虚 実 Ⅱ
カキーン。ガッガッ。刃が交わる音が響いた。互いに跳びずさって、ふたたび元の構えにもどった。
「
小太郎が叫んだ。
互いに
ふいに、彦左の切っ先が
小太郎は左肩からくるりと回転しながら地面に転げざま一刀を放った。それが、彦左の首を斬った。たしかにそのように見えた。けれど、一寸手前で小太郎が刀を止めたのだとわかって、安堵のため息が出た。
彦左は硬直したまま呆然としていた。さぞ悔しかったろう。駆け寄ろうとすると、彦左の声が耳にはいった。
「ま、参った・・・・」
「
叫んだのは、誰でもないこのわたしだ。意趣返しなのだろう、小太郎に恥をかかせようとする彦左の所業は断じて許せない。
「ひゃああぁ」
誰が
小太郎に上乗りになった彦左をめがけて突き出された何本もの短槍を
三、四・・・・の少数ではない。十数人はいただろう。あの群衆に紛れ込んでいたのだ。
すると、別の菅笠の一群が、二人を襲った菅笠に応戦した。視界には、まるでお祭り騒ぎのように、菅笠と菅笠が乱れに乱れていた。これでは、誰が敵か味方なのかわからない・・・・。
「姫さま、
背後から複数の腕がのびてきて、
銃声。
火矢。
・・・・このとき、長槍をしごいて戦っている彦左の勇姿を
と、地に倒れていた菅笠が、急に起き上がったかとおもうと小太郎に襲いかかった。
「小太郎!うしろに!」
ありったけの声を振り絞って、わたしは叫んだ。敵に気づいた小太郎だが、避けるのが遅すぎると身をすくませたとき、別の菅笠が小太郎を突き飛ばし、かばうようにして短い刀で襲撃者を斬った。
間一髪の出来事だった。
「ひゃああぁ」
またしても誰の声か
中庭での襲撃者による乱闘は、ひとまず決着がついたらしい。
わたしを護ってくれた侍女たちに目配せで謝意を伝え歩き出した。すると彦左が駆け寄ってきて、傷を負っていないかを確認した。いつもの饒舌の彦左とはちがい、
黙ったまま、彦左と歩調を合わせ小太郎に近づいた。
小太郎を救った菅笠は、かれの肩や腕を撫でていた。傷の有無を確かめていたのだろう。菅笠が小太郎の配下の者ならば、
小太郎がわたしに気づき、菅笠になにごとかを耳打ちした。すると、菅笠はわたしの足元で片膝をついた。菅笠の手は、土と埃にまみれていたけれど、ところどころが白く光っているように見えた。
斜陽がもたらす木洩れ日の淡い光が、菅笠にあたっていた。違和感をおぼえたのは、このときである。さらしを巻いた胸のあたりが膨らんでいた。
・・・・なんと、菅笠は女人であったのだ。
笠をはずして、わたしを仰ぎみた。
「ひゃあぁ!」
わたしが立てた叫びではない。彦左の声だ。わたしも唾を飲み込んだ。
髪は赤みがかった栗色、青い瞳、そうして白い肌・・・・。明国の皇女かともおもったけれど、そうではない。あきらかに、南蛮の異国人であった。
小太郎には、そのような配下までいるということなのか。かれはその女人の腕をつかんで立たせた。
「
聴き間違いではない。たしかに小太郎はそう呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます