帰宅と再会
大きな荷物をポリーに積んで宿屋に戻った一行は、一旦食堂で休憩してから荷物を積み込む事にした。
ニコスとギードはミントの入った紅茶を頼み、レイの前にはキリルのジュースが置かれた。そして、それぞれの前に、キリルのジャムがたっぷり飾られた大きなバターケーキが置かれた。
「ここのバターケーキは美味いんじゃよ、まあ、食べてみなされ」
初めて見るお菓子だったが、ギードに言われて食べてみる。
「美味しい! 」
満面の笑みで言うと、もっと大きく切って口に入れた。甘酸っぱいキリルのジャムと相まって、堪らない美味しさだ。
夢中になって食べた。
その様子を見たニコスとギードが、笑って自分達のお皿からケーキを大きく切ってレイの皿に乗せてくれた。
「たんと食べなされ。こんなもので良ければ、幾らでも食べさせてやりますぞ」
嬉しそうに言われて、レイは胸がいっぱいになった。ちょっと涙が出そうになったので、慌ててジュースを飲んで、ケーキをまた口に入れた。
「うん、ありがとう」
いろんな気持ちが入り乱れて、小さな声でしか言えなかったけれど、二人とも分かっていると言わんばかりに笑って頷いてくれた。
「ほれ、頼まれておった晩飯だよ。たっぷり作ってあるからな。それと、パンは焼かなくていいのか?」
蓋をした鍋と、大きな包みをワゴンに乗せて、バルナルが、テーブルの横に来た。
「ああ、ありがとうございます。パンは戻ってから焼きますので、そのままで構いませんよ」
顔を上げたニコスに、鍋を大きな布で包んでから、ワゴンの下から木の箱を出して見せた。
「ここに形成したパンが入ってるから、丁度帰る頃には発酵が済んでるはずだ、戻ったらすぐに焼いて構わんからな」
ニコスに言うと、最後の一切れのケーキを食べているレイを見た。
「ケーキはお口に合いましたかな?」
「うん、すごく美味しかったです。僕、こんな美味しいケーキ初めて食べました」
目を輝かせて嬉しそうに笑う少年を見て、バルナルも笑顔になった。
「そうか、また来ることがあれば食べてくれよな。ジャムは季節によって色々変わるんだぞ」
レイの頭を撫でると、嬉しそうに奥へ戻って行った。
「さて、食べたら行きましょう。荷物の整理が待ってますよ」
立ち上がった二人を見て、レイも荷物を手に席を立った。
宿屋の横の厩舎の前には、ポリーが荷馬車と一緒に待っていた。
「まずは重い荷物からですね」
クルトがそう言いながら、台車に大きな箱を積んで持って来てくれた。
「おお、すまんな。ではこの箱からだな」
ギードがそう言うと、瓶や壺の沢山入った木の箱を荷馬車に積み込んでいく。
「えっと、僕も手伝った方が……」
「これは重くてレイには無理だな。ポリーの背から、荷物を降ろすのを手伝ってくれ」
ギードがそう言って、ポリーを指差す。ニコスが荷物を降ろし始めたのを見て、慌ててそれを手伝った。
来た時と同じ様に、重い箱を荷馬車の真ん中に積んでいく。それから、両端の隙間に騎竜の道具や、沢山買った布や食材、食器を順に積み込んでいった。
「ほれ、その荷物もここに入れておくと良いぞ」
買い物した物を入れた手提げ鞄も、荷物の隙間に入れてもらった。
最後に、大きな布を荷物の上に掛けて、両端の金具にしっかり結びつける。
荷造りが終わると、ギードがクルトと一緒に一旦宿へ戻り、しばらくして戻って来た。
「さてと、それでは帰ると致そうかの」
御者台にギードが座り、その横にレイが座る。レイがフードを被ったのを確認して、ニコスもポリーに跨った。
「ここんとこ物騒な話を聞くから、道中気を付けてな。また街へ来る時には寄ってくれよ。待ってるぞ」
バルナルとクルトが、表へ出て見送ってくれた。
「それじゃあまたな」
ギードが手を振るのに合わせて、レイも手を振った。
「ご飯もお菓子も、とっても美味しかったです。ありがとうございました」
それを聞くと、二人とも嬉しそうに笑って手を振ってくれた。
「帰りは特に何も無いんだね」
街道へ出る門には、守備兵が立っていたが、特に何の手続きも無く通過する。
「まあ、入る時はうるさいが、出ていく時は勝手にしろって事だろ」
ギードが面白そうに守備兵を見ながら笑った。無表情な守備兵は、ちらりと彼らを見たきり、素知らぬ顔でまた前を向いてしまった。
人と荷馬車でいっぱいの大きな通りを抜けて、本街道に入るための左右に分かれる分岐点に来たところで、一行は左へ曲がる。しかし、殆どの人は右へ曲がって行く為、一気に人通りが少なくなった。
「西の国へ行くのなら、この時間に出ていては、国境を夜までに超えられませんからな。街道沿いで野宿する覚悟が無いなら、明日の朝まで出発を遅らせるでしょう。なので、ここから先は人も少ないですよ」
