第4話 殿下との取引


「ぅおっほぉん!……殿下。」

「ん?ああ!そうそう、今日は隠密なので、カチコチ大丈夫です!」

「殿下はお忍びでラーヴァに来ていますので、かしこまらなくて宜しいそうです。」

「なるほど……。」


後ろの執事さんは、実は通訳だったのかもしれない。

俺が膝をつこうとしている所を、ナイル殿下にやんわりと止められた。

黙っていると輝かんばかりのイケメンだ。白く透き通る肌に金色のサラサラヘアー。

背も俺より高い……。


「なぜ、王子様がラーヴァに?」


スピカが首をかしげている。

そうだ、まさかジヴォート帝国の王子が『救世主を見に来た』なんてミーハーな事は無いと思いたい。


「救世主!ワクワクすっぞ!」

「救世主と噂の騎士団長に会ってみたいそうです。」

(まじかーー!!!)

「……王子様も人間なのね。」


ツィーが半目でポツリと呟いた言葉に、不敬で怒られないかとソワソワしながらも、頷いてしまう。


「あと『キャタピラ』まいどありです!」

「ナザット国の災害支援で見た『キャタピラ』が、ラーヴァで作られていると聞きましたので。是非購入したいと。」

「それでこの店に。」


ツィーの瞳がギラリと光り、商人の顔つきになる。


「『キャタピラ』すごい。砂漠のジヴォート帝国に絶対無敵です!」

「あ、砂漠だと車輪が沈んじゃうから……キャタピラなら砂漠にピッタリですよね!」


俺は予想外のキャタピラの販路開拓の予感に、心が踊る。

ナイル殿下の言葉も何となくわかってきた気がするぞ!

ここは、開発者として全力で営業せねばいけない所だろう。


「ナイル殿下!是非ジヴォート帝国でキャタピラを使ってください!」

(王子殿下が使ってくれるなら、良い宣伝にもなるはずだ!)

「心の友よ!」


固く互いの手を握りしめた俺とナイル殿下をツィーが止めた。


「お待ちくださいませ。いまキャタピラ馬車の予約は1年待ちです。」

「あ……そ、そうだよ……ね。でも、わざわざジヴォート帝国から来てくれて……。」

「商人は信用が命です。身分や私情で優劣はつけません。」


ツィーはナイル殿下にそう言いながら、俺をチラリと見て睨む。

確かに、ナイルが王子殿下だからと優先するのなら、他のお客様の事を軽んじているととられても仕方がない。

20歳の男が、11歳の少女に社会人としてのレベルで負けている事を、認めざるおえないだろう。

そこへナイル殿下の軽やかな声が響く。


「では、『ドラゴン狂暴化の真相』と引き換えではどうですか?」

「「「……え?」」」


俺はナイル殿下の言葉をすぐに理解する事が出来なかった。

俺とルナとスピカは驚きに目を見張った。

ドラゴン狂暴化の、真相……ドラゴンを狂暴化させた犯人が分かると言うことか?


「良いでしょう!その取引のった!!」

「え、えぇ!?さっき1年待ちって……。」


睨むように仁王立ちしていたツィーが、満面の笑みでナイル殿下と握手している。

俺は、全くついていけない頭を抱えながら、ぼへーっとその光景を見ていた。

改めて自己紹介を交わし、そのままトントン拍子にナイル殿下との商談は進んでいく。

契約書類を揃えながら、ツィーは油断の無い顔で殿下たちをあおいだ。

その視線を執事がニコリと受け止める。


「それで、ジヴォート帝国から頂ける情報の真偽はいかほどでしょうか?」

「私(わたくし)どもの国では、諜報活動が盛んでして。今回の被害は本当に嘆かわしく、狂暴化を行っている組織と対抗するため、国を越えて協力しなければならないと考えております。」

