精霊護衛部隊

「竜人の坊ちゃんは、飴がお好きらしい」

 楽しそうに買い物をする竜人の少年を、宿を出てからずっと後をつけていた三人組が、物陰から見ている。

「ドワーフがいなくなったのは有難い。仕事がやりやすくなったな」

「それなら、甘いもので誘ってみるか」

「いや、親が離れた隙に一気に連れ去るのが簡単だろ」

 禿頭の二人が、顔を寄せて相談をし始めた。

 背の低い茶色の髪の男が、慌てたように合図する。

「おい、また移動するぞ」

 三人は無言で左右に散らばり、また後をつけ始めた。




「ソーセージは、ここのが美味いんだよ。始めの頃は自分で作ってたんだけど、ここのを食べてからはもう、自分で作る気がしなくなってね」

 そう言うと、一軒の大きな肉屋の前で立ち止まった。

「いらっしゃい。おやおや、嬉しいことを言ってくれるな」

 笑って出てきた主人を見て、レイは驚きの声を上げた。

「え? 竜人なの?」

 その男の人は、背が高く耳も尖っているが、鼻はニコスよりもかなり低い。普通の人間より少し高い程度だ。

「お、竜人の子供か、珍しいな。へえ、子持ちだったとは知らなかったよ」

 レイを見て肉屋の主人は、豪快に笑って言った。

「彼は、人間と竜人のハーフなんですよ。まあ滅多にいませんが、なんとなく気軽に立ち寄れるだろう?」

 そう言って笑うと、吊るしてあるソーセージを次々と注文していった。

 買ったものをまとめて大きな麻袋に入れてもらい、ポリーの籠に入れる。

「姫、お願いしますよ」

 袋を叩くと、精霊が現れて袋の中に入った。

「あれ? 今のは水の精霊?」

 思わず呟くと、肉屋の主人が感心したように言った。

「ほう、その歳で精霊が見分けられるとは、さすがは竜人の子供だな」

「ええ、とても優秀なんですよ」

 自慢げに主人に言うと、ニコスは袋を叩いて説明してくれた。

「食材は傷みやすいからね、姫にお願いして保管してもらってるんだよ」

「そんな事出来るんだね」

 感心したように言うと、逆にニコスに驚かれた。

「だって、いつも食卓で見てるだろう? サラダや果物を保存してくれてるのを、あれと同じ事だよ」

「そっか、それなら分かるや」

 納得したように呟くのを、大人二人は面白そうに見ていた。

「さあ、次に行こうか。欲しいものがあれば言ってくださいね」

 肉屋の主人に手をあげて挨拶すると、またポリーを引いて歩き出した。




 二人から離れたギードは、一旦路地へ入ると立ち止まって端へ寄った。

「何があった?」

 空中に向かって小さな声で呟く。

 すると、シルフが一人現れて、ギードの腕に座った。


『人間の三人組がレイを見てるあれは人買い悪い奴』


「大丈夫かと思っとったが、逆に竜人の子供に反応しおったか」

 大きなため息を吐くと、シルフを見て尋ねた。

「どんな奴じゃ、まだおるか?」

 シルフが指差す方向には、頭の上にシルフが飛んでいる人間が三人いた。シルフ達はその人間を指差して怒った顔をしている。

「でかい禿頭が二人と、背の低い茶色の髪の男か」

 シルフ達が一斉に頷く。

「具体的に何か言ってるか?」


『どうやって攫うか相談してた』

『飴が好きだって言ってた』

『ドワーフがいなくなって有難いって言ってた』


「なるほど、よく見とるな」

 しばらく俯いて考えてから、顔を上げて言った。

「一旦様子見じゃが、何か行動を起こすようなら止めてくれ。少々痛めつけても良いが、出来れば大事にはせんでくれ、レイには知らせたくない。分かるか?」

 すると、何人ものシルフが空中から現れて皆一斉に頷いた。


『大丈夫大丈夫』

『秘密秘密』

『護衛部隊だもん』

『護衛部隊だもん』

『守るよ守るよ』

『大好きだもん大好きだもん』


