた黒竜は、これも慰める様に肩や腕を甘噛みした後、喉を鳴らして頬摺りしてきた。

 その太い首に遠慮なく抱きつくと、ロベリオは子供の様に、自分の頭を擦り付けた。

 二人共、長い間無言でそうしていた。

 厩舎の外にいる、竜騎士隊専属の第二部隊の者達は皆、そんな彼らを静かに見守っていた。

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