降誕祭の準備と闇の眼の陥穽

 冬の日の予定は、お天気に左右される。

 晴れていれば、上の草原に家畜や騎竜達を放してやり、広場の掃除の後は、毎日来てくれるブルーと一緒に、魔法の練習をする。

 雪が降る日は、ブルーとの魔法の練習はお休みで、家の中でスパイスの整理を手伝ったり、手間のかかる仕込み作業をしたりする。

 チーズを作ったり、どんぐりの灰汁抜きをしたり。タキスに頼まれて、お薬を作るために木の実をすり潰したり、薬草を刻んだりもした。

 どの手順も、初めてに比べたら手際よく出来る様になったと思う。



 その日は快晴だった。

 冬とは思えないほどの明るい日差しで暖かく、いつもと同じように上の草原に行くのだと思っていた。

 ところが、朝食の後、今日は森へ出掛けるから魔法の練習はお休みだと言われた。

「蒼竜様には、先程シルフに伝言を頼みましたでな。もしかしたら、森でお会いできるかも知れませぬな」

 ギードの言葉に、タキスとニコスも笑って頷いている。

 最近の蒼竜のレイに対する溺愛振りは三人共呆れる程で、恐らく森にも来てくれるだろう。

「でも、冬の森は危険だってブルーが言ってたけど、何をしに行くの?」

 ニコスに、厚手のセーターを着せてもらいながら尋ねると、二人は上着を羽織って空の籠を手に言った。

「さて問題です。もうすぐ来る、冬の、子供達が楽しみにしている行事は何でしょう?」

「えっと……あ! 降誕祭だね! すっかり忘れてた。そっか、もうそんな時期なんだ」

 目を輝かせて満面の笑みになる。



 それは、一年の最期の月の初めの日、12の月の1日とされていて、冥王の誕生を知った精霊王が、人の世界を守るために、人の子の姿を得て生まれた日とされている。

 12の月の1日の前後三日ずつ、合計七日間を降誕祭の期間と呼び、家には邪を祓う柊の枝や、イチイの木に飾り付けをし、夜には窓辺や扉に、邪悪な者が入って来られないように一晩中明かりを灯す。精霊王の為に、神殿に集まってお祈りをしたりもする。

 何よりも、子供達が楽しみにしているのが、12の月の1日の、生誕の感謝と恵みの日、と呼ばれる日で、その日は子供が大人からプレゼントを貰えるのだ。

「飾りに使う柊の枝とイチイの木を切りに行きますよ。今年はレイのために大きな木を飾りますからね、切った木を持って帰るために、トケラに荷車を引かせて森へ行きますよ」

「すごい! すごい!」

 ニコスにそう言われて、嬉しくて飛び跳ねる。

 自分の為に、大きなツリーを飾ってくれるなんて夢みたいだった。

「ありがとう。僕、本当に……ここに来れて良かった」

 目を潤ませて恥ずかしそうに言うと、タキスとニコスが、両方から笑って抱きしめてくれた。

「私達も貴方に出会えてとても嬉しいですよ。これからも毎年、貴方のためのツリーを飾りましょうね」

 そう言って、タキスが額に、ニコスが頬にキスしてくれた。



 広場の掃除を皆で手分けして手早く片付けると、トケラを連れて、ギードの家の勝手口から外に出る。

「そっか、向こうのお家と違って、廊下の床に絨毯が敷かれてないのはどうしてかと思ってたんだけど、冬に騎竜を出すのに使うからなんだね」

 そう言いながら見た床は、硬く綺麗に磨かれた白い石で出来ている。

「それもありますな。それに元々、こっちの家はドワーフ達の作業場でしたからな。土や灰、おが屑なんかで汚れる事も多いので、床はむき出しの方が掃除が楽なんじゃよ」

 タキスとニコスが、手早く床の汚れを拭いて綺麗にしている間に、レイは、ギードに言われて、トケラに荷車の引き具を取り付けるのを手伝った。その後、車輪には縄で編んだ滑り止めを取り付けた。

