荷解きと精霊魔法の事

 暮れ始めた夕陽の中、皆で大急ぎで荷解きをする。

「待て待て、こりゃだめだ、やっぱり明かりがいるわい」

 ギードが苦笑いすると、急いで厩舎からランタンをいくつか持って出てきた。

「ほれ、火を入れておくれ」

 ランタンをあちこちに掛けながら言うと、火蜥蜴達が現れて、次々に火を灯して回ってくれた。

 暗かった庭が、一気に明るくなる。

「すごいや、ランタンに火を入れるのって大変なのに」

 それを見ていたレイが、渡されたランタンを荷馬車に置きながら言った。

「村では蝋燭では無くて、ランタンを使ってたんですか?」

 タキスがそれを聞いて不思議そうに聞いた。

「普段は蝋燭だったよ。共同作業の時とかは、明るいからランタンを使ってた気がする。火種を残しておいて、そこから火起こしして使ったの。かまどの火もそうだけど、火を使うのは大変だったよ」

 ランタンの炎から小さな火蜥蜴が出てきて、レイを見て口を開けた。

「君のおかげで、ここでは火を使うのは楽だよね。ありがとうね」

 笑って言うと、火蜥蜴は嬉しそうに頷いて火の中へ消えていった。

「さて、ちゃっちゃと片付けてしまおう」

 見ていたギードは、そう言って笑うと、荷馬車から大きな木箱を降ろし始めた。

 大きな木箱は、ギードの家の前へ運び、騎竜の道具は、厩舎の棚へまとめておく。食材は、種類ごとに分けて家の前に一旦置いていく。

「こっちの箱の中にも、スパイスや塩が入っとるから、今からバラしてそっちへ持って行くわい」

 ギードがそう言って箱を担いで家へ戻り、三人で残りの物を片付ける。

 ポリーに積んであった、晩御飯の包みを抱えてニコスが台所へ向かった

「パンを仕込んでくるから、すまないけど食料庫の整理は頼むよ」

「了解です。じゃあレイ、場所を言いますから一緒に片付けていきましょう」

 ソーセージの入った大きな包みを軽々と抱えて、タキスが振り返る。レイは果物の入った袋を頑張って肩に担ぎ上げた。

「無理はしないで下さいね」

 目を細めて笑うと、レイの背中を叩き扉を開けた。




「レイ、それは左の棚に入れてください。ああ姫、よろしくお願いします」

 次々に運び込んでは、タキスに言われるままに棚に片付けていく。

 保存の必要な果物や野菜は、棚に入れると水の精霊達が現れて番をしてくれた。村ではこんな保管の方法は無かったから、乾燥させたり日干しにしたり、煮たり焼いたりして、皆で保存食を作ったのだ。

「村での作業も大変だったけど、あれも楽しかったんだよ」

 棚に置いた果物に座った精霊に、笑いながら話しかけた。

『でも私達こっそり手伝ってたよ』

 次の袋を開けようと、後ろを向いた時に不意に小さな声が聞こえた。

 驚いて振り返る。

「それ本当?」

 思わず大きな声が出た。後ろの棚の奥で作業していたタキスが、何事かと立ち上がってこっちを見た。

「母さんに頼まれてたの?」

 精霊を見ながら早口で話しかける。

 彼女は首を振って、寂しそうに俯いた。


『あの人は私達が見えても知らないふりをしてたの』

『皆あの人の事が大好きだったのに』

『私達を見ても話してもくれなかったの』

『でも役に立ちたかったから時々勝手に食材に座ってたの』

『私達を見て笑ってくれるだけで良かったのに』

『寂しかったの』

『寂しかったの』

『大好きだったのに』

『大好きだったのに』


 棚にいる精霊達が次々に話しだした。

 今更ながら、母がどれだけ精霊達に慕われていた優秀な精霊魔法の使い手だったのかを思い知らされる。

「どうして母さんは、精霊魔法を使うのを止めちゃったんだろう」

 袋から、干した魚を取り出しながら呟いた。

 村での生活は、本当にギリギリで、生きるために食べる量が何とか取れる程度だったのだ。

 お金を稼ぐために、冬になると仕事のない男達は、ブレンウッドの街へ出稼ぎに行く事さえもあった。

「精霊魔法を使えば、もっといろんな事が楽になったんじゃないのかなぁ」

 今の暮らしを見ていると、そう思わずにはいられなかった。

「それは違いますよ、レイ」

 気がつくと、タキスが側へ来て、怖い顔でこっちを見ていた。

「今、私達がこれだけ沢山の精霊達と一緒に自由に暮らしていられるのは、全員が精霊魔法の使い手だからです。まだ自由に精霊魔法を使えない貴方も、精霊達の事は見えるし、声は聞こえるでしょ?」

