古竜の強さ

 翌日は、激しい吹雪になった。



「残念だけど、しばらくブルーと一緒の魔法の練習はお休みだね」

 レイは、新しい干し草の塊を解しながらため息を吐いて振り返った。

「そうですね。まあ、冬の天気は気まぐれですから、何事も無かったかのように、翌日には急に晴れたりするんですよ」

 水飲み用の大きな水桶を洗いながら、タキスも残念そうに言ってくれた。

「せっかくだから、続けて水の魔法もやってみたかったのにな」

 新しい干し草を床に広げながらそんな事を言う。

「それなら、ここで水の精霊魔法をやってみますか?」

「え?何をするの?」

 鋤鍬すきくわを横に立てて尋ねると、タキスは掃除の終わった水桶を見て考えている。側に行くと、空のバケツを渡された。

「底に少しだけ水が残ってるでしょ。私達がいつもやってるように、水を増やして出してみてください」

 ちょっと考えてから、バケツに向かって話しかけてみた。

「えっと、水の精霊ウィンディーネの姫、いますか?」

 すると、左手の手首のあたりに一人現れて座った。

「魔法の練習をするので、付き合ってもらえますか?」

 ちゃんとお願いしてみると、笑って頷いてくれた。

『いいよ何するの?』

「えっと、このバケツにお水を入れてください。……あ! ここまでお願いします!」

 慌ててそう言い足して、バケツの縁より少し下の辺りに、区切るように手を横にして当てる。

 水の精霊の姫は頷いて、ふわりと浮き上がってバケツの底に立つと、足元を叩いていなくなった。

 次の瞬間、水が湧き出しレイの指示した位置でピタリと止まった。

「素晴らしい。指示の仕方も完璧ですね」

 拍手して、感心したようにタキスが笑った。

「昨日のタキスの話を聞いてなかったら、ここまでって言ってなかったよ。教えてくれてありがとう」

 照れたように笑ってお礼を言う。

 大先輩の失敗談は、とても良い教訓になったようだ。

「では、せっかく上手く出せた水ですから、ここに入れてください」

 そう言って、洗ったばかりの家畜やラプトル達の飲み水を入れる大きな水桶を指差した。

「うん、じゃあそれも増やしてみても良い?」

 桶に、持っていたバケツの水を入れながら聞くと頷いてくれたので、もう一度水の精霊の姫を呼んでみる、

 すぐに現れて、桶の淵に座ってこっちを見ている姫にお願いした。

「えっと、この水桶にお水を入れてください。この辺りまでね」

 先程と同じ様に。位置を決めてお願いすると、あっという間に水が増え、頼んだ位置で上手く止まった。

「やった! 上手くいったね」

 振り返って笑うと、頷いて拍手してくれた。

「上手く出来ましたね。こんな風に、よく使う作業は、頼めば頼む程適量を覚えてくれます。何度も頼んで覚えてもらいましょうね」

 そう言われて頷きながら、ふと疑問に思った。

「ねえ、聞いてもいい?」

 道具を片付けていたタキスが、手を止めてこっちを見た。

「ええ、もちろん。何ですか?」

「タキス達は、このお水を増やした事ないの?」

 大きな水桶を叩きながら聞くと、納得した様に頷いて側に来てくれた。

「よく気がつきましたね。もちろんありますよ。精霊達は、私達それぞれの声を覚えていて、よく頼む事を学習してくれます。でも、例えば……私とニコスは別の声ですよね。それが全く同じ事を、全く同じ言葉で頼んだとしても、精霊達はそれぞれ別のお願いだと認識します。言葉が同じでも、別の人から頼まれたら、同じお願いだとは考え無いんですよ」

