葬いと新たな生活の始まり

 三人が母を埋葬する為に選んでくれた場所は、泉からもほど近い、日当たりの良い小高い丘の上だった。

側には、とても大きな木が枝を広げ、優しい影を落としていた。



 ギードが作ってくれた棺に納められた母は、沢山の花に埋もれて、笑っているように見えた。

 何度も何度もキスをして、別れを惜しんだ。

 あんなに沢山泣いたのに、枯れることなく後から後から涙があふれて止まらなかった

 三人とも、急がせることもなく黙って側で待っていてくれた。



「精霊王の元へと旅立つお方の為に、我らから、心ばかりの贈り物を」

 そう言うと、タキスが母の胸元に新芽の膨らんだ柊の枝を置いた。

「道の途中にては、この枝が、悪しきもの達を払ってくれましょう」

 次にニコスが、キリルの実が鈴なりになった枝を、同じように胸元に置いた。

「道の途中にて、袖を引くものあらば、この実が代わりとなってくれましょう」

 それからギードが、小さな鉱石の塊を母の手元に置いた。

「道の途中にて、門を塞ぐ者にはこれを与えられよ。さすれば正しき道が開かれよう」

 もう一度ギードが、小さな細い抜き身のナイフを同じく手元に置いた。

「それでも道の途中にて、先を遮るものあらば、この刃が切り開いてくれましょう」


 タキスが花を入れながら、祈りの言葉を唱える。

「正しき道を進み行き、輪廻の輪の中歩む時、悲しき記憶は雨となり、辛き記憶は風となる」

 ニコスも花を入れながら、祈りの言葉を唱える。

「正しき道を進み行き、輪廻の輪の中歩む時、優しき記憶は骨となり、愛しき記憶は肉となる」

 ギードも花を入れながら、祈りの言葉を唱える。

「正しき道を進み行き、輪廻の輪の中歩む時、正義の行い血となりて、慈悲の行い髪となる」

「精霊王の御元にて、最後の問いに答える為に、愛しきものの祝福をここに」

 涙をこらえて教えられた祈りの言葉を唱えながら、レイは、先程ギードに切ってもらった自分の髪を一房、母の胸元に置いた。

「精霊王の御元へと、正しき道行き旅立つ為に、輪廻の輪の元歩みきて、再び目見まみえるその日まで、今、安らかに眠れかし」

「今、安らかに眠れかし」

「今、安らかに眠れかし」

「今……安らか……に……ねむれかし」

 最後にレイが、何度もしゃくりあげながら教えられた通りの祈りの言葉を唱えた。


 ありったけの残りの花を棺に入れ、棺の蓋が閉められる。そして、大地の精霊であるノーム達の手によって深く掘られた穴の中に、静かに棺が納められるのを、レイは涙でいっぱいになった目を何度も擦りながら見つめていた。

 レイの後ろにはタキスが立ち、今にも倒れそうな少年の背をそっと支えていた。




 全てが終わり、母の名前が刻まれた小さな墓石が置かれ、その横には、少し離れてキリルの苗が植えられた。

 何年かすれば、秋にはきっと鈴なりの実をつけてくれるだろう。



 日暮れの早い秋の夕日が足元に長い影を作っても、レイは呆然と墓石の前に立ち尽くしていた。



 三人は、少し離れたところで黙ってレイを見守っていた。

「さて、どうやって墓の前から離せばよいのかのう」

 ギードが小さな声で呟く。

「ご自分で動かれるまで、今は待つのが我らの務めです」

「なれど、あれではお身体が持つまい。葬儀の間も、今にも倒れそうだったからの」

ニコスの言葉に、ギードが心配そうにそう呟く。


 その時、音も無く、大きな影がレイの横に降り立った。


「ちゃんとお別れは言えたのか?」

 静かな問い掛けに、無言のまま、一度だけ頷く。

「ならば、そろそろ戻るがよい。夜は冷える」

「……戻るって、何処へ?」

 レイが俯いたまま、消えそうなほどの小さな声で答える。

「我の所へ」

 迷い無く当然の事のように蒼い竜が答え、ゆっくりと頭を下げてレイの身体に頬擦りした。

「……僕は、お水の中では息が出来ないよ」

 小さく笑って、巨大な竜の額にそっとキスをした。

「ならば彼らと共に行くがよい。彼らが、其方を守ってくれるだろう」

 振り返ると、夕暮れの日を背にした三人がこちらを見ていた。



 タキスが頷いてしゃがみ、微笑んで両手を広げた。

 ブルーが鼻先でそっと小さな背中を押す。

 押されるまま数歩ほど歩いてから、そのまま小走りに駆け出し、勢い良くその腕の中へ飛び込んだ。

 受け止めた腕は小揺るぎも無く、その小さな体を抱きしめた。



 それは、少年の新しい生活が始まった瞬間だった。

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