竜の主

 三人が茂みの奥へ姿を消してしまうと、何となく気まずい沈黙が降りた。



 見上げると、竜は上を向いたままそ知らぬ顔をしている。

 しかし、目の前の尻尾の先が不安げに左右に小さく揺れているのは、ブルーの気持ちが現れているようでなんとなく安心した。

 ブルーにも、よく分からないが不安な事があるらしい。


 母の手を取り、自分の頬に当てて目を閉じて呟いた。

「母さん。ブルーとお話ししてくるから、ちょっとだけ待っててね」

 そっと手を戻し、額にキスしてから立ち上がった。

 ブルーの側まで、ゆっくりと近づいていく。見上げるほどの大きい身体のすぐ側まで来ると、脇腹のあたりを撫でてから話しかけた。


「聞いてもいい?」

「……我が答えられる事ならば」

 最初に話しかけた時と同じ答えが返ってくる。


「竜のあるじって何の事?」

 誤魔化さずにはっきりと聞く。

 何の根拠もないが、これは誤魔化してはいけない事だと思ったからだ。



 しばらくの沈黙の後、話し始めた。

「竜の主とは、その名の通り精霊竜の主となる人物のことを指す。人の言葉で分かりやすく言うならば……婚姻の誓いが一番近いだろうか……共にあり、時に支え合う、魂の伴侶の事だ」

「魂の伴侶……」

「そうだ、私はレイを見た時『見つけた』と、思ったのだ。理由などない、本当に……ただ、そう思ったのだ。だが、これは私の一方的な思いであって、其方にそれを強要するつもりはない」

 竜は、ゆっくりと優しい声で話しながら砂地に座り込み、猫のように首を上げたまま体を横にして丸くなる。横に立つレイを包み込むように、足元に大きな尻尾が巻き込まれた。

「立っているのは辛かろう、我の脚に座るとよい」

 すぐ側の竜の後ろ足は、レイの腿の辺りの高さでがっしりと太く、確かに座りやすそうだった。

「ありがとう、重かったら言ってね」

 言われるまま座ると、急に体が重くなるのを感じた。ふっと意識が遠のき目の前が暗くなる。あっと思った時には体が傾き力が抜ける。

 しかし、地面に倒れる衝撃は来なかった。倒れかけた彼の体を支えたのは、ブルーの頭と尻尾だった。

「ふむ、座るのも辛そうだな……ならば、我の腹の上に横になるとよい。横になっていても話は出来よう」

 尻尾を器用に動かし、レイの体を自分の体まで押して動かす。そのまま鼻面で押し倒すようにした。


 竜の体は、大きく暖かかった。


「ありがとう、重かったら言ってね」

 さっきと同じ事を言って から、少し考えてまた話しかけた。

「僕もね、初めてブルーを見た時……うまく言えないけど、不思議な感じがしたよ」

「不思議な感じとは?」

 尻尾の先がゆっくりと動いて、レイの体にとても優しく触れた。

 その尻尾を無意識に撫でながら、木々の隙間に見える雲一つない真っ青な空を見上げた。

「えっとね、ドカーンって雷が落ちたみたいな感じ……かな?」

 ゆっくり動いていた尻尾が急に止まり、小刻みにパタパタと揺れる。

「それは……それは確かに不思議な感じだな……」

「だからかな? 本当にブルーの事、全然怖くなかったんだよ。自分でも不思議だけど、こうやって側にいてくっついてると……とっても……安心するんだよ」

 ブルーの鼻面が、また頬擦りしてきた。まるで、嬉しくて堪らないと言わんばかりに、何度も何度も頬擦りする。

 その鼻先にキスを返してから、目の前のブルーの蒼い瞳をじっと見つめた。

「だから、僕はブルーが側にいてくれたら嬉しいな」

「ありがとう、我が主よ」

 蒼い瞳が真っ直ぐに自分を見つめるのを、レイは笑って受け入れた。起き上がれないので横になったまま両手を広げたら、ブルーの頭がゆっくりと腕の間に入ってくる。

 ぎゅと抱きしめて、もう一度額にキスをした。



「皆が戻るまで、少しでも休んでいろ」

 大きな翼が、まるで屋根のように広がりレイの体を包み込んだ。ブルーの頭を抱きしめたまま、目を閉じる。


 もう、不安はなかった。

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