「そっか、じゃあ僕が言う言葉は、皆初めて聞く知らない言葉だから、いくらタキス達が頼んだお願いでも、分からないんだね」

「逆に言えば、日常的によくお願いする事は、覚えてくれれば、簡単な言葉や仕草で理解してくれる様になりますよ」

「もう一つ質問なんだけど、ここにいる精霊と、例えば……ブレンウッドの街にいる精霊は別でしょう?街へ行って魔法を使おうとしたらどうなるの?」

「ああ、それは……」

 タキスは、しばらく言葉を探す様に考えてから答えてくれた。

「普通は、歩いたり騎竜や馬車に乗って移動しますよね。その時に、仲の良い精霊達ならついて来てます。仮に……貴方のお母上がされた様に、一瞬で遠くまで飛ぶ様な術を使ったとしても、行った先に同じ属性の精霊達がいれば、同じお願いならいつもと同じ様に聞いてくれます」

「違う精霊なのに?」

「そうですよ。私達の話す言葉は、目には見えませんが、ある種の形を持った力のある言葉なんです。精霊達が覚えて実行する事によって、どんどんその形はしっかりと形作られていきます。特に強い精霊使いの声は、精霊達には分かるんですよ。なので、その声の『お願い』は、言ってみればそれぞれの形を持っていて、どの精霊が聞いても、お願いの程度が分かるんです」

「すごい!精霊達にそんな風に思ってもらえる様に頑張らないとね」

 鋤鍬を片付けながら言うと、タキスも笑って頷いてくれた。

「こればかりは、焦っても何も良い事はありませんからね。頑張って少しずつ経験を積んで、精霊達に貴方の言葉を覚えてもらいましょうね」

 タキスも笑って、そう言ってくれた。




 それから数日続いた吹雪が止んだら、嘘の様な晴天になった。

 久しぶりのお天気に、午前中から上の草原へ皆を連れて上がる。

 広場の掃除を手早く済ませると、また草原へ行って交代で、家畜やラプトル達にブラシをかけて拭いてやる。

 その時、上空に大きな影が現れた。

「ブルー! おはよう。久しぶりの良いお天気だね」

 手を振りながらレイが呼ぶと、ゆっくりと草原へ降りて来てくれる。

「うむ、ようやく晴れたな」

 レイの体に頬擦りしながら、ブルーも嬉しそうだ。

「お久しぶりです、蒼竜様。雪の間、レイは水の精霊魔法の練習をしておりましたよ」

 タキスが見上げながら報告する。

「ほう、して成果はどうであった?」

 レイは、自慢げに笑うと、置いてあった少しだけ水の入ったバケツを手に持った。

「見ててね」

 そう言うと、バケツに向かって話しかける。

「えっと、水の精霊の姫いますか。このバケツのここまで、お水を出してください」

 すると、バケツの縁に現れた水の精霊が、バケツを叩いて水を出してくれた。

「ありがとう。ほら、上手く出来たでしょう」

 バケツを手に、得意気に笑う少年を見て、ブルーは満足そうに頷いた。

「中々良いではないか。指示の仕方も上手いぞ」

 褒められて嬉しそうにしていたが、側に来たベラとポリーに水を飲ませてやりながら、ブルーを見上げた。

「ねえ、聞いてもいい? 精霊魔法って、風と水と火と光……後は何があるの?」

 指を折って数えながら質問する。

「基本的には、まず四つの属性に分けられる。火、水、風、土だな、それらとは別にあるのが、光と闇だ。これは対の属性だが、闇の精霊魔法を使える人間はおらぬ。竜人、ドワーフも同じだ」