 それを聞いて、ギードは吹き出した。

「精霊の護衛部隊とはなんとも豪勢じゃな。では、一旦戻るでよろしく頼む。何か問題があれば声を飛ばしてくれ」

 腕のシルフが頷いて飛び立つのを見送ると、ギードは通りへ戻って行った。

 陶器の食器を置いている店で立ち止まっている二人に追いつくと、ギードは素知らぬ顔で声をかけた。

「向こうは特に無かったわい。もう少し見てくるから先に行っておってくれ」

 レイの頭を撫でながら大声で言うと、ニコスに目で合図してまた離れて行った。




「これが良いな、ほら四個お揃いだよ」

 レイが手にしているのは、やや深めのマグカップだ。カップと持ち手の部分に、巻きつくように緑の蔓と葉が描かれていて、時折赤い実も付いている。

 四つのカップは、それぞれの季節を表しており、並べると蔓が繋がるような不思議なデザインになっていた。

「坊ちゃんはお目が高い。それは王都でも評判の絵師によるものですよ」

 店の主人が満面の笑みでそう言うのを聞いて、逆にレイは慌ててしまった。

「えっと、もしかしてとっても高いのかな?」

 ニコスに、良さそうなのを選んでくださいと言われて、良いと思ったのを言っただけだったが、高いものを選んでしまっただろうかと急に不安になった。

「これは確かに良い品ですね。ご主人、包んでくれますか」

 ニコスもカップを手に取って満足そうに言うと、主人に渡した。

「ごめんなさい。もしかして高かったかも」

 小さな声で言うと、ニコスが笑って首を振った。

「値段じゃありませんよ。毎日使う物に良い物を使うのは、大事な事なんだよ」

 そう言って、食器を包んでいる主人の方へお金を渡すために離れていった。

 一人になったレイは、近くに並んだ花瓶を見ている。レイの後ろに茶色の髪の男が近づいて来るのに誰も気づかない。



「よし、竜人の親が離れた。今だ」

 禿頭に言われて、茶色の髪の男がさり気なく竜人の少年に近づいていく。

 声をかけようとした、まさにその瞬間、積み上がっていたお皿がゆっくりと斜めに傾いてきた。

「わあ!危ない、お皿が倒れますよ!」

 レイは、慌ててお皿の山を横から支えた。これ以上倒れてはこないようだが、とても重くて動けなくなってしまった。

 声を聞いて、主人とニコスが振り返る。お皿の山を必死で押さえている少年を見て、主人が慌てて飛び出してきた。

「なんて事だ、有難うよ坊や」

 そう言うと、軽々と片手でお皿の山を押さえて真っ直ぐに戻してくれた。

「びっくりした、急に倒れてきたから、どうしようかと思ったよ」

 無事にお皿の山から解放されて、手を振りながら言った。

「驚きました、大丈夫ですか?」

 ニコスが背中を撫でながら言ってくれたので、掌を見せながら笑った。

「大丈夫じゃないです。大変です。負傷しました」

 笑って見せた掌には、お皿を押さえた跡が大きく線になって付いている。

「おお、これは名誉の負傷だな。勇敢に戦った兵士には褒美を取らせましょうぞ」

 食器屋の主人が笑いながらそう言って、奥から小さなお皿を四枚持って出てきた。

「これは、俺の息子が作った物なんだよ。まだ見習いで売り物にはならないんだが、貰ってやってくれるか」

「良いの?四枚も」

 紙に包まれた

 お皿を受け取りながら言うと、食器屋のご主人は、ニコスを見ながら言った。

「だって、四人家族なんだろ?だったら一枚ってわけにはいくまい?」

「よろしいんですか?せっかく息子さんが作られたものなのに」

 ニコスも話を聞いて、レイから包みを受け取りながら聞いた。

「食器なんてものは、置いておいても意味はないんですよ。毎日使って貰ってこそ、その価値が出るんです。大したもんじゃありませんが、よければ飯の時にでも端っこで使ってやってください」

