お休みの理由

 燻製肉を作った日の夜、伝言のシルフが馴染みの行商人の言葉を、ギードに伝えてきた。

『明日の昼過ぎに立ち寄ります』

『いつもの品は一通り持って行きますが』

『特に何か要るものが有ればお知らせください』

「分かった、何かあるなら、後でこちらから連絡するわい」

 それを聞くと、伝言のシルフはくるりと回っていなくなった。



 ギードはしばらく無言で考えていたが、顔を上げるとシルフを呼んだ。

「すまぬが、タキスとニコスが起きておるか見てきてくれるか。ちと相談したいことがあるのでな」

 シルフは、頷くとくるりと回っていなくなった。

「さて、レイを今、外の者に会わせて良いものか……いや違うな、彼がここにいる事を、まだ外の者に見せぬ方が良いのか……」

 村を襲撃した者達の、真の狙いが何なのか分からない状態で、彼が無事でここにいる事を知らせるのは、どう考えてもまずい気がする。

 会わせないように無理に閉じ込めるのは、彼を不安にさせるだろう。

 厩舎や食料庫で働いてもらっていても、うっかり入ってこられては意味がない。

 どうすれば良いかあれこれ考えていると、すぐにシルフが戻ってきた。

『二人共起きてる来てもいいって言ってた』

「そうか、ありがとうな」

 礼を言ってから立ち上がった。



「行商人が来るんですか、それは……確かにレイとは会わせてよいか微妙ですね」

「確かにな、万一あのペンダントが狙いであったなら、無事な彼が持っていると考えるだろう」

 タキスとニコスは、顔を見合わせて唸るようにそう言った。

「しかし、ならばどうやって会わさぬようにする?」

「部屋に閉じ込めるのは、逆効果でしょうね」

「それは無理だし、可哀想だろう。どうしたもんかな……」

 三人共、沈黙してしまった。


「あ、蒼竜様にお願いすればいいんじゃないか?」

 ニコスが、顔を上げて笑顔になった。


「何を頼むんじゃ?庭に蒼竜様がおられたら、それこそ大騒ぎになるぞ」

 ギードの疑問に、ニコスは思いついた案を説明する。

「蒼竜様も事情をご存知なんだから、外の者が来るからと説明して、彼を外に連れ出して貰えばよい。それこそお休みをあげると言って、弁当を持たせてやればどうだ?」

「それは良い案ですね。ここへ来てから、ずっと働いてくれてますし、休みだと言って連れ出してもらえれば、不自然なく彼を隠せますね」

「確かに名案だ。ではそれで行こう。それと、いつもの事だが交渉は俺がする。ゴドの村の扱いが、あの後どうなったのか知っておきたい。行商人ならば何か知っておろう」

「そちらはあなたにお任せします。私は遠慮します」

 タキスが言うのを、ギードは痛ましそうに見た。

「まだ、外の者は苦手か?」

「正直、近くに来ると思うだけでも、息が止まりそうになります。でも、レイとのこれからを考えると……こんな事では駄目だと思うんですが……」

 驚いたように目を見開き、もう一度タキスの顔を見た。

「そう、考えられるようになっただけでも大したもんだ」

 立ち上がりタキスの肩を叩いた。苦笑いして、ニコスも頷く。

「彼が来てから……あの子の事を想わない日はありません。でも……」

「無理せずとも良い。何度でも言うが、お前は悪くない」

 タキスの背を撫でてから、自分の家へ戻った。



 着替えながらシルフを呼ぶ。

「すまぬが、大至急蒼竜様に伝えてくれぬか。ちょっとお願いしたい事があるので、ワシも外へ出るから、今から西の岩場のところまで急ぎお越しくださいとな」

『了解今から西の岩場へ大至急来て欲しいお願いあるの』

「そうだ、頼むぞ」

 消えたのを確認してから上着を羽織って、火を入れたカンテラを手に厩舎へ向かった。

 丸くなって眠っていたラプトル達は、灯を持って入ってきたギードを見て立ち上がった。

「寝ておるところをすまんな。ベラよ、西の岩場まで行くので、乗せてくれ」

 鞍を用意しながら話しかけると、他の子達はそれを聞いてまた丸くなって眠ってしまった。

 ベラは、嬉しそうに何度も飛び跳ねて、元気さをアピールする。

「そうかそうか、頼もしいの」

 首筋を掻いてやり、鞍とハミを手早く取り付けて行く。