「さて、それでは参ると致しましょう」

 御者台にギードが座り、籠と荷物を荷車に積み込むと、皆で後ろの荷台に乗り込んで出発した。

「雪のおかげで、乗り心地は最高だね。この前と大違いだ」

 冷えないようにクッションに座っているが、この前と違って揺れも殆ど無く、静かで快適だった。

「でも、乗せてもらえなくてちょっと残念だよ」

 トケラに向かって話しかけると、顔を上げて喉を鳴らしてくれた。

「レイ、寒くないですか? 」

 ニコスがそう言って、柔らかな綿兎の毛糸で編んだ、細かい編み込み模様の大きな膝掛けを渡した。

「これは貴方の分ですから使ってくださいね。羽織っても良いし、膝掛けにしても良いですよ」

「ありがとう。ふわふわで暖かいや」

 包まるように体に巻きつけると、とても暖かい。荷車の優しい揺れと相まって、だんだんと眠気が襲って来た。

「おやおや。寝てしまいましたね」

 ニコスが笑って、少し場所を開けて座り直した。隣に座るタキスに寄りかかるようにして、レイはぐっすり眠っている。

「まだ到着までしばらくかかるから、寝かせておいてあげましょう」

 タキスが、自分のひざ掛けをレイの足元に掛けてやる。

 大人達は、顔を見合わせて笑いあった。



『おうおう見つけた見つけた。何と柔らかそうな幼子じゃ』



 その時、雪の積もった枝の上に、一羽の黒い鳥が止まった。

 その鳥は、荷車の上で眠っているレイをじっと見つめている。

『しかも迷うておるぞ。迷うておるぞ。これは良い。久方振りの良き獲物じゃ』

 そう呟くと、羽音も無く鳥は飛び去っていった。

 枝に付いていた雪の塊が大きな音を立てて落ちたが、雪が全て吸収してしまい、誰もそれには気付く事は無かった。




「レイ、着きましたよ。枝を切りますから手伝って下さい」

 優しく揺するタキスの声に、ぼんやりと目を覚ます。気が付くと、荷車は止まっていて、もう皆降りて準備をしている。

「あ……ごめんなさい。僕、寝ちゃってた?」

 目をこすりながら起き上がると、タキスが笑って濡れた布で顔を拭いてくれた。

「ここ、涎が垂れてますよ」

 自分の頬を指差しながら笑うタキスに、一気に目が覚めた。

「やだ! 見ちゃ駄目!」

 慌てて布を取ると、顔を拭いた。

「はいはい、私は何も見てませんよ」

 笑いをこらえながら、タキスが荷車から離れた。

 まとめて下ろしてあった籠を手に振り返る。

「貴方は、私が切った柊の枝を集めてくださいね。ニコスとギードは、ほら、そこでいまから切るイチイの木を選んでますよ」

 そう言うと、荷車から降りて来たレイに籠を渡した。



 振り返って見ると、荷車から少し離れた場所では、二人が何本かあるイチイの木を前に相談していた。

「枝ぶりはこっちの方が良いのだが、これでは少し小さくないか?」

「ですが、枝が少ないですからこっちは少し貧弱でしょう」

「うむ、案外難しいもんだのう」

 腕を組んで考えるギードに、後ろからレイが話しかけた。

「左の木で十分だよ。それより、あまり大きいとお家の扉に入らないんじゃない」

 言われた二人は、顔を見合わせて吹き出した。

「確かに。言われてみれば、こっちは大き過ぎて無理そうだな」

「では、やはりこちらにするか。よろしいですかな?」

 ギードがそう尋ねる足元には、二人のノームが立って木を見上げている。

『良いぞ良いぞ愛し子の為の木を切るが良し』

『守れ守れ悪しき者達から愛し子の揺り籠守れ』

 そう言って、レイが指定した小振りなイチイの木を叩いた。

 頷いたギードが斧を片手に木の側へ行くと、幹に手を当て、目を閉じてそっとキスを贈った。

