今年最後の大掃除

「さてと、台所の片付けはこんなもんかな。レイ、タキス、そっちはどんな感じだ?」

 濡れた手を拭きながら、ニコスは廊下に声を掛けた。

 その廊下では、タキスに支えてもらって脚立に乗ったレイが、廊下の天井に吊るされたランタンを外している。

 外したランタンがあった場所には、光の精霊が座ってランタンの代わりに明るい光を放ってくれている。

「待ってね、これが最後の一つだから」

 そう言うと、吊るされたランタンを天井のフックから外す。

「気をつけて、ゆっくり降りて下さいね」

 ランタンを受け取ってワゴンに乗せると、もう一度脚立を支えた。

 軽々と脚立から降りたレイは、乗っていた脚立を折りたたんで壁に立て掛けておく。

「次は、この外したランタンを全部お掃除するんだね」

 ワゴンを押して居間へ行くタキスの後に、レイもついて行った。

「さて、今年最後の大仕事だな」

 腕まくりをしながらニコスが苦笑いする。

「まあ、火蜥蜴達は灯りは付けてくれても煤掃除はしてくれぬからな」

 ギードも、ランタンを分解しながら苦笑いしている。

「僕、ランタンの分解掃除は初めてだよ。どうやるの?」

 レイが、興味津々でギードの手元を覗き込んだ。

「まずは、こうやって金具を外して分解して、ガラスを外して洗う、ここまでは簡単じゃから誰でもできるな」

 そう言うと、外したガラスを籠に入れていく。ニコスとタキスも、横で同じようにガラス部分を外し始めた。レイも見よう見まねでガラスを外す。少し手間取ったがなんとか外すことができた。

 幾つもあるランタンを四人で手分けしてあっという間に分解してしまった。

「それじゃあ、俺はこいつを洗ってくるよ」

 ニコスが、ガラスが沢山入った籠をいくつも積み上げたワゴンを押して水場へ向かう。

「確かに、今聞いたのなら僕でも出来るね。じゃあ、ここからは難しいの?」

「ここのところに、紐が出ておるだろう」

 ガラスを外した本体を持って、一番汚れた部分の真ん中を指差した。

「ここが、火の着く一番肝心な部分じゃ。ある程度使ったら、当然燃えて短くなる。この芯が短いと、明かりは暗くなる。長いと、灯は大きくなるから、当然明るくなる」

「じゃあ、長くしておけば……って、良くないね。そう簡単じゃないや」

「なぜそう思う?」

 本体を見ながら、面白そうにギードがレイに尋ねる。

「ここでは火蜥蜴達が火の番をしてくれてるけど、ランタンの燃料を全く使わない訳じゃないでしょ?」

「勿論、ランタン用の燃料を入れておるぞ」

「それなら、芯が長いと当然沢山燃料を使うよね。そりゃあ、火蜥蜴が見てくれてるから普通に使うよりは少ないかもしれないけど……燃料は、買ってるんでしょう?」

「そうだ。ワシはドワーフのギルドを通して買っておるから、普通に買うよりは安い値段だが、まあ、手軽に誰でも買える値段ではないな」

「それなら、ちょっとでも芯は短い方が良い……よね?」

 自信無さげにそう言うと、ギードを横目で見た。

「しかし、短すぎると明かりの意味が無いし、火の付きも悪くなるからな。大体これ位が丁度良い長さだ」

 周りを布でふき取ると、先の細い金属の道具で紐の端を摘むと、ゆっくり引っ張る。丁度、言った長さで芯を引き出す手を止めた。

「とまあ、こんな感じだ。しかしその前に、まずは本体の煤を取ってしまわねばな、これが今年一番の大変な大仕事なんじゃぞ」

 感心しているレイを見て、ギードが笑った。何が大変なんだと質問しようとしたら、目の前に、ブラシが差し出された。

「貴方はこれを使ってください」

 そう言って、タキスが差し出したのは、黒くて先の細くなったブラシと、大きな頭から被る形の裾の長いマントのような服だ。

 こんな服を何に使うのか考えていると、タキスににセーターを脱がされて、その服を着せられた。袖があって腕を通せるようになっているが、襟元と手首部分は紐で絞るようになっている。