本街道へ出た途端、一気にスピードを上げて言った。
「速い速い! 風みたいだ」
手すりにつかまって、レイはご機嫌で歓声をあげた。
レイの頭の上では、シルフ達がご機嫌で手を繋いでクルクルと回っていた。
トケラの引く荷馬車は、快調に街道を進み、陽が傾き始める頃、見覚えのある林が見えてきた。
「さて、ここからは道が悪くなりますからな」
ギードはそう言って荷馬車を端に寄せ、街道から枝分かれする細い道に入った。
「あ、来る時に朝ご飯を食べた場所だね。帰って来たんだ」
細い川沿いを通っている時に、レイが嬉しそうに言った。
「この辺りまで来ると、確かに帰って来たって気になるな」
ニコスも、嬉しそうに頷いて言った。
「あ、ブルーだ」
その時、空を指差してレイが大きな声をあげて手を振った。
赤く染まる空に、大きな影が見える。
「ちゃんと、シルフ達が伝えてくれたんですね」
ニコスも上を見ながら、手を振って笑った。
ブルーに見守られて草原へ出る。見覚えのある景色に、レイの胸はいっぱいになった。
緩やかな坂を下り大回りして、ようやく家のある谷間へ到着した。
薬草園の横でタキスが手を振っている。
「ただいま」
停めた荷馬車から転がるように降りると、手を広げるタキスに飛びついた。抱きしめてくれる腕が嬉しくて、背中に手を回してしがみついた。
「お帰りなさい。街は楽しかったですか」
抱きしめたまま、タキスが小さな声で言うが、その声は少し震えていた。
「楽しかったよ。初めて見る物や、食べ物が沢山あったの。それから、宿屋に泊まったんだよ。えっとそれから……」
無言で抱きしめてくれるタキスに、もう一度しがみついた。
「ただいま。タキスに会いたかった」
そんな二人を、二人と一匹が黙って見守っていた。
顔を上げて離れた二人を見て、ブルーが上から声をかけた。
「それで、黄色の髪の竜人の魔法の成果を、我にちゃんと見せてくれぬか」
タキスが笑って手を離したので、レイは両手を広げてくるりと一回転して見せた。
「すごいでしょ。耳はこんなんだし、鼻も大きくなってるんだよ。髪はサラサラ」
「ほう、これは見事なものだな。変化の術は光の精霊魔法の中でも上位の魔法だ。それをここまで使いこなすとは、黄色の髪の竜人の腕は大したものだ」
レイの体に頬擦りして、ブルーは感心したように言った。
「ありがとうございます。ここまで大掛かりな魔法は、私も久しぶりでしたからね。緊張しましたが、レイのペンダントの中にいた上位の光の精霊達が手伝ってくれましたので、楽に出来ました」
レイの頭を撫でながら、タキスが言うのをブルーは黙って見ていた。
「そう言えば、蒼竜様の寄越して下さったシルフ達にもお礼を。見守り、ありがとうございました」
ギードが言うのを聞いて、レイは思い出したようにペンダントを見た。
「あのね、朝市に行った時にペンダントが跳ねたの。何かあったのかな」
ペンダントを手に取り優しく撫でる。木彫りの素朴な竜の形は、記憶の中の母が、ずっと身につけていたままだ。
「シルフ達も、朝市を見たかったのかもな」
面白そうにブルーが言うのを聞いて、レイは笑顔になる。
「やっぱりそうなんだ。楽しかったのかな?」
そう呟くと、目の前に何人ものシルフ達が現れて、嬉しそうに髪を引っ張ったり、肩に乗って耳を引っ張ったりし始めた。
「あはは、皆も街へ出て楽しかったんだね。よかった」
シルフ達に揉みくちゃにされながら、ブルーの鼻先に抱きついて笑った。
「さて、良いものを見せて貰った。それでは我は森へ戻るゆえ、家へ入るといい」
大きな翼を広げると、ゆっくりと浮き上がり、上空を旋回して飛び去って行った。
蒼竜を見送ると、ニコスがタキスの肩を叩いて笑いながら言った。
「さて、まずは暗くなる前に荷下ろしだけでもしてしまおう。酒瓶や騎竜の道具は明日でも良いが、食料は片付けてしまわねばな」
「そうだな、まずは荷下ろしをしてしまおう」
荷馬車の覆いを外しながらギードも笑った。
空を見上げていたレイも、慌てて手伝うために荷馬車に駆け寄った。
「そうですね、楽しかった土産話は、夕食の時にゆっくり聞かせてください。まずはこの荷物を片付けてしまいましょう。貴方の術を解くのはその後ですね」
レイと顔を見合わせて、タキスは腕まくりをしながら嬉しそうに笑った。
「うん、いっぱいいっぱい話したい事があるんだよ」
手渡された荷物を、家へ運びながら、レイは胸がいっぱいになった、でも、この気持ちを表す上手い言葉が見つけられなかった。
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