 驚いてタキスの顔を見たが、彼は怖い顔のままこっちを見ている。

「どう言う事? どうして村では使っちゃ駄目だったの?」

「一度楽を覚えると、人間は必ず堕落します」

「……堕落?」

「自分勝手な都合を優先させる、という事です。最初は有り難がって礼を言うかもしれませんが、段々、それが当たり前になった時、どうなると思いますか?」

「……どうなるの?」

「精霊魔法を使う事は、気力も体力も使います。こっちが本当に弱ったら、精霊達は言う事を聞いてくれません。なので食料の保存のように、長い間に渡って力を使う魔法は、本来、一人では無理なんです」

「でも、ここではやってるよ?」

 思わず言い返すと、タキスは悲しそうに言った。

「言ったでしょう。ここでは全員が精霊魔法の使い手だと。精霊魔法は同じ魔法を使う人数が多ければ多いほど、力が倍々に増していくんです。逆に言えば、一人の負担はずっと軽くなる」

 棚に置いた干した魚を、袋に戻して口を縛った。

「ああ、これは地下の食料庫の方へ保存するものですから、ここではありませんでしたね」

 魚を戻した袋を手に、もう一度レイを見る。

「一度でもやらなかったら、文句を言いだし、どんどんわがままになっていきます。あれが出来るならこれもやれ。そっちの家にするのなら、自分の家にもやれ、という風にね」

「そんな……」

「貴方の村の方々を私は知りませんから、お母上がどう考えておられたのかは分かりません。ですが、私の知る限り、一度楽を覚えた人間は、必ず、元の不便な状態に戻るだけでも盛大に文句を言います。下手をしたら、こっちが悪者にされるんです」



 タキスの話を聞いて、村の人達を思い浮かべる。

 貧しいながらも、皆が一生懸命働いていた。でも、何人かは村長のところでよく文句を言ってた事も知っている。共同作業の分け前が少ないと、揉めているのを見た事もあった。

 それでも、決定的な仲違いにならなかったのは、皆、分かっていたからだ。

 ここでは、誰も一人では生きていけない事を。

「もし、母さんが魔法を使えるって村の皆が知ったら、母さんに無茶を言ったかもしれないって事?」

 タキスは目を閉じて首を振ると、レイの前にしゃがんで腕を撫でた。

「言ったでしょう? 私は貴方の村の方々を知りません。だから、彼らを悪く言うつもりも、庇うつもりもありません。ですが、お母上が魔法を使わなかった事が、既に一つの答えなのでは?」

「……僕も言わない方が良いの?」

 タキスは息を呑み、袋を床に置くと、そっとレイを抱きしめた。

「ここにいる限りは、自由にしてくれて構いません。精霊達も貴方の事が大好きですからね……けれど、けれど、もし、将来……」

 何度か言い淀んでいたが、意を決したように顔を上げて、レイの顔を正面から見た。

「もし、将来、貴方がここを出て、ただの人間達の中で暮らす事になるのなら……その時は、今の私の言葉を思い出してください。周りに同じように精霊魔法を使える者が大勢いるのなら話は別ですが……人間全てが悪人では無いのでしょうが、きっと、安易に精霊魔法を使わない事が貴方を守るでしょう。その力は、決して見せびらかして喜ぶようなものでは無いのですよ」

 何故だか訳の分からない不安に襲われて、タキスに抱きついた。

「ごめんなさい、変なこと言って。他の人には、精霊と話せる事は見せない方が良いんだね」

「そうですね、まずはそれが良いと思います。長く知り合って、その人の人となりを知った上でなら教えても良い場合もあるでしょう。例えば、エドガーさんは、私達の事もよくご存知でしたからね」

 悲しそうに笑って、もう一度レイを抱きしめた。

「さあ、そろそろパンが焼ける頃ですよ。片付けて、これを地下に持って行きましょう」

 気分を変えるように、笑って肩を叩くと、袋を持って、後ろの棚へ戻っていった。



「ところで、気付いて無いみたいですから言っておきますが、水の精霊と話せたのは初めてなのでは?」

 振り返りながら笑ってそう言われて、目を瞬かせてもう一度水の精霊を見た。

「あ……そうだね。えっと、これからもよろしくです」

 嬉しそうにこっちを見ている精霊に、話しかけてみた。

『ええよろしくね』

 手を振りながら笑ってくれた。

 大喜びでタキスの所まで走って行き、二人で笑いながら手を合わせて叩き合った。

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