「それで救世主に会いに?しかし、RENSA(わたしたち)にその情報を渡す理由は何でしょうか?」

「ふっふっふっ、情報においてエルナト商店さんのお力は私(わたくし)どもも、よく存じておりますので。」

「あら、光栄ですわ。ほほほほほ。」


たしかに街の騎士団団長の救世主よりも、貿易を営んでいるエルナト商店に情報を売った方が、より多くの協力者を得られるだろう。

もしかしたら、俺たちとラーヴァ騎士団が繋がっているという情報も掴んでいるかもしれない。


「私たちも、知ってる情報があります。今さら『狂暴化は科学者の仕業』なんて情報なら必要ありません。」


スピカが膝に揃えた両手を握りしめてナイル殿下を見た。

ナイル殿下は、微笑みを返してから口を開く。


「あはははっ、流石ですね。その噂は違うだと気づいたですか。」

「今後、ガラヴァ皇信国の狂暴化の被害は、今まで以上になるでしょう。何せ、国の中枢に犯人の一味が居るのですから。」

「やっぱり聖信教!?」

「ピッタリには違います。聖信教の枢機卿の一人が犯行を後押ししています。しかし彼は操り人形です。枢機卿、教皇になりたいので今の教皇バイバイしたいみたいです。」

「その枢機卿のバックにいるのが、ルカー王国です。」


ルカー王国とは、リエーフ大陸の最北端の国、ライオンの形で言うならば腕にあたる。

頭のガラヴァ皇信国と、お腹のジヴォート帝国と接する国だ。

いままでガラヴァ皇信国の中しか見えていなかった俺たちは、聖信教を1つの敵ととらえていたが、どうやら聖信教も一枚岩では無いようだ。

枢機卿は出世欲につけこまれて、ルカー王国の操り人形ってことか。


「私(わたくし)たちはルカー王国から情報を辿っていますので、まだ13人いる内のどの枢機卿なのかは特定出来ていません。」

「なぜルカー王国はそんなことを……。」

「ルカー王国、戦争大好物です。」

「ルカー王国は、不毛な土地ですが鉱山が多く、鉄工業が盛んです。主な収入は軍事兵器。」

「……なるほどね。戦争が起きればお金が儲かる。」

「そんなことで……!?」


商人であるツィーがいち早く気づいて言ったルカー王国の目的に、スピカが口もとを押さえて息をのんだ。

俺は想像以上に大きな敵に、思考が停止している。


「全員、消してしまえば良いのではないですか?」


ルナがその幼い声で小首をかしげながら言った。

みんながルナの一言に凍りつく中、ナイル殿下は笑顔のままルナを見つめ返した。


「暴力に暴力で返すのは子供です。」

「恐れながら、私(わたくし)たちがルカー王国を武力で落とすことは可能でしょう。しかしどれほどの犠牲が出るか、おわかりですか?ガラヴァ皇信国もそうです、枢機卿を断罪したとして、国民から見たらいったいどちらが正義でしょうか?」


ナイル殿下の笑顔と、執事さんの重たい言葉に、俺は何の反論も出なかった。

俺たちがいくら声を上げたとしても、国の中枢を担う聖信教相手には、ただのテロリストだ。

ガラヴァ国民からみたら、俺たちこそ悪で、聖信教の枢機卿こそ善だろう。


「我々(ジヴォート帝国)は、出来るだけ仲良しな答え探すしたい。」

「ジヴォート帝国としては、争わずに穏便な解決を望んでいるのです。その為にまず仲間を増やすため、ここへ参りました。」

「聖信教のせいで、ガラヴァはとっても閉鎖的ネ。だから『エルナト商店』と『救世主』お願いします。」


そんなレストランの注文みたいに言われても。

ここで簡単に返事をしていいものか迷っていると、スピカが小さく言葉をつむいだ。


「私たちにも……目的があります。聖信教に囚われている悪魔の子を助けたいんです。」

「悪魔の子……ガラヴァではそう呼ばれているんでしたね。命子(みこ)は。」

「ジヴォート帝国では命子(みこ)って呼ばれているんですか?」

「命子(みこ)は聖霊からの授かり物ですから、ジヴォートではとても大事に育てます。」


ジヴォート帝国での悪魔の子の扱いは、ガラヴァ皇信国とは真逆みたいだ。


「私(わたくし)どもも、命子(みこ)を助けるのは急務です。何せ狂暴化に使われているのは命子(みこ)の魔力だという情報もありますから。」

「命子(みこ)を助けるします。お互いに助け合って、みんな笑顔です。」

「そうですよね、みんなで助け合って、狂暴化の犯人を捕まえて、悪魔の子も助けましょう!」


俺はナイル殿下の底無しの笑顔に感服して、ソファから立ち上がり握手を求めた。

元々、悪魔の子を助けたかった訳だし、仲間が増えるのは万々歳だ。

俺とナイル殿下の二人はガッチリと手を握り合う。

いままで情報が少なく、何をしたらいいのかすら分からなかった俺たちに、ジヴォート帝国からの光が差したのだ。


「私も、がんばる。」

「私は零史と一緒に行きます。」


スピカとルナも、協力してくれるようだ。


「これからますます忙しくなりそうね。商人の腕が鳴るわ!」

「僕は……とんでも無い場面に遭遇しちゃったのかも知れない。」


ツィーがまだ固い顔で、意気込んでいる。あまりにしっかりしているため、忘れそうになるがまだ11歳の少女には荷が重い話だったろう。

いままで空気のように気配を消していたルディが、ソファの後ろで途方にくれているくらいだし。


「そうと決まれば、コチラにサインを!」


後半の話の濃さに忘れていたが、ツィーが差し出したキャタピラの予約状を見て、ナイル殿下がここに来た理由を思い出した。


(そういえばこの二人、キャタピラ買いにきたんだったな。)


二人はもう少しラーヴァに滞在するらしく、軽く今後の予定を話すと予約状を持って『エルナト商店ラーヴァ店RENSA』を去っていった。



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