 軽々と鞍に跨ると、カンテラの灯を小さくし、銜の横にある金具に取り付けた。

 本来、ラプトルは夜目が利くので明かりは必要ないのだが、夜行性の魔獣は、基本火を怖がる事が多い。なので、魔獣除けとして小さな火を灯すのだ。

 ゆっくりと外に出ると、厩舎の扉を閉める。

「さて、すまぬが急いでくれ」

 声をかけると、ベラは一気に走り出した。



 西の岩場の近くまで走ると、上空に大きな黒い影が旋回しているのが見えた。

 手を振ると、ゆっくりと岩場に降りてくる。

「このような時間に申し訳ございません」

 ベラに乗ったまま話しかける。

「そのままでかまわぬ、何か問題でもあるのか?」

「実は、明日の昼ごろ馴染みの行商人が来るのですが、レイの姿を見せぬ方が良いのではないかと考えております」

「襲撃者の狙いがどこにあったのか、分かっておらぬ故な」

 頷いて目を閉じる。

「その通りでございます。それに、行商人がレイと顔見知りの可能性もありますのでな」

「我は何をすれば良い?」

 呼び出した意味は気付いているだろうに、知らぬ風に尋ねる。

「明日、レイには休みをあげると言って、弁当を持たせます故、あなた様は、夕刻まで彼を外へ連れ出して遊んでいてやってくださいませ」

 ギードの提案に、蒼竜は嬉しそうに頷いた。

「なるほど、無理に閉じ込めるよりずっと良いな。ならばそう致そう。明日の朝、迎えに行けば良いのだな」

「はい、それでお願い致します。それからもう一つ、実は気になる事がございましてな」

 話は終わりだと思っていた蒼竜は、ギードの声を聞き座り直した。

「彼がおった、自由開拓民のゴドの村なのですが、レイの話を聞くうちに、襲われた理由が、母上様では無い可能性が出て参りました」

「どういう事だ?」

「それが、あの村の村長なのですが、どう考えてもただの農民ではございません。というのも、ラディナ文字だけでなく、ラトゥカナ文字まで自ら子供達に教え、算術盤を使いこなし、勉強の為の本を個人で複数持っている。また、アルターナの詩をそらんじておる……どう思われますか?」

「確かに、どう考えてもただの農民では無いな。貴族出身の変わり者か世捨て人……で、済めば良いが、何かの犯罪か事件に加担するなり巻き込まれてか、逃げて追われていた可能性が高いな」

「はい、単なる犯罪者であれば、完全に無関係ですので、我らの心配は杞憂に終わりますが、今のところ、どちらとも……分からぬ事が多過ぎます」

「全て繋がっておる可能性もあるな」

「と、申されますと?」

「推測に過ぎぬが、母上も、ただの農民では無いのであろう。ならば、事情を抱えた彼の母上が、何らかの繋がりのあるその村長の元へ、保護を求めて行った可能性もある」

 首を振ってため息を吐いた。

「今更ながら、お母上をお助け出来なかった事が悔やまれます」

「その通りだな……とにかく、その辺りの事情は我にも分からぬ。すまぬが、何か分かればまた知らせてくれ」

「了解致しました。それと、明々後日、ワシとニコスは、レイを連れてブレンウッドの街へ買い出しに行きます。その際にも、少々目くらましをするつもりでございますので、そちらは御心配なされぬよう」

「何をするのだ」

 興味津々の様子に、ギードは笑って計画を話す。

「なるほど、それならば大丈夫であろう。念の為当日は、我のところの風の精霊にも、何人か付き添わせよう。あれらなら、周りに不審者がおれば、直ぐに気付いてくれるぞ」

「それは心強い、よろしくお願い致します」

 蒼竜の言葉に笑って頷く。

「用件は以上にございます。こんな時間にお呼び立てして、申し訳ございませなんだ」

「気にする事はない。家ではなく、わざわざこんな離れた所へ呼び出す。レイに気付かれぬよう、話したかったのであろう」

「恐れ入ります。不安要素は、一つでも少ないに越した事はございませぬからな。それでは失礼します」

 会釈すると、そのままベラを走らせた。

 家に帰り着くまでずっと、上空では大きな影が見守っていた。

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