ドワーフギルド
「ほら、あそこがドワーフの
ギードが指差す先には、一際大きな石造りの建物があった。
壁は、一面に幾何学模様の細工が施され、柱には今にも動き出しそうな彫像が何体も壁に寄り添って立っている。
硝子のはまった分厚い窓枠にも、細やかな木彫り細工が施されている。
建物の横にあるアーチ状の門をくぐって荷馬車ごと中へ入り、指定された場所に停めると、同じ服を着たドワーフが何人も集まって来た。
「ギード、久しぶりじゃな。とんと見かけぬから死んでるんじゃないかと噂しとったところじゃ」
一際大柄なドワーフが、笑いながら手を上げた。
「毎回、ワシを勝手に殺すな。この通りピンピンしとるわい」
ギードが笑いながら大声で答えると、荷馬車から降りて、抱き合うようにしてお互いの背中を叩きあった。
「おや、そっちの子は初めて見るな。誰じゃ?」
御者台に座るレイを見て、ドワーフが尋ねる。
「ああ、ちょっと訳ありでな。面倒見とる竜人の子供だよ。レイ、こいつはこう見えて、ここの一番偉いやつでな、ワシの昔馴染みなんじゃ」
「こう見えてとは失礼な。俺はバルテンだ、よろしくな竜人の子供よ」
ギードの背中を叩いてから、満面の笑みで右手を差し出す。ニコスを見ると頷いてくれたので、大きな手を握り返して挨拶した。ギードと同じで、硬くて分厚いとても大きな手をしていた。
「はじめまして、レイです。よろしくお願いします」
「おお、良い子だ良い子だ。ここには子供の遊べる部屋もあるからの、見てみるといいぞ」
緊張しながら挨拶するレイの様子を見て、何度も頷いて笑顔で教えてくれた。
「じゃあ、荷を下ろすから手伝ってくれるか」
荷物を覆っていた布を外しながら、側にいたドワーフ達に声をかけると、彼らは手分けして、倉庫から大きな台車を二台持ってきて、あっという間に大きな箱を台車に積み替えてしまった。
別のドワーフが、タキスが作った薬の袋を大きな籠に次々に入れていった。
最後に、ギードが荷馬車の端に置いてあった包みを手にした。
「おい、それはまさか……」
バルテンが、ギードの手にした包みを指差す。
「そのまさかじゃ、しっかり鑑定してくれ」
にやりと笑うギードを見て、バルテンは笑顔になった。
「任せろ。最高の値を付けてやる」
背中を力一杯叩いて頷くと、台車を押したドワーフ達と一緒に、建物の中へ入っていった。
それを見送っていると、別のドワーフが水場から大きな桶で水を汲んできて、トケラに飲ませてくれた。
レイは、慌てて手伝おうとしたが、笑って断られてしまった。
「さて、ワシはちょっと奥で商談をしてくるから、ニコスと一緒に待っておってくれるか」
振り返って言うと、トケラを撫でてから建物の中へ入ってしまった。
「じゃあ、行きましょう」
ニコスが、ギードが入っていったのとは反対側にある別の建物へ向かった。ギードの入って行った建物を見ていたレイは、慌てて返事をして付いて行った。
大きな扉を開けると、人間の女性が待っていた。
「お世話になります。遊戯室の申し込みをお願いします」
ニコスがそう言うと、女性の持つ台帳に何かを書き込んだ。
案内された広い部屋は、机と椅子が並んでいて、壁の棚には、本や箱が幾つも入っている。
「見てごらん。面白いものがあるぞ」
ニコスに言われて棚を見に行ってみると、覗いた箱の中には、掌ほどの木の箱が幾つも入っていた。
手に取って開けてみようとして、分からなかった。
どこを見ても蓋がないのだ。
しかし、軽く振ってみるとカラカラと音がするので、中は空洞になっている。
「さて、開けられるかな?」
声をかけてきたのは、先程と同じ様な服を着た小柄なドワーフだった。
「これ、開くんですか?」
どう見ても開ける蓋が無いのだが、ドワーフは笑って頷いた。
「開けられたら、ご褒美がありますよ」
横で、ニコスも違う箱を手にして考えている。
「分かった。開けてみる。無理矢理じゃなくて、開ける方法があるんでしょう?」
そう聞くと、ドワーフは何度も頷いて笑顔になった。
「そうです、ちゃんと正しいやり方で開ければ、中を取り出せます」
それを聞き、その場に座り込んだレイは、まずは手にした箱をよく見てみる事にした。
すると、横の面の一つに二本の筋が入っているのが見えた。引っ張ってみたが動かない……押してみても同じ。押さえて横にずらしてみたら、少し動いた。
「あ、開いた……?あれ、違うな、ここまでしか動かないや」
それは、少し動いただけで止まってしまった。
箱を回して他の面も見てみるが、筋があるのはここだけだ。またよく見てみると、筋の付いた面の角の横にも、ぐるりと一回り筋が付いている。
「あ、分かったかも……」
そう言って、側面を面ごと押さえてずらしてみる。さっきの筋は左に動いたので、右に動かしてみたが動かない。
「じゃあ、こっちかな……」
面ごと上にずらすと、また少し動いた。交互に動かしていくと、階段状にどんどんずれていき、最後に横の大きな面を動かすと開いて中から番号札が出て来た。
「開いた!」
笑顔で顔を上げると、ニコスと先程のドワーフが、驚いた様にこっちを見ている。
「番号札が入ってた。これがご褒美?」
番号札をドワーフに渡すと、呆然としたまま受け取った。
「……何と、こんなに早く開いた子は初めてだぞ」
