ベラとポリー

「さて、では出かけましょうかな」

 ギードが、上着を手に立ち上がる。

「どこに行くの?」

「蒼竜様のところですよ。とても心配されておりましたからなぁ。……どうする? 一緒に行くか?」

 後半は、振り返って竜人二人に言った。

「俺はやめておくよ、色々やることがあるからな」

 ニコスが、台所でお皿を片付けながら言った。

「それなら私が一緒に行きましょう」

 タキスがレイの頭を撫でながら立ち上がる。

「ああ、そろそろ寒くなってきてるから、これを羽織って行くと良い」

 ニコスが、別の部屋からマントを持って急いで戻ってきた。

「懐かしい。これはあの時の……」

 タキスが、ニコスが手にしたマントを見て笑う。

「大事に置いてあったから、どこも悪くなっていないよ」

 ニコスはそれを持ってレイの前に来てしゃがむと、春の咲き始めた花のような薄紅色のマントを羽織らせてくれた。ふんわりと暖かく、とても軽い。

 触ってみると、外側は、薄くて柔らかいが細やかな装飾の施されたとてもなめらかな革で、内側は、これも薄くて暖かい、薄緑色の毛織物で作られていた。

「僕が使っていいの? 大事な物なんでしょう?」

 戸惑うレイに、ニコスは笑って言った。

「着ない服なんて、何の値打ちもありません。それなら雑巾の方が役に立つくらいだ。どうぞ、差し上げますので遠慮なく使ってください」

 襟元のボタンを一つ留めながら、にっこりと笑ってくれた、

「ありがとう」

 笑ったつもりなのに、涙が頬をこぼれ落ちていく。

 レイが自分の涙に驚いていると、ニコスは黙ってぎゅっと抱きしめてくれた。

「さ、いってらっしゃい。帰る頃にはまた美味しい食事を用意しておきますからね」

 顔を見合わせて笑った。




「うわぁ……ラプトルだ」

 案内された厩舎には、二匹のラプトルがいた。

 二匹とも、興味津々でレイを見ている。それどころか、柵の中から首を伸ばして匂いを嗅ごうとさえしている。

「賢い子達ですから、近寄っても大丈夫ですよ」

 タキスに言われて、そっと近寄ってみる。

 村に来る行商人が乗るラプトルは、気が荒く危険な為、子供は近寄らせてもらえなかったので、こんなに近くでラプトルを見るのは初めてだ。



「こっちがベラで、そっちがポリー、名前を呼んで触ってあげてください。こんな風にね」

 タキスがベラのたてがみの下辺りを指を立てて軽く掻いてみせる。

「クルルルー」

 鳥のさえずりのような可愛い高い声でベラは鳴き、タキスの体に頭を擦り付けた。

「えっと、はじめましてポリー、僕はレイです。よろしくね」

 恐る恐る話しかけながら、言われたようにそっと手を伸ばして首を掻いてみる。

 レイの緊張が移ったのか、ポリーはじっとしている。

 しかし、レイが首を掻いてくれると我慢が出来なくなったようで、レイの顔に頬擦りしてきて更には鳴きながら細い腕を甘噛みした。

「おやおや、どうやら仲良くなれたようですね」

 それをタキスが見て笑うと、自分も撫でろとばかりにベラがレイに後ろから頭突きをした。

「待って、順番だから待って」

 グイグイとベラに押されて、倒れそうになりながら踏ん張って笑った。

 久しぶりに声を出して笑った。



「待たせたな、さて行こうか」

 包みを持ったギードが厩舎に入ってきた。

「お主の方が乗るのは上手いだろうから、レイ殿は任せる。で、どっちに乗るのだ?」

 取り出した鞍を手に、タキスを振り返る。

「私とレイ殿の二人分と、あなたお一人……さて、どちらが重いでしょうかね?」

 笑みを含んだ声でタキスが答える。

 ギードは黙ってタキスを見てレイを見て……それから吹き出した。タキスも堪えきれずに吹き出す。

「考えるまでもないな、ではまたベラの世話になるわい」

 キョトンとしているレイに、鞍を渡してポリーに向かう。

 体の色は二匹とも全く同じだったが、体の大きさはポリーの方が一回り小さい。

 小さいといっても、レイの身長ではポリーでも見上げるほどに大きいのだが。

「鞍を付けますから、やり方を見ていてくださいね」

 そう言うと、タキスは鞍をラプトルの背中に乗せ、腹側に回したベルトを締めていく。

 何本かのベルトを軽く引っ張って調整して、あっという間に取り付けてしまった。

「簡単でしょ、一人で乗れるようになるまでに覚えましょうね」

 振り返りながら言われて、一気に体温が上がった。

「覚えたら、一人で乗っていいの!」

「今はまだ無理ですね。まずはラプトルの背に届くぐらいに大きくなってください」

 笑ったタキスに頭を撫でられた。

「うん! 頑張って大きくなる!」

 目を輝かせて力一杯答える少年に、大人二人はもう一度吹き出した。



 ラプトルにはみを噛ませて、手綱の付いたベルトを頭と首に締める。これで騎竜の装備は完了だ。

「さあ、行きましょう。蒼竜殿が待っておられる」

 タキスはひらりと鞍に乗ると、口を開けて見上げているレイに笑顔で手を伸ばした。

「ほれ、このままでは届かんだろう」

 ギードが後ろから脇の下に入れた手で軽々とレイを持ち上げ、タキスに渡す。

 荷物のような扱いにちょっと怒ろうとしたが、タキスの乗る鞍の前に乗せてもらった瞬間、もう忘れていた。

 視界が驚くほど高い。

「慣れぬうちは舌を噛みますので、喋ってはいけませんよ」

 お腹にタキスの左手が回され引き寄せられる。

「しっかり掴まっててくださいね」

 ゆっくり歩きはじめたラプトルは、とても安定していてほとんど揺れなかった。

「さて行きましょうか」


 厩舎から乗ったまま外へ出て、家の前の草地を出発して坂を駆け上がる。

 途端に、風景が一気に後ろに流れた。速さが桁違いだ。

 そのまま谷間を出ると、緩やかな草地を一気に駆け抜けた。

 知らずに大きな声が出る。

 後ろでタキスが笑っていたが構わなかった。風になった気分だった。

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