 レイはニコスが笑って頷くのを見ると、主人にお礼を言った。

「有難うございます。大事に使うね。えっと、息子さんにもお礼を言ってください」

「ああ、有難うな。また見にきてくれよな」

 手を振る主人に手を振り返して、二人は歩き出した。

「後は? 何か見るものはあるの?」

「とりあえず、欲しいものはこれだけだな。まあ、まだ色々あるから、通りの端まで行きましょう。そこでギードと合流するよ」

 そう言って、店を見ながらゆっくり歩いて行った。




 朝、あんなに食べてお腹いっぱいだったのに、そろそろお腹が空いてきている。

 丁度いい具合に、通りのお店が食べ物の屋台に変わりはじめていた。

「丁度お腹が減ってきた時に、食べ物の通りになるって面白い」

 大きなお肉の塊を焼いている店を見ながら言うと、ニコスも笑った。

「そりゃあ、買い物は体力勝負だからな。食べ物屋は待ち構えてるよ。せっかくだから何か食べてみるか?」

 口に入れて貰った飴は、もうすっかり溶けて無くなっている。

「えっと、僕喉が渇いたよ」

「それなら、あそこかな」

 ニコスが指差したお店は、色とりどりの果物が山盛りに積まれている。

「頼めば、好きな果物を絞ってくれるんだよ。美味しいよ」

 店の前へ行くと、レイに負けないくらいの赤毛の女性が奥から出てきた。

「いらっしゃい、お好きな果物でお作りしますよ」

「見た事のない果物もあるね。どれがいいんだろう?」

 ニコスを見ながら言うと、女性が笑って言ってくれた。

「子供さんには、甘いこれがお薦めだね。お父さんにはこっちかな」

 横に立てかけた看板を指差して言う、そこには細かい字で色んな果物の組み合わせが書いてあった。

「じゃあ、それでお願いします」

 ニコスが頼んでお金を払った。

 女性は手慣れた様子で果物を切り分けると、あっと言う間に作って渡してくれる。

 ジュースは、屋台の横に置いてある椅子に座って飲めるようになっているようだったので、陶器のコップを受け取ると、二人は店の横の椅子に並んで座った。

「美味しい!」

 一口飲んで、思わず声が出た。それを聞いた女主人が嬉しそうに頷いている。

「おお、これも美味しい。酸味があって口の中がさっぱりするよ」

 ニコスのコップを見ていると、コップを差し出された。

「ちょっと飲んでみますか?何事も経験だ」

 コップを交換して少し飲んでみる。

「……えっと、僕にはちょっと酸っぱいです」

 コップを返しながら小さな声で言うと、ニコスに笑われた。

「まだ子供の口だな。これが飲めないとは、じゃあ酒なんてまだまだだな」

「僕は甘いのがいい」

 そう言うと、返して貰ったジュースを飲んだ。

 その時、後ろにまた茶色の髪の男がゆっくりと近付いて来た。

 ニコスが空になったコップを渡すために立ち上がった時を見計らい、レイの襟首を引っ掴んで口を塞いでしまおうと言う、かなり乱暴な手段に出た。

 しかし、正にレイに手を伸ばした瞬間、思いっきり足を滑らせて後ろ向けにひっくり返った。


 ものすごい音がして、地面に頭が激突した。


「だ、大丈夫ですか」

 音に驚いて立ち上がったレイは、振り返って地面に倒れたまま動かない男を覗き込む。

「なんだい、こんな奴放っておけばいいよ」

 音を聞いてこっちを向いた女主人が、男を見るなり顔をしかめてレイの手を引いた。

「ここいらにたむろしてるろくでなし共だよ。おおかた何か悪さをしようとして足を滑らせたんだろうさ。坊や、関わるんじゃないよ」

 そう言って、ニコスにレイを引き渡すと、さっさと店に戻ってしまった。

 レイとニコスは顔を見合わすと、無言でその場を足早に立ち去った。



「あのバカ、何やってるんだ」

「さっきと言い、今と言い、運の強いガキだ」

 禿頭の男二人は顔を見合わせて頷くと、倒れた仲間の男を放ったまま、また後をつけ始めた。




 合流予定の噴水に到着したので、ポリーを引いた手綱をレイに渡すと、ニコスは笑って屋台を見ながら言った。

「ちょっと、軽く摘めそうなものを買って来ますから、ここでポリーと一緒に留守番をしててもらえるか」

 噴水のヘリに座って頷いた。

「うん、ちょっと疲れたし、ポリーとここで待ってるよ」

 ポリーの首筋を掻いてやりながら言うと、ニコスは頷いて屋台の方へ行ってしまった。



「こんなに人がいると疲れるね。朝も早かったし眠いよ」

 大きな欠伸を一つすると、前に立っているポリーにもたれて目を閉じた。

 すぐに、レイの左右にさり気なく禿頭の男が座る。

 左右から子供の腕を取ろうと手を伸ばした瞬間、勢いよく後ろに二人揃ってひっくり返った。


 大きな水音がして、盛大な飛沫が上がる。


 目を閉じてうつらうつらしていたレイは何が起こったのか分からず、水音に驚いて飛び上がり、立ち上がって咄嗟にポリーにしがみついた。飛沫がかかって前髪が少し濡れている。