手にした番号札を見ると、いきなり笑いだした。
「これは参った。完敗だわい」
そう言うと、先程の女性に番号札を渡した。
女性はそれを受け取ると部屋を出て行き、すぐに大きな箱を手に戻ってきた。
「お好きなものを一つ、取って下さいね」
箱の中を覗き込むと、本が五冊入っていた。背表紙の文字を見て、二冊目の本を手に取る。
「これにしても良い?」
笑って頷くと、布製の手提げの袋に本を入れて渡してくれた。
本はとても高価で、簡単に手に入るものでは無い。
見ていたニコスは驚いたが、ご褒美だから良いのだと、彼女は笑って言うだけだった。
「他にもあるぞ、やって見るか?」
見ていたドワーフが、別の箱を持って来てくれた。
「ここには何が入ってるの?」
嬉々として覗き込むと、そこには金属の棒が複雑に絡み合ったものが幾つも入っている。
「二本の棒が絡まっておる。外せたら、また別のご褒美が出るぞ」
楽しそうに言うドワーフを見ると笑って頷き、中から一つ手に取った。そしてじっくり考え始めた。
「これは……将来が楽しみな子供だな」
「なんと、もう外し始めたぞ」
「誰か、もっと難しいのを持ってこいよ」
その頃廊下では、何人ものドワーフ達が、からくり箱を開けた子供がいると聞き、大喜びで見に来ていることをレイは知らなかった。
「外れたよ」
左右の手に、それぞれ外した金具を持って、レイは機嫌よくドワーフに報告した。
二本の金具は、複雑に絡み合っているように見えたが、理屈が分かれば案外外すのは簡単だった。
「これまた完敗だ。なんともすごい子供じゃな」
金具を箱に片付けたドワーフは、女性に合図して立ち上がった。
先程の女性が、また箱を持って入ってきた。
「どれにしますか?」
その中には、細長い小さな箱が並んでいた。
「えっと、中は何か聞いちゃいけないの?」
「何が出るかは、開けてみてのお楽しみですよ」
レイの質問に真面目に答えてくれたが、顔は笑っている。
「じゃあこれにする」
一番手前側にあった小箱を手に取る。開けて見ると、細長い棒が入っていた。
「何だろうこれ? 杖にしては短いし」
手に持ったそれをくるりと回して眺めてみる。奇麗に磨かれた木目が美しいそれは、よく見ると上部に切り目があり一部が外れるようになっている。
「ここが開くのかな」
先を持って軽く引っ張ってみると蓋が外れた。
「あ、ペン先がある……って事は、これはペンなんだね」
振り返ってニコスに言うと、持っていたペンを見せた。
「お嬢、いくらなんでも景品が豪華すぎやしませんか?」
受け取ったそれをまじまじと見てから女性に言ったが、彼女は笑ってそれを否定した。
「その子は、それだけの事をしたんですからね。約束通りの報酬を受け取るのは当然です」
ニコスは苦笑いして首を振ったが、手に持ったペンをレイに返した。
「良いものを貰いましたね。これは、ここを回すと中軸が外れるようになっていて、この部分にインクを入れるようになっているんです。これは、持ち運びのできる万年筆と呼ばれるペンですよ」
実際に中軸を外しながら、使い方を教えてやる。目を輝かせて聞いていた少年は、返してもらったそれを何度か外して確認してから、きちんと元に戻して箱に入れた。
「ありがとうございます。本もペンも大事にします」
先程の手提げにペンも入れると、女性を見上げてお礼を言った。
「どういたしまして。また、いつでも挑戦してくださいね」
そう言って笑うと、女性は箱を手に部屋を出て行った。
女性と入れ違いにギードが戻ってきた。
「何だ何だ? 皆が騒いでおったが、からくり箱を開けたとな?」
「ギード、もうお仕事終わったの?」
レイが駆け寄ると、頭を撫でてから嬉しそうに言った。
「おお、終わったぞ。なかなかに良い値を付けてくれたわい」
腰のベルトに付けた横長の鞄から、小さな袋を出してニコスに渡す。
「買い出しの資金にしてくれ。騎竜の道具は良い物を探さねばな」
袋の中を確認して驚いたニコスは、ギードの顔を見て口を開きかけたが、ギードは笑って頷いた。
「了解だ、他にも色々と必要だからな。ありがたく使わせてもらうよ」
同じく、腰につけた鞄にその袋を入れた。
「さて、腹が減った事だしまずは飯にするか。バルテン、世話になったな」
振り返ったギードがそう言うと、部屋の入り口には、先程のバルテンが立っていた。
「ああ、久々に良い取引をさせて貰ったよ。あの宝石は大事に使わせてもらうわい」
「どんな品になるか、楽しみにしとるぞ」
二人は嬉しそうに拳をぶつけ合って、手を叩き合った。
それから、バルテンはレイの前へ来ると、しゃがんで眼線をあわせてから笑顔で言った。
「レイ殿、見事でありましたな。また次回お越しの際には、更に難しいのを用意しておきますので、是非挑戦してみてくだされ」
「素敵なご褒美をありがとうございます。大切にします。えっと、とっても楽しかったので、また来ることがあれば挑戦しますね」
満面の笑みでそう言うと、バルテンにそっと抱きついた。
「これはこれは、嬉しい事を言ってくださる。ええ、いつなりとお待ちしておりますぞ」
ちょっと驚いたが、嬉しそうに笑って、バルテンは大きな手でそっと抱きしめ返してくれた
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