「え? じゃあ、闇の精霊魔法は誰が使えるの?」

「少なくとも、今この世界にはそれを使える者はおらぬ。それを使えるのは、精霊界にいる闇の種族のみだ」

「精霊界……そんな世界が本当にあるんだ」

 驚いた様に呟く少年に、面白そうに言う。

「其方が仲良くなった精霊達は、どこから来たと言うのだ?いきなりこの世界に湧いて出たとでも?」

 そう言われて、キョトンとした後に吹き出した。

「そっか、ごめんなさい。そうだよね、皆の故郷だよね」

 笑いながら、髪を引っ張るシルフに謝った。

「しかし、人間には行くことの出来ない世界だからな。実感が無いのも当然だろう。それでは、シルフ達も来てくれた事だし、新しい魔法の練習をするか」

 そう言うと、もう少し難しい風の魔法である鎌鼬かまいたちの見本を見せてくれた。

 目の前の草が、一定の高さでバッサリと切り取られるのを見て息を飲む。

「目の前だけでなく、風が抜ける先も注意するように。これは初心者でも10メルトは飛ぶ、抜けた先に人がいれば……どうなるかは分かるな?」

 ものすごい勢いで、何度も頷く。

「それから、同じく風が抜ける先に、明らかに風では切れない、岩や石の建物などの硬い物がある場合も注意が必要だ。下手をすれば、放ったカマイタチが跳ね返ってくるぞ」

「それも絶対やだ!」

 首がもげそうな勢いで横に振る。

「でも、具体的にはどうするの?カマイタチ!って叫ぶの?」

 その瞬間、側で聞いていたタキスが吹き出した。

「す、すみません。ちょっと意表を突かれました」

「タキス酷い! でも、違うならどうするの?」

 レイの質問に、タキスは蒼竜を見上げながら考える。

「感覚的なものですから、言葉で説明するのは難しいんですが……先程、蒼竜様がやって見せて下さったでしょう?カマイタチは、風が強く固まって凄い速さで飛ぶことによって、瞬時に刃物の様に物を切る技です。なので、まずは細く硬くして風を起こす練習から……でしょうか」

 最後は、自信なさげに蒼竜を見上げながらの説明だったが、蒼竜は満足気に頷いて言った。

「ふむ、なかなか上手い事言う。正にその通りだ。まずは、風を束ねて放つ練習からだな」

 そう言われて何度も頑張ってやってみたが、少し強い風が吹くばかりで、残念ながら足元の枯れ草一本切る事は出来なかった。



「駄目だ、こっちは才能無いかも……」

 しょんぼりする彼を見て、ブルーも首を傾げている。

「そんなはずは無い。あれだけ簡単に風を起こせるのだから、出来ぬ訳はあるまいに……恐らく、無意識で技そのものを怖がっているのだろうな」

「切る事、そのものを怖がっていると?」

 心配そうに、タキスが聞き返す。

「恐らくな。まあ、必ず必要な技では無い。無理に覚える必要もなかろう。こんな技もあると知っておるだけで良い」

 そう言って、レイの体に頬摺りした。

 抱き返して額にキスをしてから、ふと顔を上げて聞いてみた。

「そう言えば、ブルーはどんな魔法が使えるの?さっき言ってた、えっと、火、水、風、土、光……だよね」

「我はその全てを使えるぞ。風と水は最上位まで。火と土は上位までだな。他に、光は最上位まで。それから……雷だな」

「雷! それでは、古竜のみが使える属性があると言うのは本当なんですね」

 タキスが、驚いた様に顔を上げて言った。

「よく知っておるな。恐らく今この世界で、雷の属性を持つのは我だけだろう。雷は特殊な属性なので、技に位は無い」

「……それはそうでしょう。一つの技が、既に桁違いに強力なんだと聞いた覚えがあります」

 苦笑いしながらそう言うタキスに、ブルーが不審な顔を向ける。

「お主、その話をどこで聞いた?普通の竜人が知る話ではないぞ」

「それは……私の師匠からです。その方の何代か前の方が、なんでも古竜と知り合いであったとか……どこまで本当かは定かではありませんが」

 答えるタキスは、明らかに怯えている。

「ほう、ただの法螺話かと思ったが、どこで繋がるか分からぬものだな」

 そう言うと、嫌そうな顔で上を向く。

「どうしたの?お願い、喧嘩しないで」

 泣きそうな顔で慌てたレイがタキスの前に立つと、ブルーのお腹を撫でて困ったように見上げた

「喧嘩をしたのではない。大丈夫だ、其方が心配する事は無いぞ」

 頬摺りしながら笑うと、タキスに向かって言った。

「それらは、我にとってはあまり知られたく無い事だ。迂闊に言いふらさぬ様に願うぞ」

「勿論です。と言うか此処にいる限り、私の話す相手はこの三人だけですからご安心を」

 ブルーに押されて倒れそうになるレイを支えながら、タキスは何度も頷いた。

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