 次に渡されたのは、二枚の清潔な布だ。

「この布は何に使うの……」

 振り返ったタキスは、同じような服を着て、頭に布を巻き、顔も布を巻いている。完全装備だ。顔は、完全に目だけを出した状態になっている。

「これくらいしないと、大変なことになりますからね。覚悟してください」

 目だけしか見えないのに、にっこり笑ったのが分かって、何故か怖くなった。

「えっと、僕も洗い物を……」

「さあ! 行きますよ!」

 襟元をがっしり捕まれ、有無を言わさず連行される。ギードも同じようにお揃いの服を着て、布を巻いていた。




 汚れたランタン本体が山積みに入った籠を両手に持って、三人は別の部屋へ移動した。

 その部屋は壁際に机が置かれているだけで、他の家具は一切なく、絨毯も敷かれていない。

 机の置いてある壁の横には、丸い大きな穴が開いているが、これは窓では無くどうやら大きな煙突のようだ。ふわふわと、タキスの連れた光の精霊がついて来る。

「えっと、ランタン掃除をここでするの?」

 不思議に思い聞いてみると、頷いたタキスが、先程の布を三角に折って頭と顔に巻いてくれた。

「シルフ、お願いしますよ」

 ブラシを持ったタキスがそう言うと、何人ものシルフが現れた。


『いつものだね』

『またやるの』

『あれは嫌い』

『あれは嫌い』


 ややうんざりしたようなシルフ達の言葉に、レイが無言で驚いていると、タキスが大きなため息を吐いた。

「ええ、いつものあれです。諦めて早くしてしまいましょう」

 シルフ達がくるくると回って風を起こす、部屋から煙突へゆっくりと風が流れ始める。

「こうやって、煤を落とすんですよ」

 そう言って、手に持ったランタン本体を右手で持ったブラシでこすり始めた。両手は思いっきり体から離して、煙突のすぐ下まで差し出して作業している。

 払われた煤は、シルフの風に乗って殆ど煙突の中へ流れていくが、確かに、舞い上がった細かな煤の一部は戻って来る。

 あっという間に綺麗だった頭と顔の布が黒くなる。

「ほら、貴方もするんですよ」

 前髪が煤で黒くなったタキスが、振り返って見ていたレイを咎める。

「はい、やります!」

 レイも覚悟を決めて、ランタンを持つと煙突の側へ行った。両手を思いっきり伸ばしてブラシをかける。

 ものすごい煤の量だ。

 側に来たシルフが、うんざりしたように、耳元で追加の風を起こしてくれた。

 終わったら本体を机に置いて、次々に煤を払っていく。この作業が全部終わる頃には、レイの真っ赤な前髪も真っ黒になっていた。



「ほれ、次はこれじゃ」

 ギードに渡されたのは、柔らかな布で、ギードは汚れた手のまま、その布で本体の周りについた残りの煤を拭き取り始めた。

「できるだけ、煤を取り除いておくことじゃ。あとは居間で最後の仕上げじゃが……その前に、我らは風呂じゃな」

 三人はお互いの顔見て、笑い合いながら何度も頷いた。

 全身真っ黒なまま居間へランタンを持っていくと、戻っていたニコスがそれを見て吹き出した。

「煤をかぶって真っ黒け、煙突掃除のお出ましだ」

 節をつけて、煙突掃除夫の歌を歌う。

「まさにその通りの姿だね。そう言えば、ここの煙突は掃除しなくていいの?」

 レイも一緒に歌ってからふと気がついた。竃の上や壁に作られた窯にも煙突は付いているはずだ。

「ご心配なく、それはちゃんと専門に仕事してくれる奴らがいるからね」

 ニコスが笑って言うが、誰か来ただろうか?

 考えていると、台所の竃から、ハリネズミのような棘を全身に持った赤い蜥蜴が顔を出した。

「え? この子も火蜥蜴なの?でも、ちょっといつもの子と違うね」

「この子が、煙突掃除を専門にしてくれる火蜥蜴だよ。珍しい子だけど、この森には何匹もいるんだ」

「へえ、すごいね、君のお陰で楽できるんだね。ありがとう」

 そっと手を出すと、尖っていた針が倒れて後ろに向きが変わり、手に刺さらないようになった。

「優しいんだね、これなら触れるや、ありがとう。これからもよろしくね」

 そう言って頭から背中に向かって優しく撫でる。針付き火蜥蜴は、嬉しそうに目を閉じた。

「この子はいつも竃にいるんだけど、怖がりでね。滅多に人の目に触れるところには出てこないんだよ。でも、レイの事は気に入ったみたいだな」

「分かった。じゃあ、またいつでも一緒に遊ぼうね」

 レイがそう言うと、それを聞いて火蜥蜴は嬉しそうに飛び跳ねると、煤だらけのレイの腕に飛び乗って肩や頭を走り回った。すると、火の守役の火蜥蜴が現れて一緒に並んで走り回り、最後はレイの頭の上で二匹並んで落ち着いてしまった。