「今年の守護の木として切らせていただきます。枝の一本まで、大切に使いますので、どうかお許しあれ」

 反対側からニコスも同じようにしてキスをすると、一歩下がって見守る。それを確認すると、ギードは迷うことなく、幹の根元に斧を打ち込んだ。

 何度も何度も斧を打ち込む音が、森に響いた。

 やがて、支えきれなくなった木は、ゆっくりと傾き雪の地面に倒れた。

「さあ、私達も枝を取ってしまいましょう」

 それを見ていたタキスはそう言うと、大きめの鋏と鉈を入れた籠を手にして、レイの肩を叩いた。



 タキスが切る柊の枝をレイが受け取って籠に入れる。三つの籠がいっぱいになった頃、ようやく枝を切る手を止めた。

「まあ、これ位あれば十分でしょう。ギード達があのイチイの木を荷車に積んだら、柊は籠に入れたまま隙間に乗せてくださいね」

 足元に置いた籠に鋏を入れて、籠を手に振り返る。



 すぐ後ろにいて、柊の入った籠を持っていたはずの少年の姿が無い。



 地面には、柊の入った籠が置かれたままだ。

「レイ? どこに行ったんですか? 隠れんぼするなら言ってくれないと……」

 笑って籠を拾おうとしたその時、突然風が舞い頭上に巨大な影が現れた。



「レイの声が聞こえぬ。何処だ。何処にいる!」



 突然現れた蒼竜は、森中の木々が震えるような悲鳴のような大声で叫んだ。

 タキスはもう一度振り返って、足元に置いたままの籠を見る。

 まるで放り出されたかのように、何本かの柊の枝が籠から飛び出して地面に散らばっている。

 その瞬間、血の気が引いて全身総毛立った。

「レイ!何処にいるんですか!」

 鋏の入った籠を放り出し、大声で呼びながら辺りを見回す。

 しかし、何処にも少年の姿は無い。

 雪に残る足跡は、先程迄立っていた場所で忽然と途切れている。

 荷車にイチイの木を積み込んで、一息ついていた二人も、声を聞いて呆然としている。

「いや……たった今まで、そこにおったではないか……」

「ええ……籠を持って、確かに居ましたよ……」

 顔を見合わせた二人も、血相を変えて荷車から飛び降りた。

「レイ! 何処だ!」

「レイ! 隠れてないで出てきてください」

「レイ! 何処にいる! 返事をしてくれ!」

 三人がどれだけ大声で呼びかけても、森に木霊が返るだけだった。

「シルフ、探せ!今すぐレイを探すのだ!」

 轟くようなような蒼竜の大声が、森中に響いた。


『闇の眼だ闇の眼だ』

『闇の眼の陥穽かんせいだ』


 突然、目を見開いたノームが叫んだ。

 その直後、パチンと弾けるように唐突にノーム達は居なくなった。

 呆然とそれを見た三人は、言葉を無くす。

 今のは明らかに、出現していたノームの存在を一方的な力でかき消されたのだ。

 それは、ノームの遥かに上位の存在にしか出来ない荒技だ。

「おのれ闇の眼! 我の主に手を出すとどうなるか思い知らせてやる」

 それを見た蒼竜が、怒りに体を震わせる。

 古竜の放つ怒気が、ビリビリと周りの木々を揺らし、雪が舞い飛ぶ。

 まともに浴びた蒼竜の怒気に、三人は雪の上に倒れたまま立つ事すら出来なかった。



「お主らの到底敵う相手では無い。今すぐ家へ帰って魔除けのセージを焚け。ヨモギを焚け。柊の枝を吊るせ。邪を払い家を守れ。レイは必ず我が取り返す」

 そう言い残すと、振り返りもせず、翼を広げて一気に空高く飛び去った。

 三人は言葉も無く、飛び去る蒼竜を呆然と見送る事しか出来なかった。





 陥穽かんせいとは?


 ……悪意のある策略や罠、落とし穴、と言った意味です。

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