 噴水の中では、大きな男の人が二人、ひっくり返った体勢のまま固まっている。

「この騒ぎは何事だ」

 制服を着た警備兵が数人、人混みの中から現れた。

「またお前らか、今度は何をしたんだ。もう泳ぐ季節は終わったぞ」

 水の中からようやく起き上がった二人は、警備兵達を見るなり、濡れ鼠のまま走って逃げて行った。

「待て、何をしておったのか、詰所で話を聞かせてもらうぞ」

 逃げる二人を追いかけると、人混みが割れて警備兵達を通す。あっという間にいなくなってしまった。



「なんの騒ぎだ?」

 両手に、揚げた芋と蜜のかかったパイを持ったニコスが、ギードと一緒に戻ってきた。

「えっと、僕、うたた寝してたからよく分かんないけど、男の人が噴水に落ちたの、それで警備兵の人達が出てきたら、その人達は濡れたまんま逃げて行ったんだよ」

「おやおや、騒がしい事だ。大丈夫ですか?」

 芋の包みを渡しながら聞くと、レイはマントを叩いて滴を払ってから受け取って言った。

「ちょっと水飛沫がかかったけど、ほとんどマントが防いでくれたよ。これ、全然水を通さないんだね」

 感心したように言うレイを見て、ニコスが嬉しそうに言った。

「それは、私が旅をしていた時に、あるお方から頂いたマントでね。ずいぶんとそれには助けられたんだよ」

 背中についた水滴を落としてやりながら、懐かしそうに目を細める。

「大事なものだったの?」

「言っただろう? もう俺の旅は終わりました。着ない服なんて置いてあるだけでは値打ちが無いからね。貴方が着てくれたら、マントも喜んでいるよ」

 左右にニコスとギードが座ると、三人は買って来たものを交換しながら食べた。

 お腹がいっぱいになった所で、もう一度賑わう通りを戻って宿屋へ帰ることにした。

「レイ、インク壺が売ってるよ。せっかく万年筆を貰ったんだから、インクも買ってみれば良いんじゃないか?」

 雑貨屋の前を通った時に、ニコスが気づいてそう言ってくれた。

「えっと、どれでも使えるの?」

「店主に聞いてみればいいよ」

 そう言われて、リュックから貰った万年筆を取り出した。

「あの、すみません。これに入れるインクってどれでしょうか?」

 座って字を書いていた年配の主人が、声を聞いて顔を上げた。

「おや、竜人の親子とは珍しい。どれだね見せてみなされ」

 そう言って手を出すので、レイは貰った万年筆を渡した。それを見た主人は目を見開き、レイを見てからニコスを見た。

「使えるインクを見てやってください」

 ニコスが頷いてそう言うと、苦笑いした主人は立ち上がった。

「これほどの品なら、迂闊なものは渡せませぬな」

 そう呟くと、棚に置いてある瓶をいくつか出してきてくれた。

「色はどれがよろしいかな?こちらから順に、このようになっておりますぞ」

 一枚の紙を横に置いた。順に黒いインクから薄い茶色まで五色が並んでいる。

「えっと……黒かな?」

「それならこっちにしなされ、良い色じゃ」

 ギードが横から言ってくれた色は、黒より少し茶色がかった優しい色をしている。

「じゃあこれにします」

「ありがとうな。銅貨一枚じゃ」

 瓶を包みながら言う金額を聞いて驚いてニコスを見る。インク一つにそんなに払って良いのだろうか。

 しかし、ニコスは笑って頷いてくれたので、貰った袋から銅貨を渡した。



「さて、もうこれで買い物は終わりかな?」

「あとは宿屋で荷物を積み直して、晩飯をバルナルから貰って帰るだけじゃな」

 ギードが伸びをしながら笑った。

「いっぱいお買い物して楽しかったよ」

 レイも笑って頷いた。

 一行は話をしながらのんびり宿への道を歩いて行く。

 街路樹の枝の上では、一仕事終えたシルフ達が嬉しそうに笑顔で一行を見ていた。

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