「おいおい、残念だが今から風呂に入るから降りてやっておくれ」

 ギードがそれを見て頭に登った火蜥蜴を突いた。

「ご苦労様、風呂の準備は出来てますから煤を流してきてください」

 ニコスもそんなレイを見て笑っている。

「それじゃあ、行くとするか」

 そう言うと、三人は居間を出て浴室へ向かった。

 ここの家は贅沢な事に、大きな浴槽のついた浴室があるのだ。普段はお湯で体を流す程度だが、最近は訓練で汗をかいた時や、痛みがある時などに、湯に入らせてもらっている。



 まずは水場で手を綺麗に洗う。それから汚れた大きなマントを脱いで籠にまとめる。驚いた事に他の服は全く汚れていない。

「すごいや、あのマントの威力」

 感心して脱ごうとすると、タキスに止められた。

「待ってください。頭にこれを被って」

 そう言うと、いきなり袋を被せられた。

「これを被ってから服を脱がないと、せっかく汚れなかった他の服まで全部煤だらけになりますよ」

 言われて、他の二人も目元と前髪が真っ黒だったことを思い出した。

 そっと服を脱いでから、浴室へ入った。

 他の人と一緒に入るのは初めてだ。

 隣に来たギードの大きな体には、腕や足に幾つもの傷跡がある。驚いて見ていると、ギードは照れたように笑った。

「まあ、冒険者時代の勲章みたいなもんだ。後遺症が残るような怪我はしなかったのは有難いな」

 タキスは綺麗な体をしていて何故か安心した。



「さっぱりしたな。それじゃあ、最後の仕上げといくか」

 風呂から戻って来た三人を見て、ニコスが笑う。机の上には、綺麗に磨かれたランタンが並んでいた。

「おお、全部やってくれたのか。すまなんだな」

 ギードが嬉しそうに言いながら席に着く。

「火芯の調節はお任せしますね。それじゃあ俺は食事の支度に取り掛かるよ」

 そう言ってニコスは台所へ向かった。

 ギードが火芯の調整をするので、タキスと一緒にランタンの組み立てを手伝った。

 全部終わってから食事をして、それからランタンに燃料を入れて元に戻していった。




「ご苦労様、これが終わると一年が終わるんだと実感するな」

「ご苦労さん。毎年ランタン掃除が一番大変だからな。今年は一人増えて楽だったわい」

 ニコスとギードが、酒の入ったグラスを軽く上げて乾杯する。

「お疲れ様でした。新年の飾りも全部飾りましたから、明日はゆっくりして、夜に火送りと火迎えの儀式ですね」

 タキスも、手にしたグラスを上げて、同じように乾杯した。



「で、初めての酒の味はどうじゃ?」

 ギードが覗き込む先には、生まれて初めての、お酒の入ったグラスを持って固まっているレイの姿があった。

「水で薄めてあるから、問題なかろう。飲んでみろよ」

 ギードが面白そうに言う。その横で、二人は心配そうに見ている。

 勇気を出して、一口飲んでみる。

「……美味しくない」

 三人は同時に吹き出した。

「残念、まだレイには早かったか」

「だから無理だって言ったでしょう」

「ほれ、これを飲むと良い」

 大笑いしているギードにタキスが呆れたように言い、ニコスも笑いながら新しいグラスを出してくれた。

「キリルのジュースだよ。気分だけでも付き合ってくれよな」

 グラスを交換してもらい、キリルのジュースを飲んだ。

「僕はこっちが良い」

 また三人が吹き出した。

「早く大人になってくれよな。お主と飲む酒は美味かろうに」

 目を細めてギードが笑った。横で二人も頷いている。

 お酒はまだダメだったが、ニコスの作ってくれたおつまみはとっても美味しかった。

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